狂女戦記 作:ホワイトブリム
入学して一年が経ち、デグレチャフ、エステル両人は一号学生に上がった。
上級生は下級生の指導が出来るようになる。
今まで大人しく勉学に努めていたデグレチャフは早速、二号生の前で言い放った。
「無能は要らない。さっさと帰りたまえ。ここが地獄だと理解出来ないおめでたい豚は帝国には必要ない」
見た目には小さな幼女が二倍の身長と年齢はあろうかという新入生相手に冷徹な言葉を浴びせかける。
今年で九歳になるとは思えない言動に一同はあ然とさせられていた。
エステルも同じかと思われたが食事療法と自己鍛錬に
命令も素っ気ない。
子供らしく可愛い声で命令するのかと思われたが兵士としての仕事に集中しすぎている感がある。
それはそれでそれぞれ個性的ともいえる。
声が似ていることから『悪魔のデグレチャフ』と『天使のエステル』というあだ名が付けられ始めた。
エステルの場合は天使っぽくないがデグレチャフの対比という意味合いだろう。
これで顔が似ている双子ならばどんなにおぞましい結果になっていただろうか、と噂する者も居た。
「エステル一号生は教育指導より戦技教育がいいのではないでしょうか」
「得手不得手はあるだろうがやってもらわなければならない」
デグレチャフのような不安要素が無い分、当面は様子見という事で落ち着いていた。
とにかくデグレチャフは部下の教育には容赦が無い。その反動がエステルに向けられてしまうのではないかと危惧している。というか毎回危惧する事態だと思えた。
演算宝珠の使用訓練に勤しむエステル一号生は支給された自動小銃を空中から発射する。
爆裂式。貫通式。誘導式。散弾式。発光弾式。歪曲軌道式。
敵からの攻撃にも対処しなければならないので使われる術式は多い。
込める魔力量によって威力も様々である。
指定された術式を短時間で変換し、行使する。
魔力は使えば無くなる。無くなっていくと意識が散漫になりやすい。
脱力感というか無力感が襲ってくる。
支給された演算宝珠と魔力制御装置が非効率的過ぎるのが原因だといわれている。無駄な魔力を垂れ流すので必要以上に消費が激しい。
開発部に改善要求を提出しているが難航しているという報告があった。
「……今ので何発目だ?」
と、地上で計測している二号生に尋ねる。
「百五十三発です」
「……もっと撃てる気がするんだけどな。やはり複数起動が原因か……」
地上に戻り、部下と代わる。
「各自
「はい!」
現場を二号生に任せて武器倉庫に向かう。
弾薬の在庫確認の為だ。
いくら訓練用とはいえ使えば無くなる。追加の申請をしなければならないので手続きが面倒くさいと思いながら確認作業をしていく。
何も考えずに戦う兵士は楽だよな、と思いつつも地道な作業が大切である事は理解している。
スレイン法国に弾薬は無い。消費アイテムは存在するけれど魔法での打ち合いの方が効率的に思えてきた。
小さな弾丸を撃ち合う戦争の何所が面白いんだろう、と疑問に思えて仕方が無い。だが、攻撃魔法が無い以上は代替武器に頼らざるを得ないのが、この国、この世界の法則のようだ。
★ ★ ★
射撃訓練の後は格闘技やナイフ術などを
格闘技においてエステルは身体が小さいので身長のある部下とは相性が悪い。なにより対等な戦闘訓練にならない。
手投げ弾の使い方や装備品の使い方。
自分が習ってきた事を教えるだけなのだが、実際の戦闘でどこまで役に立てるのかは未知数だった。
エステルの得意とする刃物を使った近接格闘技において、身体の大きい部下達が幼い彼女に勝てた者は居なかった。
演算宝珠は基本的に手にしたあらゆるものを兵器に変える事が出来る。
銃剣用の『魔導刃』という術式がある。
敵魔導師の防壁を破ったり相手の武器を無効化する上では重宝するものだ。もちろん、対人戦闘にも使える。
魔力で刃を生成するので刃こぼれの心配がほとんど無い。だが、魔力で生成するからこその弱点、というものはある。
「訓練とはいえケガもしよう。その時は治療するので心配はするな」
「よろしくお願いします」
治癒の魔法はエステル一号生独自の魔法で、一般の魔導師とは一線を画する能力と言われている。
さすがに切断事故までの重傷は自信が無いと言っていたが。大抵の斬り傷は傷跡を残さずに治してのける。
そして、エステル一号生は小柄ながら刃物捌きが尋常ではない。
片手で複数人を相手にしても攻撃が届かない。小柄だからこそ攻めにくい、という事もあるだろうけれど。
「実際の戦闘でこんなに手間隙かけた戦いは非効率的だが……。今はあくまで訓練だ」
眠そうな顔で数十の斬撃を繰り出す。受け手側も思わず逃走を選択するほど。
刃の打ち合いは訓練だから
偵察任務の多い魔導師の戦闘は空が主戦場だ。立体的な位置把握が出来なければ命取りになる。
「飛んでくる弾丸を落せとは言わない。防御を固めつつ生き延びる事を考えろ。……勝手な撤退は罰則規定に抵触するようだが……」
部下達でなくても勝てない見込みの相手には撤退しないと駄目だ、とは思う。だが、帝国の教えでは撤退命令が無い限り勝手な敗走は敵前逃亡扱いになってしまう。
自己判断の出来ない組織の規律は正直、守りたくなかった。
本当に難儀する事態だ。
優しいと評判のエステル一号生の教育の噂は当然、デグレチャフ一号生が面倒を見ている二号生達の耳にも入っていた。
向こうは天国、こっちは地獄だと。
「そんなに羨ましいのか。軍隊規律の守れない者の下では早死にしか道は無いぞ」
「はっ、恐れながら。エステル一号生の下に居る者は随分と楽をさせてもらっている、と聞いているので羨ましいのです」
「ここは士官学校だぞ。銃弾降り注ぐ戦場ではない。楽で当たり前だ。そんな調子で前線に行ったら蜂の巣だぞ」
特に偵察任務が
それを一つ一つ教えなければ理解できない二号生共の頭蓋骨に脳味噌があるのか確認するのを忘れていたとデグレチャフは呆れつつ思った。
転生元の日本風に言えば『ちょっと飛んでみろ』と言われて素直に従った者の末路は想像するのに
ハンバーグの
部下の受けが良いエステル一号生の指導が甘いと上官から苦言を
本人には自覚が無い。そもそも指導することが苦手なのだから仕方が無い。
規定の修練課程を
代わりにデグレチャフ一号生の部下は過酷な指導に耐えているせいか、能力は飛躍的に向上していた。
苦手分野というものはどうしても存在する。ならば適材適所に振り分ければいい。
「……上からのクレーム対応に貴官をどう扱えばいいのか苦慮している」
「申し訳ありません」
足を軽く開き、手は後ろで組んで待機の姿勢を取るエステル。
椅子は用意されていないので立ったまま上官の苦言を聞く事になった。
「甘やかしているわけではないのだろうけれど……。もうすぐ卒業だが……。貴官は出世欲は無いのか?」
「特に考えたことはありません」
そうだろうな、とは思っていた。
自己鍛錬に重きを置いているので戦場に出せば良い戦功をあげるかもしれない。
新兵であれば無謀な突撃であえなく二階級特進を量産するところなのだが、エステルの場合はよく分からなかった。
戦闘技術がとても高い兵士だと報告されている。
単独先行は基本的に認められていない。それゆえに使いどころの難しい人間ともいえる。
実際の戦場に放り込めばどう化けるのか、上層部は期待しているようだ。