イリプレイサブルと呼ばれた料理人   作:ロリコンは最高だぜ

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イリプレイサブルと呼ばれた料理人 上

私は旅をした。

 

今はもう以前の事になってしまったが、思えば色んな事があった。田舎の農婦として生まれ付いた私には奇妙な力が備わっており、凡夫な私にはその力を使いこなす術はなかった。他人の秘密を覗き見るような行為は例え理由があったとしても非ずべき邪悪で。それでもこの力で誰かの役に立つ事も、稀にあったのも事実だった。

 

他人や動物の心の声が聞こえる。木々や石ころなどの無機物が本に見える。切り替えなど出来ない、鳴り止む事のない騒音が常に犇めいている状態。正直言って気が狂いそうになったし、何故こんな力を寄越したのかと神や世界を恨みもした。

 

幸い、両親はそんな私も愛してくれた。生憎とこの力が災いして同年代の友人や村の人たちは気味悪がって近付いてはこなかった。他人と異なる存在が必ずしも受け入れられる訳ではないということを子供の頃の私は知らなかったのだ。唯一受け止めてくれる存在に全てを預け、甘えることは大きな罪なのだと知らず。愚かな行いを繰り返し続けた私を嗜めるように、私の人生は緩やかに崩れていくことになる。

 

15になった私は半ば逃げるように村から出て、旅に出る事を決意した。

 

見送る父と母の疲れたような顔。いつでも帰って来ていいのだと私に告げる父の本音は思わず目を背けたくなるほど悲しい現実を語っていて。病には気を付けるんだよ、と頭を撫でてくれた母は耳を覆いたくなるほど澄み渡っていた。

 

その声は私に帰る場所などないと如実に語っていた。愛してくれていた両親の目には痛ましいクマの跡が浮かんでおり、疲れきった顔で無理やりに私に笑いかける。

 

そうして私は旅に出た。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

各地を転々とし、色んな風景や人々の暮らしを見て回っている内にいつの間にか3年は経っていた。今思えば死に場所を求めていたのかもしれない。戦場跡で死にゆく者を見て羨ましいと思う自分がいた。私なら大丈夫だと思っていたが、知らず知らずの内に病に侵されていたらしい。

 

それから二転三転あって、いつの間にか私はとある村の料理人をしていた。貧困と人手に苦しむ小さな村で、土地柄故作物は育たず飢えで不調を訴える者や衰弱し病にかかる者までいた。その村に立ち寄った私はまず土の声を聞き作物の育つ場所を、天候を読み、周囲の小動物から冬でも育つ作物を聞いた。当然、直ぐには効果は現れなかったが。少しずつ食糧問題は解決され、現状は快復していった。

 

しかし次の問題が出た。余りに杜撰な食べ物に子供や赤ん坊が口にしようとしないのだ。いくら栄養があれど腹に入れねば意味はない。元々私でさえ口に入れるのも憚られるほどこの国の飯は不味い。私は兼ねてより手を付けねばと考えていた調理についての研究を始めた。

 

まずジャガイモを磨り潰したものに刻んだキャベツを投入しただけの料理と形容し難いこれをどうにか改善出来ないものか。何故不味いと感じるのか。恐らく味がないからだろう。ジャガイモの臭みと硬いキャベツは子供だけでなく大人でも望んで口にしたいとは思わない。まず硬いキャベツを柔らかくし、ある程度の味付けが必要だ。

 

そこで思い付いたのが塩だ。幸いこの村は海から流れる湖に面した場所にある。なので海水を汲み特に濃い塩水を採る為の塩田を作り1、2年かけて結晶化させた塩を調味料として改良しようと考えた。幾度なく失敗や挫折を繰り返したが、村の人たちの協力もありようやく塩の加工に成功した。硬いキャベツはお湯で茹でることで柔らかくし、磨り潰したジャガイモとキャベツに完成した塩を混ぜることで元のものよりは随分マシなものが出来上がった。題して「ジャガイモとキャベツの塩付け」と名付ける。そのままだが、その時には疲れきっていて上手い名前が思い浮かばなかった。しかし流石にこれだけを食べ続けるのも厳しいので次は思い付く限りを試し、料理のレパートリーを増やそうと考えた。

 

様々な難関と改革にあんなに長かった1日は目まぐるしく過ぎていった。食の研究は思いの外楽しく、それ以上に私の作ったものを村の人たちに美味しそうに食べて貰えるのが嬉しかった。そして気付けば3年は過ぎており、私は23になった。随分と長い間村に滞在していたのかと感慨深い気持ちになった。今まで一つの場所に留まったことはなかった。ひと月と経たない内に次の村へ渡り歩いていたような気がする。

 

そろそろ身を固めたらどうだと村長から言われた時は流石に変な声が出てしまった。その時受け入れられたのだと実感でき嬉しく思ったのは勿論、同時に大きな隠し事をしていることを苦しく思った。

 

それから1年が過ぎ、最近手を出した果物農園で採れた林檎を絞った飲み物を考えていた時、ブリテン王国からの使者が尋ねてきた。何でも、「美味しい料理を作る娘」と聞きブリテンの王が是非宮廷で雇いたいと言ったのだそうだ。国の王の言葉に背けるほど私に力はなく、最悪村の迷惑になりかねなかった。

 

私は使者の言葉に了承し、事のあらましを村の人たちへ伝えた。私の使っていた農園や研究については他のものへ委任し、案外少ない荷物を纏め後ろ髪を引かれる思いで村を出た。

 

 

 

村から出て3日と経たずしてブリテンへと着いた。ここまで護衛してくれた者の名前はアルマという騎士だ。正義感に溢れ、夢に生きる快活な青年で、歳は確か私より一つ下だったか。三日間共にする過程で彼とは互いに友好関係を築いていた。

 

旅の途中で見付けた兎を見事矢で射抜いた彼に習い、兎から肉を拝借しその場で調達できるもので料理を振舞うと食べ物が旨いと思ったのは初めてだと絶賛された。その反応を懐かしく思いながら私と彼は沢山の出来事を嬉々として語り合った。

 

そうしてブリテンへと着いた私は彼と別れ、別の騎士により王の御座す玉座へと案内された。その途中、案内人であるその騎士の心の声が聞こえてきた。どうやら様々な思惑を腹に抱えているらしいが、私が作る料理の中に毒を盛らないだろうかといった危惧や、身分も定かでない者を国へ招き入れる事への抵抗。王や国へ忠誠を誓う騎士なら当然といえる抗議の念が浮かんでは消える。どうやらこの騎士、私を宮廷料理人として招き入れようとした王に反対したようである。

 

名をサー・ケイ。常に眉間に皺を寄せたような仏頂面の彼の騎士はその見た目通りの難儀な性格をしていらしい。心配であるのならそう言えばいいのに。その主に伝わっていればいいが、と。彼からすれば余計なお世話以外の何者でもないだろう。頭の隅へと追いやるも、この不器用な御仁に堪えきれず苦笑が漏れる。彼は訝しげに私を警戒するが、私自身なにか起こそうとしていないだけに困ってしまう。彼が怪しいと判断を下すような行動を取ってしまえばたちまち切り伏せられ、何の力もない私に抗う術はない。

 

他人や動物の心の声が聞こえる。木々や石ころなどの無機物が本に見える。その力故に他人の嫌うような行為や言葉を無意識に避ける癖が付いていたこともあり、特に不信感を与えるようなヘマは踏まなかった。

 

無事玉座の間へと辿り着くと、想像していたよりもずっと小柄で小さな王が、よく来たと私を歓迎した。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

小さな王との会合から2年が過ぎた。1からの開拓はある意味気の休まる暇のない目まぐるしい日々だった。

 

まずジャガイモから始まる作物の栽培から、塩などの普及。最近では牛の乳から採れるミルクなどでスープを作り、手軽で早く作れる賄いとして料理人だけでなく騎士たちからも好評だった。ここでも果物農園を設けて貰い、食事の後に出るちょっとしたデザートとして一躍を担っている。

 

確か当初の目的としては、酒の改良として色々考えていたら東の方から来た商人の話により林檎酒なるものを知った。商談の甲斐あり一つだけ譲って貰った林檎酒の味はなかなかに良いものだった。成程、果物と酒を組み合わせるとは斬新だと関心したものだ。ならば別に酒に合うような果物を考えていたら葡萄や桃、蜜柑酒など段々増えていった。

 

そうして色々と研究をしている内にいつの間にか厨房の指揮権を任せられるようになっていた。実はいうと、最初からスムーズに研究や課題に取り組めた訳ではなかった。元から居た料理人たちや、新入りに対する騎士との信頼や信用を勝ち取るのに随分骨が折れた。後からぽっと現れた小娘に指図されるのはなかなかにプライドを刺激されるのか、最初は話すら聞いて貰えず。何か作っても自分たちのレシピでは不満かと皿をひっくり返される始末だった。騎士らも信用が置けないと私の作った料理に手を付けない者は多かった。私の作るものを食べた事があるアルマが言い出さなければ3日と経たず村へ追い返されていたかもしれない。彼には感謝してもしきれない。

 

旨いと感動したように口々に告げる騎士たちの言葉にほっと安堵していると、目が合ったアルマが笑っていたので私も笑い返した。それからは噂を聞いた多くの騎士が押し寄せるようになり、ガウェインを初めとする円卓の騎士が私の受け持つ食堂へと足を運ぶようになった。

 

それからは大忙しだった。幸いブリテンは使われていない広大な土地が有り余るほど存在する。土を耕し農場や果物農園、豚や牛などの家畜を育てる施設を作った。まずこれだけで1年は飛んだ。

 

食糧問題を解決するには安定した収穫が不可欠だが、畑を広げるにしても種はまだしも土が足りない。その辺を適当に耕しても作物は育たないのだ。そうした様々な問題があったが、宮廷魔術師と名乗る男の計らいにより大量の土を得る事が出来た。お礼に試作品の葡萄酒を振る舞えば甚く気に入ったのかもう1本ないかとせがんできた。まだ試作段階なので完成するまで待ってくれという私の言葉を聞き、満足そうに帰っていった。

 

そしてどうやら私は、彼の宮廷魔術師との出会いにより測らずして王の秘密を知ってしまったようだ。

 

とは言うも、私がそれを誰かに吹聴することはない。元々その気はないというのもそうだが、今はそんな事をしている暇も動機も私にはないのだ。それに王の事情を知る者たちからすればただの料理人である私がその秘密を知っている筈がないし、最悪スパイとして拷問かその場で斬り伏せられるだろう。私はこの秘密を誰にも告げず、そのまま墓場まで持っていくしかない。忌まわしい、この力と共に。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

余人は言った。人は苦しむ為に生まれ、幸せを求め生きるのだと。

 

では私はどうだろう。悲しいことや苦しいことは沢山あった。もう投げ出してしまいたいとさえ思い、一度は浮浪者のように戦場を彷徨った記憶がある。耳を塞いでも常に鳴り響く不協和音の大合唱に大分苦しめられた。時には寝ることも儘ならない日や、切り倒される木々や家畜の悲鳴。摘み取られる花。砕かれる岩。ああ、この世は地獄だと呪った日もあった。これが私の苦しみなら、どこに幸せはあるのだろう。詩人が陽気に唄っていた幸せの青い鳥がやって来ないなら自分から探しにいくしかない。

 

 

幸せはどこにある? あれからずっと問い続けた難題に、再び向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

 

円卓の騎士全員から信用を得られたのか、ついに王へ料理を振舞うことになった。ここで功を成さなければ今までの苦労に意味がなくなる。恐らく彼の王の性格から考えれば味の好みに合わなかったから追い出す、なんてことはしないだろうが作った料理を不味いと言われれば料理人として死んだも同然だ。無論、そう言われれば余人の好みを研究し烏滸がましくも何度も挑戦するつもりでいるが。

 

さて今回はなにを作ろうと思案する。以前より多くの食材を使えるのでそれだけレパートリーも幅広くなった。じゃあ今日は簡単なスープでも作ろうか。まず鶏ガラと白菜を煮込んだものを濾しブイヨンを作り、そこへミンチ状にした肉と卵白を使う。それからさらに煮込み、灰汁が浮かび上がってこなくなるまで煮込んだ後に再び濾せばコンソメスープの出来上がりである。色々と工程を挟まなければならず、手間もかかったがどうやら王のお気に召したらしく全て完食するまでお代わりしていた。心なしか目尻に涙を浮かべていた。とりあえず感謝の念と褒美としてなにか欲しいかと問われたので新しい作物を育てる為の土地を貰った。

 

そろそろ西瓜や南瓜、トマト類の栽培をしたかったというのもあるが。葉っぱや花などで飲み物を作ることは出来ないかと思い至ったのが切っ掛けだ。果物と野菜類の開拓は大方済んだので別の者に委任し暫くは放置でいいだろう。新たに見つければまた増やしていけばいい。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

ブリテンを賑やかせた発端でもある宮廷料理人。

 

誰も彼女の名前を知らず、王の前ですら一言「ない」と答えてみせた彼女。その時点で、ある者は無礼と侮蔑し。ある者は可哀想にと哀れんだ。

 

寝不足が原因なのか、齢25歳にして目に乗る大量のクマと枯れ果てた大地を思わせるような独特な雰囲気により誰もが認める美貌を殺してしまっていた。本来なら透き通った声は掠れ、ゆったりとした黒で統一されたローブは見た者に魔女を連想させる。しかし人の心を掴むことに関しては相当なもので、彼女の作る料理の技術と知識に並び立つ才能だった。

 

そうして図らずして多くの人の心を動かし、信用を勝ち取った名も無き彼女はいつしか「掛け替えのない人(イリプレイサブル)」と呼ばれるようになった。

 

 

影でそう呼ばれていることを、

恐らく彼女だけが知らない。

 

 

 

□ □ □

 

 

 

その日、アルマが戦死したという知らせが届いた。

 

その時私は庭で育てていたハーブを摘んだその帰りだった。あまりに唐突な友人との別れに実感が沸かず、涙すら流すことができず一日が過ぎてしまった。円卓に名を連ねることが彼の夢だった。最後まで、微妙な気恥しさから私にその夢を語ってはくれなかったが。

 

彼は夢見ていた雄々しい騎士のように逝けただろうか。少しでも己に誇れる理想に近付けたのだろうか。最期の声を看取ることはもはや叶わないが、そうあって欲しいと都合のいい妄想に願った。

 

 

時の流れとは残酷で。大きく空いた傷を直す暇もなく程なくしてブリテンは戦場となった。

 

 

 

 

 

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