軽文ストレイドッグス   作:LUNARCLOWN

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貮拾貮章

 (さて)()の辺りで一度状況を整理して置きたいと思う。何せ僕自身が此の短期間で色々と起きすぎて混乱しているのだから、()の混乱した人間の語り口を聞いている読者諸兄も混乱してしまっているだろう。

 事の発端は【情報屋】鳴田(なりた)良悟(りょうご)氏の第三穂綿(ほわた)学園を調べろという言葉から始まった。其の言葉に従い、我等が灰狼(はいろう)探偵社の社員たる蒲池(かまち)和馬(かずま)女史と鷹橋(たかはし)弥七郎(やしちろう)女史、()して其の末席たる此の僕西緒(にしお)維新(いしん)の三名が僕の母校でもある其の学園に向かった訳である。

 其処で再会した恩師の按田(あんだ)定夏(さだなつ)教諭と話した際に、ふと昔の事を、そう、(かつ)ての僕の友人である谷河(たにがわ)(ながる)について思い出したのである。

 いや、思い出したというのは少し語弊がある。僕が彼女の事を忘れた事など一度たりとも無かったが、努めて記憶の隅に追いやっていたに過ぎないのだろう。まあ、そんな僕の言い訳などはどうでも良いのだ。問題は、先程目を通した目録(リスト)の中に、其の谷河流の名前があった事である。

 色々と有った気がするが、こうして纏めると四百字詰めの原稿用紙に収まってしまう様な出来事でしかない事に驚いてしまうな……。

 そして、時は流れて数年後…………等という下らない冗句(ジョーク)扨措(さてお)き、僕等は第三穂綿学園を後にして横浜の繁華街を歩いていた。

 時刻は既に夕刻に差し掛かり、暖かな陽気が鳴りを潜めて肌寒さを覚えるようになっていた。四月も半ばと言えど日が傾くと少し冷えるのだが、そんな様子を(おくび)にも出さない二人には尊敬を覚えるものだ。

 (ちな)みにではあるが、僕達は別に遊びに来ている訳ではない。大丸山にある我が母校に別れを告げ、一番近場の繁華街に赴き巡回(パトロール)を行っている所である。時間帯的にも場所的にも事件発生の時と近くなっているからこそ、警戒を怠らないようにしなければならない。暗紫色の瞳で周囲を見渡す蒲池さんと、大太刀の入った緋色の竹刀袋を手に周囲を警戒する鷹橋。然して間抜け面で其の後ろを着いて行く僕と言った何時(いつ)だかも見た様な光景である。相も変わらず二人の容姿は目を引くので凡夫たる僕は周囲の視線に精神を磨り減らす事になっている訳なのだが、そんな僕の胸懐(きょうかい)(など)知らぬ二人は周囲への警戒を怠る事無く早足で巡回を行う。正直僕に出来る事等殆ど無いのだが、一応は探偵社の一員として周囲を警戒してみる。

 とは言え、僕程度の観察力では普段の街の様子と何が違うのかが分からない。高く(そび)える大廈高楼(ビルディング)、道行く親子連れや学生達、少しづつ(オレンジ)に染まっていく街並みを見ていると余りにも平和で、事件が起きる様な気配など微塵も感じられない。……まあ、実際に平和なのか、僕の頭が平和()けしているだけなのかは審議の必要がある所だろう。

 平和呆けしているせいか、運転による疲れかは分からないが、ついつい漏れ出てしまう欠伸を噛み殺しながら周囲に視線を配っていると、其の視界の端に見知った人間の影を捉えた。

 赤味掛かった茶髪に白い肌、少し大き目の土埃(カーキ)色の上着を着た女性――志蔵千代丸女史其の人である。別段用事が有る訳では無いが、知り合いを見掛けて無視するのも何だか気不味くなってしまう――何より、女性を見掛けて声を掛けないのは失礼だと、誰かも言っていた気がするので先行く二人に声を掛けて僕は志蔵に声を掛ける事にする。

「おーい、志蔵……」

 声を掛けた所で僕の動きが止まる。志蔵の居る場所を良く見ると、影になって分かりにくいが人影が見える。どうやら、志蔵は誰かと話をしている様だった。

 話し掛けたのを後悔したが時既に遅し、僕に気が付いた志蔵が相手方に手を振り僕の方に歩いてくる。

「あら、西塩じゃない」

「“し”が一つ多いぞ、僕の名前は西緒だ」

「ごめんなさい、噛んだのよ」

「違う、わざとだ」

「私が噛んでいないというエビデンスは?」

「また、厄介な言い回しを……」

 と言うか、殆ど悪魔の証明だろ其れ……。(しか)し、こう言った下らない遣り取りが出来る程度には、志蔵が僕を理解してくれていると思うと少し嬉しくもある。

 扨、物語を盛り上げられない語り部等二流であるが、関係ない話を長々と続けるのは三流以下である。つまる所、閑話休題と言う訳だ。

「この間は助かったよ、ありがとう……おかげで良い仲間にも会えた」

 僕はそう言うと後ろに軽く目を遣る。其処には少し訝しげな表情をした鷹橋と蒲池さんがいる。既に、灰狼探偵社の面子(メンバー)は僕の日常には欠かせない大事な仲間になっているのだ。其の切っ掛けになった志蔵には感謝の念を伝えておくべきだろう。

 志蔵は僕の視線を辿って二人を視界に収めると意味ありげに、にやりと笑った。少し嫌な予感がしたので、先に釘を差して置こうと口を開く。

「言っておくけど、あの二人とは変な関係ではないからな……」

 そうであれば僕としては嬉しいが、事実とは異なるし、何より変な勘違いをされては二人に迷惑だろうと思って言ったのだが、志蔵が表情を変えることはなかった。

「分かってるわよ。……あの二人、灰狼探偵社の鷹橋弥七郎と蒲池和馬でしょう? 貴方当たりを引いたわよ、これほど心強い味方はいないわ」

 ……どうやら杞憂だったようだ。大体あの二人といると、僕が邪な考えで二人に着いて回っているように勘違いされがちなのだが、流石は志蔵である。

「というか、二人のことを知ってるんだな」

「あら、あの二人……というか灰狼探偵社は一部では結構有名なのよ? 少なくともこの横浜周辺ではね」

 まあ、確かにそうなのだろう。調べたときも直ぐに出てきたし、何よりあの容姿だ。此れだけ目立つのだから、有名になっても可笑しくはないだろう。……蒲池さんは倉庫一つを倒壊寸前に迄しているのでそう言った意味でも有名なのかもしれないが。

「貴方の行く道が順調のようで占った身としては嬉しいわ」

「ああ、本当に志蔵様々だよ。改めてありがとうな」

「気にする必要はないわよ、占いというのはその人やその人の人生が持つ可能性の一端を伝えるだけ……それを掴み取ったのは紛れもない貴方よ」

 そう言って志蔵がふわりとした笑顔を浮かべる。怜悧冷徹(クール)な印象のある彼女だが、そう言った表情をすると幼い少女の様な印象に変わる。此れで何人の男性を骨抜きにしたか等、考えたくも無いものだ。

 女性とは世にも恐ろしいとは亘の言であるが、其の一端が垣間見える一瞬でもあった。

「ところで西緒?」

 笑顔を消して、真剣な表情をして志蔵が聞いてくる。何やら大事な話かと思って僕も表情を引き締めて志蔵に向き直った。

「……どっちが本命なの?」

「何も分かってねぇじゃねえか!」

 僕の突っ込みに「冗談よ」とからから笑って応える志蔵。全く以って敵いそうに無いなと僕は苦笑を浮かべるのであった。

 それから二、三近況報告をしたあと、不意に思い出した事を話題に挙げる。

「そう言えば、僕が話しかけたときに誰かと話してたよな。今更だけど、邪魔したなら申し訳無い」

 僕がそう言うと、彼女は少し考えるような素振(そぶ)りをした後に思い当たった様に手を打った。

「ああ、あれね。気にすることないわ、少し同業者と情報交換をしていただけだから」

「占い師って同業者と情報交換するようなことなんてあるのか?」

「あるわよ、特に辻占いなんてやってると良からぬことに巻き込まれそうになる、なんてことざらだもの」

 其んなものかと頷きはしたが、どうにも引っ掛かる。思い返して見ると彼女が話していたのは背広(スーツ)姿の男性だった気がするのだ。占い師とは思えない整然(きっちり)とした身形(みなり)の……役人の様にも見えた。勿論、占い師というのは個人業で其の格好は個人に委ねられるものだから、七三分けで黒縁眼鏡で背広姿で占い師をやっている人も探せば居るのだろう。背広姿で「占い、どうですか?」等と声を掛けられたら先にぺてん(・・・)を疑ってしまうだろうが、其れも本人次第ではあろう。まあ、ぺてんだの詐欺師だの何だのと言っていると思い出したくもない過去を思い出す羽目になりかねないので、此の辺りにしておくとする。

「なるほどな……そういう点では情報交換は大事か。大丈夫なんだよな?」

 志蔵が面倒な事に巻き込まれてやしないか少し不安で聞いてみたが、本人はにやりと不敵に笑ってみせた。些細は分からないが、彼女なりに上手く危機回避はしているようだ。

「そんなことより、待たせているんじゃないの?」

「ん、あぁ、そうだな……そろそろ行くとするよ。急に声を掛けて悪かったな」

 僕の言葉に志蔵は無言で軽く頭を振った。気にするなと言うことだろう。其れ以上語る言葉を持たなかった僕は、志蔵に手を振ってから背中を向けた。

「西緒維新はクールに去るぜ……」

「あ、そうだ西緒」

 格好良く(クールに)決めた所に水を差されたので、少し非難めいた視線を志蔵に向ける。

「……連絡、待ってるからね」

 少し寂しげに、そして真剣に。そんな表情で告げた志蔵を、まさに豆鉄砲を食らった鳩の様な顔で見てしまう。前回会った時、何かあったら連絡をくれと言われていた事を思い出す。別に色気付いた話ではないのだが、何だか少し小っ恥ずかしくなって無言で背中越しに手を振る。此方の方が格好つけたみたいで恥ずかしい気がするが、今は正面から志蔵の顔を見れない気がしたので此れで良いのだ。

 そうして数歩踏み出した所で、不意に路地裏に目が行った。普段なら気にも留めない様な薄暗い細道。視線が吸い込まれるように、其の暗がりに立つ人物と目が合った。

 其の人物は控え目に言っても美少女で、強気そうな眼も、固く結んだ唇も整っていて、解語の花と称しても差し障りの無い程の美少女だった。髪は短く肩口で切り揃えられては居たが、黄色い頭帯(カチューシャ)飾紐(リボン)は健在であった。

 そう、谷河流が其処には立っていのだ。

 何時(いつ)かとは違い、仄暗く、睨め付ける様な視線を僕に向けている。其の視線に臆したと言う訳では無いが、僕は何も言えず呆然として彼女を見詰めていた。口の中が渇き切って、喉の奥が張り付く様な不快感を覚えながらも、何かを口にしようと酸欠の金魚の様に口を開閉する。其の様は傍から観れば酷く滑稽で、ともすれば愍然(びんぜん)たる様相であっただろう。

 谷河は仄暗い瞳を此方に向けた(まま)、何かを呟いている様だった。路地の薄暗い影が意志を持って彼女を包み込もうとしている様な錯覚に陥る。

 震える手を彼女に向けて、老人の様に(ふらふらする)足を一歩踏み出した所で誰かに肩を掴まれた。

「西緒……!」

「……!?」

 振り向くと焦燥とした表情の蒲池さんが其処に立っていた。近くに鷹橋の姿はない、何かあった事は明白なのだが(もや)掛かった様に頭が働かない。

「どうかしたのか……?」

「事件だ。男が2人暴れているみたいで、例の事件関連かもしれない。お七は先に鎮圧に向かってる。俺達も行こう」

 声を掛けて来た蒲池さんの目を見た後、視線を外してもう一度路地を見る。……其処に既に谷河の姿は無かった。懐古の念が呼び出した幻だったのか、或いは谷河の姿を模した神出鬼没の怪異だったのか……本当に本人だったのか。今となっては分からず仕舞いである。

 僕を見ながら首を傾げている蒲池さんにもう一度目を向け、無言の儘に頷いてから、彼女の先導で現場に向かう。鷹橋の戦闘力は非常に高いものらしいので問題無いとは思うが、万全を期するに越した事は無い。まあ、僕が行った所で何が出来るとも思わないのも事実ではあるのだが……。

 そして僕は、先程の光景を振り切る様にして路地に背を向け走り出したのだった。

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