軽文ストレイドッグス   作:LUNARCLOWN

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幕間

 

「血だよ」

 

 俺の目の前に座る金髪碧眼の美少女がそう言った。その可憐な容貌に似つかわしくない、嗄れていて、草臥れた老婆のような声だった。美少女の名前は桜場一樹。俺の上司である雇い主であり、俺の働いている『灰狼探偵事務所』の社長である。陶器人形(ビスクドール)のような白く、美しさと可愛らしさを兼ね備えた横顔にははっきりと『退屈』と書かれていた。

 

「……血、ですか?」

 

 桜場社長の目の前に立っている白衣の男が聞き返す。とは言っても、この場にいる人間は俺と社長ともう一人の助手の少女――鷹橋弥七郎、そして市警から来た刑事以外、つまりはほとんどの人が白衣を着ている。

 場所は横浜市内の大学病院の一室。集まっている過半数が医者か看護師だ。そして、この部屋は殺人事件の舞台になった部屋だ。

 そんな、惨劇の部屋の真ん中で、ギシギシと音を立てる古いパイプ椅子に腰掛け、肩掛け(ストール)膝掛け(ラグ)代わりにして退屈そうに火の着いてない西洋煙管(パイプ)を弄んでいる。彼女が座っていると、古臭いパイプ椅子も骨董調(アンティーク)安楽椅子(ロッキングチェア)に見えてくるから不思議なものである。

 

「そう、血だ。血液だ。被害者の血液自体がその消えた凶器だよ」

 

 そんな優雅な雰囲気とは裏腹に、彼女の言葉に周囲がざわつく。

 

「血液? どうやってそんなもので人が殺せるんですか? 被害者の死因は円錐形の細い杭のようなもので……」

 

「君は阿呆か。いや、失敬、思い返せば市警は阿呆の集まりだったな。君だけが阿呆な訳ではない、安心しろ」

 

 言葉を遮られたばかりではなく、急に罵倒された刑事が鼻白むが、社長は気に止めることもなく言葉を続ける。

 

「凍らせたに決まっているだろう、円錐形の容器に入れてな。幸い此処は病院だ。採血すればいくらでも血は手に入る」

 

 そこで一度言葉を切ると、退屈そうに社長は欠伸をする。小さく、可愛らしい、少女然とした、まるで飯事に飽きた女児のようなつまらなそうな欠伸。

 

「血液の凝固点はだいたい零下0.56℃程度だ。冷凍庫に入れておけばすぐに固まる。業務用の冷凍庫に数日入れておけば強度も十分だ。まあ、採血からちょろまかした血の量なんてたかが知れてるからな、恐らく他人の血も混ぜているだろう。被害者の傷口付近を鑑定に回したまえよ、被害者以外の血液反応が出るだろう」

 

 そして、チラリと窓の外を見る。

 

「焼却炉が動くには未だ早い時間だな。中を漁ってみろ、支柱に使った割り箸と円錐形の容器が出てくるはずだよ」

 

 刑事が急いで部下を呼び出し、焼却炉を漁るように命令する。皆が青い顔をしているなか、一際顔を蒼白にしている一人の看護師が俺の目に入った。俺が気づくくらいだ、社長の目からは逃れられないだろう。

 

「そこの眼鏡の看護師。証拠が出てくる前に自白したらどうだね」

 

「わ、私が? ありえません! 証拠はあるんですか?」

 

 呼ばれた看護師が跳ねる様に顔を上げ、声を荒げる。そんな往生際の悪い態度に社長が呆れたような溜め息を吐く。

 

「だから、その証拠が出てこない内にと言っているのだが……それに、その台詞が既に証拠みたいなものだな」

 

 蒼白の顔に朱を差して憤慨する看護師に、桜場社長が指を突きつける。

 

「……その手の傷だ。刺した衝撃で折れた割り箸で切ったのだろうな、手術用の手袋か何かで指紋が着かないようにはしていただろうが、ルミノール反応はでるだろう」

 

 そんなのんびりとした社長の言葉とは反対に、扉の外から慌ただしく刑事を呼ぶ声が聞こえる。恐らく証拠が出てきたのだろう。

 その声に反応するように、看護師が走り出す。向かう先には窓。おいおい、飛び降りる気かよ。

 

「和馬!」

 

「分かってるよ」

 

 鋭く俺の名前を呼ぶ弥七郎に、言葉だけで短く返すと、俺は虚空から一冊の本を取り出す。『禁書目録(インデックス)』――俺の異能力だ。一度見た異能力を自分のものとして使える異能力。便利に聞こえるかも知れないが、デメリットがないわけではない。今は割愛するけれど。

 

「『風の聖痕(スティグマ)』ッ!」

 

 俺は『禁書目録』のページを開き、そう叫ぶ。俺の言葉に反応するように周囲の空気が圧縮、高速で射出される。圧縮された空気の塊に弾かれ、看護師――容疑者が倒れる。

 倒れた看護師は部屋に入ってきた警官に取り押さえられ、敢えなく御用となったのだった。

 

 

 

「全く、君の不運にも困ったものだな、蒲池君」

 

 唐突に背中から掛けられた声に溜め息で返す。現在、事務所までの帰り道を社長を背負いながら歩いている。小柄な社長は見た目に反しない軽さだ。彼女は体力が極端にないため、移動の際にはこうして俺がよく背負っている。

 別に好きで運が悪いわけではない、当たり前の話だが。生まれついての不幸体質。今回の事件も交通事故に遭った俺が、検査入院の為に病院に一泊したときに捲き込まれたものだ。事件発生の直後に丁度弥七郎から連絡が入り、二人に来てもらうことになったのだ。

 

「……すいませんでした」

 

 本当にあくまでも偶然なので、俺が悪いわけではない。しかし、二人を捲き込んでしまったのも事実だ。ここは素直に謝っておくべきだろう。

 

「……で、事故の怪我は大丈夫だったの?」

 

 珍しく心配してくれているのか、そんな言葉を掛けてくれる弥七郎。説明が遅くなったが、こんな名前だがれっきとした女性である。本人は名前にコンプレックスがあるらしく、名前では呼ばせてくれないので、俺は名前から文字って「お七」と呼んでいる。

 

「ああ、うん、掠り傷ですんだよ」

 

「そう、よかったじゃない。……やっぱり、衝撃を吸収するのかしら……」

 

 俺の身体を上から下まで確認しながら何かを呟くお七。よく、聴こえなかったが、きっと怪我が大したことなくて安心したとかそう言ったところだろう。

 同僚の優しさに触れて少し気分が晴れたところに、背中から再び声が掛かる。

 

「そうそう、今回の事件の依頼料と現場まで向かったタクシー代は、君の給料から引いておくからな」

 

 …………ナンデスッテ?

 

「え、っと……市警から褒賞金とか出たりしないんでせうか?」

 

「あの吝嗇(ケチ)な市警がそんなことするわけないだろう。良いとこ、感謝状が渡されるくらいだ」

 

 社長のそんな言葉を聞きながら、頭の中ではウチの依頼料と住んでいるアパートの家賃と通帳の預金残高が駆け巡っていた。いやいや、まずいだろ、これは何とかしなくては……!

 

「そ、そうだ、社長なにか甘いものでも食べに行きませんか!?」

 

「……君と二人でかね?」

 

 うっ、警戒されてる。

 

「いやいや、皆でに決まってるじゃないですか! お七も行こうぜ!」

 

「それ、アンタの奢り?」

 

「もちろんもちろん、奢らせていただきますですよ!」

 

「ふ~ん、ねえ、なぎさも呼んでいい?」

 

 なぎさというのは、ウチで事務員をしている山田なぎさ嬢のことだ。こうやって全員が出払っているときは留守をあずかってくれている。

 

「う……だ、大丈夫大丈夫、山田さんも呼ぼう」

 

 蒲池さんのお財布事情的には痛手だが、仲間外れも可哀想だ。それに、経理の担当は彼女だ。味方に付ければ温情が貰えるかもしれない。

 そんな俺の必死な姿が可笑しかったのか、お七と社長の二人が同時に吹き出す。一頻り愉快そうに笑った後、社長が声を掛けてくる。

 

「君の厚意に免じて、依頼料はパッチェッテリア・マニカーニの風鈴菓子(プリン)で手を打とうじゃないか」

 

「あ、良いわねそれ」

 

 プリン? プリンなんかでいいのか、何だかんだ二人とも優しいんだな。

 

「プリンくらいいくらでも奢りますよ!」

 

 そう言った瞬間に二人がニヤリと笑った意味を、この時俺はまだ理解できてなかった。そう、高級洋菓子店『パッチェッテリア・マニカーニ』の一つ700円もする高級プリンを、持ち帰りも含めて合計18個も奢らされるまでは。

 

「依頼料に比べれば確かに安いけど………不幸だぁ~っ!」

 

 

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