狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#030

 act 30 

 

 午後の夕暮れ時には戦地から戻ってきた兵士と負傷兵で賑わいだす。

 現場待機だったエステル達はいつ出撃命令が来てもいいように準備を整えてから基地の様子を窺う。

 自分達が使う物資の確認や上司への質問などもする。

 中にはトイレやシャワーに食事を摂る者など。

 エステルは負傷した時の報告書を収めた封筒を片手に上司の下に向かった。

 思い出せる範囲で敵の攻撃内容を記載するのは面倒ではあるけれど、給金に響いたりすると教えられたので頑張って書いた。

 治癒魔法があるからこそ平気でいられるけれど、一般兵からすれば被弾して死なない事は凄いと驚かれる。

 それほど治癒魔法というか治癒術式はありふれた能力では無いらしい。

 絶対数が少ない、ともいえる。

 エステルも好きで被弾するわけではないのだが、重火器に類する兵器の対処が苦手なのかもしれない。

 視認出来ない速度を出す武器での戦闘は早々頻繁に(おこな)ったりしない。

 この世界は自分の知らない事が多くて本来の実力が発揮できない。というより自分の実力がここまで弱いと気付かされたようなものだった。

 鍛錬だけでは飛び交う銃弾には勝てない。

 だからこそ、かもしれないが自分勝手な行動をあまりしない()()()()()()()()()()()()()()となってしまった事に対して特段の悔しさは無い。

 強すぎるよりは退屈しない。

 それに圧倒的な差があるとも思えないので絶望感は無かった。

 

          

 

 オイレンベルク中尉の居る拠点に入り、報告書を提出する。

 明日の戦闘は引き続き、敵兵の排除であり、戦線を押し戻すのが目的だ。

 地道な作業だが数ヶ月も祖国は続けてきた。

 一気に敵を蹴散らすような都合のいい武器はお互い持っていない。その中で魔導師の育成が(おこな)われ、長期戦へと雪崩(なだ)れ込んでいる。

 

「明日は出られるのか?」

「はっ、ご命令があれば」

 

 と、敬礼で答えるエステル魔導少尉。

 つい数時間前まで瀕死の重傷を負っていたと報告があったのが嘘のようだ。だが、目撃した部下が何人も居るのだから一人ひとり疑ってもいられない。

 個人的には長期休暇を与える所だ。

 ケガも軽傷なら再度の出撃に対して抵抗は感じない。だが、腕を欠損するほどとなると心配になる。

 祖国はそこまで非道な国ではない。

 良い働きをする兵士は大事に(いた)わる。

 次の戦闘が終われば一旦、戦線から離れてもらうつもりではあるけれど。

 

「現在『観測者狩り』の専門部隊が多数向かってきている。明日はその部隊の一つを排除してもらいたい。小隊程度では心許ないだろうから、第二〇五強襲魔導中隊と合同での殲滅戦だ。敵戦力が不明な為、確実に一個小隊を撃滅出来れば休暇申請を本部に提出しよう」

「はっ」

「……二〇五魔導中隊には君の同期であるターニャ・デグレチャフ少尉が居ると聞く。戦時中ゆえ挨拶は明日に持ち越しだが……。貴官の武勲を祈る」

「了解しました」

「それから……余計なお世話かもしれないが……。看護兵(メディック)を後方に待機させようか?」

 

 そう言うと今まで表情一つ変えずに事務的に対応してきたエステルが苦笑した。

 子供らしい笑顔は嫌いでは無いけれど、今は戦争の真っ最中だ。

 

「……被弾は自身の未熟と捉えておりますが……。申し訳ありません」

防殻防御膜の強度が薄い魔導師なのだろう、貴官は」

 

 防御を捨てて攻撃力に特化している、と聞こえはいいが一般の魔導師ならば役立たずに入る可能性が高い。それでも『エレニウム九五式』に認められた帝国でも希少な存在なので無下には扱えない。

 何を以って彼女とターニャ・デグレチャフ魔導少尉のみ扱えるのか、技術部にとっては謎のままだ。

 もちろん、才能で言えば他の魔導師にも少しは扱えなければおかしいのだが。

 

「聞きそびれていたな。貴官はその宝珠をどの程度連続使用出来るんだ?」

「大規模術式ならば一日に二度程度。一般術式は特に制限は無いと聞いております」

 

 『祝詞』を使用するほどの事態に関しては一気に膨大な魔力を消費する。

 絶対ではないけれど乱用すれば意識障害に陥るとシューゲル主任技師から聞いていた。

 だが、敵を追い払う程度に出力を抑えれば回数は増やせる。

 起動させる時だけ魔力を万全にしなければならない。疲弊した状態では何が起きるかは保障されていないという。

 

「……考え無しの乱用は無理と……。それを失念していたとは……。そこまで万能という訳ではないのだな……。確かにポンポン使われれば敵に警戒されやすくなる」

 

 エステルの場合は使用後に被弾する隙が出来易いので敵を油断させる事には少なからず貢献しているのかもしれない。だからこそ、そこを敵に狙われる率は多少は低いのではないかと中尉は思った。

 実際に被弾して撃墜されている。それも致命傷のようなケガを負うので。

 まさか()()()()()()()()()とは想定していない筈だ。

 そうでなければ自分達の部隊にもう少し大規模に攻められるか、他の地域を狙われるか、目に見えてわかる攻撃があるはずだ。

 今は準備段階で何も起きないのかもしれないけれど。いずれは何がしかの変化が生まれる。そう何度も相手を騙せはしない事態も考慮に入れておく。

 

「……うん。明日まで充分に休息してくれ。それと必要なものがあれば事前申請せよ」

「了解しました」

 

 敬礼する様は兵隊に憧れる子供のような仕草なのだが、エステルは立派な軍人である。それを忘れてはいけない。

 


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