狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#044

 act 44 

 

 残敵掃討から二日経ち、エステル達は生き残った。

 戦線はわずかばかりの前進を見せたに過ぎないが任務としては終了した。

 現場から退避した多くの歩兵などが集積地に(ひしめ)く事態となっていた。

 

「包帯が足りない」

「食料の在庫管理はどうなっている」

 

 様々な命令が飛び交っていた。

 その中で任務を終えたエステル率いる第四小隊は一時帰還の為の準備を整えていた。

 適度な入れ替えで精神の安定を図っている。それを怠れば何が起きるかわからないのが凄惨な戦争というものだ。

 

「つい先日まで食らった銃弾は凄まじいはずなのに……」

 

 と、つい口に出たユースティス・ベルリッヒ伍長

 もちろん彼だけではない。

 鼻歌交じりで荷物を整理する小さな子供がどれだけの銃弾を浴びたのか、数えるのが恐ろしいと小隊の面々は戦々恐々としながらも思った。

 正直に言えば自分達はほぼ無傷だ。演算宝珠防殻術式による恩恵のお陰ともいえるけれど。

 

「隊長は帝都に向かわれるんですよね?」

「勉強しないといけないから」

 

 エステルがいかに幼いといえども普通の学校に入れる事は出来ない。

 機密性の高い宝珠を持つ人間だ。扱いは今まで以上に慎重にならざるをえない。

 本人は勉強が得意ではないけれど必要だとは思っている。

 特に宝珠の扱い方にまだ不慣れなので。

 

「……銃弾を受けないようにしたいし……」

「そうですね」

「隊長はこの後、色々と勲章を貰えるんですよね? それは少し楽しみです」

「叙勲式がありましたね。どんなものが貰えるんでしょうか。柏葉付きとか剣付きとか?」

 

 エステルというか()()()()()()()()としてはジャラジャラと勲章を身につける事は嫌いではなかった。

 転生してから性格が変化したのか、それとも単に体型が小さいせいで煩わしく感じるのか、複雑な思いがある。

 貰える物は貰うけれど、と。

 他人から奪う事が多かったので正式に貰うのは少しこそばゆい。

 

「……でも、被弾ばかりだし……。作戦前に暴れたし……」

「……ああ、()()がありましたね」

「大丈夫ですよ。味方の被害は軽微。中隊長達も弁明してくれたはずですよ」

「だいたいデグレチャフ少尉のした事に比べれば……」

 

 と、三人の男たちは賑やかに話し始めた。

 今日で一旦彼らとは別れる。次の戦場では別の人間が充てられるかもしれないし、運が良ければまた彼らと出会うかもしれない。

 その事に関してエステルは何の感傷も抱かなかった。

 

          

 

 数日掛けて帝都に戻ったエステルは司令部に招聘され、ささやかな叙勲式が(おこな)われた。

 銀翼突撃章ほどではないが以前より打診されていた『二級鉄十字章』と『名誉鑑章』を貰う。

 『戦傷賞』は審議の末に白紙となった。

 銀翼突撃章柏葉付きとなる可能性があるとだけ伝えられる。

 エステルが入手した謎の武具は研究所に回されたまま返還される予定は無いとのこと。

 本格的な戦争はまだ始まったばかりなので、それ以上の勲章の追加は無かった。

 

「貴官を中尉に任官する」

「謹んでお受けいたします」

 

 事務的なやりとりが続く。一人の兵士が大々的に祝われるのは余程の戦功をあげたものくらいだ。

 新しい階級章を付けても制服自体は今までと大差がない。

 外套でも貰えるのかと少し期待していたが、それは無かった。

 授与式は終わったが宣伝用の仕事があるという話しで別室に向かう事になった。

 

「国内向けのプロパガンダとして数日間勤めてほしい」

 

 上官は短くそう言って去って行った。

 エステルは一日で終わって町などを巡り、身体を休ませたかったが仕事なので仕方が無いと諦める。

 広報活動と言っても敵を殺す仕事ではなく、可愛い服を着て兵士や国民向けに挨拶するだけだ。

 

コルセットはきつくないですか?」

「ふんわりした髪型なんですね」

 

 衣装を担当する女性達に様々な服を着せられたが軍指定の制服でなくていいのか不思議に思った。

 軍人も見る映像なのに少女を映して士気が上がるのか疑問だ。

 それでも、久しぶりに()()()()()()の衣装は悪くなかった。

 戦い続きだった日々に訪れた安らぎ。

 戦士としてはすぐにでも戦場に戻らなければならないところかもしれない。けれども自由を愛するエステルは特にそこまでのこだわりはなかった。

 

 自分が楽しいと思えばそれでいい。

 

 今はまだ自分に与えられた役所(やくどころ)に不満は無い。

 仮にあったとしても防御の薄さとトランスの問題くらいだ。

 

「………」

 

 姿鏡に自分を映してみる。

 以前の身体よりも小さく、とてもひ弱な肉体が見えた。

 頬も想像以上に()けている。

 これが今のクレマンティーヌ様の姿だ、と言わんばかりだ。

 

「エステルちゃん?」

 

 女性としての美しさは無い。転生だから仕方が無いと今まで我慢できた。

 治癒魔法が無ければとうの昔に息絶えていた自分は今も生き恥を晒している。

 想像以上に脆い身体。これで長生きなど出来るものなのか疑問だ。

 神の使徒として生かされているだけかもしれない。それでも生に縋りたい。

 エステルは鏡に人差し指を当てる。

 

「まだ準備は整いませんか?」

 

 後方から映像担当の人間が声をかけてくる。

 幼い子供の笑顔を撮影する為に呼ばれた職人だそうだが、その者の為にも()()()()姿()を見せなければならない。

 

「……一つ、……私のわがままを聞いてください」

「んー? 別の服がいいとか? 仕事をちゃんとしてくれれば私達もお願いを聞いてあげるわよ」

 

 エステルが軍人で中尉の将校だと着替え担当は分かっていないようで、軽く聞き流してしまった。

 ただ、側に控えていた監視員の軍関係者が慌て始める。

 軍人の挙動は色々と機密事項などが含まれる為、迂闊な発言一つ聞き逃せば自分の首が()()()()()()飛ぶことを知っているからだ。

 すぐさま衣装担当に発言に気をつけるように耳打ちされる。

 

「エステル魔導中尉。映像の個人的保管は認められませんよ」

「分かっている。ただ……、折角映してもらえるなら私に相応しい映像がいいと思って……」

 

 どの道映像の全ては検閲に回される。エステルが個人的に扱う事は出来ない。

 では、それ以外となると何があるのかと首を傾げる。

 

          

 

 まず撮るべき映像の仕事を片付ける。

 カメラの前で愛想笑いを浮かべながら自己紹介するだけの簡単な仕事。

 エステルにとって演技する事は取り立てて難しくないものだ。

 それでも内に抱えたモヤモヤとするものは消せない。

 見る者が見れば見抜かれてしまうのではないかと思うほどの動揺。

 子供特有の緊張ととられるか、それともこれから起きる惨劇の気配を感じ取るか。

 

「私は真紅クレマンティーヌ・エステルです」

 

 指定されたセリフを言うだけの仕事だが服が少しきつい。

 元々の体ではないし、小さくなっている。それでも世間一般的には可愛い部類と言われる格好のエステル。

 

「……私のような子供の映像が()()()プロパガンダになるの?」

 

 兵士の映像を見せる方がいいのではないかと疑問に思った。

 今の格好はどう見ても普通の女の子だ。

 そんな子供が言う事で国の士気が上がるのか。

 後で怒られるのは自分ではないと思いたいが、上層部の考えはいまいち理解出来ない。

 

「ご心配なく」

 

 と、明るい顔で返答されるもエステルはやはり心配だった。

 仕事だから仕方が無い。

 てっきり軍服を着て、敬礼しながら堅苦しいセリフを声を嗄らす勢いで市民に語るものだと思った。

 帝国市民よ、今こそ立ち上がる時。みたいな感じで。

 セリフにしても単なる自己紹介だ。これがどう役に立つのか。全く想像できない。

 それはもう少し野太い声の男性が適任だとエステルは思う。

 相手方の仕事が終わり、今度はエステルの要望を聞いてもらう番となった。

 真紅の二つ名に()()()()映像を撮ってもらう為に。

 愛想笑いは終わりにして兵士としての顔を作る。

 改めて姿鏡で見る自分の顔はあまり毅然とした印象を与えないもののように見えた。

 軍隊教育は無く、実力さえあればいい組織だった前の世界とは違い、この世界は何もかもが新発見だ。

 既に十年以上も住んでいるが未だに好奇心は維持されている。

 そんな世界を要望一つこなして去るのは勿体ない。

 何となくだが、切り捨てられそうな雰囲気がある。

 野生の勘。戦士の勘かは分からないけれど。

 

 もとより自分に自由など最初から無い。

 

 そういう事だとしても抗いようがない。

 何せ、相手は神様だ。

 信仰厚い国(スレイン法国)で育ったエステルにとって畏怖すべき相手。

 尊敬こそすれ刃向かう気持ちなどありはしない。

 いや、しなかった、が正確か。

 第二の人生を謳歌したい気持ちはある。けれども今のままでは命の危険が付きまとう。

 少なくとも殉教者になる気は無い。

 

「……請けた仕事は完遂する。……だからこそ聞き届けてほしい」

 

 元の世界に戻りたいとは願わない。

 ただ、末永く暮らしたい。

 途中であっさりと死んでしまうかもしれないけれど。その時は運が無かっただけと諦める。

 だからこそ、生にしがみつくことを許してほしい。

 エステルは鏡に人差し指を当てる。そして、そのまま押す。

 ピシィ、とひび割れる鏡。

 

「きゃあ!」

 

 衣装担当の女性達が悲鳴を上げる。

 あまりに大きな声だったので少し驚くエステル。

 たかが鏡が割れた程度でそこまで驚くとは思わなかった。

 床に散乱する鏡の破片を拾い、自分の腕を切りつける。当然のように血が出る。

 真紅に相応しいのは鮮血にまみれた姿だ。だからこそ、無傷では様にならない。

 

「エステル中尉!?」

「兵士が無傷で国の為に働くなど出来はしない。だからこそ、正しい姿を伝えるべきだ」

 

 毅然とした態度でエステルは言い放つ。

 自傷行為が好きなわけではない。単に治癒魔法が使えるだけだ。

 もちろん痛い。泣きたいほどに。

 

「しっかり映像を映すように。やってくれないと強引な手に……」

「は、はい……。分かりましたから、あまり傷つけないで下さい」

 

 何本もの切り傷によって床に落ちる血。その様子は映像担当の者でも恐怖を感じるようだ。

 他人の苦しむ姿が好きな者は逆に喜ぶ行為なのだが、周りの人間達は忌避対象としているようだ。

 それは直接人を殺す仕事に従事していない人間特有の潔癖さかもしれない。

 

          

 

 怯える映像係りに構わず先ほどの少女らしさを取っ払うエステル。

 演技する事は別段、問題はない。支障もない。むしろ得意分野だ。

 ただ問題はそれらは()()()()の話しという事。

 この世界において自分の性格はだいぶ改変されている。生まれ直した影響があるのかもしれないし、デウスによる身体増強の影響とも考えられる。

 とはいえ、本当の自分がどういう存在だったのか、とうに覚えてはいない。

 国の為に働き、挫折し、性格が捻じ曲がった自覚はある。それを転生後に急に転換など出来るわけがない。

 出来るとすれば記憶ごと洗浄しておくべきだ。

 

「………」

 

 神の都合で召喚されてしまった不運を嘆くか。それとも新しい生に深く感謝するべきなのか。

 今はまだ満足な答えを出せそうにない。

 エステルは撮影機を見つめる。

 血まみれの姿である幼女として自分がすべき事は何なのか。

 映像の準備が整ったことを伝えられたエステルはまず一歩前に力強く踏み出す。

 

「祖国はまだ泣いている! 幼児は路頭に迷っている! 敵は眼前にあり! 真紅たる私もまだ血を流している!」

 

 目蓋を限界まで開け、唾を飛ばす勢いでまくし立てる。

 祖国が苦しんでいる、と。

 力いっぱい握り締めた拳を突き出す。

 

「来たれ! 祖国を愛する者よ! 我らの国民に永久(とこしえ)の繁栄をっ!」

 

 歴戦の(つわもの)たる屈強な兵士ならばもっと迫力が出ているところだ。

 だが、今は小さな身体の幼子が血を流しながら訴えている。

 迫力の差で言えばまだまだ物足りない。なにより可愛らしい声ではあまり国民に訴えられないのでは、と数瞬前まで現場に居る者達は思っていた。

 しかし、現実は違っていた。

 エステルは只者ではなかった。それはひしひしと伝わった。少なくとも現場に居る者達が姿勢を正すほどに。

 エステルという幼女を侮る者が居れば即射殺するほどに現場の雰囲気は一変した。

 


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