軽文ストレイドッグス   作:LUNARCLOWN

6 / 27
伍章

 愚者(フール)占い札(タロット)()番目の札で。其の儘愚か者、落ち零れを指す場合もあれば、始まりや旅立ち、無邪気や未知数なども現し、時には天才を現す場合もある。先述の通り、僕は占いには然して詳しい訳では無いので良くは知らないのだが、愚者が天才を意味するというのは面白いと思う。

 そして、目の前で志蔵が持っている紙札(カード)には其の愚者の札に良く似た、旅人の様な姿をした僕の絵が描かれていた。道化師の様に奇抜で、旅人の様に草臥(くたび)れた服に、杖と少量の荷物。そして、何故か被っている歪んだ金の冠からは僕の象徴(トレードマーク)たる阿呆毛がちょろっと顔を覗かせていた。此の紙札を見て、僕が言える事は(ただ)一つである。

 

「『横浜連続暴徒事件』の真相を占ったんだよな? 僕は犯人じゃないぞ」

 

 そう、今日の今日まで此の噂を知らなかった僕が、占いの結果として出てきた事だ。当然、僕が黒幕という訳ではないし、周囲の人間が事件に巻き込まれたという事もない。其れに、他の札で人物が描いてある物に関しては、個人が特定出来る様な明確な描かれ方をしていないのに対して、此れだけは明らかに僕だと分かる様に描かれている所も気になる。

 そんな僕の疑問に対して、志蔵は笑顔を崩す事はなかった。ただ少し、笑顔の()が変わった気がしたが、どの様な意図に変わったのかは、僕には見抜けなかった。

 

「気付かない? 愚者の札の一番近くに、占い師の札があるの」

 

 言われてみれば、占い師の札は他の札よりも少し志蔵の方に、つまりは元々は愚者の札があった位置に寄っていた。まあ、現在僕の描かれた愚者の札は志蔵の手慰みにあっている訳だが。志蔵の手慰みにあう僕か……悪くない響きだ。

 

「気持ち悪い顔をしていないで、話を続けるわよ」

 

「え? 僕がそんなに変な顔をしてたのか?」

 

「そうね、今みたいな顔よ」

 

「いや、今のは真顔だよ! 真顔が気持ち悪いとか初めて言われたわ!」

 

 何なんだよ此奴。毒舌キャラとして売り出し中なのか? だったら髪を黒か紫に染めて出直してこい! 黒だったら早見声に、紫だったら斎藤声になるのも忘れるなよ。因みに、僕は罵倒されて喜ぶような変態ではないので、そういった口の悪い女の子とは付き合いがない。というより、普段から妹以外の女の子との関わりがあまりない。あれ、可笑しいな……僕の中の迸る青春が結晶となって瞳から零れ落ちそうだ。

 

「ちょ、ちょっと、冗談だから泣かないでよ! 言い過ぎたのは謝るから」

 

「な、泣いてない!」

 

 街中で女性から罵倒されて、涙を浮かべる男子大学生の姿が其処にはあった。言うまでも無く僕の事なのだが、厳密には罵倒されて泣いた訳ではない。罵倒された結果、悲しい事実に思い当たって泣いただけだ。……あまり変わらないな。寧ろ、もっと酷くなっている気がする。

 涙を浮かべる僕に、志蔵がハンカチを貸してくれる。綿の青と緑の格子模様のハンカチだった。落ち着いた色合いも、簡素(シンプル)意匠(デザイン)も彼女らしかった。志蔵は優しいな、自分で泣かせた相手にハンカチを貸すなんて、なかなか出来ることじゃない。……ん? 此れは優しいと言っていいのか? まあ、いいだろう、僕なんて妹を泣かせてもハンカチを貸してやった事なんてないからな。

 志蔵のハンカチで涙を拭うと、僕は目で話の続きを促す。其れに首肯だけで返事をした彼女は、愚者の札を元あった位置に戻した。

 

「この愚者は言うまでもなく貴方を現しているわ。そして、この占い師の札。分かるとは思うけど、これは私ね」

 

 其れについては、何となくではあるが理解できる。愚者の僕と占い師の志蔵。恐らくだが、今の此の状況を現しているのだろう。

 僕の目を見た志蔵が小さく頷いたのを見て、僕も頷き返す。其れを見た志蔵の形の良い唇の端が少し上がり、小さな笑みを形作った。

 

「理解が早いのは助かるわ。次に貴方の右側。今の貴方ではなくて、札の貴方ね。これが、貴方にとって有利に働くものよ」

 

 言われて右側。僕から見て左側の札達を見る。描かれているのは先程も述べた通り、子供連れの女性、灰色狼、そして志蔵を現す占い師である。しかし、有利に働くと言われても今一ピンとこない。占い師はまだ分かるとしても、子連れの女性が僕にとってどのように有利に働くのか、皆目見当もつかない。灰色狼に至ってはさらに解せない。日本の野生の狼は既に絶滅して久しいので、狼に会うには動物園に行くしかない。しかし、動物園で檻の中に入れられた彼ないし、彼等が僕にどうやって力を貸してくれるというのか。抑々だ、有利に働くと言われても何に対してかも分からないのだ。まあ、其れに関しては此の先を聞けば分かるのかもしれないので、僕は黙って続きを促した。

 

「子連れの女性に関してだけど、恐らくはそのままね。子連れの女性が貴方に協力してくれるということ。ただし、シングルマザーに見えることから苦難や離別なども読み取れる。協力関係になるには少し難儀するかもしれないわ」

 

 子連れの女性かあ……知り合いにはいないし、此れから出会う事になるのだろう。協力者になってくれるかどうかは僕次第のようだが、僕の溢れ出る人間的魅力と対人(コミュニケーション)能力があれば大丈夫だろう。

 

「もう一つ、灰色狼の方だけど、これは解釈が多いわ」

 

 オオカミ、狼、大神(オオカミ)大口真神(オオカミ)、ネコ目イヌ科イヌ属に属する哺乳動物で多くの神話、童話、民間伝承に登場し、多くの熟語、諺、慣用句に使われる知名度の高い(ポピュラーな)動物である。僕個人の印象としては多面性のある動物といった所だろうか。強き者としての印象があるが、其の実臆病で、孤高の象徴とされながらも群れをなし、古来キリスト教では神の天罰の代行者とされながらも七つの大罪の一つ『憤怒』の化身とされ、悪魔として扱われる。日本や世界の一部地域では益獣とされたり、神として祀られる一方、家畜を襲う害獣として忌み嫌われる。残虐な印象があるが、人間の子を拾い育てたという心温まる逸話もある。月の象徴とされたり太陽の化身だと言われたり、様々な伝承、逸話、解釈を持つ。処変われば意味の変わる物は数あれど、此処まで違いが出るのも狼位なのではなかろうか。

 そんな、多様な面を持つ狼ではあるが、多くの場合に共通するのが()()() である事だ。其れは悪役であっても、味方であっても変わる事はない。まあ、悪役の場合は大抵、其れを上回る知勇を持つものに敗れる訳なのだが。其れでも多くは賢しい存在として描かれる。

 

「そうね、賢く強い存在、それが狼。そして、個々として力を持ちながらも徒党を組むものを現していると言える」

 

 そういって志蔵が灰色狼の札に触れる。札の中の狼は精悍な顔付きで正面を、つまりは僕らを睨み付けている。恐ろしい存在であると同時に、味方に付ければ心強いことが伝わってくる。

 

「この横浜で、そんな存在が二つあるわ」

 

 ゆっくりとした動作で札から手を離すと、其の手を組んで卓の上に肘を付ける。分かりやすく言えば、某組織の遮光眼鏡(グラサン)で髭の司令官の姿勢(ポーズ)である。あの人はなかなかに まるで ダメな お父さん でマダオだよな、声も似てるし。おっと、また思考が逸れてしまった。真面目(シリアス)場面(シーン)では少し抑え目にしなくてはな。

 

「一つは狼を悪とした場合。強く、徒党を組み、悪賢い者達。ポートマフィアもしくはそれに準ずる組織よ」

 

 裏組織。此の横浜で悪の代名詞とも言える言葉――其の代表格であるポートマフィア。其の幹部の殆どは強力な異能力者だと言われている。

 

「もう一つは狼を善とした場合。強く、徒党を組み、知恵者たる者達。武装探偵社もしくはそれに準ずる組織」

 

 武装探偵社。此の横浜に探偵社は数あれど、最も有名なのは彼等だろう。構成する社員はほぼ異能力者で、数々の事件を推理と暴力によって解決するという。

 何方にしても、味方につけられるなら心強いが、関わる事、其れ自体を躊躇させられる程の高名さだ。志蔵は、若しくは其れに準ずる組織と言っている。其れは、其の二つに程近い組織が、善悪違いはあれど存在するという事だ。

 

「とにかく、そのどちらかが力を貸してくれるということか?」

 

「そうとも限らないわ。有利に働くといっても直接的に貴方を手助けしてくれるとは限らない。貴方が行動している裏で、お互いに知らぬ間に有利な行動をとっているかもしれない」

 

 成る程な。となると、別に協力要請をする必要はないかもしれないという訳だ。少しの安堵と共に息を吐く。流石に一介の学生が関わるには勇気がいる相手なので、そうあって欲しいというのが本音である。

 そんな僕を眺めながら、志蔵が左側の紙札達に触れる。白く長い指が紙札に触れるのを横目に見ながら、僕は頷くだけで話の続きを促した。

 ふと、目の前の志蔵の髪が微かに揺れているのが目に入った。気付けば、強く吹く風は止み、暖かなそよ風に変わっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。