狂女戦記   作:ホワイトブリム

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#006

 act 6 

 

 目の腫れが引くころ一般常識をターニャ、いやデグレチャフに教わりつつ様々な試験を受けた。

 演算宝珠の知識。軍隊教育の様々な事柄。

 それらを全て頭に入れることは出来なかったが怒られる事は少なくなった。

 命令違反で銃殺されるのは戦場に行ってから。士官学校で射殺された例を知らないだけかもしれない。

 重大な実験などの命令は殆ど拒否権が無い。それがたとえ命にかかわる事だとしても。

 その中にあって上司の性奴隷になる事は規定されていないらしい。それが命令であっても従う義理は無い。と、教えてくれたのは『エーリッヒ・フォン・レルゲン少佐だった。少佐という階級は()()()()()()()程度の認識しかないけれど。

 幼女の質問としては異質だと驚かれたかもしれない。

 

「抗命の規則の事を気にしているようだが、理不尽な命令に対して異議申し立ての手続きは違法ではない。そのような命令を下す不逞(ふてい)(やから)は帝国の恥だ」

些末(さまつ)な質問にお答え下さいまして感謝いたします」

 

 教えられた敬礼で礼を述べるエステル二号生。

 

「君といいデグレチャフ二号生といい、幼い子供を兵士にしなければならんとは……。嘆かわしい事だ」

「ありがとうございます。では、失礼致します」

 

 レルゲン少佐はふとクレマンティーヌ・エステル二号生の顔の(あざ)に気が付いた。

 志願兵の虐待について気にしなければ士気に関わるかもしれないと思った。

 早速、部下に命じて志願兵の調査報告書を取り寄せる。

 魔導適性値の高さは二人共拮抗するほど。声が似ているので姉妹かと思ったが名前は別物。確かに見た目も違う。

 後は性格だろうか、とデグレチャフの身体検査の調査書を眺めていく。

 次にエステルだが魔導の使い方に難がある以外でデグレチャフを上回る。一言で言えば頭脳はデグレチャフ。肉体はエステル。

 この二人が合わさればとても優秀な兵士になるかもしれない。

 だが、問題はそれぞれの性格だ。

 エステルは特に目立った事は無いがデグレチャフは賢いがゆえに大人でも恐怖させる冷徹さを持っていた。徹底的なまでの現実主義者とでもいうような。

 その反動がエステルに向かっているのではないだろうか。

 

「いくら魔導適性値が高くても戦争は一人では出来はしない」

 

 どちらも個性的で今後の成長が楽しみでもあり、恐ろしくもある。

 子供を戦場に送る帝国の未来は暗くて険しいのだろう。

 

          

 

 次の日、些細な事でエステルは腹を思いっきり蹴られた。

 酒を飲めと命令した上官の誘いを断ったからだが小さな身体の幼女は派手に飛んで行った。

 理不尽な暴力に対してエステルは決して反撃しなかった。

 肉体に自信があったかつての身体であれば武技(ぶぎ)で止めているところだが、今は余計な争いを避けないと追い出される気がした。

 また修道院暮らしをするのは生理的に嫌だった。だから我慢している。

 復讐の機会はいずれ訪れるだろうけれど、迂闊な行動に出ればきっとすぐ自分は死ぬと理解していた。

 人を殺すのは好きだけれど殺されるのは勘弁願いたい。

 エステルは学び舎での暮らしに満足していた。自分の知らない知識を学べる事にここ半年、本当に幸せだった。

 ただ単に殺し尽くすのとは違う。純粋に子供らしく生きられる事に喜びを感じていた。それをすぐに手放せるほど自分の欲は弱くない。

 

「………」

 

 弱い身体だが仕方がないと思うところはある。

 日々の鍛錬は一朝一夕にはいかない。

 色んな事を考えつつ床に盛大に血を吐くエステル。

 それでも私はデウス様に感謝します。

 ありがとう。

 

「信心深き者よ。今のままでは死が待っているぞ」

 

 デウス様、お久しぶりです。

 お見苦しい姿で申し訳ありません。

 

「転生してからすっかり邪気が抜け落ちたな。それは良いのだが……。急で悪いのだが命令を修正する事になった」

 

 はい、なんなりと。私はデウス様の(いぬ)でございます。

 幸せな時間は手放したくない。

 命令不履行になってしまうけれど、短い(せい)とはいえ充実した毎日を過ごせました。

 戦士としてはまだ強くなれていないけれど。

 

「今しばらくの保留とする。それまで貴様の自由に過ごすと良い」

 

 今以上の自由は望みません。

 

「保留であって命令は続いているのだ。遂行しない限り、貴様に安寧の自由など訪れはしない」

 

 安寧。

 この不自由さも悪くは無いのです。

 素敵な世界に深い感謝を。

 


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