ある晴れた日の事。今日も太陽は絶好調のようで、暑い日差しがグサグサと人々の肌を突き刺している。
三人の少女と一人の青年が大きなザックを背負って行軍していた。
ちなみにザックとは登山用のリュックサックの総称のことだ。
「重い……重い重い!」
「クレハちゃん、やめようよ。言えば言うほど重くなるから」
クレハは今の状況に不満を漏らす。
厳しい日差し。
無駄にデカくて重い荷物。
不満をもらしたくなるのも仕方のないことだろう。
「ノエル、後どれくらい?」
「……」
「ノエルってば!」
その上、目的地は地図とコンパスを使って探っている。
そう、正確な場所を知っている人物はこの集団に誰もいないのだ。地図とコンパスを使った案内役のノエルは体力温存のために言葉を発しようとしない。
それも合わさりクレハのイライラのボルテージは上がって行く。
「ヘークローさんは知らないんですか? 監視装置がどこにあるのか」
「点検作業は任せっきりだったからな。正確な位置は知らん」
「……」
「クレハちゃん、今「使えねー……」って思っただろ。そもそも司令官とは後方で指示を出すのが仕事であって、前線に出るのは場違いであってだな云々……」
上司に大して直接的に伝えるようなことはしていないものの、彼女の表情を見るだけでヘークローに対して言いたいことは明白だった。そんな表情で文句を垂れる部下に対してヘークローは自身の役割を長々と説明する。
しかし、結局の所彼が言っていることは監視装置の正確な場所を知らないことに対する言い訳でしかなかった。
「はぁ……」
カナタは思い起こす。
現状に至ったまでの事を。
それは、真夏の行軍が開始される直前の事だ。
☆
カナタ、ノエル、クレハの三人は遠足に行くと前日に伝えられていた。ただし、ただ歩くだけではつまらないからちょっとしたゲームをする、と。
「セーズの南側の州境。つまり、ノーマンズランドとの境界に旧時代の監視装置が設置されているのは知っているな。そのうち、三か所に定期チェックの時期が来ている」
「あなたたちには遠足のついでに、それを見て回ってもらいたいのよ」
遠足とゲームの内容を説明するのはリオとフィリシア。
「それって……」
「めちゃくちゃ任務じゃないですか!」
夏服に衣替えした時告げ砦の面々であったが、彼女たちは現在冬服を身につけている。それはこれから怪我を伴う仕事を行うという証左でもあった。
遠足とは即ち行軍のことであり、ゲームとは即ち設備の点検のことである。とは言え、行軍というほどキッチリした規則もルートも無いので遠足というのはあながち間違いではないだろう。
「健闘を祈るってこのことだったのね……」
クレハは前日にクラウスに言われた言葉を思い出す。
普段なら敬愛してやまない上官であったが、この時ばかりは詳しく教えてくれなかったクラウスに苦言を呈したい思いである。
「ただ歩くだけでは無駄だ。そこでお前たちにはアレを背負ってもらう!」
「よっこらせと」
リオが指差した方向には四つの大きなザックを地面に並べているヘークローが居た。
どうやらそれらの荷物は彼がここまで運んで来たらしい。
その荷物は少女達が持つにはかなり大きかった。
食料、水、医療品、エトセトラエトセトラ……
大量の荷物を詰め込んだザックはかなりの重量になっており、それを背負って立ちあがる事すらできない。カナタはびくとも動かず、クレハとノエルに関してはザックに潰される有様である。
その後リオの指導のもと、なんとか立ち上がることに成功した少女達は重い足取りでゆっくりゆっくりと歩き始める。
そんな彼女たちの足は震えていた。それはもう生まれたての小鹿という言葉を体現したかのように。
「ところでフィリシアちゃん、この水だけがやたら詰め込まれたリュックはどうするんだ?」
「それはヘークローさんの分ですよ」
「は?」
「だから、ヘークローさんはそれを持って三人の付き添いです」
フィリシアの発言にヘークローは戸惑う。
どうやらこのことを彼女から何も伝えられていなかったようだ。
「いや、おかしいだろ……なんで俺が」
「留守番はクラウス少佐に任せているので安心していってください」
「そのためのおやっさんか……それじゃあこの水はなんだ」
「カナちゃん達の予備の飲み水ですよ」
「必要分の飲み水は各自のザックに入ってるだろ」
「だから、それは予備ですから。予備はあればある程良いっていつも言ってるじゃないですか」
「それはそうだが」
「だ・か・ら、早く行きなさい」
「はい!」
有無を言わさぬフィリシアの雰囲気にヘークローは思わず大声で返事をする。
その時、この場には少佐であり司令官であるヘークローが上官で少尉のフィリシアが部下という階級による上下関係は無かった。
ただ、フィリシアが上でヘークローが下という自然の摂理ににも似た何かである。
☆
そして話は最初につながる。
一つ目の監視装置を案外楽に見つけることが出来たヘークロー達一向は第二第三の監視装置が存在するという山を登っていた。
「はあ……ふぅ……ヘークローさん、何か気が紛れるようなおもしろい話でもして下さいよ……」
重い荷物に大分慣れてきたのか、少女達の足取りは歩き始めよりはスムーズになっている。しかし、疲労が溜まっている事に違いなく、彼女らの体力は確実に減らされていた。
一歩一歩確実に前に進んでいることは頭では分かっているのだが、いくら歩けど変化の乏しい風景がさらに疲労を募らせる原因ともなっていた。
そんな退屈な状況を打開すべく、クレハはヘークローに助けを求めた。
「おもしろい話? そんないきなり言われてもな……」
ここまで特に文句も言わずに少女達について来たヘークローであるが、彼も同じように疲れが溜まってきているらしく、咄嗟に話のネタが思い浮かばない。
「面白い話…… 俺が祭りで女の子を食いまくった(セーズの悪魔的な意味で)話か? いやいや、それともフィリシアちゃんの恥ずかしい話の方がおもしろいか?」と考えがまとまらずにぶつぶつ呟いている。
「んー、何かお題がないと話しづらいな。カナタちゃんは何が聞きたい?」
「え! 私ですか? えーと、えーと……」
「はい、時間切れ。ノエルちゃんは?」
「疲れが消える話」
「うん、残念ながら俺の話にヒーリング効果は無いから無理だ。で、クレハちゃんは何が聞きたい?」
本命のクレハがお題を考える時間を取るためにヘークローは先に二人に意見を聞いた。カナタとノエルからは具体的な案は出てこなかったが、時間稼ぎという役目はしっかりと果たせたようで、クレハは聞きたい話題を決める。
「それじゃあ、ヘークローさんとイリア公女のこととかは駄目ですか?」
「あれ? もしかしてクレハちゃんまだ俺が殿下の副官やってたこと信じてない?」
「別に疑ってるわけじゃないですよ。ただ、どういう経緯で副官という立場になったのか気になったので」
「ああ、そういうことね。別に構わないよ」
話を切り出したクレハはもちろんノエルもこの話に興味があるようで、しっかりと聞き耳を立てている。
ヘークローは過去の記憶を思い起こす。いや、わざわざ思い起こすまでもない。
イリア公女殿下の副官に選ばれたのはもう何年も前のことだ。
しかし、あの人のことは一生忘れることはないだろう。
ヘークローにとって彼女の存在はそれほど大きいものなのである。
そしてなにより、彼女の副官に選ばれた経緯は彼にとって人生最大の失敗であり、人生最大の幸運なのだから。
「え!? ヘークローさんってそんなすごい人の副官だったんですか!」
一人話題に乗り遅れている娘も居るが、特に気にすることなくヘークローは話し始めた。