狂女戦記 作:ホワイトブリム
憑衣というオカルトじみた現象ならばエステルが仲間を襲う可能性があり、それを防ぐ意味であればデグレチャフの行動は責められない。
そんな強引な論理で棚上げする事にした。
エステル本人も気にしていないし。
というより、よく平然としていられるものだと未だにオイレンベルクは驚きに包まれていた。
「銃を向けた事に対する正当防衛として処理するにも少し強引な気がする」
デグレチャフを退出させた後、中隊長はエステルに言った。
「いくら治癒魔法とやらで完治したとしても、だ」
「仮に黙って撃たれていれば結果はきっと同じだと思います」
罰則を受ける相手が変わるだけ。確かにその通りだと中尉も思った。
それでも納得できないのはエステル達が持つ『エレニウム九五式』という宝珠が原因なんだろう。それ以外に考えられないけれど。
しかもまさか化け物を呼び込むほどとは思わなかった。
あれはどう説明すればいいのか。
戦闘のし過ぎで集団催眠に陥った、と報告すべきか。
あと、目撃者が多いのも言い訳がしにくい原因でもある。
「……幻影術式による暴走と処理するのは……、少し暴論ではないか? それについて貴官はどう思う?」
「それが無難な解答だと判断いたします。バカ正直に書いても目撃していない者が納得するとは思えません」
それは確かにそうなんだが、それでいいのか、と思う自分が居る。
下手をすればエステルの一人芝居で辺りを破壊し尽くしたと思われて、彼女が軍法会議にかけられる。
当然の事ながら一人で暴れ回った原因が天使と戦っていた、などと上層部が信用する筈がない。
運がいいのは死傷者を出さなかった事だ。それは本当に信じられないけれど。
少なくとも銃殺は防げる筈だ。
「……このままだと禁固刑に処されるが?」
後は罰金刑だ。
命令違反については不可抗力だとシュワルコフ中尉と連名で上申すれば減刑できると思うけれど。
「禁固刑ならば……無難でしょうか。それで示談が成立するならば……」
戦利品の提出を良しとすれば更に減刑できる可能性はある。
エステルが物凄く悲しい顔をするのは想像に難くない。
とはいえ、いつまでも検討している余裕は無く、次の戦闘の準備をしなければならない。
戦時による特例を出来る限り使用し、勝利を得る事を優先させなければ貴重な兵士を失う事になる。
もちろん、それは自分の昇進にも関係するから他人事ではない。
「よし。出来る限り処理はこちらに任せてもらおうか」
「はっ。了解いたしました」
「観測者狩りは昨日の段階ではまだ小規模だったが……。装備を整えて
「はっ」
敬礼する様は昨日までミンチになっていた兵士とは思えない綺麗な立ち姿に見えた。
★ ★ ★
自分の拠点に戻る頃、デグレチャフと彼女の部下と思われる一団に出くわした。
相手方は一瞬だけ顔を逸らしたが、それについてエステルは
「私の妄想で事を収める事態になりそうだ」
と、最初に言ってみたらデグレチャフは苦笑した。
「あれだけ派手に暴れた後で妄想で済ませるのか……」
「想定外が起きたのだから仕方が無い。デグレチャフ少尉の立場なら
「……一発は撃つな……、確実に」
だからこその抜刀だ。
まさか眷属だったとは想定していなかったけれど。
「……エステル少尉はあれだけのケガをしたはずなのに……。もう復帰なさるとは……」
と、後ろに控えていた女性将校が口元を抑えながら言った。
名前は思い出せなかったけれど。
「私を殺す場合は頭か心臓を撃ち抜かないと復活するよ。……防御が弱いのはどうにもならないみたいだけど……」
軍刀ではなく銃で対応していれば確実にエステルを殺害する結果になっていた、とも言える。
安易に頭などを狙わなくて今は良かった、とデグレチャフは少しだけ安心した。
「は、はあ……」
「今回は不可抗力という事で済ませていいかな?」
「……貴官がそれでいいなら私は何も言わない」
立ち位置としては
この距離はとても危険な長さに思えた。
身体は小さくとも一足で距離は意味を無くす。
「了解した。……それから、今回の事で目標が出来た。
「んっ……」
エステルは
単純に銃を
「貴官を殺す場合は拳銃ではなく、我が
腕を下げてエステルは笑う。
「こんなちゃちな武器では
少しだけ驚いたデグレチャフだが、エステルの真意はさすがに読むのが難しい。
もし言っている事が真実だと仮定すれば戦士として戦う、という意味になる。
部下の前で殺害宣言をしたも同然だが、ちゃんと表現を抑えている辺りは賢い人間なのかもしれない、と。
周りの部下達はあまり理解していないようだし。
本来はデグレチャフを殺すために存在Xによって転生された相手だ。支援は無くとも存在Xの命令を聞かなければ
神を自称をするクセに脅迫めいた勧誘を辞さない辺り、腹立たしいが、とデグレチャフは少し怒りを覚える。
それに殺す相手は『ターニャ・フォン・デグレチャフ』であり、現段階の『ターニャ・デグレチャフ』はまだ殺害対象ではなかった筈だ。
「私としては簡単に裏切られたくないが……。まあ……、そういうつもりならこちらにも考えがある、という事を示す必要がある」
エステルは顔では笑っているが内心は怒り狂っているようにデグレチャフには思えた。
「デグレチャフ少尉」
エステルの言葉に少し驚きつつ呻くデグレチャフ。
つい叱られると思ってしまった。今の雰囲気ではそう感じたからだ。
「貴官がその気になれば首を落とせたのではないか? ……何故、腕を?」
デグレチャフを殺す予定だと伝えているのだから絶好の機会だったろうに、と残念そうに思うエステル。
迂闊に同僚を殺せば軍法会議行き、かもしれないことは確かに想定できるけれど。
正当防衛ならば減刑されるのではないか、とも思える。
その上でもやはり『何故』と疑問を抱く。
確かにデグレチャフも首ではなく腕に変更したのは不思議だったのかもしれない、と思わないでもない。
つい罰則が頭を過ぎった。その姑息な考えが結果を変えた、とも言える。確かに絶好の機会だったけれど。
それでも後の事を思えば苦肉の行動だった。
後悔しても仕方がないけれど、腕を狙う事が最善の方法だったと今は思う。
「……小官が手にした武器がたまたま刀剣で狙いが逸れてしまった。幼い身体ゆえ、あれが限界だった……、というのでは不満かな?」
「……惜しい事をしたなデグレチャフ少尉」
同じ声で言い合う二人の将校。
それぞれの部下は言い知れない気迫に言葉がかけられなかった。
どう見ても小さな少女なのに尋常ではない戦士の気配を振り撒いている。
人を殺し慣れた殺人鬼を前にしているような異様な雰囲気とでもいう感じだ。
パンっ。
両手を音が鳴るほど強く叩くエステルに異様な雰囲気は霧散した。それほど周りの部下の耳にはっきり聞こえるほどの音で驚いた。
「安易に死ななくて良かった。生活の場を与えられたのだから、後四十年は生きていたいものだよ」
強硬手段に出て来たのはエステルにとっても想定外だった。
デウスは何を以って事を急ぐのか、その真意を聞きたいところだが会い方が分からない。
普通は神様に会えるものではないけれど。
それといつまでも不毛な会話を続けるわけにも行かないし、と。
「今はお互い生きて帰ろう」
そう言いつつ去っていくエステル。部下達も急いで彼女の後を追う。
残されたデグレチャフは大きなため息を吐いて自分達の拠点に向かった。
不毛な話しはやめて仕事へと思考を切り替える。