砦の乙女は手厳しい   作:はなみつき

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第十二話 小暑・男ノ嗜ミ

 

 我らが第1121小隊の本拠地、第1121号要塞に向かうための道を一台のバイクが駆け抜ける。

 サイドカー付きのオートバイを操っている人物の名はクラウス。五十一歳。

 部隊間の伝令を主に担当する古参の連絡将校だ。ちなみに、カナタを鉄道が止まる街からセーズの街に連れてきたのも彼である。

 バイクを駐車スペースに止めた後、収納スペースに入れていた荷物を手に取り、砦の中へと向かう。

 

「おーい、誰かいるかー?」

「おやっさーん、ダイニングに居るッスよー」

 

 聞こえてきたのはこの砦の司令官の声。

 クラウスは声が聞こえた方へ向かう。

 

「ヘイクロウだけか。娘たちはどうした」

「みんなはタケミカヅチで訓練中」

 

 彼がダイニングルームで見たのはアイスティーを飲みながら涼んでいるヘークローだった。

 

「おいおい、彼女たちはこの暑い中訓練に励んでるってーのに、お前はそれでいいのか?」

「司令官ってのは後方に引きこもって前線に命令を出し、責任を負うのが仕事だから良いんッス」

 

 そう言ってヘークローは井戸水によって冷やされたアイスティーをコップに注ぎ、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む。

 そして、「ぷはー!」なんて言っている。

 

 

 

 カナタが何かコツをつかんだのか、はたまた何らかの心境の変化があったのか、いつからか彼女が吹く起床ラッパによってヘークローは目を覚まさなくなっていた。

 彼女が砦にやって来てから三カ月が経った頃。

 何をとち狂ったのか太陽が本気を出して地上を照らし始める季節。

 

 夏だ。

 

 ヘルベチア共和国の夏は高温多湿で実際の気温よりも体感温度は高く、非常に過ごしづらい。そんな季節に春、秋、冬と着ていた軍服を着続けることはただの拷問でしかないため、夏服へと衣替えをする。

 ただし、外回りの任務の時は別だ。

 怪我を負う可能性がある任務を行う際は夏だろうが肌の露出面積が少ない冬服を着る。それは怪我を防ぐためであり、決して上司による嫌がらせなどではない。

 

 それは置いておいて、この国の夏は暑い。

 そんな季節に狭い戦車の中に居ればどうなるか想像に難くないだろう。

 

 そんな状況に居る彼女たちが今のヘークローの姿を見たら助走をつけて殴りにかかるのは確定的だ。

 

「おっとそうだ、司令部からの伝令だ。受け取りのサインをくれ」

「ほいほい」

 

 クラウスは茶封筒と一枚の紙をヘークローに渡す。

 渡された受領書には受け取りを示すために「堂々平九郎」名が記入される。

 

「こっちは私信だ」

 

 そう言ってクラウスが差し出したものは手紙の束。隊員たちに宛てられた個人的な手紙だ。

 

「ん。そんじゃま、暑い戦場で戦っている彼女たちを呼びに行くとするかな」

「まあ待て」

 

 訓練中の少女達に来訪者と私信が来ていることを伝えるために立ち上がろうとしたヘークローにクラウスは待ったをかける。

 

「伝令を伝えるのが連絡将校の仕事だ。俺が行く。お前は彼女たちのために冷たい飲み物でも用意しておいてやれ」

「……そうッスね。部下を労わるのも上司の仕事ってな」

 

 クラウスとヘークローは互いに見つめあい、ニヤリと笑う。

 クラウスはタケミカヅチが置いてある格納庫へ、ヘークローは自分が飲んでいるアイスティーと同じものを用意することにした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あっつ~い」

「暑いって言うから暑く感じるのよ!」

「…………暑い」

「もう! ノエルまで! そんなこと言うから私も暑くなってきたじゃない……」

 

 先に訓練から戻ってきたのはカナタ、クレハ、ノエルの三人だった。

 

「お疲れ、諸君。冷えた飲み物で飲むと良い」

「わー! ありがとうございます!」

 

 甘すぎないくらいのアイスティーをコップに注ぎ、三人に渡す。

 

「う~ん、冷たくてとってもおいしい」

「そいつはよかった」

 

 サウナ状態のタケミカヅチに押し込められていた三人はすごい勢いでコップの中身を飲みほしていく。

 冷たいものを一気に疲れた体に取り込むのは健康にあまり良くないのだが、気持ちがいいのだから仕方がない。

 

「お、良い物を飲んでるな。私たちにもくれ」

「わかってるって」

 

 少し遅れてやって来たリオとフィリシアの分もヘークローはアイスティーをコップに注ぐ。

 その時、横に置いてあった私信が目に入りその存在を思い出す。

 

「あ、カナタちゃん」

「んぐっ!? はい!」

 

 ヘークローに突然呼ばれたカナタ。

 飲み物をゴクゴクと勢いよく飲んでいたために少しむせながらも返事をした。

 

「君宛だ」

「ありがとうございます!」

 

 彼女はポケットから印鑑を取り出し、受領書に捺印する。

 

「おかあちゃんからだ!」

 

 どうやらその手紙は母親からだったようだ。

 それが大層嬉しかったのか、カナタはその場でくるっとバレリーナのように一回転している。

 

「それと、これは……ノエルちゃんにだ」

 

 ノエルもまたヘークローから手紙を受け取る。

 

「ノエルちゃんは誰からのお手紙?」

「例の教授さんよね?」

 

 カナタの疑問にはフィリシアが答えた。

 

「教授さん?」

「苗字が『キョウ』、名前が『ジュサン』。セプト州に多く見られる姓名」

「わー! ジュサンさんかー。あんな遠くにお友達がいるなんてすごいよ!」

「……ごめん……冗談」

 

 いつも物静かなノエルではあるが、心を許した人物には突発的に冗談を言ったりなどと結構愉快な子である。

 ヘークローが知らない間にカナタとノエルも随分仲が良くなっていたようだ。隊員たちの仲が良いことは彼にとっても喜ばしいことであった。

 だが、彼女たちの仲が良くなったことを除いても、教授からの手紙はノエルのテンションを上げているらしい。

 

 カナタとノエルの二人が形は違えど楽しげな雰囲気を発している中、クレハだけはつまらなさそうにしている。

 そんな彼女を見かねてか、リオはクレハの頭に手をポンと置く。

 

「クラウスに土産を持って行ってくれ」

「はい!」

 

 クラウスへの土産が置いてある部屋の鍵をリオから受け取ったクレハは喜んで駆け出した。

 クレハはクラウスのことを尊敬している。そんな相手にお土産を渡す大役を任されたクレハにさっきまでのつまらなさそうな様子は見られない。

 

「そんで、これはリオちゃんのな」

「捨てておいてくれ」

「おいおい……」

 

 ヘークローがリオ宛ての私信を渡そうと思ったところ、ノータイムで捨ててくれと答えるリオ。彼女の事情は知っているが、流石に差出人を不憫に思うヘークローだった。

 

「あーあ、全く親父はノエルちゃんばっかり気にかけて俺には手紙の一つも無しかよ」

「え? それじゃあもしかして教授さんって……」

「そう、俺の親父」

「そうだったんですか!」

 

 思わぬところでヘークローとノエルに関係がある事に驚くカナタ。

 

「ヘークローくん、どんまい」

「けっ、おれもおやっさんに慰めてもーらお! フィリシアちゃん、これは君にだ。司令部から」

 

 そう言って茶封筒をフィリシアの前に置くと、ヘークローはクラウスが居るであろう彼の砦の駐車スペースまで走っていく。

 

「あ、こら! もう、本当にしょうがない人」

 

 司令部からの封筒は特にフィリシア宛てというわけではない。むしろ砦の責任者であるヘークローが受け取るべきものである。

 だが、そこはヘークロー。面倒事の香りを感じた彼はフィリシアに丸投げの構えだ。

 まあ、結局最後に処理をするのはヘークローであるが。

 

 フィリシアはヘークローが置いて行った茶封筒を開けて中の書類を確かめた。

 

「…………あら?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「帝国との停戦協定はまだ難航してるんですか?」

 

 いつにもまして真剣な表情で尋ねるヘークローにクラウスもまた真剣に答える。

 

「ああ、国境の線引きってのは色んなしがらみがあるんだろうさ。急にどうしたんだ?」

「何か嫌な予感がしてならないんッスよ。上手く言葉にできないんだが……ゆっくり風呂につかってると突然襲ってくる謎の不安感のような」

「なんだそりゃ。そいつはお前が一人身の寂しい男だからじゃねーのか?」

 

 ついさっきまでシリアスな空気感を出していたのに、ヘークローが微妙にリアルな例えを出したところでそんな空気は消え去る。

 

「いや、あの……うん、それも無いとは言えないけどさ……。まあ、それならそれでもいいんだが、不思議と頭に引っかかる感じがするんですよね」

「そうか……お前がそこまで言うのなら少し気をつけてた方が良いのかもな」

 

 「こわいこわい」と、言いながらクラウスは自身の愛車の整備を再開した。

 

「あの!」

「ん?」

 

 そう言ったのはクラウスのお土産を取りに行ったクレハだった。

 ここに来るまで走ったからか、少し息が乱れている。

 

「どうした、クレハ」

 

 クラウスはバイクの整備を中断し、クレハに向き直る。

 

「ク、クラウス少佐殿、これ!」

「今年のか」

「はい!」

 

 クレハは今まで自分の背に隠すように持っていたものをクラウスに渡す。

 それはワイン。林檎酒(カルヴァドス)だ。

 

「あ、あ、あの、あの……い、いつもごくろうさまでありやます」

「気にするな、仕事だ」

 

 尊敬する人物との一対一の会話。クレハは緊張で上手く口が回らずカミカミである。

 自分でも恥ずかしかったのか、クレハの頬は赤く染まっている。いや、それともクラウスと話しているだけでそうなってしまったのだろうか?

 

 だが、忘れてはいけない。

 ここに居るのはクレハとクラウスだけではないのだ。

 

「つーっと」

「うひゃい!」

 

 ヘークローは緊張でガチガチになっているクレハの背中を人差し指で優しく撫でる。

 突然だったこともあり、クレハはちょっとした悲鳴を上げてしまう。

 

「うひゃい! だって。かわいいね~。昔はフィリシアちゃんもそんな感じでかわいかったんだけど、今となってはあんなにナマイキになっちゃって……」

「ヘークローさん! 脅かさないで下さいよ! ていうか、いつから居たんですか」

「え……俺、居たよ? 最初から、居たよ?」

 

 どうやらクレハの目にはクラウスしか見えていなかったようだ。どうも彼女は緊張すると目の前のことしか見えなくなる傾向にあるらしい。彼女が着任初日にヘークローの存在に気が付いていなかったのがいい例だろう。

 そして、部下に気付いてもらえてなかったヘークローは少しだけ落ち込んでいた。

 

「うう……クラウス少佐に恥ずかしいところ見られた……」

「ん? 何、気にするな」

 

 クラウスは受け取ったワインをバイクに装備しているケースにしまう。

 彼としても、クレハに対してもっと何か言ってあげたいところなのだが、口下手が災いして結局無愛想な返しになってしまう。

 まさか、「そんなクレハもかわいいよ」なんて言うことは彼には出来なかった。こんな時はヘークローの若さと軟派さが羨ましく思うクラウスであった。

 

 クラウスは気持ちを切り替えるために煙草に火をつける。

 深く吸いこみ、紫煙を吐き出すその姿はとても様になっていた。

 

「はぁー……」

 

 クレハは煙草を吸うクラウスの姿をじっと眺めている。

 

「なあ、クレハちゃん」

「な、なんですか!」

 

 クラウスの姿に見とれていたクレハはヘークローに声を掛けられ、慌てた様子をする。自分がクラウスに見とれていたことに気づかれたのだと思ったのだろう。

 

「俺も煙草吸ったらあんな感じにカッコよくなれっかな?」

「ヘークローさんが……煙草? んー」

 

 ヘークローに茶化されると身構えていたクレハだったが、聞かれたのは予想外の質問だった。

 クレハは煙草をふかすヘークロの姿を想像してみる。

 

「あんまり恰好良くないですね」

 

 クレハはそう断じた。

 

「だよな。うん、俺もそう思う。何が違うんだろう。髭か? 髭なのか? 俺も髭はやしてみようかな」

 

 ヘークローは自身の顎を撫でながらそう嘯く。

 どうやら、彼も煙草を吸うクラウスの姿に魅力を感じていたようだ。

 隣の芝はなんとやらとはこのことだろう。

 

「クラウス少佐」

 

 そんな時、フィリシアがやって来た。

 

「これを」

 

 クラウスはフィリシアから紙が挟まれたクリップボードを渡される。

 ヘークローもそれを覗き込むようにして紙に書かれている内容を読む。

 

「ほーう、了解だ。留守は任せろ」

「あれ? なんでこれ俺じゃなくておやっさんに渡すのさ。フィリシアちゃん、留守なら俺が居るだろ」

「それは後で分かりますよ」

 

 フィリシアの言葉を不可解に思うヘークロー。

 クレハもまた三人の会話の意味が分からず頭の上に疑問符が浮かんでいる。

 

「留守?」

 

 何も分かっていないクレハに対し、クラウスはこう伝える。

 

「健闘を祈る、二等兵」

「は、はい!」

 

 健闘を祈られたクレハは訳も分からず元気に返事をした。

 

「ヘークローさん、さっきの発言について後でお話があります」

「は、はい?」

 

 フィリシアから集合をかけられたヘークローはすっとぼけた様子で返事をした。

 ヘークローの額には暑さからくる汗以外の汗が浮かぶ。

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