狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#028

 act 28 

 

 エステルは現場を移動し、負傷兵を気にかけながら敵歩兵と砲兵の排除に努めた。

 広範囲に散らばる敵というのは地味に大変だ。

 

「小隊長。このままでは弾がもちません」

「……キリが無いね。無くなるまで戦闘を続行。その後は救出任務に任意で移行せよ」

「了解」

 

 戦闘というものは(らく)して人殺しが出来るものではないと知り、がっかりしたが適度に戦闘が出来ただけで今は良しとする。

 十全な戦闘は滅多に来ないものだ。

 規定の距離を保ちつつ地上の敵を敗走に導く。無理して殺す必要は無いようだが、逃げた敵はまた襲ってくる。その辺りは繰り返しの仕事になる。

 魔導反応を検知。それは自分の感覚に訴える危険信号。

 エステルは言葉よりも先に身体が動き、部下の前に移動する。そして、爆発。

 

「うわっ!」

 

 通常の演算宝珠の四倍の出力を持つお陰か、それとも神の加護か。

 魔力反応を持つ弾丸がどこに来るのか、大まかな予測ができた。いわゆる弾道予測だ。それも視認ではなく、第六感のような曖昧なもので感じ取る。

 確かにここに弾が来る、という信号を感知し、エステルはその射線上を自らの身体で塞いだ。

 

「しょ、小隊長っ!」

 

 咄嗟の事とはいえ防御膜防殻が機能したのかエステルには分からなかった。

 演算宝珠を使用している間はだいたい自動的に展開できるものらしいがちゃんと機能するかは銃弾を受けてみない事には分からない。

 

          

 

 気がついた時は塹壕の中だった。

 気絶していたのだろうか。

 全身の痛みで意識が鮮明になってくる。

 

「小隊長!? 気が付かれましたか? 聞こえますか?」

「……被弾したんだねー。皆は無事?」

「我々は無事です。……ですが、小隊長は重体であります」

 

 そうだろうねー、と返事をしようと思ったが身体が嫌に重く感じられて声が出てこなくなった。

 本来ならば『ダメージレポート』を出さなければならないし、出せないなら部下に告げてもらわなければならない。

 

「……命令」

 

 こういう時は都合のいい命令を活用しなければもったいない。

 

ダメージレポート……。ほら、ちゃんとする」

「りょ、了解……。小隊長殿は両腕を欠損……。左目は……おそらく衝撃で潰れており、両足は両方とも骨折。脊髄も損傷……しているかと……」

 

 それはうつ伏せに寝かせられているから。背中に破片でも刺さっているのだろう。そして、それを取ると大出血するおそれがあるので看護兵(メディック)を現在要請中。

 それらを淡々と聞かされるエステルは意識があるだけでも安心することが出来た。

 報告の中に頭部のダメージが眼球だけという事はまだ少し希望がある。

 

「……ああ、でも、破片が入っていたら駄目か……。これは困ったな」

 

 麻痺系の魔法を習得していただろうか。ただ、あれを使うと完全に身動きが取れなくなる。

 医療の麻酔は魔法では出来ない事が出来るので諦めるしか無い。

 ケガの具合から砲兵の一撃か、それとも魔導師による遠距離攻撃か。

 それを悠長に確認出来るようであればケガ等しない。

 

「どんな攻撃だったか分かる?」

「上空からの狙撃だと思われます。今は二〇五中隊が敵魔導師と戦闘を(おこな)っておりますので」

 

 一部の装備品は外されいるようだが、それにしても弱い防御で呆れてしまう。

 魔法的な戦闘経験が少ないせいもあるのかもしれない。

 魔導を扱える、だけだ。才能とはまた違うのかもしれない。

 ()()()()()()()()()ともあろう者が仲間意識で人助けとは、笑えない事態だ、と苦笑する。

 弱肉強食の世界に慣れて転生後の世界にはまだ慣れないとは、と弱い自分というのは微笑ましくもあり、情けなくもある。だが、それはそれで悪い気分ではない。

 使い捨てにする非道な組織なら、自分はきっとそれに合わせる。だから、今は彼らの優しさに自分は合わせている。

 目に付く者全てを殺戮するのは『戦闘狂(ベルセルク)』というよりは『狂乱の狂戦士(フレンジード・バーサーカー)』がお似合いだろう。そこまでには至りたくないけれど。

 女の子なので蛮人(バーバリアン)とも呼ばれたくない気持ちはある。

 そういえば、とエステルは首を傾げようとした。すぐに痛みで顔を顰める結果になる。

 それはとにかく、撃墜された場合は何かお叱りを受けるものだろうか。少なくとも抗命罪には問われない筈だ。

 命令不履行で大ゲカだと何があっただろうか。

 破片や銃弾さえ取り除けば戦闘は続けられる。

 

          

 

 外での戦闘はまだ続いているだろうけれど看護兵(メディック)が中々来ない。このまま生き埋めにされるのは嫌だなと思いつつ、しばしの休息に入る。

 通信機器は部下に任せて精神統一をしておく。

 いつでも逃げられるように。または敵を迎撃できるように。

 塹壕の中は浅いところもあれば深いところもある。それが縦横無尽に作られていて、中には洞窟状もある。

 壁は木で出来ていたり、石で出来ていたり、とにかく即席で作り上げられているところほど雑だ。

 国境から遠いほど整備が行き届いていて中には線路が敷かれている場所もある。

 平地に作られている場合が多いので顔を出した途端に狙い撃ちされることもある。

 

「こちらロビン02! 看護兵(メディック)はまだか!」

『あと120秒かかる。中隊が既に向かっている。まもなくだ、オーバー』

 

 部下の無線のやり取りを聞きつつ外の喧騒にも意識を傾けるエステル。

 戦闘が止む気配は無く、振動が伝わってくる。

 いざという時は無茶をする予定だが、焦りは禁物だ。

 そして、二分経った頃に遠くから駆け込む足音が聞こえる。塹壕内を移動してきたと思われる。

 

「救援に来ました!」

「こっちです!」

 

 複数の兵士に守られた看護兵(メディック)が走り寄ってきた。

 酷い有様のエステルを一瞥して顔を顰めたが、すぐに仕事に取り掛かる。

 

「あー、とにかく弾とか破片の除去を優先して。それが終わったら治癒魔法で対処するから。よろしくー」

「は、はい」

「破片が残ったまま治癒魔法を使うと体内に残る気がするから気持ち悪いんだよねー」

 

 のんびりとした口調に看護兵(メディック)は呆気に取られる。

 どう見ても瀕死の兵士にしか見えない。それなのに緊張感の欠片も無い口調で応答する。

 包帯を解かれ、手術に入る。専門職の彼らは迅速に身体を切り裂いていく。当然、エステルは痛みに耐える。

 演算宝珠は万能だが何が出来るのか、実はよく分からない。

 かなり習ったはずだが自分の魔法と混同する事態に陥った。

 度々、デグレチャフからこっそり指導を受けたのだが、瀕死になった場合はまだ習っていない気がした。

 そもそも演算宝珠を使いこなせる人間が少なかったせいもあり、どこまで出来るのかはまだ研究中の事もたくさんあると聞いた覚えがある。

 そんな中で戦争は始まった。

 

「……ああ、思い出した『痛覚遮断』だ」

 

 魔法宝珠がごっちゃになっていて混乱する。

 戦士である自分としては痛みがある方が戦闘の邪魔にあまりならない。

 どこが痛いのか分からないと困る事もある。

 痛みに弱ければ捕虜になった時、簡単に口を割ってしまう。それでは駄目だから過酷な訓練を受ける。

 新兵はきっと痛みに弱いだろう。だからこそ捕虜になればあっさり敵に情報を渡してしまう。

 そこら辺の教育を自分はしなければならない、本来ならば。

 現在の状況では教育する余裕は無いけれど、部下を育てるのも上司の務めだ。

 肝心の術式を使わない理由も思い出した。脳内麻薬の分泌量を増やす為だった。今はだいぶ慣れた筈だが、気分的には良くなかった。

 


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