激痛。全身襲うそれに耐えながら声を発する。声帯を震わすだけで蟲に全身を貪られた身体は悲鳴をあげ声と一緒に血液が口へと逆流を始める。
その身体は既に死に体、もう余命幾ばくもない。恐らく一月持てば良い方だろう。神経を貪られ痙攣し半分動かなくなった顔面に生気を失った肌、そんな状態で目だけは爛々と輝きその者が持つ意思の強さを感じられるだろう。
何故なのか。何故こうなったのか、それは昔馴染みの友人の子どもが自分の家に養子としてきたと連絡があり急いで実家にもう帰るつもりのなかった家に戻った時だった。
そこにいたのは畜生以下の化け物にそれに怯える兄。そして既に化け物の手に堕ちた可愛らしい1人の少女。
遠坂桜。それが彼女の名前、久しぶりにあった彼女の美しい髪色は化け物の調教によってくすみ、何時でも明るく元気に満ち溢れていたその姿はまるで人形の様に正気を失いその瞳は何も移さない。
初恋の人の子どもが自分の家の業に巻き込まれている。それを考えると怒りで何も考えられなくなり化け物むかって吠えるがなんの意味もなさない
──情けなかった。少女1人救えぬ自分の矮小さに
──許せなかった。我が子をこんな地獄に送り込んだアイツとそれを救えぬ自分に
──助けようと思った。どんな手を使ってでも、例え自分が少女を初恋の人に重ねて、それを自分が理解していたとしても
「……やるか」
──聖杯戦争。それに勝利し聖杯と呼ばれるあらゆる願いを叶える万能の杯を手に入れ化け物にくれてやる。そうすれば桜ちゃんはあの化け物の支配から逃れられる事になっている。そういう約束、その為に俺は身を化け物に差し出しこの戦争に参加した。
用意された聖遺物。この聖杯戦争で一緒に戦っていく相棒を、英霊と呼ばれる過去に偉業をなした存在を呼び出す為の触媒。用意されたのはアーサー王物語でも出て来た円卓の騎士が座っていた円卓、その欠片。
恐らくこの触媒を使えば自分と一番相性の良い円卓の騎士が現れる。恐らくそれはこれを用意した爺の都合の良い事なんだろう。
腹立たしい。どうせ俺が苦しむ姿を見て笑う為に用意したんだろう。そう考えるとこの触媒がなんだか異常に憎たらしく感じ始め詠唱中にも関わらず触媒を蹴り飛ばしてしまう。
「なっ……なにをしておるのか!自分がなにをしたのか、それを分かっているのか雁夜よ!」
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
ざまぁみろ。どうせこれで呼ばれる奴はロクな奴じゃないんだろ。分かってんだよお前の考えてる事はよ
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
どうせなら全部ぶち壊してやりたい。爺もこの家も俺も兄貴も。この家に関わる全部をぶち壊せれたらきっと彼女は自由になれる。ならその為に俺はここで戦わなければならない
「──Anfang」
その瞬間魔法陣から灼熱のような赤い炎が辺りを包み込み唸りをあげ始める。轟轟と燃え盛る炎の中で詠唱を続ける。
「──告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
──俺を呼ぶつもりなら後悔すんなよ。俺に出来るのは全部ぶち壊し先に進む事だけだ
それでも良いなら俺を呼びな
いきなり頭に反響する謎の声。厳かで尊大な声に恐怖心を感じるもそれが敵ではないと感じ軽口で返事を返す。
……上等。壊せるならこの世の全てをぶち壊して俺も壊してくれ。そしてあの子を、桜ちゃんをどうかこのクソッタレた世界から元の火の当たる世界まで進ませてあげて欲しい。
そう頭に響く声に
──馬鹿が。だけどお前みたいな馬鹿はきらいじゃねぇ。やってやろうじゃねぇか。これから言う俺の言葉の続きを言いな
「誓いをここに。我が身は我が下に。我が命運を火の文明に、汝の心のままに。この意、この理に従うのならば我が声に答えよ」
「……なにを言っておる。それでは呼べぬ。呼べぬ筈だ」
震える声でそう化け物は言うが雁夜の耳にそれは届かない。魔法陣から噴出する炎の熱風が耳朶を叩き、頭に流れる謎の声を聞きそれを発する姿はまるで何かに祈っているようで、業火の中で神に祈りを捧げる信仰者のようだと見た者を感じるだろう。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。それら全てを業火で焼き尽くす火の一族」
言葉を紡げば紡ぐほど炎は燃え盛り、その炎は雁夜を焼きながら唸りをあげる。
その炎はまるで龍のような形を象り咆吼をあげる。全てを焼き尽くさんとその炎の龍は叫んでいた。そしてその声を聞いていた化け物の身体は何百年、感じていなかった感情、圧倒的未知の存在でありその存在の格に恐怖を抱いた。
「(……まだ現界しておらぬのにこの存在感は一体……。どういう事だ、雁夜は一体何を呼び出そうとしておる)」
「汝。火の文明を纏う、超獣より来たれ、火の覚醒者よ──!」
その瞬間辺りを焼き尽くしていた炎は一つの形を作り出す。その姿は栗色の髪の毛、全身に取り付けた謎の装甲。謎の機械を身体中に取り付けた1人の少年だった。
「さぁて。俺を呼んだのはお前か?」
「……おっお前は一体」
「俺は勇気の覚醒者ゲット、親しい者からはゲットって呼ばれている……そしてッ!」
「嗚呼嗚呼ッ!儂の身体が燃える!儂の全てが、儂というそん」
「うるせぇ死ね」
その瞬間俺の後ろにいたはずの化け物は身体中から炎を出しながら悲鳴をあげる。断末魔、俺達一族を食い潰して生き延びてきた化け物は悲鳴をあげ意味不明な言葉を叫びながら灰へとその姿を変えていった。
死んだ……あの怪物が。どう足掻いても殺せない、殺しようもない怪物がこんな呆気なく死んだ。
そして化け物を殺した張本人は
「さーって。お前の言う化け物は殺したぜ。次はどうするよ、教えなマスター」
それが何でもないようにコチラに笑いかける。これが始まり、俺とコイツの初めての出会いでありこれからの俺の人生を変えた男、ゲットとの邂逅だった。