狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#025

 act 25 

 

 ベルリッヒ伍長達は血と泥で汚れていたがエステルは空からの迎撃ばかりだったため、身奇麗だった。

 オイレンベルク中尉の(もと)に各小隊が集められた。

 

「戦況は(かんば)しくないが諸君らの任務に支障が生じている事は承知している。いま少しの辛抱を強いるが耐えてほしい」

 

 戦況が芳しくないのは他の隊も同様で、とにかく現場は混沌と化していた。

 補給物資も乏しく、長期戦闘も満足に(おこな)えない。

 

「歩兵の一部が思いのほか敵陣地に入り込みすぎている。他の部隊も似たような状況のようだが……」

 

 戦線の混乱は今に始まった事ではないが戦力を発揮できないのはオイレンベルクも頭を痛める事態だ。

 新兵を使っても打開策が見出せないのだから。

 戦闘が長引けば物資が枯渇し、自然と兵士達も疲弊して戦えなくなる。

 かといって塹壕で待機している味方を見捨てる事もできない。

 

「我々はしばらく待機し、夜間戦闘に入る事になった。各自、別命あるまでそれぞれ充分に休息せよ」

「了解しました」

 

 どの部隊も交代で敵を掃討する。当然、休憩時間もあるのだが、敵も同様である。

 駐屯地に引き返せない兵士はそのまま待機か死ぬかの二択しか無い。

 全てを救う事はもとより出来ない。

 それぞれの小隊は自分達の仮設の拠点(きょてん)指揮所(CP)に戻り、昼食を取ったり、装備の確認などをしていく。

 

「各自、別命あるまで待機」

 

 本来ならば新兵教育をしなければならないところだが、今はそれどころではない混乱振り。

 銃を撃てれば良い、という有様となっていた。

 

「小隊長。我々は救援任務だけですか?」

「そういう命令だから仕方がない。迂闊な行動で戦局が乱れれば誰が責任を取る?」

 

 敵を倒す為だけに志願した兵士達は大勢居るだろう。意に沿わないことも多々あると思う。

 それでも組織に組み込まれたのだから与えられた命令には従う義務がある。

 もちろん納得できない事もある。

 エステルとしては乱れた戦場では命令に従っている方が気が楽なので現状に不満は無かった。

 少人数の敵ならばさっさと撃退するところだろうけれど、広範囲に渡った戦場は一角が崩れると何が起きるか分からないものだ。

 

          

 

 束の間の休憩時間なので昼食に入る。

 血と泥にまみれてもお腹が空く。軍から支給された糧食(レーション)などを確認していく。

 味は悪いが栄養が保証されているものが多い。一応、パンもあるけれど硬い。

 腐りかけた野菜がたまに混じっているとデグレチャフから聞いていたので確認作業は欠かせない。

 湯を沸かす装置で煮沸(しゃふつ)作業は一応、出来る。

 飲み物は水と代用珈琲(コーヒー)というものだが、これも不味い。

 とにかく、食べ物が不味い。まともに食べられるものが存在しないのではないか、というほどだ。兵士だから粗悪なのか、というとそうでもなく、軍全体が食料難で(あえ)いでいる。ゆえに上層部もロクなものを口にしていないらしい。

 兵站(へいたん)は大事だと常々デグレチャフは言っていたが、まさに同意せざるを得ない。

 不味くても食べなければ空腹で倒れてしまう。辛うじて吐き出さなかったのが奇跡ではないか。

 食事の質の向上を訴えたいところだ。

 部下が出来たとはいえ、今の状況で指導は出来そうにない。実戦だけで何が出来るのかと疑問に思う。

 

「食事を済ませたら装備品の確認の後、休息に入れ。非常呼集に備えろ」

「了解しました」

 

 いきなり戦地に送られたせいか、あまり部下に愛着がわかない。

 すぐ死ぬ兵士が多いのも原因だ。

 制帽をかぶり、中隊長が待機している指揮所に向かう。

 

「小隊長諸君。夜間戦闘もやることは変わらない。我々の任務は敵を排除しつつ橋頭堡(きょうとうほ)を築く事だ。他の中隊も陣地拡大に努めているが……、敵の攻勢も激しい。敵魔導師による観測者狩りもそろそろ始まる予定だろうな」

 

 テーブルに敷かれた地図には敵味方の陣地のようなものが書き込まれていた。

 複数の中隊で国境を広げる作戦が展開されている。その中で一つの中隊が突出しようものなら集中砲火を浴びてしまう。

 被害を最小限に抑えた戦略を取っているので時間がかかる。もちろん、短時間で済めばいいのだが敵も攻められたくなくて抵抗する。

 朝攻撃して昼になったから停戦して昼食、夜になったら睡眠というわけにはいかない。

 不眠不休で戦闘できるほど人は強靭ではない。交代要員が無ければ精神的にも疲弊し、戦えなくなる。

 魔導師は訓練課程で最大五日ほど戦闘可能だが大量に魔力を消費すれば一気に睡魔が襲ってくる。それはエステルとて例外ではない。

 こんな戦闘を延々と続けるのは健康的とはいえない。

 


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