軽文ストレイドッグス   作:LUNARCLOWN

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拾章

「ありがとー!」

 

 近くの自動販売機で珈琲と苺牛乳(ミルク)を購入して、長腰掛け(ベンチ)に座っている橋元ちゃんに苺牛乳を手渡すと、元気の良い謝礼の言葉が返ってきた。

 

「つまり橋元ちゃんは、本当は十五歳くらいなのに、記憶がなくて五歳児みたいなものって事か?」

 

「んー? たぶんそーだよ。ママがいってたから」

 

 つまりはそう言う事らしい。自己紹介の後、少し橋元ちゃんから聞いた情報を纏めると、そう言う内容だった。記憶喪失と言えば良いのか、幼児退行と言えば良いのか何方(どちら)かは分からないが、何かしらかの心的外傷か脳に直接外傷を負い今の状況なのかもしれない。ただ、僕はそんな当たり前の考えの陰に隠れた、一つの可能性を無視出来ずにいた。――『異能力』。何かしらかの異能で、記憶を封印、()しくは消去されていると言う可能性だ。無論、可能性は著しく低い。橋元ちゃんの様な普通の女の子が、誰かにとって都合の悪い記憶を有している可能性。相手が記憶の操作、(また)は精神の操作が出来る異能力者、若しくはそう言った異能力者が仲間内にいる可能性。そして、橋元ちゃんが、都合の悪い記憶を有しているにも拘わらず、殺してはならない人物である可能性。此の全ての可能性を揃えてなくてはならないとなると、可能性は著しく低い。だから、異能の可能性は無いと僕は断じる。自分が異能力者だから、そう言った可能性を疑ってしまうだけなのだと。――けして、可能性は皆無(ゼロ)では無いと言う、自分の心の声を無視しながら。

 其れから暫くは只の雑談の時間になった。大半は猫の事で、クツシタ以外にも家の近所の野良猫に餌をやっているらしく、泥(まみ)れの毛塗れになって帰っては『ママ』に怒られているらしい。其の後、素直に謝ってから一緒にお風呂に入るらしいのだ。仲睦まじい母娘の話で微笑ましい気持ちにさせて貰ったお礼に、と言う訳では無いが、僕からも僕の家族の話をしてあげると、彼女はニコニコしながら聴いていた。

 

「おにいちゃんのパパとママはケーサツカンなんだね」

 

「ああ、街の平和を守ってるんだぜ、格好良いだろ?」

 

「かっこいー!」

 

「あと、僕には両手で数え切れないほどの妹がいてだな」

 

「えー、ウソだー」

 

「いやいや、本当だぞ」

 

「だったら会わせてよ」

 

「いや、それは……」

 

 等と他愛も無い会話を楽しんでいたのだが、其の時間も終わりが来る。街中に設置してある拡声器(スピーカー)から、一斉に音楽が流れ始める。時刻は十七時、流れている曲は童謡の『ふるさと』で、所謂、五時の(チャイム)と呼ばれている奴だ。

 

「……あ~あ、帰らなきゃ」

 

 至極残念そうに橋元ちゃんが呟く。彼女が僕の何を其処程気に入ったのかは分からないが、別れを惜しむ様に僕の服の袖を摘まむ彼女を見ると、僕も少し寂しい気持ちにさせられる。

 

「じゃあ、家の近くまで送っていくよ。最近この辺りも物騒だしな」

 

「……いいの?」

 

 上目遣いで尋ねてくる橋元ちゃんに対して力強く頷いて見せると、意気消沈と言った表情が一変して喜色満面となる。飛び跳ねながら喜びを表現する彼女を見ていると、庇護欲と言うか父性と言うか、そう言った物が刺激されるのを感じる。守りたいと言う欲求と、護らねばと言う使命感に駆られるのだ。もし、彼女が異能力者であるならば、こう思わせるのが彼女の能力なのかもしれない。等と下らない事を考えながら立ち上がると、其れに(なら)う様にして彼女も立ち上がった。そして、此方に向かって手を差し出してくる。

 

「それじゃあ、はい!」

 

 ……此れは、手を繋ごうとか、そう言うあれだろうか? 流石に躊躇してしまうのも無理は無いだろう。何せ、橋本ちゃんは、言動は五歳児の其れではあるのだが、見た目は十五歳程。大人とは言い切れずとも、子供とは言い難い年齢である。そんな相手と手を繋ぐのは少し気恥ずかしいのだ。二十歳も越えた良い大人が十五の少女相手に何をと呆れる方もいるだろうが、僕の様に女性と接点の少ない初心(うぶ)な草食系男子にとっては、相手が中高生と言えど緊張する物なのだ。

 ふと、隣を見ると、不思議そうな表情で僕の顔と、自らの差し出した手を交互に見ている橋元ちゃんの姿があった。其の表情からは、『なんで手をつないでくれないの?』と言う橋元ちゃんの心の声が見て取れた。しかし、其の行動は五歳児基準の物であって、橋元ちゃんの本来の年齢からすれば、出会ったばかりの男と手を繋ぐのは異質な行為だ。そう考えれば、繋がないのが彼女の為である。彼女が若し何かの拍子に記憶を取り戻した時、僕なんかと安易に手を繋いだ事を不快に思うかもしれない。思わないかもしれないが、可能性が無い訳では無い以上は軽挙妄動は慎むべきだろう。仮に記憶が戻らなくても、彼女が此の儘成長し、思春期以降の精神性を手に入れた時、出会ったばかりの男と手を繋ぐのが普通だと言う感性を持たせてはならない。其の事を伝えようと、僕は彼女に向き直る。

 

「手、つないでくれないの……?」

 

「喜んで繋がせていただきます」

 

 ……軽蔑してくれたって構わないさ。

 

 

 

 

 

 

 橋元ちゃんと手を繋ぎながら繁華街を抜け、住宅街を歩いていた。先程よりも更に太陽は西に傾き、僕と彼女も周りの風景と同じ様に(あか)く染まっていた。長く伸びた影法師を見ていると、昔こうして妹達と手を繋いで帰路に着いた事を思い出す。あの頃は未だ今より仲が良くて、暗くなる迄一緒に外を走り回っていた。今では、仲が悪いとは言わないが、仲が良いとも言えない関係になってしまった。何時からそうなってしまったのかは、きっとあの事故からだろう。下の妹が遭った交通事故。…………まあ、其れで無くとも年頃の女の子だ、異性の兄弟なんて鬱陶しがられて今みたいな関係に落ち着いただろう。あの頃、両の手に、右に上の妹、左に下の妹の手の温もりを感じていたのが、今は左手だけに、今日会ったばかりの女の子の温もりに変わっている。……そう言えば、妹以外だと、こうして手を繋いで歩くのは初めてな気がする。そう思うと妙な気不味さが生まれたが、上機嫌で鼻唄を口遊(くちずさ)む橋元ちゃんを見ていると、其の感覚も薄れ、揺らぎ、消えていった。

 

「ご機嫌だな、橋元ちゃん」

 

「うん、おにいちゃんと一緒だもん」

 

 中々嬉しい事を言ってくれるじゃあないか。しかし、十年もしない内にそう言った事を言ってくれなくなると僕は経験上知っている。……悲しいかな、其れが現実と言う物だ。妹と言う者に幻想を抱いている諸兄は、今直ぐ其の幻想をぶち壊す事を推奨する。

 海辺の公園でそうだった様に、仲良く雑談を交わしながら歩いていると、遠くの方に人影が見えてきた。其れを見るや否や、橋元ちゃんが僕の手を離して影の人物に駆け寄る。

 

「ママー!」

 

 どうやら、此の先にいる人物が、件の『ママ』らしい。飛び付いてきた橋元ちゃんを少し危なっかしく抱き止めた其の女性の姿は、逆光の所為でよく見えなかったが、橋元ちゃんよりも少しだけ背が高い様だった。無論、橋元ちゃんが結構小柄なので、其の女性も小柄な部類に入るだろう。

 走って行った橋元ちゃんの後をゆっくりと追い掛けると、橋元ちゃんの『ママ』と目が合った。橋元ちゃんの母親と言うからには中年女性だと想像していたのだが、其の女性はかなり若く、二十代前半、見ようによっては十代の後半に見えた。母親と言うより姉に近い。そんな事を思いながら、もう数歩近付くと、其の女性に見覚えがある様な気がしてきた。何処で見たのか思い出そうとしていると、女性が険しい表情で手提げから巾着袋を取り出した。腰元まである長めの肩外套(ケープ)から白くほっそりとした腕が覗いたかと思うと、袋の中身を掴み、僕に向かって投げ付けてきた。其の瞬間に走る激痛――!?

 

「痛い痛い痛い痛いっ!?」

 

「聖なる灰に焼かれろっ!」

 

 灰ならもう燃え尽きた後だろとか、いきなり何をするんだとか、灰以外にも絶対ヤバいもん入ってるだろ此れとかそう言ったツッコミが頭の中に浮かぶが、余りの激痛に声にならずに消える。激しい疼痛に意識が暗転し始めた時に、心配そうな橋元ちゃんの声が聞こえた気がしたが、僕の脳は其れを処理する前に電源を落としてしまった。

 

 

 

          黒齣

 

 

 

 目が覚めた時、目の前には心配そうに僕を覗き込む橋元ちゃんの姿があった。僕が目覚めたのを確認して、嬉しそうに何処かへ走っていく。

 

「ママー! おにいちゃんおきたよー」

 

 どうやら『ママ』を呼びに行ったらしい。意識が暗転する原因にもなった激痛は既に無くなっており、激痛どころか僅かな痛みすら残っておらず、身体の何処にも不調は感じ取れなかった。一体どんな成分なんだよ、あの粉。兎も有れ、不調が無いならばと身体を起こし、周囲を見渡してみる。

板張りの床(フローリング)に絨毯が敷かれた部屋に、寝椅子(ソファ)と脚の低い卓子(テーブル)、そして、受像機(テレビ)が置かれているだけの簡素(シンプル)な部屋だったが、部屋を彩る其の家具家電達は何れも値が張る物であると一目で分かる物だった。広さは六、七畳程で、物が少ない分無駄に広く感じる室内は、清掃が良く行き届いていて清潔感が漂っている。ただ一つ違和感があるとすれば、出入口が扉では無く襖な事だ。洋間に見えるが、元は和室だったのかもしれない。

 そうして周囲を見渡していると、一分足らずで襖が開かれた。其処にはニコニコとした笑顔の橋元ちゃんと、仏頂面の『ママ』さんがいた。『ママ』さんが手にしている(トレイ)には、洋杯(カップ)茶瓶(ティーポット)が乗せられていた。其れを卓子の上に置くと、僕が寝かされていた寝椅子の対面に座った。良く見ると、やはり見覚えがある人物だ。何処で見たのかを思い出そうとしていると、何故か橋元ちゃんが向かいの寝椅子では無く、僕の隣に座った。……本当に、随分と懐かれてしまったな。そんな僕と橋元ちゃんを見ながら、正面に座る彼女は複雑そうな表情で溜息を吐き、其の儘の表情で口を開いた。

 

「久しぶりね、西緒維新……もっとも、一月程度だけれどもね」

 

 やはり、彼女と僕は知り合いらしい。切り揃えられた前髪と、腰まで伸びた艶やかな髪は高級感を漂わせる程に漆黒で、袖無し外套(マント)の様に丈の長い肩外套は其の髪に合わせた様な黒だった。少しだけ幼さを残しつつも、目鼻立ちの整った美人である。其の見目麗しさと丈の長い肩外套、そして、芝居掛かった其の口調は、何処と無く魔女を連想させた。

 

「ああ、久しぶりだな。たけ……たけ……竹ノ塚?」

 

「誰よ!? 武宮よ、武宮ゆゆこ! 同じゼミでしょう!」

 

 そうだ、其れで完全に思い出した。彼女は武宮ゆゆこ。僕や猪上、亘達と同じ香田ゼミのゼミ生である。

 

「ああ、すまない。だけど、同じゼミと言えど二十人近くいるゼミ生の中でも、僕らは殆ど会話をしたことないだろう? 名前が空覚(うろおぼ)えになるくらい勘弁して貰えないか?」

 

 僕の言い訳染みた言葉に武宮は、実に不機嫌そうな表情を作って見せる。

 

「……私、貴方と高校も中学も小学校も一緒なんだけど」

 

「え?」

 

「小学校の頃は貴方の妹と仲が良かったから、何回か家にも行ってるのだけど」

 

「すいませんでした!」

 

 流れる様な、綺麗な土下座だった。いや、しかし、本当に覚えていなかった。僕が覚えていないだけなのか、其の事実が本当は存在しないのかは分からないが、此の場は謝っておくべきだろう。

 

「まあ、妹の友達なんて記憶に無いでしょうね。噂が本当なら」

 

「噂? 何か噂されるようなことを僕がしたというのか?」

 

 皆目見当も付かないのだが。僕の様な誰にも迷惑を掛けず品行方正で、物静かで目立たない一般的で、普遍的で、常識的な人間に対して、一体全体どの様な噂が流れると言うのだろうか? 疑問符塗れの僕に対して、武宮は何故か頬を赤く染めて、俯き加減で口を開いた。

 

「西緒維新と亘航と猪上堅二は三角関係だって……」

 

「誰だ! そんな(おぞま)しい上に根も葉もどころか、花や実すらもないような酷い噂を流している奴は!」

 

「こっちだって困っているのよ! 貴方達みんな受けっぽいんだから、誰に攻めさせるかで迷うのよ!」

 

「そんなもんで迷うんじゃねえ! でも、一つだけ言っておくが、僕が受けだったら絶対に許さないからな!」

 

 言い争う僕達を見ながら、橋元ちゃんが不思議そうな顔で「うけ? せめ?」と首を傾げていた。此れは、彼女に悪い影響が出る前に話題を変えた方が良さそうである。

 

「受けじゃなければ良いのね!? 西緒ヘタレ攻めの亘ツンデレ受け……いや、猪上の姫受けで……待つのよゆゆこ、いっそ西緒俺様攻めという可能性も……」

 

「ねえよ」

 

 ぶつぶつと危険な事を呟き始めた武宮に、僕は冷たく言い放つ。と言うか、何だよ僕の俺様攻めって……其れはもう僕ではないだろうに。噂が本当ならば女性に興味が無くても仕方が無いと言いたいのだろうが、残念(なが)ら噂は噂に過ぎないし、僕達三人は飽く迄も友人であって、彼女が言う様な爛れた関係では無い。

 

「何か勘違いをしているようだが、僕は普通に女の子が好きだし、機会があれば女の子と付き合いたいと思う普通の男子だよ」

 

「……そうなの?」

 

「そうさ。女の子、ラブ! 僕は女の子が大好きだ! 愛してる! だから、女の子の方も僕のことを愛するべきだ……とまでは言わないが、世界中の女の子を愛していると言っても過言ではないな」

 

 節操が無いって? 違うな、博愛と呼んでくれ。僕のそんな告白を聞いた武宮は、俯いた儘小さく肩を震わせていた。何事かと様子を伺っていると、ポツリと小さく、彼女が呟いた。

 

「……も、そっち側か……」

 

「え?」

 

 良く聞き取れなかったので、聞き返してみる。其方(そっち)側って何方(どっち)側だよ。聞き返した僕に、上目遣いで睨め付ける様にして武宮が仄暗い瞳を向ける。表情は陰鬱にして憤怒が籠められていた。

 

「所詮貴様も性欲の下僕(しもべ)か! 穢らわしい牡が! どいつもこいつも肉欲に取り憑かれた愚かしい傀儡に過ぎないのよ! 全ての穢れは性欲に始まり性欲に終わるわ! そして穢れこそがこの世界を歪めている! 戦争も犯罪も不況も(ことごと)くは性欲から産まれた物よ! なれば性欲を排除した先にこそ人間の叡智の繁栄と真実の愛があるというのに愚昧なる人間共はそれに気付きもせずやれ男女交際だのやれ合コンだのやれセッ○スだの性欲丸出しで愚図のような思考を垂れ流して人間の叡智の象徴たる言語を汚染して……」

 

 其処迄武宮は早口で言い切ると、一度間を置いて、息を大きく吸った。

 

「ふ・け・つ・よ――――――っ!」

 

 武宮、魂の叫びであった。引き気味で武宮を見ている僕の隣では、橋元ちゃんが目を白黒させていた。急な大声に驚いたのか、其れとも『ママ』の豹変っぷりに驚いたのか、恐らくは両方だろう。

 

「というか、性欲だのなんだのって、さっきまで攻めだの受けだの言ってた人間が言って良いのかよ」

 

「BLは良いのよ。あれは世界の真理だから。海外の神話にだって少年愛は出てくるし、日本にも衆道があるわ。かつては真実の愛は衆道にこそ、男同士にこそ宿ると言われてたのよ」

 

 拗らせてやがる……。僕は語り始めた辺りで橋元ちゃんの耳を塞いでいた。本当は僕も耳を塞ぎたかったのだが、残念な事に僕は某人気ゲームの通信交換で進化する格闘家みたいに腕は四本も無いので、橋元ちゃんの純真無垢な心を守る事を優先した。と言うか、此奴こんな性格(キャラ)だったのか……ゼミでは物静かで落ち着いた深窓の令嬢みたいな雰囲気を纏っている癖に。

 さて、毎度お馴染み閑話休題。但し、今回は僕の所為では無いぞ。

 

「BLどうこうは置いといてだ、訊きたいことが二つほどあるんだが」

 

 橋元ちゃんの耳を塞いだ儘で口を開いた僕を、世界の男色の歴史を嬉々として、滔々(とうとう)と語っていた武宮が不思議そうな顔で見てくる。

 

「一つは、いきなり僕を攻撃したのは何故だ? というか、あれはなんだ?」

 

「一つと言いながら二つ訊くのね。まあ、いいわ、答えてあげましょう」

 

 口調を最初の様な芝居掛かった物に戻した竹宮は、ニヤリと笑いながら何処からか巾着袋を取り出した。いや、本当に何処から出したんだ? 肩外套の中から出した様にも見えたが……何だあれ。某青い猫型絡繰(ロボット)懐中(ポケット)みたいに四次元にでも繋がっているのか?

 

「これは悪しきを焼き、善性を高める聖なる灰よ。セイヨウヒイラギの木、マンドラゴラの根、トリカブトの根、ベラドンナの葉を乾燥させて磨り潰した物を混ぜて灰にした物」

 

「猛毒じゃないか!」

 

 良い子は間違っても作ってはいけない物だ。恋茄子(マンドラゴラ)大走野老(ベラドンナ)鳥兜(トリカブト)も僕が言った通り猛毒で、鳥兜は嘔吐・呼吸困難・臓器不全を引き起こし、恋茄子は幻覚・幻聴・嘔吐・瞳孔拡大作用があり、大走野老には嘔吐・散瞳・異常興奮の作用があって、何れも最悪は死に到る。西洋柊も、死ぬと言う話は聞いたことは無いが、食せば嘔吐・腹痛・下痢等の症状を訴える事になる。僕の知識不足で灰になる迄焼いた時の毒性は知らないが、僕が無事だった事を考えるとあの灰に毒性は余り無いのだろうが、だからと言って人の顔に投げ付けても良いと言う事にはならない。下手したら失明物だぞ。

 

「……で、何故そんな危険物を僕に投げ付けたんだよ?」

 

「暗くて顔が良く見えなかったから、紡を付け狙う変質者かと思ったのよ」

 

 黄昏時、()彼刻(がれどき)とは良く言った物で、人の顔の判別が付きにくい時間帯である。因みに交通事故も此の時間が一番起き易いとされている。(ただ)、相手が不審者であったとしても、行き成りあんな危険物をぶっ掛けたら余裕で過剰防衛である。

 

「お前、安易にそれ使うの禁止な」

 

「何故ッ!? 我が魔術の粋を集めた最高傑作よ!?」

 

「普通に危ないからだよ!!」

 

 同じ大学のゼミの人間が傷害罪で逮捕とか洒落にもならないからな。

 

「まあ、良いわ。とにかく、撃退しようと思って聖灰を掛けたら、良く見たら知り合いだし、紡に話を聞いたらわざわざウチまで送ってくれたって言ってるしで、焦ったわ。……ごめんなさい」

 

 最後の最後で素直に謝ってくる辺り、根は悪い奴では無いのだろう。抑々(そもそも)、僕を攻撃したのだって橋元ちゃんを護ろうとした訳であって、端から害意があった訳では無いのだから。

 

「いや、大丈夫だ。悪気がないのは分かったし、橋元ちゃんを守るためなら仕方がないさ」

 

 僕がそう言うと、武宮は幾分か安堵した様な表情になる。少しだけ和やかになった空気を感じ乍ら、僕は二つ目の質問に、話の本題に入る事にした。緊張が伝わったのか、僕に耳を塞がれた儘の橋元ちゃんが、不安そうな目で僕を見上げてきた。彼女の耳が、僕の両手で塞がれている事を今一度確認してから、僕は()()について訊ねる。

 

 

 

 

 

 

「どうしてお前が、橋元ちゃんの()()なんだ?」

 

 

 

 

 

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