軽文ストレイドッグス   作:LUNARCLOWN

26 / 27
貮拾參章

 

 

 

 威勢良く走り出したは良い物の蒲池さんの身体能力(フィジカル)に僕の様な凡人が付いて行ける筈もなく、数十(メートル)の距離を離された結果、遅れて現場に到着する事となった。実に運動不足を実感する羽目になったので、今後は身体を鍛える事も視野に入れていく必要があるだろう。そんな僕の決心やら後悔やらは現場の光景を見た瞬間に吹き飛んだ。

 (ひび)割れた土瀝青(アスファルト)に散乱する混凝土(コンクリート)、破壊され、中身の散らばった自動販売機。その中心にいるのは何の変哲も無い何処にでも居そうな背広(スーツ)姿の会社員(サラリーマン)だった。

 (ただ)し、其れが彼の常と異なるであろう事は想像に難くない。整髪料で整然(きっちり)と整えられていたであろう髪は掻き乱され、背広には皺が寄り、所々は破け、土埃に(まみ)れている。目は虚ろに見えつつも爛々と輝き、正気を喪って居るであろう事は一目瞭然だった。暴威を振るった際に傷ついたのか、其れとも返り血だろうか、両の拳には()だ真新しい赤黒い血が付着していた。

 ――『横浜連続暴徒事件』――僕は其れを一段(もっと)単純に考えていた。他者に対して暴力を振るう。器物、公共物を破損させる等の想像に及ぶ範囲の事象と捉えていたが、成る程どうして予想を越えている。一人の人間が何の道具も使わず起こす事件としては無理がある。確かに世の中には倉庫を一つ潰しかける女性も居る様だが、其れは一般的な部類では無いだろう。()の光景を(じか)に見れば何かしらかの人智を超えた力、『異能力』が関わって居るのではと邪推するのも無理からぬ事だとは思われる。

 どうやら避難は完了しているらしく直ぐ近くには人はいなかったが、遠目に人集りが出来ているのが見えた。皆一様に携帯端末(スマートフォン)を此方に向けてやいのやいのと騒ぎ立てている。恐らく写影(カメラ)機能で撮影でもしているのであろう。暢気な物だと呆れれば良いのか、非日常に興奮する(さま)に同調すれば良いのかは分から無いが、彼等が巻き込まれ無い事を祈る(ばか)りである。

 (さて)、此処迄事件現場を描写してみたが、諸兄が気になるのは“鷹橋弥七郎は何故此の現場を制圧していないのか?”と言う処だろう。別に此の場に鷹橋が居ない訳でも、何もせず傍観している訳でも無い。彼女は今も、普段は緋色の竹刀袋に入れた大太刀を抜き、油断なく鋭い視線を相手に向けていた。但し、其の視線を向けている相手は(くだん)の会社員の彼では無く、其の前で立ち塞がる様に立つ一組の男女に向けられていたのである。

「和馬ッ! 西緒ッ! 遅いわよ!」

 其の男女から目を逸らさずに鷹橋が叫ぶ。隙の無い構えの鷹橋に対し、男女は其々(それぞれ)異なった態度だった。

 長身で頬に十字傷のある精悍な顔付きの男性は手に持つ拳銃(ハンドガン)を構え、鋭い眼光を飛ばしていた。其の身体は鍛え抜かれているであろう事が、迷彩柄の戦闘着(コンバットスーツ)の上からでも良く分かる。明らかに荒事を専門としている職業の人間だ。若そうに見えるが、髪に少し白髪が混ざっているのを見るに僕より一回りか二回り程歳上なのだろう。

 対する女性の方は少女とも言って良さそうな見た目で、黒い長髪と季節外れの黒い外套(コート)が特徴的である。其の手に持つのは其の服装に負けない位に真っ黒な両刃の片手直剣である。まるで西洋風の幻想(ファンタジー)小説の様な武器を手に持つ彼女は、剣を弄び乍ら薄く嗤っている。但し油断している様な雰囲気では無く、脱力している様に見えて隙は見せていない。

 そして、其の二人は明らかに僕達と向かい合う様に立っている。相対している。立ち塞がっている。其れは平和を乱す者の立ち位置で、僕達の敵である事を意味していた。

「増援か……」

 十字傷の男が呟く。薄い唇から紡がれる声は低く、修羅場を切り抜けて来たであろう者の重圧の様な物を感じた。

「今更、一人や二人増えた所で問題ないさ」

 油断を感じさせない男に対して少女が軽く言う。少年の様に軽やかな声は軽薄そうにも聞こえるが、其の目は僕達を油断無く観察していた。

「……河原(かわはら)軍曹、戦場では一人の増援が一人分の戦力とは限らないと教えたはずだぞ」

「分かってますよ賀藤(がとう)曹長……」

 階級で呼び合う其の姿はまるで軍隊の様だが、此の街の軍警とは明らかに様相が違う。抑々(そもそも)軍警の所属であるならば、僕達と敵対する理由が無い。

「お前ら何者だ?」

 蒲池さんが威圧を込めた低い声で問い掛ける。

「傭兵部隊ミスリル所属、賀藤招二。階級は曹長だ」

「…………同じくミスリル所属、河原礫。階級は軍曹……これ、馬鹿正直に答える必要あったか?」

 河原女史の言う事はご尤もである。(まさ)か正直に返答すると思っていなかったのか、蒲池さんも少し驚いている。

 然し、傭兵部隊と来たか。正規軍では無いのだから、我々と敵対する理由は幾らでもあるのだろうが、其れこそ理由は雇い主のみぞ知ると言った処か……。こうなると噂話も馬鹿に出来なくなってくる。暴徒化した人物を庇う傭兵部隊……其れは此の事件を止められると不都合が生じる人物がいる事を意味している。(いわん)や其れは黒幕の存在である。

「何が目的なの?」

 鷹橋の眼光が二人を射抜く。然し、其れに彼等が臆した様子は無かった。

「俺達はプロフェッショナルだ、おいそれと作戦内容を語る訳がないだろう」

 呆れた様に賀藤氏が答えるが、構えは解かず隙も見せない。隣に立つ河原女史が「名乗るのは良かったのか?」等と呟いているが、賀藤氏には彼なりの美学があるのだろう。

「我々は作戦のために君達を妨害する必要がある。しかし、積極的な戦闘はこちらも望んではいない。君達が撤退するのならば危害は加えないと約束しよう」

 そう宣言した賀藤氏の目に嘘は無い様に見える。然し、其れが真実であろうが無かろうが、僕達も街に危害を加える此の状況を見過ごす訳には行かなかった。其れは探偵社としても、此の横浜の街に住む者としても譲れない物だ。

 無言を貫く我々に賀藤氏は諦観したように、そして少し残念そうに溜息を吐いた。此方に危害を加えたくないと言うのは嘘ではないのだろう。

「そうか……それならば仕方がない」

 そう言って氏が引き金に指を掛ける。其の瞬間、鷹橋の身体が緋色に燃え上がった。其れが比喩表現では無く、実際に炎の様な物が鷹橋を包み込んでいた。其の()に照らされる様にして鷹橋の黒髪が(あか)く染まり、瞳に灼熱色を宿す。幻想的で美しい光景にも見えるが、本能的な恐怖が呼び起こされる姿でもあった。……恐らく此れが、鷹橋の『異能』なのだろう。

「…………ッ!?」

 警戒の色を強めて河原女史が直剣を構える。半身になり、剣を持つ右手を引いて地面と水平になる様に切っ先を鷹橋に向けた。独特の構えだが、我流の剣術なのだろうか。武術に明るくない僕には正統な流派の構えなど分からないが、構えを取るだけで雰囲気が随分と物々しく感じられる。

「お七の異能、『炎髪灼眼』だ。ああなったら身体能力で勝てる人間はそうそういないさ」

 少し得意げに語る蒲池さんは何時(いつ)の間にか手に魔導書を携えていた。彼女の異能力『禁書目録(インデックス)』である。一度見たことのある異能力を模倣(コピー)出来ると言う彼女の能力で、何時でも鷹橋を補助(サポート)出来る様に(ページ)を捲る。

 若干の静寂の後、先に動いたのは賀藤氏だった。ぱんっと乾いた、ともすれば玩具の銃の様な音が逆に現実的(リアル)な銃器と言う物を感じさせた。其れと同時に鷹橋が動く。――紫電一閃――逆袈裟に刀が振るわれると同時に金属同士の()つかる甲高い音が辺りに響く。賀藤氏の目が驚愕で見開かれる処を見るに、刀で銃弾を弾き飛ばすか切り飛ばしたのだろう。銃弾を刀で切ると言う創作(フィクション)で位しか見る事の無い動きに驚嘆するが、鷹橋の動きは其れで留まらなかった。刀を振り抜いた体勢の彼女の身体が前のめりに傾いたと思うと、次の瞬間には刀を突き出す様な姿勢で賀藤氏の前に迫っていた。

「縮地って奴だな」

 感心した様に蒲池さんが言うが……縮地ってあんな奴だったか? 昔動画で見た時は走り出しが早い走り方程度の物だった気がするが……。

 戦況に目を向けると、神速の突きを河原女史が直剣で弾いていた。二人の速度が速すぎて僕には正直何が起こっているのか分からないのだが、あの少女も相当な手練れだという事だけが分かった。

「曹長、ここは俺が」

「頼む、あちらは俺が対処しよう」

 鍔迫り合いの様になった河原女史と鷹橋に背を向け、賀藤氏が僕達の方に駆けてくる。其の動きは俊敏の上、銃口は確りと僕達に向けられていた。走り乍らの射撃は命中精度に欠ける物になりがちだが、威嚇としては充分な効果があり、実際僕と蒲池さんも其の場を動けずにいた。

「チッ、異能力『ヘヴィーオブジェクト』!」

 蒲池さんの周りを薄い靄の様な物が包み込み、其れを見た賀藤氏が照準を彼女に合わせて発砲する。立て続けに二発、(ほぼ)同時に鳴り響いた発砲音の後に硬い物が打つかるような鈍い音が響く。

「異能力『ヘヴィーオブジェクト』は全身を硬質化する異能力だ。そんなピストルごときじゃかすり傷にもならないぜ」

 薄っすらと笑いながら拳を構える蒲池さんに、少しだけ面倒そうに眉を(ひそ)める賀藤氏。其の後、ちらりと僕を見るが、視線を遮る様に蒲池さんが僕の前に立った。

「お前の相手は俺だよ」

 ……全く、格好良過ぎて惚れてしまいそうだ。

「硬質化か……対戦車ライフルなら通るか?」

「試した事はないな……やってみるか?」

 挑発的な言葉に返事は無く、肩を竦め乍ら腰の拳銃嚢(ホルスター)に銃を仕舞った。そして、握り拳を此方に向け臨戦態勢(ファイティングポーズ)を取った。

「戦争屋が喧嘩の真似事か?」

「見くびられては困るな、俺はプロフェッショナルだ。銃が対策されただけで戦えなくなる三下と一緒にするな」

 お互いの眼光が一層鋭くなり、拳闘士(ボクサー)の様な構えを取る二人の間に緊張感のある空気が漂う。一触即発とは言うが、大体の場合は其の“一触”迄が長い物で、お互いにお互いを牽制し合って攻めあぐねていた。

 遠目には鷹橋が樋鳴りを響かせて河原女史と切り結んでいる。燃え盛る紅蓮の剣士と、夕暮れに差し掛かる街の闇に溶け込みそうな漆黒の剣士の戦いは激しく、其の余波は我々の居る場所にも届いていた。

 がきんと金属同士が打つかる音を皮切りに、蒲池さんと賀藤氏を動き始める。ニ、三発左手で牽制してからの鋭い右の直突(ストレート)を蒲池さんが放つが、(いず)れも上半身を反らす様に捻るだけで躱される。右の直突からの振り切った腕を曲げての肘打ち、流れる様に身体を反転させてからの左の裏拳と驟雨(しゅうう)の様な殴打が続くが、身体を反らしたり、掌で受け流す様な動きで捌かれる。其れは将に武闘の様相でありながら、(さなが)ら社交界の舞踏(ダンス)の様でもあった。

 そんな二組の激闘に対して、僕は其れを見詰める事しか出来ない。僕は蒲池さんの様に銃弾を無効化する術を持っている訳でも無く、鷹橋の様に戦闘に特化した異能を持っている訳では無い。だけど、だけれどもだ、此処で何もしないのは男が廃ると言う物である。

 僕は遠目に見える男性に目を向ける。足取りは覚束ず、血に塗れ、然し平穏を乱されただけの一般人。彼を救うだなんて大仰な事は言えないが、今の状況から解放する事位は出来るかも知れない。両の手を固く握り、戦火に巻き込まれ無い様に少し距離を取って走り出す。

 ――此処で一つ作中で語っていない事を話すとしよう。今、此の現状に()いて、探偵社の面々が想定していなかったと言う事は無い。此の現状と言うのは言う間でも無く僕が戦闘に巻き込まれている此の状況を指す訳であるが、其の際にどう立ち回るかと言う議題は既に出ていた。先述の通り僕は戦闘に特化した異能ではないし、身体能力が優れている訳でも無い。妹の様に格闘術――あれは格闘技、武道等と言った物では無い、けっして無い――を習っている訳でも無い。

 そんな僕が戦闘に巻き込まれて仕舞えば、出来る事は自衛位の物である。其れを見越して僕に与えられた物がある。春物の薄い上着に隠れた腰帯具(ベルト)に取り付けられた固定具(ホルダー)から黒く短い棒状の物を取り出す。握り拳から少し許り飛び出す程度の長さの其れに付いている(ボタン)を押し込み、腕を軽く振る。すると、収納されていた部分が伸びる様に飛び出してくる。所謂、伸縮型の特殊警棒であるが、機能としては其れだけでは無く(グリップ)を握り込むと電流が流れる様になっている。電磁警棒(スタンロッド)等とも呼ばれている其れは、元々は違法改造されている物では無かったのだが、事務員の山田さんが弄ったお蔭で人を失神させる程度の電圧は出せるようになっている……此れを使用する事で僕が警察の厄介にならない事を祈る許りだが、僕の手札は此れしか無いのだ。

 

 ――とまあ、結論から言えば、其れは杞憂に終わった訳なのだが。

 

 別に僕に隠された力があって、其れが土壇場で覚醒して男性を助けたとか言う訳では無い。

 始めにあったのは突き飛ばされる様な衝撃。続いて焼ける様な痛み。気付いた時には大地と盛大な抱擁(ハグ)をしていた。流れ出る血が視界に映った時、撃たれたのだと理解した。

 扨、勘違いしている諸兄も多いと思うので、僕の意識が途切れる前に訂正しておこう。此の物語は僕が颯爽と戦う活劇(アクション)小説では無いし、出会った女性達と恋に落ちる恋愛(ロマンス)小説でも無いし、況してや僕が痛快に事件を解決する探偵(ミステリー)小説でも無い。

 敢えて分類するならば怪奇小説の類ではあるかも知れないが、其れでも三文小説の域を出ないであろう。

 でなければ、こんな所で語り部が命を落とす事なんて無いだろうから。

 と言う訳で、残念乍ら僕の語りは此処で一度幕を降ろす事になってしまう様だ。其れでは読者諸兄左様なら(・・・・)、又後程会おうではないか。

 遠くで誰かの悲鳴が上がるのを聞き乍ら、僕の意識は闇に溶けて逝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を聴いていた。誰かの、もしくは自分自身の、頭が混乱して最早周囲の正確な情報すら五感が把握していなかった。

 そんな状況の和馬は茫然とした表情で血溜まりに倒れ伏す維新を見詰めていた。いや、見詰めていたという表現が正しいのかどうかは分からない。目の焦点は合わず、其の光景を正しく認識しているのかも怪しい状態だからだ。

 抑々、此の状況を正しく認識している人間がどれほど居ただろうか。恐らくは撃った本人である招二も、こうなるとは思っていなかったのかも知れない。先程の激しい戦闘が嘘の様に静まり返っている。遠くでは、背広姿の男性が揺ら揺らとした足取りで彷徨いている。其れは(さなが)ら映画に出てくる屍人(ゾンビ)の様でもあった。

 そんな非日常的な光景を視界から外して、始めに声を出したのは河原礫だった。

「……曹長、何も殺さなくても」

 自身が事情に寄っては人を殺めなくてはならない職務の人間である事を忘れた訳では無いが、命を奪わずに無効化出来るのなら其れに越した事は無いとは常々思っている。其れは、自分の上官である彼も同じだった筈だ。

「……彼の行動は我々の作戦行動の妨げになる可能性があった。命を奪ってしまったのは俺の実力不足だが、発砲は止むを得ない判断だ」

 冷静に言葉を連ねる招二だったが、其の表情は少し歪んでいた。其の表情から、彼としても不本意な結果だったのだろう事は見て取れた。

「止むを得ない……ねぇ……だったら、私があんたらを切り捨てても……文句は言えないってことよねぇっ!」

 弥七郎の全身から尚一層の紅蓮が燃え上がる。見た目程の熱量を持たない筈の其れは、地獄の業火と見紛うほどの圧力を周囲に与えていた。灼熱色を纏った大太刀を大上段に構え、前傾姿勢で突貫する。

「ッ――! 『アクセル・ワールド』!」

 奇跡的超加速と動体視力を得る異能を持ってしても弾く事が精一杯の加速と膂力、其れは彼女の怒りの具現だった。切れ長の眼を吊り上げ、歯が砕ける程に食い縛られた口は阿修羅の如くであった。

「和馬ッ! あんたも何をボサッとしてんのよ! コイツら殺すわよ!」

 強い言葉に和馬が顔を上げる。呆けた様な表情の儘に、目からは滂沱として涙が流れていた。

「お七……西緒が……俺、守れなかった……」

「…………ッ」

 同じ職場の同僚として、短くない時間を過ごした相手だったが、弥七郎が初めて見る和馬の表情だった。

 (しゃく)りを上げて少女の様に涙する姿は痛ましかった。

 情の深い女だとは思っていた。実際、維新を一番気に掛けていたのは和馬だろう。守るとそう宣言した時から、彼女の中で彼は何に代えてでも護るべき対象となっていた。守れなかった不甲斐なさか、親しい人間を喪った哀しみか当人にも判断は付かないが、心に大きく疵を負った事は間違いないだろう。

 そんな和馬を抱き締めて慰めたくなる衝動に駆られる。間違いなく、自分も彼女も大きく傷付いたのだ。但し、其の感傷に浸る時間を与えてくれる様な相手ではない。

「そうだな、あの少年はお前のせいで死んだ」

 ともすれば責任転嫁にも聞こえてしまう一言に、弥七郎の瞳の灼熱が一層燃え上がった。

「曹長……煽るのはどうかと……」

 冷めた様な視線を向ける部下に、一瞥くれる事も無く招二は言葉を続ける。

「間違った事は言っていない。確かに殺したのは俺だが、お前が俺を下せれば、もしくは銃を抜く隙を与えなければこの結果はなかっただろうな」

 淡々と告げる招二に和馬の顔が青褪める。反する様に弥七郎の顔は真っ赤に染まり憤怒の形相となる。

「これで満足か? 戦友の(かたき)も討てない様な腰抜けと罵られ、それを優しい同僚に慰めてもらって終わりか? ならばあの少年は実に浮かばれないな、ママに甘えたければさっさと家に帰るんだな! 乳離もしていないヒヨッコが!」

 対する招二も表情は厳しかった。新兵に対して、(わざ)と罵詈雑言を放ち鼓舞する様にも見えた。実際、其の言葉を受けた和馬は立ち上がり鋭い目で招二を見据えていた。

「…………殺す」

「良い目だ」

 殺意に溢れた視線を受けても怯む事無く拳銃嚢から愛銃を抜く。此の男はそういう所があるのだと礫は呆れ乍らも剣を構える。敵に発破を掛ける等お人好しとしか言いようが無いが、其れが招二と言う男だと言う事を礫は重々理解していた。勿論、其の発破の掛け方が独特過ぎて相手の神経を逆撫でしているだけと言う事も良く分かっている。

 男女の惚れた腫れたではないが、礫は此の賀藤招二と言う男に惚れ込んでいる。そういう意味では、此れも惚れた弱みと言えようと苦笑しながら剣を構え直し相手を直視する。

 久々の強敵である。戦闘狂の嫌いがある礫としては相手にとって不足は無い。

「西緒の仇……取らせてもらうわよ」

 燃え盛る紅蓮を纏い乍ら弥七郎が宣言する。一触即発の空気が場を支配した時だ。

 

「殺すだの何だの穏やかじゃあないな、そんな元気がいいなんて、何がいいことでもあったのか?」

 

 聴こえる筈の無い人間の声が聴こえた。

 全員が声のした方を向くと、先程迄血の海に沈んでいた男が其処に立っていた。

 腹部の銃創どころか、其の服に穴の一つ、血痕の一つも見当たらない。まるで無かった事にしたかの様な状況で屹立している。

 そんな様を皆が皆、文字通り幽霊でも見たかの様に茫然と見ていた。

「……どういう事だ? お前は死んだはずだ」

 最初に我に返ったのは招二だ。銃口を維新に向け詰問する。自分が見ている物が信じられないのはそうなのであるが、実際に其処に立ち言葉を話しているのだ。事実を事実として認識する程度の冷静さは備えていた。

「どういう事も何も、これが僕の異能だ」

 そう言ってにやりと嗤う維新に悍ましい物を感じ乍らも、銃口は冷静に其の眉間を狙っていた。妙な動きがあれば直ぐにでも引き金を引くつもりだが、其れが有効かどうかは今の処は分からない。

「異能か……死んだ事を無かった事にでもしたか? 俺みたいな凡夫には理解できない世界だな」

 そう言って苦笑する招二に異能はない。其れでも異能力者と何度かは渡り合い、時には勝利してきた。

 だが、目の前の男は何か違った。死んだ筈なのに生き返ったから、と言うだけではない奇妙な食い違いを感じる。其れは飽く迄直感に過ぎないが、歴戦を潜り抜けた猛者としての直感は馬鹿に出来るものでは無い。

 其れに対する維新も苦笑で返す。其れは呆れた様な苦笑だったが、自嘲している様にも見える笑みだった。

「無かったことになる? これがそんな便利なものかよ。この力は捻じ曲げる力だ。現実を真実を真理を摂理を常識を当たり前を普通を普遍を一般を世間を関係を因果を過程を理屈を屁理屈を歴史を公式を文法を脚本を舞台を物語を他人を自分自身を美しさを醜さを強さを弱さを神秘を奇跡を運命を肉体を魂を……世界を歪め捻じ曲げる。それが僕の異能力『ニンギョウガニンギョウ』だ」

 無表情に淡々と、然し何処か決め顔の様な表情で西緒維新がそう言った。

 

 

 

ー次章ニ續クー

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。