狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#046

 act 46 

 

 一日掛けてたどり着いた町で一泊し、翌日には車で目的地である教会に赴く。

 ただし、車には物騒な武器がいくつか積まれる事になった。

 小さなエステルが要望したものだが、どう考えても襲撃しに行く目的があるとしか思えない。

 理由は知りたいが事前に質問を禁止された。

 命令として受け取った以上は守らなければならない。それが軍人として遵守しなければならない規則だ。

 三時間ほど無言のまま移動し、現場に到着する。

 車から降りた面々は大きく息を吐き出した。もう少し長かったら窒息していたかもしれないほど息苦しい雰囲気に包まれた。

 今回連れて来た下士官はローランの他に二名。後から追加で四名の軍人が来る事になっている。

 

「ここがエステル中尉が育った教会ですか」

 

 痩せた土地に囲まれた草臥(くたび)れた教会がぽつんと建っていた。

 くすんだ外壁は一年以上経つが懐かしさはまだ覚えない。

 

「君達は装備の確認だけして待機。そこら辺に居るなら車内に居なくてもいいよ」

「了解しました」

 

 上官の言葉に対し、ローラン達はきちんと敬礼する。それは例え相手が子供だろうと上官であることに変わりがないので。

 エステルはまず教会周りを見学することにした。

 一年経っても景色にさほどの変化が起きたようには見えないので、未だに中身も変わっていないのかもしれない。

 畑の方は既に収穫を終えたのか、茶色い色しか見えない。

 放棄されたわけではなく、きちんと耕されていた。

 問題は何を育てているのか、だ。

 充分な栄養の無い痩せた土地で育つものは限られてくる。

 イモ類だけでは生きていけない。

 畑の次に墓地に向かった。

 因縁のある場所ともいえるが立派な墓石は一つも無い。もちろん、一年程度で改善されるとは思っていないが、変わらない風景は寂しさを覚える。

 この土の下には墓石の数倍以上の遺体が乱雑に埋められている。

 多くが名も無き子供。

 戦争孤児と一言で言えば楽だが、下手をすれば自分も仲間入りしていたかもしれない。

 地面に手を置き、用意していた魔法を唱える。

 

 清浄の地(ハロゥ)

 

 軍から支給された給料数ヶ月分が魔法のコストとして消えてしまうのだが、後悔は無い。

 この世界にモンスターなどが居ないけれど、場を清める事はスレイン法国でも大事な事だと教わっている。

 信仰系第五位階。高位に位置する範囲魔法であり、行事以外に使われる事が無い。そして、この魔法は効果を発揮するまで一日いっぱいかかる。

 本来ならば死者の供養など()()()()()()()()としては(おこな)う必要は無い。ならば何故、こんなことをするのか。

 打算なき行為はしない。ただそれだけだ。

 あえて理由を浮かべるならば身代わりとして死んだ子供達に少しばかりの同情を覚えた。

 いや、()()()エステルという少女であれば死者に哀悼の意を示すところだと思ったから、が正解かもしれない。

 デウスに恩を売る上でも必要な措置だと思えば何でもする所存だ。

 現場待遇の改善は今や喫緊の問題だ。

 多少の散財は必要経費だと思えば我慢できる。

 

          

 

 魔法を唱え終わった後は教会の中の様子を窺うため、見張り役を外に配置した。

 武器の携帯を確認した後は扉をノックする。

 出て行ってから一年以上は経つが重苦しい扉の音は前と変わらなかった。

 

「こんにちは」

 

 扉が開いてまずエステルはにこやかに挨拶した。

 顔を見せたのは見覚えの無い修道女(シスター)だった。というよりはあまり顔を覚えていなかったので、ずっと教会に居た女性かもしれない。

 

「お祈りを捧げたくて来ました」

 

 担当者も軍服を着た幼子に覚えがなかったのか。それとも相手の名前を尋ねる習慣が無いのか。名前を呟かれる事なく中へと案内された。

 扉が開いてすぐに感じたのは異臭。それは不衛生な室内ならではの臭い、というには酷過ぎるもの。

 それはもちろん血の匂いが混じっていたので。

 ここは()()()()ところだと改めて思い出させてくれた。

 修道女(シスター)に案内される横で見かけた子供たちは一様に薄汚い姿だった。

 戦争孤児と一言でくくられるが捨て子や親を失った子。様々な理由で教会に押し付けられた者達だ。

 修道女(シスター)達は哀れな子供たちを保護し、寄付によって教会を運営する。

 もちろんそれだけで足りる筈もなく、児童労働に駆り出し、時には自分達も作物を育てて、日々の(かて)を得る。

 それらが常に十全と得られるはずもなく、その時はどうするのか。

 何も無いところに食料が湧くわけがない。

 

「随分とお若いのに軍人さんとは……。ご苦労なさったのですね」

 

 話しぶりではエステルの事を知らない修道女(シスター)のようだ。もちろん、エステル自身も相手の事は全く覚えがない。

 一年で人員が総入れ替えされたのかもしれない。

 

「ええ。祖国の為にたくさん人を殺しました。いくら私とて罪悪感に潰されそうになります」

「……まあ」

 

 物騒な話題を交えてたどり着いたのは教会にとって神聖な祭壇の前だ。

 周りに控えるように佇む子供たちの暗い顔がエステルを見据える。

 祈りだけで腹は膨れない。何か食べたいと無言で訴えてくる。それらを無視してエステルは手を組んで片膝を付き、父なるデウスに祈りを捧げる。

 聞きかじった程度の祝詞(のりと)だが。

 ほんの数分だけのつもりで雑念を取り払って祈った。

 実質十分ほどだが体感的には一時間近くかかったような気分になった。そして、デウスへの祈りを終えて振り返るエステル。

 

「ここは未だに邪悪に満ちている。それでも改善される事が無いのは……戦争のせいでしょうか?」

 

 周りに問いかけるようにエステルは言った。

 視界の隅に腐りかかった死体が転がっているのが見えた。他には病気の子供。手足が欠損した子供。お腹が膨らんでいる子供。

 隠し様がない負の側面が壁際に(わだかま)っていた。

 もちろん修道女(シスター)達にはどうしようもない。誰にも頼れないのであれば放置するしか出来ない。

 大人として、とは言わない。

 貧しいところはとことん下劣なものだ。そこに上辺だけの美しさなど何の意味も無い。

 エステルは人の世の影の部分を知っている。いや、その影の住人として長く暮らしてきたからこそ理解している。

 これこそが人間のあるべき暮らしなのだと。

 クレマンティーヌとして見た場合、不穏に満ちた生活を喜ぶべきか。それとも何か思うところがあるのか。

 それを少しだけ思い浮かべてみる。

 転生前であれば皆殺し。

 転生後の今はどうなのか。

 思い通りにならない人生ではあるが自分は今も生きている。それは事実だ。

 例え得体の知れない神の所業、御技が関わっていたとしても。

 

「……これこそが神の祝福というのならば……」

 

 何と無慈悲な事か。

 救いの手を自分達の都合で選別する行為は神だとしても許されるのか。

 だからこそ許される、と言うのならば神という存在はいかに尊大で傲慢に満ちた存在なのか。

 

 まさに自分好みの糞ったれだ。

 

 ますます愛してしまいそうになる。

 だが、喜んでばかりもいられない。

 自分は祖国を愛する一兵士だ。この狂気を見逃すわけにはいかない。

 父なるデウスよ。あなたならばこの状況をどうするのか。

 些事は無視か。それとも救いの手を差し伸べるのか。

 この教会だけではなく、国全体ともなれば手は多い方がいい。

 

「……神よ。父なるデウスよ。……それでもまだ……」

 

 ターニャ・デグレチャフに拘るおつもりか。

 どうか、お答えいただきたい。

 胸の前で手を組んで遥か天空に住まうデウスに祈りを捧げる。

 数分間の沈黙。神からの返答は無し。

 普通ならばそれが当たり前なので気にすることはない。

 けれども応えてほしい気持ちはあった。

 異なる世界から神自身によって招聘された。それを今更用無しだからといって無視されるのは面白くない。

 

          

 

 生まれ直した側から問題行動を起こせば次に殺されるのは自分だ。

 その為だけに利用される事は()()()()()()()()としては受け入れがたい。それが信仰する神であっても。

 神自身にとっては面白くないかもしれない。

 人生を謳歌している自分勝手な手下の行動に。

 ならば殺しに来い。

 相手がデウスならば本望だ。

 

「……信心深き聖徒よ」

 

 重厚な声と共に周りの時が止まる。

 久しく声を聞いていなかったが忘れるにはまだ至っていない。

 エステルは側に片膝を付く。

 

「……デウス様……」

「汝が求めるのは殺戮ではなかったのか?」

 

 いきなりの質問にエステルは戸惑った。けれども神は何事にも自分を優先する存在、というものであれば何も不思議なことは無い。

 一言の謝罪が欲しい。そう思うのは本来ならば人間の身ではおこがましい事だ。もちろん、それは理解している。だから催促はしない。

 

「……転生前ではそうだったかもしれません。ですが……、折角の生を満喫させてもらいたい欲が私を突き動かしているのです」

「欲深きところは相変わらずか……。だが……、だからこそ汝を必要とした……。信仰を絶えず持っているところを()()()にも見習ってほしいところだが……」

 

 何度か唸るデウス。けれどもその姿はどこにも無く、エステルはただ(こうべ)を垂れて聞くのみ。

 異論はまだ挟むべきではない。

 

「人の身で意見を述べる事をお許しいただいているだけでも嬉しく思います」

「頼んだのはこちらの方だ。それくらいは許容されてしかるべきだ」

 

 何と慈悲深い存在だろうか、とエステルは全身に神聖魔法が駆け巡るような気持ちを抱いた。

 それはとても嬉しくもあり、今にも失禁しそうな感動だった。

 単に室内が冷えてておしっこが出そうになっているだけ、とも言えるかも知れない。

 

「当初の勅命を未だに保留にしておるが……。今、事を起こせば汝の立場が悪くなるのか?」

「……デウス様の(めい)を優先させる事自体は可能でございます。……後は蜂の巣になる結果は火を見るより明らかかと……」

「……それでは使い捨てではないか」

 

 デウスの言葉は(もっと)もなのだが、それを人間に課しているのはデウス自身だ。

 人間の身であるエステルに拒否権は基本的に無い。

 従うのも拒否するのも似たような結末しか待っていない気がする。

 逃亡生活は慣れてはいる。けれども本音を言わせて貰えば安住の地が欲しい。

 人を殺さなければ死ぬような病気は無い。それはあくまでも趣味だ。

 

「おそれながら……。私にも生きる欲があります。だからこそ抵抗を感じます」

「うむ」

デウス様がかの者(デグレチャフ)の死を望むのであればこの命を投げ出す事も(いと)いません。……けれども、単なる使命感だけでは未来が無い。……私とて絶望は嫌です。だからこそ抗うのです。卑しい人間として」

 

 生きていたいからこそ戦い続ける。それこそがクレマンティーヌの原動力だ。

 敵は確かに殺す。

 殺されたくないのはお互い様だ。それが生きるということであり、人間としての本能だと思っている。

 

「我が目的はかの者に信仰心を植えつけること。神を敬わないあの者を罰する為の抑止力としてお前を招聘した。……だが、今にして思えば性急過ぎたのかもしれん。丁度良い魂を見つけた安易な自分を恥じておる」

 

 神が自らの過ちを認めた。そう感じた。けれどもエステルとしては安易に認めてはいけない、という気持ちがある。

 神は偉大であり、間違いを犯さない究極的な存在でなければならない。

 神聖なものほど高貴であれ。

 

「先日の天使についてだが……」

「……デウス様。先日も何も……、日々の勤めに()()()()()()()()()()()とも」

「んっ? ……いやしかし……」

「たかが智天使(ケルビム)……、いえ、あれは下位の大天使(アークエンジェル)でございますな。神の命令を曲解する()()()()()(やから)の戯れでございましょう」

「……たわ……、食えない人間だな、貴様は。いや、浅ましい、か……。確かに信仰なき輩を我が一人で全てを管理など出来る筈がない」

「そう……。デウス様自ら全てを管理なさる必要はありません」

 

 必要な時に命令。または(みことのり)を伝えるだけでいい。

 後は手足となって働く天使達が十全に仕事を全うすればいい。

 こうしてデウスと直接対話できるだけでエステルは幸せを感じる事が出来る。

 普通の人間には決して手の届かない高貴で神聖な存在と。

 


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