狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#035

 act 35 

 

 演算宝珠で空に飛び上がったまではいいが、姿無き敵を捕らえるのは興奮した頭でも難しいと判断するエステル。

 かといって黙って見逃すほど()()()()()()()()という戦士は甘くない。

 三回ほどの治癒魔法で完治した腕は即戦力としては使いにくいが動く事が分かれば今はいいと判断する。

 

「……これから楽しい戦争だってのに~! よくも邪魔しやがったなっ!」

 

 普段の少女らしさは欠片も無く、狂戦士としての凶悪な面構えが現れる。

 相対距離はどんどん縮んでいる。魔法による探知ではあるが相手は今も捉えている。

 神またはその眷属だと推測できるが大きさから『座天使(ソロネ)』ではない事は理解した。

 もし座天使(ソロネ)であれば333フィート(100メートル)ほどの巨体だ。尚且つ、アレ(座天使)は車輪型モンスター。

 そもそも室内に現れるような代物ではない。

 スレイン法国時代の情報がそのままとも限らないけれど。

 追っている敵は少なくとも人型。

 

「……神以外となると天使くらいだが……」

 

 人型の天使はいくつか知っている。

 まさか下級の天使(エンジェル)とは思えない。特に単身で行動する下級天使に覚えが無い。

 中位天使でも無いとすれば上位しかいない。

 ちなみに中位天使達がどの程度の強さかはエステルも承知している。それゆえに(デウス)の代行者のような振る舞いをするほどの中位天使に覚えが無い。

 座天使(ソロネ)の上位は智天使(ケルビム)熾天使(セラフ)だ。

 どちらであっても叩き落して確認するだけだが。

 

「神の御使いなら……。お仕置きが必要だよ……ねっと!

 

 不可視化した存在だろうと捉えてしまえば意味がない。だからこそエステルは敵に攻撃できる。

 もちろん、相手が非実体であれば何の効果も現れない。

 

「……天使で非実体なんて……ありえるのかな……」

 

 最下級は確かに非実体のような魂の塊だけれど。

 信仰系の魔法を素早く選定。と、同時に神に祝詞(のりと)を捧げる。

 

デウス様へ。勝手な事をしたら許さないって言ったんだから、ここは目を瞑ってね」

 

 と、普段とは違う抗議の意味で言葉を紡ぐ。

 演算宝珠に魔力を注いだ時、この言葉でもちゃんと機能したので神からの反省と受け止める。

 まずは地面に叩き落さなければならない。

 

 〈超跳躍〉からの〈天空絶死〉

 

 最初の武技(ぶぎ)は現場からとにかく急いで離れたい為に使った。本来は相手との距離を離す為の技である。

 今回はそれを移動に使う為、対象は現場に居た誰かだとは思うが頭の中には敵を追う事しかなかった。

 次の武技(ぶぎ)は跳躍し、相手よりも上空に行った後で攻撃を叩き込む技だ。それを成功させる為には航空術式で少しでも距離を縮めないと届かないと考えた。

 武技(ぶぎ)流派が色々と分かれており、攻撃の他に構えや条件などが決まっている。

 それらを適切に使うことで十全に効果を発揮する。もちろん、条件を無視すれば不発に終わる。

 スティレットによる強烈な一撃を不可視化した相手の身体に当てたのだが、鋼鉄で出来ているのか相当な硬さを感じた。あと、ちゃんと攻撃が当たったので非実体の存在ではない事に安堵する。

 

「……ぐっ」

 

 突きでは手首を傷めてしまうか、と判断したがそれを緩和する為のガントレットでも吸収し切れないほどとなるとかなりの強者でしかありえない。

 上位天使は確実だ。

 

「ならば……次っ! 〈疾風乱舞〉!」

 

 復活したばかりの手にスティレットを持たせ、両手で怒涛の連続攻撃を加える。

 少なくとも手持ちの武器は簡単に壊れるような代物ではない事は確認出来た。

 相手も黙って攻撃を受けるわけも無く、それらは『流水加速』や『即応反射』で対応していく。

 どうやら敵は剣を主体とするようだ。

 身体が小さいおかげで小回りが効き、素早く相手の攻撃に対応できた。

 

〈明王閃〉っ!」

 

 武技(ぶぎ)の中でも最上位に位置する攻撃系最強の技。

 相手に攻撃を当てた途端に手首が折れ、相当な痛みを感じた。

 剣やガントレットで攻撃した方が無難かもしれない、と反省しながら回復魔法を唱えておく。

 

「……おー痛ぇ……。……ったく、(かった)いな~……。どれだけ硬いんだ……全くもう……。……金剛石(アダマンタイト)で出来てんの、その身体……?」

 

 さすがに今の一撃は効いた筈だ。同時に攻撃の反動でダメージを受けてしまったけれど。

 空気の流れから、相手は確実に地面に向かって落ちているのが分かった。だが、それを黙って眺めたりはしない。

 更に追撃の武技(ぶぎ)を発動する。

 

〈流水加速〉……〈狂熊〉っ!

 

 唸り声を上げつつ駄目押しの一撃を見舞う。それと同時に『燃霜(フロストバーン)』を上乗せする。

 接触による冷気ダメージを与える魔法だ。

 効果があるのかは考えずに行使する。

 密着からの魔法による攻撃で空中爆破のような現象が起きる。そのすぐ後に地面に何かが激突し、辺りに土ぼこりを撒き散らす。

 相手が上位天使ならまだ倒しきれていない気がするが、今のところ身体に大きなケガは無い筈だ。

 先ほど折れた手首も完治し始めているし、まだ戦える事を確認する。

 

          

 

 瓦礫の中から不可視化した天使と思われる存在が立ち上がってきたのが分かる。

 エステルは追撃の為の攻撃態勢に入る。それは前世で多用した獲物を狩る時に使う戦闘フォーム。

 上半身のみを地面にスレスレまで近づけ、全身をバネのように使って突進する攻撃。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけた兵士達からは小さな猫が煙りに向かう場面に見えている事だろう。

 その奇異な体勢から繰り出されるのは彼女にとっての使い慣れた殺人術。

 

〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉。……〈能力超向上〉

 

 新しい武技(ぶぎ)の連続使用でもまだ集中力は持続している。

 (デウス)の恩恵は未だに衰えていない。

 それはつまりこの戦闘を継続しても良い、というお墨付きだ。

 ならば。期待に応えなければならない。

 疾走を開始するエステル。それとほぼ同時に敵が剣を構えた。

 身体は不可視化したままだが剣は大気を歪め、炎を顕現し始める。

 攻撃を受けても不可視化が解けないのは連続使用しているのか。少なくとも常時発動型特殊技術(パッシブスキル)とは思えない。

 炎の剣を持つ天使は智天使(ケルビム)か、とエステルは小さく呟く。

 熾天使(セラフ)とも思ったが、それはそれで別に構わない。

 地面に叩きつけられる程度なら倒せる可能性がとても高い。

 それゆえに智天使(ケルビム)の剣を奪ってみる、という考えが過ぎる。

 最悪、倒せないまでもタダで負ける気は無い。

 

「死ィィネェェ~!」

 

 獣の如き咆哮の為、喉が潰れるようなしわがれた発音になってしまったがエステルは気にも留めない。

 それでこそ武技(ぶぎ)が生かせる。

 咆哮する事で攻撃力が上がる。だからこそ、今の自分は全力で戦える。

 最初の一撃を見舞ったと同時にお腹に熱を感じた。

 不可視化している相手なので動きを読むのは少し難しい。その油断は確かにあるかもしれない。

 

 腹部を貫く炎の剣。

 

 熱い。内臓を焼く熱量が襲ってくる。

 もちろん、それは想定内だ。

 この一撃は捨て身なのだから。

 

「ガァッ! ウァッ!」

 

 分かっていてもやはり痛いし、熱い。

 宝珠による防御が紙の様に貫かれている。

 つまり相手は弱くないという事だ。

 これが下級の大天使(アークエンジェル)なら防ぎきれる自信がある。

 充血する瞳。(はた)から見れば血の固まりに見えるかもしれない。

 それでも攻撃を止める事は出来ない。

 

「……ツカマエタ……。ソノ武器ヲ貰イ受ケルッ!

 

 天使からは何も言葉は無いが、聞く気も無い。

 左手に持つスティレットで天使の腕を貫く。

 そのまますかさず次の武技(ぶぎ)を発動する。

 

〈穴熊〉っ!」

 

 相手に組み付かれても攻撃できる武技(ぶぎ)

 

〈狂狼〉っ!」

 

 防御を捨てて攻撃する武技(ぶぎ)。こちらも咆哮しながら攻撃するタイプだ。

 普通の技と違い、武技(ぶぎ)は発動すれば非常識な効果を現す。

 もちろん、強い武技(ぶぎ)ほど集中力を消費する。

 いくらエステルとて乱用は出来ない。確実にダメージを与える冷静さも必要だ。

 血反吐をぶちまけながらも天使の腕を滅多刺しにし、強引に引き千切る。それはもはや獣の如く。

 その攻撃時間は、ほんの数秒ほどしかかかっていない。

 敵は二刀流ではないようで、天使のもう片方の腕からの攻撃は無かった。というか、させなかった、が正確か。

 もし、盾を持っていれば、それも奪いたいところだが今はお腹が熱くて痛い。

 早く治癒しないと死ぬかもしれない、と思った。

 

「……硬イ身体ダナ、全ク……」

 

 相手から離れる時、鞘っぽいものも奪っておいた。

 一気に武器を引き抜くと炎の刀身の見事さが視界に飛び込む。

 智天使(ケルビム)の剣は有名だが、正式名称を忘れてしまった。とても長い名前というのは分かっている。

 通常の天使には高速治癒があるので腕を切断しても短時間で修復されてしまう。

 だからこそ短期決戦で仕留めなければならない。

 おそらく智天使(ケルビム)も他の天使と同様の筈だ。

 痛みに耐えつつ治癒魔法を発動し、次の攻撃に備える。

 いくら治癒できるとしても体力の回復はそう簡単ではない。既に足腰がガタガタと震え始めている。

 予想外の痛みに身体が驚いているのかもしれない。

 

「……意外と頑丈だな、クソ……」

 

 喉が治っていたが気にせず前を見つめる。

 不可視化が解けていき、正体が現れる。

 それは想定以上のダメージを受けて特殊技術(スキル)が維持出来なくなったから、かもしれない。

 


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