狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#041

 act 41 

 

 予定時刻の少し前に『エレニウム工廠製九五式演算宝珠』の動作確認を(おこな)う。

 神の眷属と戦い、その後の使用が封印されているおそれがあったのだが、簡易的な術式に関して特に問題は無い様だった。

 予定外の出来事とはいえデウスのところでは何が起きているのか、エステルは呆れながら空を仰ぐ。

 本来の仕事を完遂するには障害が多すぎる。単に達成できたとしても身の安全は全く保証されていない。それがよく分かった。

 やはり神の世界では人間の命は相当に軽視されている。

 それはそれで困った事だ。

 

 そんな事じゃあ、信者が減っちゃうよ。

 

 と眉根を寄せながらデウスに願いのような祈りを届ける。

 神を信じない無神論者が増えて困るのならばもう少し何とかした方がいい。特に人間に対しての考え方とか。

 とはいえ、そんな事を思ったところでデウスに届くのかは分からない。

 自分は祈るだけだ。

 迂闊に祈るとトランス状態になるかもしれない、と思うとまた別の意味で困った事態に陥る。

 これも何とかしてください、と()()祈っておく。

 本当はちゃんと祈りたいエステルだった。だが、戦闘に支障が出ては一大事。

 

「小隊長。そろそろ時間です」

「……神様も大変みたいだね」

「全ての人間の事を考えておられる大神(たいしん)ならば当たり前かも知れません」

 

 と、ハイベルト・フォン・トラップ伍長が言った。

 首にかけていた十字架のアクセサリーを引っ張り出す。

 

「神は一人の為におわすわけではありません。ただ、我々人間が我侭(わがまま)なだけです」

「案外、神様は我がままかもよ」

「……ところで小隊長は敬虔な信者なのですか? もし、そうであるならば拝礼に際し、ご一緒させていただきたいものです」

 

 戦場には大層な教会は無いが、敬虔な信者が多数居る事は分かっている。

 それぞれの拠点に小さな拝礼用の像が設置されていたり、手作りの十字架が置かれていたりする。

 宗教はほぼ一つ。とはいえ帝国は宗教戦争をしているわけではない。

 今のところは、と付くかも知れないけれど。

 異世界なので何の宗教かまでは分からないが、神を信じる者は誰であれ受け入れるものらしい。

 

「時間があれば考えておくよ。その為には生き残らないとね」

「はい」

 

 身支度を整えて中隊長の居る施設向かう。

 昨日の今日で大恥をかいた身だがまだ挽回できる筈だと胸に秘める。

 食事を充分に摂ったとはいえ本調子とはいえないかもしれない。そこは部下の掩護に期待させてもらう。

 

          

 

 既に整列していた小隊を横目にエステル達の隊も並ぶ。

 二〇五強襲魔導中隊二〇六強襲魔導中隊による観測者狩り(おこな)敵魔導師殲滅戦のブリーフィングが執り行われる。

 

「昨日の戦闘は我々にも想定外だが……。それにいつまでも拘っていては戦闘にならない」

 

 オイレンベルク中尉は言った。

 本当はまだ何か起きるのでは、と少し視線を泳がせたがすぐに隊に目線を合わせる。

 

「最初の戦闘の後はまた歩兵の回収任務などに入ってもらうが戦線の拡大は君たちの仕事ではない」

 

 魔導師の待遇は歩兵より低い。それは絶対数が少ないからだ。

 貴重な戦力を無駄に減らしたくない思惑があり、彼らが身につける演算宝珠はとても高価だからだ。

 今はまだ無茶な運用が出来ないのでもどかしい限りとなっている。

 

「各隊は防御を密に。出来るだけ接敵戦闘は避けるように」

「デグレチャフ、エステル両魔導少尉による大規模な爆炎術式による殲滅を敢行。それから余裕があれば継続戦闘に移行してもいいし、そのまま後退してもいい」

『はっ!』

 

 と、デグレチャフとエステルが同時に元気良く敬礼しながら返事をした。

 左右から同じ声が重なったので室内に不思議な音色が響いた。

 

「……今回は邪魔は入らないようだ。では、今から300以内に装備を整え、向かってくれ」

 

 その言葉の後で全員が敬礼し、即座に移動が始まる。

 敵魔導師の殲滅戦。

 大仰なもののようで広い戦場においては一地域の出来事に過ぎない。

 現状戦力の全てを少数の部隊で賄う事は出来はしない。

 各小隊は装備を身に付け、それぞれ集合し、点呼をとる。それが終わればすぐに飛行術式を展開し始める。

 

『こちらCP(コマンドポスト)。オーバー』

 

 各隊員に指揮所(CP)から連絡が入る。

 

CP、感度良好。オーバー」

『貴官らのコールサインはロビン

「了解。以降ロビン01と呼称。CP、オーバー」

『武運を祈る。アウト』

 

 通信を切り、部下に再確認させ速度を上げる。

 

『こちら、コールサインはフェアリー。オーバー』

 

 聞きなれた声がエステルの耳に届く。

 自分の声とほぼ同じなので不思議な感覚になり、つい苦笑が漏れる。

 

「こちらロビン01。感度良好。オーバー」

『目標地点の座標を送る。貴官の部隊……、貴官一人が先行し他の部隊を下がらせろ。我々がこれから包囲戦にてある程度、狭めておく』

「了解した。では、後ほど」

『……防御は厚くしておけ。アウト』

 

 戦友からのありがたい言葉。その期待に応えなければ情けないことこの上ない。

 と思ったすぐ後で目の前に座標を示す術式が自動的に展開された。

 演算宝珠の機能の一つで各部隊共通で扱える代物である。

 これは九五式だけが特別ではなく、標準装備の宝珠の基本機能となっている。

 

ロビン02(ベルリッヒ)03(ポウペン)04(トラップ)。座標は受け取った?」

「はい」

「では、戦闘開始だ。……ただし、接敵戦闘ではない。それは留意せよ」

『了解しました』

 

 三人の声が重なる。

 移動に関して地上からの砲撃は適度に狙い撃ちし、被弾が無ければ指定された場所まで移動するだけだ。

 ベルリッヒ達は隊長の防御が薄い事を懸念し、防殻術式で援護する。それに関してエステルは邪険にしなかった。

 今回の作戦は迂闊に失敗出来ないので確実に履行する為に恥を忍ぶ。

 


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