狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#029

 act 29 

 

 数十分かけて破片は取り除かれたが看護兵(メディック)は驚いていた。

 大きなケガにもかかわらず激しく取り乱す事無く簡易とはいえ手術を受け入れた小さな存在に。

 ショック死してもおかしくないケガなのは誰の眼からも明らかだ。それなのに対して叫ばずに耐え切っている。もちろん、痛みは感じているという報告はあった。

 

「終わった?」

 

 と、暢気な言葉をかける余裕が小さな女の子から出ているのだから驚きだ。

 

「銃弾は無いようです。一応、これで終わりです」

「ご苦労様。じゃあ、治癒するから次に行っていいですよー」

「はっ? いえ、お言葉ですが縫合もまだ済んでいないのですよ」

「小隊長殿は破片を自力では取れないだけで治癒は自前で出来るそうです。そういう術式を扱えるとか」

 

 背中がぱっくり裂けて中身が見える状態のまま消毒もせずに立ち去る事は出来ない。

 破片は確かに取り除けたが輸血とか色々と必要ではないのか。それとも『造血術式』を使えるのか。

 安全が確保されるまでは残る義務はある。そんなことを看護兵(メディック)の担当者は思った。

 

「第……、あー、これは言わなくて良かったっけ……。えっと魔法最強化(マキシマイズマジック)致命傷治癒(クリティカル・キュアウーンズ)……」

 

 魔法の専用スキルを使うには通常よりも高い位階を扱えなければ効果が発揮されない。

 スキルを覚えた程度では何の意味も無い、ということになる。

 第四位階無詠唱(サイレント)のスキルが使えるという事は素で第五位階に届いている証拠だ。

 一段階上の魔法が使える事が条件だと習ったからだが。

 とにかく、魔法の効果により背中の傷は塞がり、欠損した腕が再生を始めた。

 骨折した足も元に戻っていく。

 

「痛た……。強引に戻ろうとするところは痛みがあるものなんだねー。治癒魔法なのに……」

 

 それでも治ってしまえば気にならなくなるけれど。

 再生魔法を間近で見る新兵と看護兵(メディック)と気味悪がる一般兵。

 

          

 

 体調が戻ったところで看護兵(メディック)に移動を命じておく。暢気に眺めている余裕は彼らには無い。

 首を動かしつつ顔に手を当てる。

 両目は既に治ったとはいえ、数分は外気に慣らさないと駄目だ。

 出来立ての身体は(もろ)いというスレイン法国の教えがある。

 

「随分と時間を無駄にした。我々も戦闘に参加しなければならない」

「このまま出る気ですか!?」

「……それはCPと相談して決める。行けと言われれば行くしかない」

「小隊長殿の負傷は伝えています。すでに、速やかにRTBせよ、との事です」

 

 部下の言葉に少しだけ安心するエステル。

 上半身裸状態なので戦闘するには少し肌寒いと思っていた。

 治ればまた行け、と言われると覚悟はしている。

 

「役に立たなかった事で怒られそうだね」

 

 通常なら大ゲカした後で笑っていられる事など出来はしない。それが自分達の小隊長はとんでもない人物だったようだ。

 一応、部下から無線を借りCPに問い合わせる。

 確かに帰還命令は降りていたようだし、敵魔導中隊は敗走中にあるとの事だった。

 少しだけ休憩した後、荷物確認などをしてから拠点に戻った。

 油断して被弾する隊長は少しかっこ悪い、気がした。

 レーオンハイト・ツー・オイレンベルク中隊長からお叱りを受けるかと思っていた。

 

「砲兵に狙撃されて大ゲカを負ったと聞いていたが……。治癒術式で治したのか?」

「はい。私にとっては術式も魔法も似たような気がするので混乱しておりますが」

「……ふむ。それでも生きて戻ってくれたのだから大したものだ。部下を(かば)ったらしいが……、咄嗟の判断だったのだろう。それについては何も問うまい。演算宝珠も無事のようだし」

「……はあ。よく落ちなかったと不思議に思います」

 

 背中からの一撃とはいえ紐は丈夫な素材で出来ているのだなとエステルも感心した。というか、それでどうやって腕が吹き飛んだのか、意識の無かったエステルにとって疑問に思うところだった。

 爆風によるものか。それならば足も吹き飛んでいないとおかしくはないか、と。骨折はしたから、と色々と考えればキリがないのだけれど。終わった事なので早々に考えを切り替える事にしよう、と思った。

 

「そういえば演算宝珠を使用するとトランス状態になるそうだな?」

「そのようです。その時の記憶があやふやになり、何を報告したのか覚えておりません」

「その辺りも今後の課題のようだな。今日中に慣れろ、とは言わないが……。とにかくだ。第二〇五魔導中隊掩護(えんご)のおかげで君達にしばしの休息が与えられそうだ。特にエステル少尉には今少し役に立ってもらわねばならない。君達の小隊は明日中までの休息を命じる」

「はっ、了解いたしました」

 

 本来なら休みを与えてやれる余裕は無いけれど、折角の戦力を早々に失うのは得策ではない。それに『銀翼突撃章』保持者をみすみす失うのも勿体ない。

 去り行く小さなエステルの後ろ姿を大人として見送った。

 帝国の未来を背負わせるにはあまりにも小さいし、ひ弱だ。

 それでも戦争を終わらせる為なら仕方が無いと言わなければならない。

 

          

 

 拠点に戻ったはエステルは新しい装備が届くまでの間、簡易シャワー室で身体を洗い、支給された携帯食料(レーション)を食べる。

 その様子を三人の部下が静かに見つめる。

 身体は小さくとも自分達の小隊長で先ほどまで瀕死の重傷を負っていた人物とは思えない。

 そして、腕を欠損するほどの大怪我がみるみる治る様は気持ち悪いと思いはしたが凄まじい能力だと驚いた。

 

「小隊長の演算宝珠は我々でも使えますか?」

「無理っぽいよー。一気に魔力が枯渇して医務室送りになるらしいから」

「うわー……」

「もう少し使いやすい演算宝珠は開発中だから、しばらく待っていれば貰えるかもね」

 

 喋り終わったエステルは静かに食事を続ける。

 食べ方がとても丁寧で後片付けもしっかりこなせる。

 育ち盛りのはずなのに小食気味なのが少し気になる。

 食事の後で仮眠し、数時間後には基地の周りを走ったり、筋力トレーニングに励んだりしていた。

 つい先ほどまで重傷患者だった人間とは思えない回復振りだ。

 

「小隊長殿。我々もトレーニングをご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「……ああ、そうだった。私の部下だったな。ついつい忘れていた。もう一度最初からやろうか」

 

 エステルはつい今しがた終わったトレーニングを部下と共に(おこな)う。

 見た目には大した事が無く、子供でも出来る程度と思っていたがベルリッヒ伍長達は早い段階から根を上げていく。

 それほど体力は無い方ではないのにキツイ。とにかく、静かな重圧が身体を襲う。

 子供だからと侮ってはいけないのかもしれない。

 

「エステル少尉……は、これを毎日続けていらっしゃるのですか?」

「時間がある時は続けているよ」

 

 と、それ程疲れを見せない口調で言われると年上としてもっと努力しなければ、と思う。しかし、気持ちではそう思っても身体は悲鳴を上げている。

 三十分後に汗だくになる三人の部下。

 その後、ナイフによる格闘術の訓練を(おこな)う。

 

「うわっ!」

 

 小さな身体なのに一振りが大きく見えた。

 横凪に奮われるたびに致命傷を負う様な感じだった。

 

宝珠使ってもいいよ。少しハンデをやろう」

 

 エレニウム九五式をテーブルに置いたエステルは首を左右に振る。

 それから十分も経たずに部下は根を上げてしまった。

 所々で使われる『流水加速』によって攻撃が当たらなくなる。

 明らかに不自然な動きに感じるのだが、それが独特の技術であるならば、と部下達は恐ろしいと感じていた。

 

 勝てる気がしない。

 

 ナイフとナイフが当たる時に使われる『不落要塞』は更に奇妙な感触だった。

 小さな身体が巨大な岩石のように感じられた。

 人間と戦っている気がしない。

 

「ちょっと卑怯だったかな。あまり参考にならないから次は宝珠でやってみようか」

 

 攻撃を繰り出す部下は汗だくなのにエステルはまだまだ平気そうな顔だった。

 とても疲労を感じている顔には見えない。

 

「攻撃関係はだいたい分かるけれど、補助的な使い方が下手なのか、まだまだ使いこなせていない気がする。この魔導刃は分かるけれど……」

 

 複数の術式を併用する事もできる。ただ、それを実際に使用するのがまだ慣れていなかった。

 なんとなくは分かる。

 魔法武技も使うエステルにとっては覚える事が多くて困惑する。

 戦闘開始になればある程度は自己判断が出来るけれど、それ以外は束縛が多い。

 それでも我慢できるのは標的が多いからだ。

 何処から飛んで来るか分からない攻撃。この緊迫感に命を削る戦い。

 嫌いではない。

 ただ、性的興奮する程かと言われると、否となる。

 転生の影響かもしれないし、転移とは違うので肉体的な部分が本来の自分に干渉しているともいえなくはない。

 転生前の記憶の無い()()()()()()()という少女の性格。

 技術があれば性格は二の次と思っていたが、存外に嫌いだと思えないのは悪い事だろうか、と思う自分が居る。

 

「………」

 

 生まれ直して新しい生活を送る事に何の不満があるのか。

 戦士として死ぬことが(ほま)れである時代とは違うのだから。楽しまなければ勿体ない。

 この充実した世界に対し、深い感謝の念を抱く。

 哀れな子羊に救いの手を差し伸べてくれた神に日々の幸せを祈らん。

 

 それが例え短い命しか無かったとしても。

 

 両手を胸の前で組んで遥か高みに存在する(デウス)に感謝の祈りを捧げる。

 急に小隊長がその場に座り込んで神への祈りを捧げ始めて部下達は戸惑った。

 この混沌とした戦場でも神への祈りを忘れない敬虔な姿が神々しく見えた。

 数分とはいえ神に祈りを捧げるエステル魔導少尉に対し、それをやめろと誰も言えない。

 静かな時が流れたのは確かだ。

 部下達も死んだ仲間や兵士達に黙祷を捧げる。それは強制されたものではないけれど、厳かな時間であったのは間違いない。

 五分後には訓練再開となるのだが、急に好戦的な性格になる事は無く、淡々とナイフ術の訓練が(おこな)われた。

 エステルの技術は実践的でマニュアルに無い柔軟なものが多い。

 遠距離攻撃が主体の魔導師が近接戦闘をしないわけではないけれど、銃に慣れているせいで動きが鈍いのは自覚した。

 

「小隊長殿はどこでそのような技術を?」

「んー? 自己流かな。たくさんの強者と戦えばそれなりの『型』というものが出来上がると思うよ」

 

 少しだけ気だるそうな喋り方でエステルは言った。だからといって興味が無いわけではなく、そういう喋り方だと思われる。

 上司に対してはっきりとした声で喋るのに普段はのんびり屋ではないかという暢気さがあった。

 部下としては話しやすい上司は嫌いではない。だが、相手は自分達より年下で身長も低い。

 正直に言えば子供が自分の上司である事は認めたくない。誰でも年功序列を思い描く。

 実際、軍の上層部の面々はいかつい歴戦の(つわもの)たちだ。それに自分たちより年上でもある。

 そういうイメージを持っているのは仕方が無い、とは思う。だがやはり、クレマンティーヌ・エステルという上司は幼過ぎると思う。

 年齢より武功を重んじる祖国の気風であれば異を唱えることは出来ないけれど。

 


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