軽文ストレイドッグス   作:LUNARCLOWN

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小話

 客人である西緒維新と蒲池和馬が立ち去った地下室は、平素より薄暗く、静まり返っていた。彼等が昇っていった石段の先を見つめ乍ら、平時と変わらぬ軽薄な笑みを浮かべる此の地下室の主――鳴田良悟は、くつくつと楽しげに喉を鳴らしていた。思いを馳せるのは本日出逢った青年――西緒維新の事だ。西緒維新と其の彼が此れから進む道を夢想し、期待に胸を膨らませていた。願わくば、彼が自分の愛する『人間』である様にと。

 鳴田良悟は自称、人間を愛している。()() と付けてしまえば其処に偽りや齟齬がある様な誤解を与えてしまいかねないが、語弊を恐れずに言うのであれば、それは矢張り『自称』であるのだろう。弁明をするならば、彼は彼が述べる通り、人間を愛している。人間が大好きで堪らなく、人間を愛してやまないのだ。いや、寧ろ人間を愛して病んでいるのかもしれない。だからこそ、人間の全てを肯定し、人間の全てを愛する彼の言動は誰にも理解されず、肯定されない。ならば、それは結局の所『自称』に過ぎないのだ。

 ふと、上機嫌だった彼の様子が、急に不機嫌に変わる。まるで、愉悦の一時に水を注されたといった感じだ。良悟は、其の不機嫌さを隠すことなく振り返る。其処には、薄暗い闇が広がっているばかりだ。

 

「ノックもなしだなんて、少し不躾すぎるんじゃあありませんか?」

 

 そう良悟が闇に問い掛ける。すると、闇が揺らぎ、其処に――芒――と白貌が浮かび上がった。

 

「――ノックをしようにも、この部屋には戸がないようだが?」

 

 闇が応える。闇は徐々に人の形を取り、大時代な丸眼鏡と季節外れの外套を纏った男性の姿に変わる。

 

「だからといって、声の一つも掛けないで背後に潜むなんて、一社会人としていかがなものでしょうか、ねえ――――香田学人教授」

 

 皮肉を籠めた良悟の一言に、闇色の男――香田学人は、顔色一つ、表情一つ変えることなくゆっくりと歩いて、良悟の正面に()()()。床に座り込むのではなく、(あたか)も其処に椅子か何かがあるかの様に中空に腰掛けたのだ。

 

「貴方のご依頼通り、彼らには最低限の情報しか与えてはいません」

 

「――御苦労」

 

 学人の短い返答に、良悟は眉を顰める。明らかに歓迎していない様子だ。事実、良悟は学人に良い印象を持っていなかった。――此の男は『怪物』だ――良悟の本能が、そう告げていた。彼は『人間』を愛する。だから『怪物』は愛することは出来ない。だから、彼は学人を愛することは出来ない。しかし、其れと同時に、彼は学人が『人間』じゃないと言う確信も掴めずにいた。『怪物』でないのであれば、人の形を取っている以上、其れは『人間』だろう。なればこそ良悟は学人の扱いに困っていた。『怪物』だと確信を持てれば、直ぐにでも此の男を消す段取りに移るのだが、暫定的にではあるが『人間』である以上は自分の()の対象になってしまう。其れでは此の男を殺せなくなってしまう。

 

「それで、何でこんな面倒な事を?」

 

 脳内で目の前の男を排除する方法を画策し乍ら、出来るだけ平静を装いつつ訊ねる。奇しくも其の表情は、先程迄、西緒維新が彼に向けていた表情に良く似ていた。

 

「――彼には、怪物を退治する英雄になって貰わなくてはならない。常に答えを示され続けた人間が、英雄になった試しはないのでね」

 

「巫山戯ないでいただきたい」

 

 声を荒げた訳では無いが、其の声にははっきりとした怒気が含まれていた。怒りも不機嫌さも敵意も殺意も隠さず、晒し、ぶつける。普段の彼を知っている人間が見れば、目を疑う様な光景である。

 

「怪物を倒しうるのは、常に人間だ。英雄などという『怪物』ではない。『怪物』と『怪物』が潰し合うのは結構だが、『人間』を『怪物』に仕立て上げてまで、そんなくだらないことをすると言うのであれば」

 

 

 

 

 

 ――――俺は貴方を赦さない。

 

 

 

 

 

 けして大きな声ではなかった。しかし、常時以上の静けさを感じる今の此の地下室では、強く、冷たく響いた。

 彼は言う。()()など、『人間』の都合で造り出された『怪物』だと。其れならば、西緒維新と言う、彼が愛すべき『人間』を『怪物』に変えてしまう行為には、断固として異議を唱えなくてはならない。

 

「香田教授。俺が貴方の依頼を受けるのは、貴方がまだ『人間』の皮を被っているからだ。もし貴方が、その皮を脱ぎ捨てて、『怪物』としての本性を現そうと言うのであれば……俺は容赦なく貴方を殺します」

 

「――ふむ。御忠言痛み入る……と言った所か。だがね、残念ながら私は人間だよ」

 

 そう語る学人の表情は、言葉とは裏腹に人間味と言う物に欠けていた。不気味な薄笑いは、其の肌の白さと相俟って能面を想起させ、一つ一つの動作は人間の動きを模した自動人形の様だ。

 此の街には『怪物』が多いと良悟は思う。物の善悪に関わらず、其処に人間性があれば良悟は愛する事が出来る。だが、此の街には不思議と、其の善悪を超越した『怪物』が集まる。物の善悪に関わらず、『怪物』は『怪物』である。二十年前、此の街を襲った一団にも一人、そんな『怪物』がいた。此の街の闇には『怪物』である事を強要された少女もいた。人間を『怪物』に作り替えようとする妖老もいた。探偵の皮を被った『怪物』もいた。此の街は『怪物』を呼び寄せる事と『怪物』を造り出す事に特化している。此の街の情報を集め続けた結果、良悟はそう感じた。『人間』を愛すると決めた以上、其れは阻止しなくてはならない。危険因子は排除しなくてはならない。そう、例えば、

 

「ご冗談を、貴方に比べたら、快楽殺人犯の方がまだ愛着が持てますよ」

 

 目の前の香田学人(『怪物』)の様な存在をだ。

 

 

 

 

 

 最後迄表情一つ変えなかった学人に苛立ちつつも、事務机に向かう良悟。話の後、学人は来た時と同じ様に闇に融けて消えてしまった。 無論、良悟の能力を(もっ)てすれば、彼が何処に行ったかなど丸分かりなのだが、其れを行う気にもならなかった。

 

「俺も、まだまだだな……」

 

 溜息を一つ。一匹の『怪物』に心を掻き乱された事を後悔していた。此の仕事をするに当たって、良悟は自分に様々な制約を設けていた。其の内の一つが、常に平静を装う事だった。純粋に情報屋としての信念でもある。

 『怪物』と対峙すると何時もそうだった。嫌悪感、不快感、不信感、不安感、不満感、汎ゆる負の感情に押し潰されそうになり、ついつい感情的になってしまう。未熟なり、と自嘲気味に呟いてから机の引き出しを開けると、其処から一つの綴じ込み帖(ファイル)を取り出した。綴じ込み帖の中には走り書きの紙片や、新聞記事などが大量に貼り付けられていた。街中の情報が手に入るとは言っても、商品にする為には証拠や裏付けが必要になる。こう言った地道な調査も実は彼の仕事の内なのだ。……とは言え、大体は面倒臭がって金で雇った人間に調べさせるのだが、流石に整理位はこうして自分で行っている。

 

「今回の情報量じゃあ、山田さんが代金を出し渋るだろうなぁ……」

 

 と呟き乍ら、得意先の事務員の姿を思い浮かべる。彼女は吝嗇家として此の界隈では有名である。流石に代金を踏み倒したりはしないだろうが、此処ぞとばかりに値引き交渉に来るだろう。しかも、意気揚々とだ。其れも已む無しかと、溜息と共に吐き出すと、綴じ込み帖に挟んであった一枚の写真を取り出す。

 

「……これは、過去の清算だよ、西緒維新君」

 

 其の写真には、第三穂綿(ほわた)学園の制服を着た、一人の少女が写っていた。

 

「……彼女が『怪物』になってしまう前に、見つけ出してあげなよ」

 

 そして、綴じ込み帖を元の場所に仕舞うと、徐に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

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