事の発端は【情報屋】
其処で再会した恩師の
いや、思い出したというのは少し語弊がある。僕が彼女の事を忘れた事など一度たりとも無かったが、努めて記憶の隅に追いやっていたに過ぎないのだろう。まあ、そんな僕の言い訳などはどうでも良いのだ。問題は、先程目を通した
色々と有った気がするが、こうして纏めると四百字詰めの原稿用紙に収まってしまう様な出来事でしかない事に驚いてしまうな……。
そして、時は流れて数年後…………等という下らない
時刻は既に夕刻に差し掛かり、暖かな陽気が鳴りを潜めて肌寒さを覚えるようになっていた。四月も半ばと言えど日が傾くと少し冷えるのだが、そんな様子を
とは言え、僕程度の観察力では普段の街の様子と何が違うのかが分からない。高く
平和呆けしているせいか、運転による疲れかは分からないが、ついつい漏れ出てしまう欠伸を噛み殺しながら周囲に視線を配っていると、其の視界の端に見知った人間の影を捉えた。
赤味掛かった茶髪に白い肌、少し大き目の
「おーい、志蔵……」
声を掛けた所で僕の動きが止まる。志蔵の居る場所を良く見ると、影になって分かりにくいが人影が見える。どうやら、志蔵は誰かと話をしている様だった。
話し掛けたのを後悔したが時既に遅し、僕に気が付いた志蔵が相手方に手を振り僕の方に歩いてくる。
「あら、西塩じゃない」
「“し”が一つ多いぞ、僕の名前は西緒だ」
「ごめんなさい、噛んだのよ」
「違う、わざとだ」
「私が噛んでいないというエビデンスは?」
「また、厄介な言い回しを……」
と言うか、殆ど悪魔の証明だろ其れ……。
扨、物語を盛り上げられない語り部等二流であるが、関係ない話を長々と続けるのは三流以下である。つまる所、閑話休題と言う訳だ。
「この間は助かったよ、ありがとう……おかげで良い仲間にも会えた」
僕はそう言うと後ろに軽く目を遣る。其処には少し訝しげな表情をした鷹橋と蒲池さんがいる。既に、灰狼探偵社の
志蔵は僕の視線を辿って二人を視界に収めると意味ありげに、にやりと笑った。少し嫌な予感がしたので、先に釘を差して置こうと口を開く。
「言っておくけど、あの二人とは変な関係ではないからな……」
そうであれば僕としては嬉しいが、事実とは異なるし、何より変な勘違いをされては二人に迷惑だろうと思って言ったのだが、志蔵が表情を変えることはなかった。
「分かってるわよ。……あの二人、灰狼探偵社の鷹橋弥七郎と蒲池和馬でしょう? 貴方当たりを引いたわよ、これほど心強い味方はいないわ」
……どうやら杞憂だったようだ。大体あの二人といると、僕が邪な考えで二人に着いて回っているように勘違いされがちなのだが、流石は志蔵である。
「というか、二人のことを知ってるんだな」
「あら、あの二人……というか灰狼探偵社は一部では結構有名なのよ? 少なくともこの横浜周辺ではね」
まあ、確かにそうなのだろう。調べたときも直ぐに出てきたし、何よりあの容姿だ。此れだけ目立つのだから、有名になっても可笑しくはないだろう。……蒲池さんは倉庫一つを倒壊寸前に迄しているのでそう言った意味でも有名なのかもしれないが。
「貴方の行く道が順調のようで占った身としては嬉しいわ」
「ああ、本当に志蔵様々だよ。改めてありがとうな」
「気にする必要はないわよ、占いというのはその人やその人の人生が持つ可能性の一端を伝えるだけ……それを掴み取ったのは紛れもない貴方よ」
そう言って志蔵がふわりとした笑顔を浮かべる。
女性とは世にも恐ろしいとは亘の言であるが、其の一端が垣間見える一瞬でもあった。
「ところで西緒?」
笑顔を消して、真剣な表情をして志蔵が聞いてくる。何やら大事な話かと思って僕も表情を引き締めて志蔵に向き直った。
「……どっちが本命なの?」
「何も分かってねぇじゃねえか!」
僕の突っ込みに「冗談よ」とからから笑って応える志蔵。全く以って敵いそうに無いなと僕は苦笑を浮かべるのであった。
それから二、三近況報告をしたあと、不意に思い出した事を話題に挙げる。
「そう言えば、僕が話しかけたときに誰かと話してたよな。今更だけど、邪魔したなら申し訳無い」
僕がそう言うと、彼女は少し考えるような
「ああ、あれね。気にすることないわ、少し同業者と情報交換をしていただけだから」
「占い師って同業者と情報交換するようなことなんてあるのか?」
「あるわよ、特に辻占いなんてやってると良からぬことに巻き込まれそうになる、なんてことざらだもの」
其んなものかと頷きはしたが、どうにも引っ掛かる。思い返して見ると彼女が話していたのは
「なるほどな……そういう点では情報交換は大事か。大丈夫なんだよな?」
志蔵が面倒な事に巻き込まれてやしないか少し不安で聞いてみたが、本人はにやりと不敵に笑ってみせた。些細は分からないが、彼女なりに上手く危機回避はしているようだ。
「そんなことより、待たせているんじゃないの?」
「ん、あぁ、そうだな……そろそろ行くとするよ。急に声を掛けて悪かったな」
僕の言葉に志蔵は無言で軽く頭を振った。気にするなと言うことだろう。其れ以上語る言葉を持たなかった僕は、志蔵に手を振ってから背中を向けた。
「西緒維新はクールに去るぜ……」
「あ、そうだ西緒」
「……連絡、待ってるからね」
少し寂しげに、そして真剣に。そんな表情で告げた志蔵を、まさに豆鉄砲を食らった鳩の様な顔で見てしまう。前回会った時、何かあったら連絡をくれと言われていた事を思い出す。別に色気付いた話ではないのだが、何だか少し小っ恥ずかしくなって無言で背中越しに手を振る。此方の方が格好つけたみたいで恥ずかしい気がするが、今は正面から志蔵の顔を見れない気がしたので此れで良いのだ。
そうして数歩踏み出した所で、不意に路地裏に目が行った。普段なら気にも留めない様な薄暗い細道。視線が吸い込まれるように、其の暗がりに立つ人物と目が合った。
其の人物は控え目に言っても美少女で、強気そうな眼も、固く結んだ唇も整っていて、解語の花と称しても差し障りの無い程の美少女だった。髪は短く肩口で切り揃えられては居たが、黄色い
そう、谷河流が其処には立っていのだ。
谷河は仄暗い瞳を此方に向けた
震える手を彼女に向けて、老人の様に
「西緒……!」
「……!?」
振り向くと焦燥とした表情の蒲池さんが其処に立っていた。近くに鷹橋の姿はない、何かあった事は明白なのだが
「どうかしたのか……?」
「事件だ。男が2人暴れているみたいで、例の事件関連かもしれない。お七は先に鎮圧に向かってる。俺達も行こう」
声を掛けて来た蒲池さんの目を見た後、視線を外してもう一度路地を見る。……其処に既に谷河の姿は無かった。懐古の念が呼び出した幻だったのか、或いは谷河の姿を模した神出鬼没の怪異だったのか……本当に本人だったのか。今となっては分からず仕舞いである。
僕を見ながら首を傾げている蒲池さんにもう一度目を向け、無言の儘に頷いてから、彼女の先導で現場に向かう。鷹橋の戦闘力は非常に高いものらしいので問題無いとは思うが、万全を期するに越した事は無い。まあ、僕が行った所で何が出来るとも思わないのも事実ではあるのだが……。
そして僕は、先程の光景を振り切る様にして路地に背を向け走り出したのだった。