狂女戦記 作:ホワイトブリム
本来は集団行動が苦手なエステルにとって単独行動こそが本領を発揮できる手段である。
確かにトランスの問題があるので無闇に突っ込めないのが恨めしい。
敵魔導師は視認出来るだけで二十人ほど。
そこにいきなり銃弾は打ち込めない。
まず相手に警告をするのが基本だ。それは無駄だと分かっていても
まず射撃せず、威嚇の為に接敵し、上空に逃走する。
対象を自分ひとりに向けさせるためだ。
だが、相手は初手に何らかの術式を撃ってきた。
「おうわっ!」
思わず避けたが背後に部下が居ないか、すばやく確認。
そのすぐ後で爆発音が轟いたので爆裂術式だと思われる。
空中だから運が良かったものの、地表に近ければ爆発に巻き込まれている可能性があった。
「ロビン02! そっちは無事か!?」
『今の攻撃はこちらでも確認しました。我々は無事です。安心して下さい』
「了解っ!」
短いやり取りで通信を切る。
何もしていない内に退場するのはエステルとて腹が立つので勘弁してほしいところだ。
通信周波数をオープン回線に切り替える。
「ここは既に帝国領である。速やかに撤退せよ。戦闘の意思があれば自衛の為に応戦せざるをえない」
エステルを中心として敵味方に聞かせる。
自分達はあくまで自衛の為に戦闘をしている、という事を伝える為だ。それを無視する場合は迎撃しなければならない。
「うるせー! お前らこそ領土、領空を侵犯してんじゃねーか!」
と言いつつ銃撃してきた。
それらは弾道予測の術式で充分に避けきれるものだった。
使いこなすごとに演算宝珠の便利な機能に感心する。
「警告する。戦闘を速やかに停止せよ。これは……」
「構わん! 狙い撃て!」
エステルは慌てずに弾道予測と回避の術式。それと念のために防御魔法を展開。
そして、敵を牽制しつつエレニウム九五式が仕舞われている胸に手を当てる。
「父たるデウスよ。祖国に仇なす
異音を響かせて黄金の輝きを放つ魔力が発生する。
全身に破格の魔力が満ち始める。それと同時に脳内が鮮明になるのを自覚する。だが、それは脳内麻薬の過剰投与並みに危険である事はエステルも分かっているので、少し抵抗を覚えつつ敵の出方を窺う。
一度発動させたエレニウム工廠製九五式演算宝珠を途中で止める事は危険だ。
一撃を放つ為に必要な弾以外の残弾を再確認しておく。すぐに余裕がある事が分かり、まずは接敵戦闘で数人ほど叩き落としにかかる。
相手を誘き寄せるには犠牲が多少なりとも必要だ。この場合は生死は問わない。
いきなり大技を繰り出すと隙が大きくなり、その後の戦闘に支障が出る。
確実に撃滅する。
もとより彼らを逃がす気など毛ほどにも無い。
スティレットを取り出し、防護の術式をまとわせる。
万が一、貫通術式などで破壊されては勿体ないので。
「クヒっ」
口を思いっきり横に広げ、その影響で不気味な含み笑いがこぼれる。
飛び交う銃弾に真っ向から突っ込むのは自殺行為だが、今回はそれを見越して突っ込む。
万全の態勢でエステルは敵に突入し、体勢を無理矢理戻す『即応反射』という
航空術式がいくら優れていようとも慣性の法則からは逃れられない。けれども
どういう原理なのか使っているエステル本人は全く理解しておらず、感覚的に出来ている。という以外に答えようがなかった。
「なんだこいつは!?」
「小さい身体で変な動きしやがる!」
敵がエステルに狙いを付けようにも乱戦模様となっているので迂闊に撃てば味方に当たる。
武器を持っているが打撃のみで混乱を誘っている。
その後、拳や足による格闘で次々と蹴散らされる。
大の大人が子供に過ぎない兵士一人に。
それもただの子供ではない。
小型だが空を飛ぶ獰猛な獣だ。
適度に痛めつけられた敵はエステルに意識が向き、彼女を追いはじめる。
それこそがエステルの目的だった。
上空に退避しつつ敵に撤退を要求する事は忘れない。
「これ以上の戦闘は不毛である。速やかに撤退する事を勧める」
「ふざけるな!」
離れた途端に銃弾の嵐が飛び交う。しかし、頭に血が上った連中の弾など冷静な思考になっているエステルに当てる事は難しい。
その為の回避運動の術式だ。
背後からの銃弾の軌道は目蓋を閉じても映像として映し出せる。
脳内でどう避ければいいか教えてくれる。
ただ、原理は全く分からないけれど。
疑問に思う時間が惜しいので戦闘に意識を集中させる。
速度を上げて引き離し、幻影術式による
敵方からは分身して飛び散っていくように見えている。
「な、なんだ!? デコイだと……」
一人ずつ振り返り銃を構えだす。それを敵が狙撃すると撃たれたデコイは消えていく。
時間差で振り返るので一番後ろが本物なのかどうか、混乱する頭では見抜けなかった。
追うことに必死で判断力が低下した為だと思われる。
一度視認した敵の動きは振り向かなくても追跡する術式が追っている。
ある程度の高さ、限界高度を少し越えたあたりで停止し、振り返る。
「もう一度警告する。これを無視する事は敵対行為と見なす」
と、言い終わった後で銃弾が飛んできた。
『ロビン01。……こちらの仕事は終わった』
通信回線を素早く限定仕様に戻す。
思考が鮮明なので何をすべきなのか感覚的に理解出来た。
「……これより撃滅する。……オーバー」
『了解。アウト』
デグレチャフの通信の後で敵に狙撃銃を構えるエステル。
「……警告はした。……ならば後は仕事を片付けるだけだ」
味方から結構離れたので大規模な術式でも大丈夫だと判断する。
エレニウム工廠製九五式演算宝珠から溢れ出る魔力を弾丸に封入する。
銃身に魔力が注ぎ込まれて輝いていく。だが、その時、予想外の方向から弾丸を打ち込まれ、エステルの右膝が吹き飛んだ。
「!?」
起死回生で無理な魔力注入により放たれた貫通術式だと思われる。
仮に爆裂術式であれば貫通力が足りず、今のエステルの絶対防御なら防がれていた。
痛みが脳内を揺さぶってきたが、それを無理矢理に押さえ込む。
トランスにより回避運動に意識が回されていない。ゆえに第二の射撃が飛んできて左腕を吹き飛ばし、顔を掠めていった。
攻撃に術式が注がれていて、回避や防御は魔法頼みなのだが機能していないのか、貫通術式だから突破されたのか。
それらを考えることも今は出来ていない。
今のエステルに自分の身体を守る意識は無く、射撃に全て向けられていた。
腕は一本残っていればいい。だが、痛みは消せない。
もたもたしていると涙が出てきて標準が狂う、と脳に命令がいくつも届く。
「……貫通術式には勝てないのか……。だけど、もうチャンスはあげないよー……」
既に術式は完成している。
後は引き金を引くだけだ。
「我が一撃は神の言葉……。デウスの祝福により空へと還れ。……迷える子羊よ。汝らは指し示された道を
演算宝珠から弾丸へと注ぎ込まれ、光りが今にも破裂しそうな勢いで輝いている。
残った左足に狙撃銃を乗せ体勢を調節しつつ敵に狙いをつける。そして、引き金を引く。
撃ち出された弾丸は敵へと向かう。
それは銃弾というよりは空から降り注ぐ光りそのもの。
多くの魔力を用いて撃ち出される一撃は『極大爆炎術式』という。
通常の爆炎術式よりも広範囲に被害をもたらし、それは例え撃った当人でさえすぐに回避しなければ巻き込まれてしまうほどの威力がある。
防御が厚いデグレチャフなら軽い火傷で済むがエステルの場合は大火傷に陥っても不思議は無い。
★ ★ ★
放たれた一撃が彼らの側で大規模な爆発を起こし、追跡していた敵魔導師二個中隊は引き起こされた爆炎術式により壊滅。
この術式は当てる必要は無い。一定距離進んだ後に蓄えた魔力が限界を迎え大爆発する。
高火力を伴なう爆発と熱風が瞬間的に発生する。それを至近距離で味わう敵にとってそこから逃げる事など不可能に近い。
エステル自身にも影響を及ぼす術式なので、仮に至近距離の敵に当ててしまうとなりふり構わず逃げるしかなくなる。
「……汝らにデウスのご加護を……」
熱風が吹きすさぶ中、エステルは手足を失い、右目が潰れた状態にも関わらず爆炎を睥睨していた。
そこに巻き込まれた魔導師を哀れんでいるように。
滴り落ちる血が悲しみの涙のようだ。
銃を左腕だけでなんとか背中にかけ、天に向かって腕を伸ばす。
「〈
第五位階の魔法を唱えるとエステルの身体の周りからどこからともなく大量の水が発生し、地面に向かって落ちていく。
それはまだ広がり続けていた爆炎に降りかかり鎮火しようとする。
その様子を黙って見ていたエステルは移動を開始する。
敵の姿は無く、先ほどの一撃で既に炭となって落下していた。ゆえに戦闘は終わりだ。
自分の魔法によって熱は冷め、血も流れ落ちるが途中で意識を喪失し、身体そのものが落ちていった。
その後の事は覚えていないが大量出血による意識障害だと薄れ行く意識の中で思い出す。
そういえば治癒魔法を使うのを忘れていた。
敵魔導師二個中隊の全滅を確認し、現場から撤退する二〇六強襲魔導中隊。
エステルを除く負傷者は中隊の中では数名程度。
残敵掃討はデグレチャフの居る二〇五強襲魔導中隊に任せる事になった。
意識の無いエステルは部下達が回収し、速やかに控えさせていた
「隊長はなぜ、術式を消すような真似を……」
「慈悲だな、きっと……。我々は敵であっても殺戮目的は無い、という……」
「……それが内の上層部の怒りに繋がらなければいいが……」
全滅させるのに慈悲を与えてどうする、とか。
治癒が終わったらきちんと全滅させて来い、という命令が来るかもしれない。
軍人は上からの命令には基本的に拒否権は無い。
「二個中隊は全滅したから大丈夫だろう」
残り一個中隊もデグレチャフの隊が殆ど掃討した筈なので。
補給もしなければならない都合で
そうしている間に他の隊がやってきた。
「エステル少尉の具合は?」
「意識障害に陥っていますが命に別状はないそうです」
「……『真紅』の二つ名は伊達ではないな……」
毎回のように血まみれの重傷を負う。
それは決して誉められたものではない。まして名誉の負傷とも違う気がする。
戦い慣れていない子供のやることだから、という言い訳が通用するならば問題は無さそうだが大人としては一言二言苦言でも言わなければならないところだ。
子供が銃を握るから、と激高するところなのに何も言えない自分達は何をしているのか。
エステルを責める資格はきっと自分達には無い。
「こんなケガをしても戦闘を続けてくれるとは……。俺たちなら除隊申請するぞ」
「……防御をしっかりしようと思ったよ」
「貫通術式が厄介だよな」
と、賑やかになってきたので少し静かにするように通達する。
エステルが目覚めるまでどのくらいかかるのか分からないが、新たな命令を黙って待つつもりはないので、少し後退しておく。
自分達の目的は既に済んだ。残りは歩兵に委ねる。
★ ★ ★
迅速な手当てのお陰でエステルの意識は二時間ほどで回復し、治癒魔法によって状態はすぐに戻った。
本来ならばありえない超回復を見ていると感覚が鈍りそうだ、と現場の兵士達は驚いたり感心したりした。
特別な演算宝珠の副作用と思えば納得しそうだ。そして、それを自分たちが使うと思うと恐れを抱く。
驚異的な能力と引き換えに銃弾の
「……作戦は無事に完了したようだな」
拠点に戻った後、二〇六強襲魔導中隊の中隊長レーオンハイト・ツー・オイレンベルク中尉は生き残りの姿を見て安心した。
そして、背の低いエステルも敬礼でもって自分の目の前に居る。
「ご苦労だった、エステル少尉。ゆっくりと
「はっ」
「観測者狩りは確かに殲滅出来た。増援が来ればまた同じことの繰り返しだ」
それこそ一人残らず皆殺しにするまで作戦に終わりはない、とでも言いたげに。
「魔導師諸君は負傷兵の回収と塹壕に入り込んだ敵兵の駆除をお願いしたい。すでに命令は下っているが……。今日明日一杯はこの任務が継続される。それぞれ装備を整えて任務に当たってくれ」
「了解しました」
と、それぞれの小隊長が代表して返事をする。
その様子に満足したオイレンベルクは苦笑し、軽く息を吐く。
「エステル少尉。大規模術式は使わなくていい任務だが……。やってくれるか?」
大怪我ばかり負う少女に戦場での任務は与えたくない。
隊の中にはエステルと同じくらいの妹を持つ者が居る。だから、というわけではないと思いたいが甘やかしてしまいそうになる。
とはいえ、彼女は既にベテラン級の兵士だ。的確に任務をこなし、何度も死地から帰ってきている。
「何も問題はありません」
いい返事につい頷いてしまった。
いや、既に手遅れだ、とオイレンベルクは苦笑する。
戦場に子供を投入し、過酷な命令を与えている時点で自分は軍人なんだと改めて自覚する。
子供のお使いとは違う。
けれども敵を殺して来い、と子供に命令している。
歳若い兵士と大差がないと思えば少しは気が楽かもしれない。
「では、諸君。行動を開始せよ」
「はっ!」
全員が姿勢を正して敬礼する。
これが戦争だ。
オイレンベルクは先ほどのまでの甘い考えを捨てた。