狂女戦記 作:ホワイトブリム
様々な問題が浮上したがデグレチャフ、エステル両名は練兵過程をこなし、卒業を控えた二人は北方方面への実地研修を
帝国領ノルデンはレガドニア協商連合と昔から領土確定で争っていた。しかし、既に帝国領となっているノルデンは表向きは『協商連合と争う余地がない』事になっていた。
領土というものは二国間協議などで長く交渉が続くものだ。もちろん、どちらも譲る気は無い。
係争地だと相手に認めさせる為に度々、領土侵犯すれすれの武力による威圧行為が続いていた。
今回はその敵国兵士が
侵犯していれば容赦なく地上の砲兵部隊による砲撃が加えられる。
「ターニャ・デグレチャフ一号生、出発します」
野外での任務は不測事態が起き易い。そして、魔導師は基本的に偵察任務に着く事が多い。
遠視術式に
各魔導師の装備は防弾効果のある軍装一式。
お腹に観測機器、背中に無線機。これは子供用の機器がそもそも無いので幼女にとっては一番のお荷物だ。
フォルケール工廠製十三式標準演算宝珠が唯一、身軽な持ち物だ。
武器は観測任務ということで携帯しない事になった。理由としては単独観測で敵を発見したとしても複数人を相手取るのは自殺行為であるし、無謀以外の何者でもない。速やかに
高度
通常の魔導師の限界は
高度を維持しつつ観測地点まで移動する。
デグレチャフの他にも越境行為の確認の為に魔導師が散開していた。
領土の境界線を一人で監視することは魔導師であっても不可能だ。
帝国領のノルデンは山岳と深い森に覆われた人跡未踏の地となっている。歩兵ならば姿を隠すのに丁度いい地形だろう。だが、大型車両などを持ち込めば空からの監視に引っかかる可能性が高い。
『ノルデンコントロールより、全空域に通達。ノルデンコントロールより、全空域に通達』
無線から聞こえてくる管制官の声。
『協商連合軍の越境行為を確認。研修任務を終了し、速やかに航空遊撃戦に移行せよ。繰り返す……』
研修と同時に越境行為の確認が認められた場合の部隊編成も同時に終了している。
『こちらノルデンコントロール』
全魔導師に通達された通信とは別に個人に向けられた無線が聞こえてきた。
デグレチャフは聞き取る為に耳に手を当てる。
『現刻よりターニャ・デグレチャフ一号生を少尉に任官す。哨戒研修を観測任務に移行せよ。コールサインはフェアリー08』
「了解。フェアリー08。観測任務に移行する。オーバー」
大抵のコールサインは分かり易さなのだが『
観測任務は至極単純なもの。双眼鏡で敵の姿を発見し、居場所をノルデンコントロールに伝えるだけの簡単な仕事。
後は砲兵が連続射撃で一掃していく。
★ ★ ★
魔導師は絶対数が圧倒的に少ない存在だ。もちろん敵方にも魔導師が居ないとも限らないが大部隊を率いるほどの数はどうしても用意できない。
一般兵にとって空飛ぶ魔導師は脅威の存在だ。術式によっては爆撃を受ける可能性もある。
「こちらフェアリー06。協商連合歩兵隊の越境を確認。座標を送る。オーバー」
『了解。これから機銃砲による一斉斉射を
「フェアリー06。了解」
同じコールサインを受けたエステルは敵歩兵が吹き飛ばされる様子を無表情で眺めた。
哨戒任務から着弾観測に移行し、指示を伝える。ただそれだけの仕事だが遠距離に居るやり取りは新鮮だった。
通信機越しだとデグレチャフとエステルの声はほぼ区別できない。唯一がコールサインの違いくらいなのだが指揮所から指令などの指示を出す
とにかく、実際の戦闘がようやくにして始まったわけだが、特に感じるものは無い。遠くから眺めているだけだからかもしれないけれど。
与えられた命令を淡々とこなしただけだ。
現場主義である自分にとっては物足りなさを感じるけれど、意気揚々と敵に突っ込めば命令違反になってしまう。今はお預けを食らっているような状況だ。
獲物を狙う
他の場所でも砲撃が始まったはずだ。
遠くから位置を伝えて他の敵が居ないか観測する。
見張り役は地味だが安全ではある。多少は、と付くかもしれないけれど。
遠距離射撃はスレイン法国では魔法攻撃くらいしか知識に無いが、文明の
とはいえ、この世界にモンスターが居る、という話しは聞いた事が無い。
名前は伝わっている。それらは空想上の
無味乾燥な戦闘は面白みに欠ける。だから
戦いは手に感触がある近接戦こそ命をかけるに値するものだ。
今はただ命令に従う帝国の
「ノルデンコントロール。こちらフェアリー06。着弾を確認。修正無用。効力射され……」
と、最後まで言い切る前に風を斬るような小さな音が耳に届く、そしてすぐ後で目の前で何かが爆発する。
爆音で鼓膜が破れたか、目まぐるしく視界が回り、体勢が狂っていく。
高度
体勢を立て直すのと同時に治癒魔法を唱える。だが、声が出ない。喉を損傷したようだ。
素早く自分の状況を簡単にだが把握して次の行動に移る。声が無くとも出来る事はある。
音声を必要としない
二つ同時に放つ
威力を最大化する
貫通力を高める
他にも
機銃程度の攻撃ではびくともしないはずの防壁が破られた。つまりは敵魔導師の出現かもしれない。なぜ、感知できなかったのか。
身体というか顔が激しく痛む。
手の感覚が一時的に消えていることから手首ごと通信機などが吹き飛ばされたらしく、何も聞こえない。
高位の治癒魔法のおかげで肉体再生が起きているようだが、とても痛い。よく頭が木っ端微塵にならなかった。もう少し場所がズレていたら死んでいるところだ。
日々の鍛錬は欠かしてはいけないなと思った。
「……っ」
遠距離が苦手だと見抜かれたわけではないだろうけれど不意打ちは卑怯だ。そして、
やっと敵らしい存在が現れた。
演算宝珠により痛みを緩和する術式を展開。脳内麻薬の分泌は軽微にとどめる。こればかりは何故か慣れない。
聴覚が戻る頃には戦闘に移行できるほど回復した筈だ。
多少でも防壁が機能していたことは幸運と思わなければ。
デウス様、生き残りました。とりあえず、感謝しておきます。関係ないかもしれませんが。
「やりましたぜ、隊長っ!」
「いやまだだ。向かってくるぞっ!」
空中を旋回する敵魔導師の喜ぶ声が聞こえた。
正確な数は不明だが、見えている限りでは十数人ほどだから中隊規模と判断。そしてすぐ気持ち悪さで嘔吐する。
「……ぅえ……。……はぁ、戦闘狂と呼ばれていたクレマンティーヌ様が……、まともな意識で戦わないといけないとは……」
転生した肉体の影響かもしれない。それはそれで仕方が無い。どうしようもないので。
敵の人数は散らばっていると予想し、大雑把だが中隊としたが小隊の可能性もある。
通信途絶の場合はどうするんだったか。
援軍が来るまで奮闘するのが基本だったかな。
「……偵察任務より実戦の方が楽しみだったんだよねー。……これでようやく
とは言ったものの
やはり手に馴染んだ武器というのは無いと寂しいものだ。
あと演算宝珠は意外と便利だというのが実感できた。
通常の『
信仰系
「……空中だといまいち引っ掛かりが足りない」
基本戦闘は地面の上で繰り広げる。瞬発力を出す為に。
空中戦は不慣れだが、実戦で練習していくしかない。
敵前逃亡は銃殺刑。ならば敵は倒すか捕縛が常道。
壊れた装備品は持っていても仕方が無いので捨てていく。
身軽になったエステルは首を軽く左右に倒す。小気味良い骨の音が聞こえた。
「……じゃあ、継続戦闘を開始する。いっきまっすよー」
軽く呼吸を整える。その間にもたくさんの銃弾がエステルに襲い掛かっていた。
「〈能力向上〉、〈疾風走破〉」
肉体強化の後、空気を蹴るように敵に向かって飛び出す。
空を文字通り駆けるように
普段は無気力そうな顔だったが今は獲物を追い求める獣。
口角を吊り上げて一直線にかけていく。
「敵魔導師……。空中を走っているのか……? き、来ます!」
「それぞれ散開して迎撃しろ!」
空中を旋回する敵魔導師は襲い掛かる脅威に素早く対応し、
相手は武器を持っていないが油断は出来ない。
「……なんだ、あの速さは……」
「距離を取れっ!」
武器が無いとはいえ
様々な方角から飛び交う銃弾を多少は避けるがいくつかはエステルに当たる。
「……痛っ……。……もう、飛び道具はこれだから……」
武器が無いなら見繕うだけだ。
つまり着地して石を拾う。と、見せかけて飛び交う銃弾を素手に当てる。
「〈不落要塞〉」
爆裂式であれば手首どころか身体全体が吹き飛ぶほどの威力になる。乱れ飛んでいる様子から威力が多少高いだけの誘導式と見当をつけたので手を出してみたわけだが、いとも簡単に手首がへし折れた。殆ど千切れかかっていると言ってもいい。あと、とても痛い。
そもそも爆裂式は魔力消費が激しい術式で多用は出来ない。まして乱戦向けではない。
手首を犠牲にして弾いた銃弾を無事な方の手で掴むと同時に治癒魔法を発動する。
非効率的だがいくつか武器が無いと戦えない。
「あ、あいつ今、なにをやった!?」
腹部に当たる銃弾は無理に抉り出した。
手に当てるよりは効率的だが、どっちにしても痛い。
「あ、防御魔法があった……」
普段から
変に使用して警戒されると戦い難くなるので地味な戦闘を継続する。
そうして五発の弾丸を手に入れた。
「〈超回避〉、〈流水加速〉」
世界が水の中に没し、風景がゆっくりとした動きに変わる。
現時点でどこまで多用できるか分からないが、
あと二十回も使えたらいい方だ。
飛び交う銃弾は
「まず一人……、〈疾風走破〉」
空中で対象に向かって突進していくエステル。
使い慣れた
避けようとすれども演算宝珠により威力を高めた爆裂式と誘導式を込めた銃弾が襲い掛かる。
「うわっ!」
当たったとしても小さな爆発のみ。だが、安心を誘ったのは一瞬だけだ。
「それは囮だっ!」
声をかけてももう手遅れだ。
加速したエステルの蹴りが首に当たり、骨が砕ける音と共に沈黙。
だが、それで終わりではない。そのまま相手の自動小銃を手に入れて次の標的に発砲、と同時に駆け出して腹に一撃し、武器を奪う。
近接戦においてエステルに近づいたものの末路は哀れとしか言いようが無い。