狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#048

 act 48 

 

 神の真の目的。それは当初にも述べたように『ターニャ・フォン・デグレチャフ』の速やかなる(しい)だ。

 それを成すにはいくつかの条件が要る。

 神とて手続きを踏まなければならない問題だ。

 神の威光を完全に無視するのか、それとも気が変わる事を自然と待つか。

 後者は何度も失敗している。それと、間の悪い事に破壊神による神の世界への襲撃事件が起きた。

 気まぐれなる破壊の化身は既に去ったが、()()()()()()()()()方法論が彼女(破壊神)の機嫌を損ねたらしい。

 それゆえにあまり強引な手は打てなくなったが、代わりとして招聘したエステルは類希なる信仰心の持ち主で、デグレチャフを半分以上補填(ほてん)するほどの優良物件だった。

 性格に難はあれど良い拾いものであった。

 これを即座に使い潰すのは流石に勿体ないと神とて思うほど。

 

「……エ……信心深き者よ」

「……は」

 

 名前くらい呼んでも、とつい気を許しそうになってしまった。だが、やはりエステルの言うように自分は神である。

 下賎な人間を信心深い者だとしても軽々しく気を許してはいけない。

 残念な部分はあるが、秩序の観点からもエステルの言い分は正しい。

 

「徳を積めとは言わん。信心深き心を失わなければ我はお前との約束を破る事は無い」

「……ありがたき幸せにございます」

「……だが、一つ答えろ」

「なんなりと」

 

 神はわざとらしく咳き込んでみた。姿を見せていないので意味の無い行動ではあったが。

 

「その身が朽ちた時、天使として我の下に来る気持ちは……、あるのか?」

「天使だなどと……。わが魂をデウス様のお側に置いてくださるだけで至上の喜びでございます。……しかしながら……、下賎の魂はかえって御身に相応しくないのでは?」

 

 正論に対し、デウスは少しだけ困る。

 良い部下には良い褒美を与える。それが人間世界の常識であり、神とて信賞必罰は当然だと思っていた。

 

「それを決めるのは我だが……。貴様自身の気持ちも知りたいな」

 

 神は万能である。それゆえに人間にわざわざ問いかけることもまた無用に思われる。

 けれども話す言葉があるならば、それは言葉で応えるのが正しい形であり、人間世界で言うところの(すじ)である。

 

「現時点で言いますれば……」

 

 エステルは体勢を変える。これ以上の固定化は耐えられない。それと神との対話もそろそろ終わりにしたいところだった。

 一つ息を吐いてから天に顔を向ける。

 

「真っ平ごめんです。退屈な天界での暮らしなど……、血湧き肉踊る殺戮の世界こそが私の居場所……」

 

 両手を広げて嬉しそうに微笑む殺戮者のクレマンティーヌ。

 幼女の姿ではあるが本性は生粋の人殺し。その面影は前世を髣髴(ほうふつ)とさせる。

 

「この世界もまた……、存外居心地がいい」

「……そうか」

 

 物騒な話しを聞いて尚デウスは平坦な返事で返す。

 それはまさに人間に対して興味など持っていないような傲慢さがあると、聞き様によっては思われる反応だ。しかし、エステルはむしろ無言を貫かなかった神に対し、疑問や違和感を覚えた。

 正直に言えば激高されてもおかしくない発言をあえて言ったのだから、何らかのお小言でもあるのかと思っていた。

 

 拍子抜けにも程がある。

 

 だが、それは期待はずれと言うには早計だ。

 神の視点では些細な事象と取られていることかも知れない。

 

「お前の性格などに興味は無い。我に下るのかと聞いているのだ」

「……む。そんなこと言って……、性格で選んだんじゃないの?」

 

 子供っぽく口を尖らせて反論するエステル。

 元々は何らかの基準で選ばれた筈だ。

 適当な人選とも思えない。

 

「それとも殺人狂ならいつでも切り捨てられるとか? このクレマンティーヌ様も安く見られたものだ」

 

 そう粋がってみたものの自分の事はだいたい分かっている。

 この世界において自分がいかに無知で役に立たないかを。

 小さな鉄の弾すら知覚できず、避けられもしない。

 掛け値なしに対抗策が打てなかった。

 

          

 

 防御魔法が役に立たず、防御膜なども硝子(ガラス)の様に壊れていく。

 身体が小さいことや魔法の効能に差があるのかと思っても改善策が浮かばない。

 これほど自分が惨めだと思ったのはいつくらいだろうか。

 エステルは話しの途中で天井を見上げた。

 薄暗い教会内は陰鬱な雰囲気に支配されていて、見えない重圧を感じる。

 折角第二の人生を与えられたというのに神の使いを満足にこなせないのは本当に悔しく、十全に仕事が出来ないのは戦士としても情けない事だ。

 幾多の戦場を潜り抜けてきたエステルは昔の自分よりも弱くなったのではないかと危惧する。

 腰に備え付けている相棒(スティレット)を取り出す。

 刺突武器で屠った人間は数え知れず。けれども、この世界の戦場の主役は銃だ。

 接近戦が覚束(おぼつか)ないようでは命などすぐに散ってしまう。

 

「……安い命にも利用価値があるとして召し抱えてくれたのであれば感謝すべきところかも……。けれども……、私とて悔しいと思う気持ちがある」

 

 時の止まった教会内を軽く一望する。

 

「死んだ後のことなんか知らない。……だけど次の転生もまた知ったこっちゃない。……と言ってもまた利用されてしまうと困るんだけど……」

 

 神の御業は確かにすごい。

 ただの人間に抗うすべは無いかもしれない。

 それでも人生を謳歌する権利は頂きたい。それを口に出せない気持ちがもどかしい。

 

「そう簡単に切り捨てはせん。結論を聞くのはやはり性急だったな、許せ」

 

 デウスが温かみの有る言葉で語りかけてきた。それだけで自然と涙が出そうになる。

 人から優しくされた事があまり無い人生だったのクレマンティーヌとしては猛毒に匹敵する。なにより相手は神様だ。

 感動しない訳がない。

 

「そっちの状況は分からないけれど……、今の私はとても十全に仕事が出来るような状況じゃない。正直に言って自分が情けなくて今にもおしっこを漏らしそうだよ。幼い身体はどうにも締りが悪い」

 

 処女だから締りが悪いはずは無い。本当に寒さの影響とかで尿意がすぐそこまで来ている。

 本当は口に出すのも恥ずかしいから我慢している。しかし、そろそろ限界が近い。

 

 実際に漏らしても魔法で綺麗にするけどね。

 

 信仰系しか使えないわけではない。

 魔力系の『火球(ファイアボール)』も(たしな)んでいる。

 

「……それでデウス様。結局は私の進路の確認だけ?」

「……うん? そうなるな。(すこ)やかなる信者に祝福を与える予定で来たのだが……」

 

 エステルが何やらモジモジしている様子。

 長話ししているのは悪い気がしてきた。

 

「当分はお前の邪魔をせぬようにしよう」

「……貰える物は貰うけれど……、我が手に余るものは勘弁願いたい。……可及的な問題としては……防御を……希望します」

 

 防御、防衛の魔法などがどう考えても機能していないように感じられる。

 演算宝珠の方が上回っているのかもしれないけれど、今後の活動にはどうしても支障が出てしまう。

 毎回のように手足が千切れていては栄養が恒久的に足りないままだ。

 育ち盛りの女の子には酷である。

 


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