狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#037

 act 37 

 

 様々な音が頭に入ってきたが、どういう状況なのかまったく分からない。

 とにかく、自分は負けた。

 勝てるかも、と思ったのが間違いだったとでも言うように。

 神の恩恵を受けた筈なのに。

 

看護兵(メディック)っ!」

「しっかりしろ! 大丈夫かっ!」

 

 兵士達の声は聞こえている。

 それに対して自分は声を発する事が出来ない。そして、とても眠かった。

 このまま眠るともう二度と起き上がれない。そんな気がした。

 

「………」

 

 神の尖兵に人間は勝つ事が出来ないのか。いや、そういう訳ではないはずだ。

 最強武技(ぶぎ)が一応とはいえ通じた。

 幼い身体で出来る事はここまで、という限界かもしれない。

 

「意識が朦朧としているようですっ! 先ほどからうわ言を呟いています!」

治癒魔法を使え、エステル魔導少尉っ!」

「聞こえていないかもしれません」

 

 聞こえています。そう答えたいのだが身体がどうにも重い。

 治癒魔法を使う。それはとても合理的だ。ではなぜ、使おうとしない。

 魔力が枯渇したからか。それとも身体が治癒を拒否しているのか。

 おぼろげな思考が判断力を鈍らせる。

 

「……強い……な……」

 

 悔しいほどの実力の差。

 とんでもないモンスターは確かに存在するけれど、それでも次に会えばまた戦いたいと思う。

 その為には鍛錬は欠かせない。

 神の恩恵以上に努力しなければ、自分はいとも簡単に死んでしまう。

 久方ぶりの強者。もし、もう少し機敏に動かれていたら、もっと早く自分は倒されていた。

 体力バカとはあまり戦いたくないものだと、少し後悔はあるけれど。

 次は、負けないよ。

 戦利品はこちらにあるんだから。

 

          

 

 損傷していた内臓は数分後に再生し始め、周りに居た兵士達は安堵する。

 人間がここまで酷い状態になったにも関わらず、敵の攻撃というわけではなく、未知の怪現象という事に上層部は処理しようと検討が始められた。

 とてもまともな思考で説明できるとは思えなかったからだが。

 腹部を打ち抜かれ、辺りに内臓が飛び散っていたが、それらは綺麗に掃除されていた。

 切り落とされていた腕も死体安置所に集められている。

 普通ならば魔法で再生した場合、切り離された肉体などは消滅するのがエステル達の世界の常識だった。事実、天使の腕は光りの粒子となって消えた。

 しかし、この世界では肉体の消滅現象は起こらず、周りの被害が残ったままだ。

 

「エステル少尉は何と戦っていたんでしょうか?」

「天使らしい。まさか実在するとは思わなかったが……」

 

 さすがに獅子の頭を持ち、翼を持った怪生物を目の当たりにした兵士達の証言を妄想と切り捨てる事は出来ない。

 シュワルコフ中尉オイレンベルク中尉も目撃してしまったのだから。

 とどめとしてターニャ・デグレチャフ魔導少尉が狙撃銃で仕留めようかと思ったが一撃で死ななかった時の被害が()()脳裏を過ぎり、引き金が引けなかった。

 迂闊に倒して報復措置をとられる事もあるので。

 エステルがここまでやられる相手だ。まともに戦う事は()()無理だと判断する。

 最後に食らった一撃で背中から肝臓やら腸が飛び散り、とどめの一撃で吹き飛ばされた時、複数の拠点を薙ぎ倒す。その過程で上半身と下半身が分断。

 後は表現する事が(はばか)られるような酷い有様となった。

 普通なら即死していてもおかしくない。辛うじて意識が残っていたのは日々の鍛錬のお陰か。それとも演算宝珠の加護か。

 もし自分ならとっくに死んでいる。

 よく死地から戻ったと誉めるべきだ。

 それにしっかり天使から装備を剥ぎ取っているし。タダでは死なないしぶとさは見習いたいものだ、とデグレチャフは呆れつつ感心した。

 急な復活はさすがに無理と判断し、作戦は出来る限り延期となった。

 エステル以外のケガ人は多数出たが死者は一人も居ない。

 未知の存在に対して判断がしにくいので、追求するのも不毛ではないかと二人の中尉は情報を刷り合わせる。

 エステルを除く現行戦力で、目的であった『観測者狩り』を排除する為の作戦を練り直す。

 天使の来襲は来た時に考えるとして気持ちを切り替える。

 


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