狂女戦記   作:ホワイトブリム

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 act 47 

 

 デウスとの対話は一日一杯でも続けたいところなのだが、今回は目的あって修道院に来ている。それを思い出す。

 おそらく人間的な謝罪の意志がデウスにはあるのかもしれない。けれども矛盾した問題なのだが、今ここで神なる存在の謝罪を聞く事はとても(おそ)れ多い事だと思っている。

 それゆえに意思だけ感じた今は言葉として受けることを諦めても差し支えはきっと無い。

 自分の気持ちが満足したので。

 

「急な心変わりで貴様の行動に支障が出る事は我も望んではおらん」

 

 エステルは人間的に狂っているかもしれないが敬虔な信者でもある。

 狂信者ともいえなくはないが、信仰心が厚い(篤い)のは神とて認める。

 それに何らかの最期を迎えた場合の措置も内々に検討されている。それゆえに彼女の末路は神自ら保証しても良いとさえ言えるのだが、現時点ではエステルに伝える事は何も無い。

 

「時にそなた……。現状に満足しているのか? 物足りなさを感じているのならば内容次第では……」

 

 物足りなさは常に感じている。けれども、それを言葉でどう表せばいいのかは分からない。

 見知らぬ文化に触れてまだ十年と少し。

 成長著しい肉体の今後も気になるところ。その上で現時点で言える事は限られている。

 あれが欲しい。これが欲しいと言うのは簡単だ。

 しかし、それらで自分が満足するのかはまた別問題のようにも感じる。

 自分は頭ではなく身体で行動する生き物だ。ターニャ・デグレチャフのようにはなれない。

 それに前世で自分が欲していたのは単なる悲劇や殺戮だ。

 無味乾燥な人生を少しでも面白おかしくする為に。

 けれどもそれらは破綻していた。

 もちろん自分でも分かっていた。

 

 自分より強い者などいくらでも居る。

 

 負けた事は確かに悔しい。けれども舞い戻って勝利を得ても次が控えている。

 人を殺すのは確かに好きだが殺される事まで好きにはなれない。

 だからこそ敗北して死した事に何の(わだかま)りも抱かない。それが人生であるからだ。

 

          

 

 欲しいものはだいたい手に入れた。それ以上は現状では実は思い浮かばない。

 上昇志向が無いとも言える。

 勲章を集めても所詮は盗品だ。人から正式に与えられたものより価値は低い。

 かつての『冒険者プレート』のように有象無象に簡単に与えられるようなものならまだしも、エステルが持っている勲章は本当に自分の実力を認めてくれたからこそ頂けたものだ。

 それは素直に嬉しい。

 

「……おそれながら。現状に満足していては発展がありません。人は欲深い生き物です。だからこそ欲を糧にして明日を目指すのです」

 

 自分の本能に忠実であれ。

 それゆえに自分は組織に依存する事無く自由に振舞ってきた。

 自己責任と言ってしまえば身も蓋もないけれど、それでも自分はこの生き方を貫いてきた。

 転生したからといって今更変えられるものではない。

 

「……とはいえ、です。私はこの世界の事は全く存じ上げない。世界を知ろうとするだけで数十年はかかるかもしれません」

 

 狭い地域に留まっていては発展など見込めるはずが無い。

 

「……一つの国では満足しないか」

「祖国は祖国として大切にしたいとは思いますが……」

「……うむ。無理に一つの国に固執する必要は無いが……。現状では自由度が低くて当たり前か……」

 

 エステルはまだ齢十足らず。

 成長著しい女の子だ。

 本来ならば武器などではなく充分な栄養と知識。そして、伸び伸びと暮らす為の精神的な安息の場所。

 生まれから既に苛酷な環境だったが信仰心を失わず、健やかに過ごしてきた事は認めなければならない。そして、それに見合う報酬も払わねばならない。

 肉体的、精神的な能力向上とは別のものを。

 年齢に見合った物品などが本来ならば好ましい。

 ならば天使の武具については不問とし、それらを彼女に手渡す手筈くらいは整えてやらなければ、と存在Xでありデウスは思う。

 神として長く君臨してきたが一方的な命令だけではターニャのような頑固なものの心は決して動かす事が出来ない。

 物で釣るのは神としてどうなのか疑問があるが、エステルは少なくとも物品で動きそうな気配がある。

 能力については自己鍛錬を(むね)としているので、あまり余計な心遣いはかえって障害となる、気がする。

 

「……お前は自分の意に反する(めい)でも神の言葉ならば従うのか?」

「……それは……、申し訳ありませんが、内容によっては……考えさせていただきたい事がございます。いくら私でも……」

「無茶だと分かって尋ねたのだ。否定の弁を述べるのであれば我も無理は言わん」

 

 では、どうすればいいのか。

 そもそもターニャが不信人だから問題が複雑化している。

 いや、ターニャだけではない。

 神の世界を半壊させた厄介な破壊神の存在も無視できない。

 

          

 

 唸り続ける神の言葉にエステルは体勢を変える。そうしなければ足が痺れそうだったからだ。

 それと頭を下げたままなので具合が悪くなってきた。

 ずっと同じ体勢でいる事は普段から身体を鍛えているエステルとて苦痛を感じる。

 

「なかなか結論が出んな。……時にエステルよ」

デウス様。私の名前をお呼び下されなくても下賎なる人間風情で構いませんとも」

 

 神は偉大でなければならない。

 人間風情に下手に出る必要はそもそも無いのだ。

 エステルとしても神は偉大な存在であればいいと思っている。

 

「……貴様は今の地位に満足か?」

「……向上心は人並みにございます。……今現在はお陰様といいますか。神の手を煩わすほど切羽詰ってはおりません」

 

 そうすると神の威光による地位の向上はエステルの顰蹙(ひんしゅく)を買うか、と少しだけ残念に思うデウス

 折角の神との対話である筈なのにエステルは先ほどから要望を述べない。

 信仰心が厚いといっても所詮は欲深い人間だ。人間の筈だ。

 それなのに微動だにしない敬虔さ。まさしく天晴(あっぱ)れというほかはない。

 だが、それを素直に誉める事は神として出来ないし、おそらくエステルも咎める。

 では、どうすれば事態をスムーズに進められるのか。

 

「この国の地位については不勉強なので現在頂いている地位もどれだけの価値があるのか、正直なところ皆目見当が付きません。それゆえに無理なお心遣いは辞退させていただきたく存じます」

 

 さすがにいきなり将軍の地位を与える、とか言ってもその後の対応で苦慮して自滅しそうだと神は思う。だからこそエステルの言葉がよく理解出来た。

 余計な事をしても良い結果は生まれない。

 なれば先の天使の武具を進呈する手筈について真剣に考える事にした。

 独断専行する盲目的な天使達が居るのは神としても頭の痛い問題である。

 敬虔な信者たるエステルに危害を加え、あまつさえ武具を奪われる事態となった。

 たかが人間風情と侮れないのは神自らエステルを強化した責任を少なからず感じていた為だ。

 天使を屠る為にエステルを強くしたわけではない。

 あくまで彼女はデグレチャフの抑止力として働いてもらうためだ。

 目的を履き違えてはいけない。

 


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