狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#004

 act 4 

 

 帝国軍士官学校にて身体検査の後、入学試験を受ける。

 実技試験はいきなり受けないので面接から始まっていく。

 大言壮語の美辞麗句は聞き飽きた、という面接官の顔が小さな子供に向けられていた。

 いくら兵士が足りないからといっても子供に頼るようになるとは思っても見なかった。

 年端も行かない女子供を戦場に送るのは歴戦の軍人とはいえ良心が痛む。だが、それでも頼らざるを得ないのが現状なのだ。

 

「どの子にも尋ねているが……。何故、その歳で士官学校に志願したのか」

 

 魔導適性のある子は一様に尋ねられる一般的な質疑で特別な事は無い。

 面接官に向かって後ろで手を組み姿勢を正す小さな少女。

 

「一生を棒に振るくらいならばお国の為に働きたいからです」

「確かに魔導適性値は高いのだが……。危険な戦闘に向かう事になるよ」

「安全な場所など何所にもありません」

 

 士官学校に入ることは簡単だが卒業するまでが大変だ。

 小さな身体の少女(しょうじょ)どころか幼女(ようじょ)に満たない子供に大人と同じ訓練など絵空事(えそらごと)のように困難を極める。

 力と背丈がそもそも足りない。

 口先だけ一人前では誰でも兵士になれる。

 かつて『漆黒聖典』に入った時も厳しい訓練の毎日だった。それに比べれば同程度とは言わないが、ついていけないことはないと思う。ただ、やはり身体の都合は影響している。

 修道院で食べてきたものに比べればマシだ。人肉の料理はまず出て来ない。

 勉強についてはさすがに梃子摺(てこず)っているが、この点に関してはターニャに()があった。

 競い合いたいわけではないが着かず離れず相手の技を盗む。これは戦術においての基礎や基本ともいえる。

 肉体で優位に立てても知識で後手に回るのは悔しいと思う。

 そもそも集団戦術の常識が違いすぎる。

 剣と魔法で敵を倒すわけではないのだから。

 支給された武器でのみで対応する。なんと地味な戦い方だろうか。個人戦力を否定している。

 規律は確かに厳しい。反抗を許さないところは気に食わない。

 軍の規律を守る限りにおいて生活は保障されているようだから文句は言えないけれど。

 

          

 

 入学から半年は過ぎただろうか。気がつけば時間があっという間に過ぎていく。

 ターニャは頭角を現しているというのに自分は事務方で手間取っている。戦闘訓練ならば負けない自信があるのだが、軍の規則というものは複雑怪奇で難儀する。

 入隊してすぐ戦闘かと思っていた。

 地道な訓練の毎日は嫌いではないのだが期待はずれな印象は(ぬぐ)えない。

 今日は一般兵士に支給されている『演算宝珠(えんざんほうじゅ)』の使用訓練だ。

 製作費がとても高いので無くしてはいけないものだと何度も説明を受けた。

 簡単に言えば魔力を込めると様々な効果が現れるマジックアイテムとなる。

 この世界の魔法というのは魔力の存在は認められているのだが効率よく使用する手段が限定的だった。

 演算宝珠無しでは人は空を飛べないと言われている。

 それはただ単に第三位階の魔法を行使出来ないからではないかと口走った事がある。

 その時は周りに嘲笑されたものだ。

 この世界に位階魔法などという概念は無いらしいので。

 魔法という概念はあるのに位階魔法の事は知られていない。それはやはり世界が違うから、という事か。

 所変われば品変わる、という言葉があるくらいだ。

 

「では、次っ」

「はい!」

 

 兵士達に支給された演算宝珠2インチ(5センチメートル)ほどの長方形で赤い宝石のような結晶体だった。それに魔力を注ぎ入れるのだが、これが中々うまくいかない。

 使おうとすると頭痛が起きる。

 頭の中に無数の針が出来て何度も抜き差しするような痛みを感じ、気持ち悪くなる。

 数分も経たない内に鼻血が出るのだが、それが何日も続いた。

 日が経つにつれて慣れてきたのか頭痛は和らいできたが訓練日程は遅れてしまった。

 

「今日こそ飛べるかやってみろ」

「はいっ!」

 

 使うたびに起きるのは魔法の知識ではないだろうか。無数の言葉や文字情報が頭に叩き込まれる感じだった。

 幼い身体に無理に詰め込むから今まで時間がかかったのではないかと思う。

 なにしろ演算宝珠というのはたった一つで様々な効果を現すものらしいから。

 飛行。防殻。攻撃する様々な効果。通信。通信妨害と多機能だ。

 それらを適切に制御するのは魔法に慣れているとはいえ難儀する。

 いっそ自前の魔法で飛ぶ方が早いのではないだろうか。だが、魔法を使用するコスト用のアイテムは所持していない。

 今の段階では演算宝珠に頼るしかない。

 戦闘経験は豊富だが魔法の経験が無いわけではない。

 

クレマンティーヌ・()()()()二号生。出発します」

 

 魔力注入は何度も練習したから問題は無い。

 初めての行為に対して痛みを覚えるのは脳がそれだけ敏感だから、という推測が立てられる。

 演算宝珠の質にも拠るだろう。粗悪品ほど効率が悪いのは()()でも変わらないようだ。

 良いアイテムは高額になる。それと同じ。

 浮遊術式は装備品による魔力増幅装置などのアンバランスさで制御は難しいが少しずつ身体が空へと昇り始める。

 実際の戦闘では遠距離射撃も追加されるから一つ一つ練習あるのみだ。

 『飛行(フライ)』とはまた違う概念の魔法効果はただただ感心した。

 飛んでいる間、魔力は一定量を消費する。それ自体は特に問題は無いが痛みを緩和する脳内麻薬の分泌というものは少し苦痛だった。

 麻薬常習者ではないし、妙な高揚感は不慣れなところがあった。

 中毒性を干渉式で防御するのが基本なのだが今は後悔している。

 魔法の勉強をもっとしておけば良かった、と。

 空を飛べた後は練習あるのみだ。何事も一回の成功で満足してはいけない。ここから研鑚の日々が始まる。

 


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