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ほんの数刻前まで、辺りにはヘルベチア共和国正式採用戦車アラクネーと敵国戦車トリフネの砲撃の音が鳴り響いていた。しかし、今では戦場は静まり返り、友軍の救助の声だけが聞こえてくる。
「敵機動部隊は撤退、また残存勢力の掃討も確認しました」
「そうですか、ご苦労様です」
「……いえ」
俺の報告にイリア公女殿下の顔色は優れない。
公女殿下は瓦礫の町並みの仲間入りを果たしたアラクネー達を見まわしながら、手に持つトランペットを強く握りしめている。
「後半日……いえ、一分一秒でも早く本隊を動かせば被害は抑えられたのですが。力不足で申し訳ありません」
「あなたの責任ではありません。それに、あなたの作戦がなければこの戦いは敗北し、さらに被害は増えていたでしょう」
「……」
誘い込みと待ち伏せ。
今回俺が採用した作戦を簡単に説明すればそういうことだ。
戦力で劣るヘルベチア軍が敵国軍と正面からやりあっても勝ち目は薄い。だが、今回主戦場となった旧時代の都市跡は背の高いビル群が乱立し、待ち伏せをするには最高の立地であった。囮とバレない程度の数の友軍は後方へゆっくりと撤退しながら交戦することで調子づいた敵軍をビル群に潜ませた友軍の射程範囲に敵軍を誘い込む。敵軍の将は攻撃が得意な猛将で有名な大佐が率いていることは事前調査で判明していたため、勝算はあった。
軍全体としての勝算は。
そう、囮だ。どんな言葉で取り繕うと敵軍と正面きって戦った友軍部隊は囮なのだ。そんな彼らがどんな状況だったのか……想像に難くない。
「自分も友軍の捜索を手伝ってきます」
「ええ、わかったわ」
これは俺の責任だ。
俺の作戦で傷ついた者達、死んでいった者達、俺の作戦の犠牲者たちを探すのは……
「……ッ!」
瓦礫の山に気を取られて地面に亀裂が走っていることに気が付かなかった。
おそらく、今回の戦闘の影響で地面が脆くなっていたのだ。それに、旧時代の都市には地下にも商業施設や鉄道が敷かれていたために大きな空洞がある。その直上の地面は当然薄く、崩れやすくなっている。
「うおおッ」
情けなく泣きわめくことこそしなかったが、思わず声をあげてしまう。
そうして俺は旧時代の地下施設へと落ちていった。
◆
「……あまりうちの部下を悩ませてくれるな」
ヘークローは暑い夏の空の下、誰も居ない空間に話しかける。
それと同時にここから見える自分の部下、フィリシアの私室の窓を眺める。
「まだ未練でもあるのか? それとも心配か?」
構わずヘークローは再び誰も居ない空間に語り掛ける。
語り掛けながらも作業の手は止めない。
今ヘークローは今日行われる街のお祭りであるフィーエスタ・デュ・ルミエールに使う灯篭を作成している。
フィーエスタ・デュ・ルミエールはヘルベチア南部特有の行事であり、夏の一定期間死者の魂が現世に還ってきているという民間信仰に基づき、その魂を送り返す目印として川に灯籠を流す。ヘークローが作っているものはそれだ。
ヘークローが砦の中で灯篭づくりを行わず、こんな暑い日に外でおこなっている理由は宗教嫌いのリオを気遣ってのこともあるが、これは戒めだ。自分勝手で自己満足な戒め。一人で作業するだけなら司令室でやればいいのだ。
「心配しなくとも、今の人間だってそんなに弱かーない。絶望と戦ってきたアンタ達と同じくらいには……な」
組みあがった灯篭を横に置いたヘークローは視線を上げ、話し相手へと目を向ける。
しかし、やはりそこには誰も居なかった。
◆
「いつつ……」
随分高い所から落ちたようだが、普段の鍛錬の賜物か幸い骨折のような大きな怪我をすることは無かったみたいだ。
「ここは……」
周囲を確認すると多くは瓦礫だが、中には食料の缶詰や弾薬などの物資が見られ、奥には線路が敷かれている。
「地下鉄というやつか。それにこの弾薬、こんな規格の物はヘルベチアには無い。ローマの物でも無い気がするな」
考えをまとめるために目に見た周りの風景や、手で摘まんだ銃弾の情報などを整理していく。
「大断絶以前の物……だろうな」
ひとまずそう結論づけ、次はこの場からの脱出方法へと考えを巡らせる。
「地下にある施設なのだから当然出入り口があるはずだが、おそらくこの様子では塞がっているだろう。そうなると、上から友軍に助けてもらうしかないか」
上を眺めると先ほど自分が落ちて来た穴からは夜明けの明るい空が見える。
戦闘が終わって外は比較的静かだ。ここで俺が大声で叫べば、それに気が付いた誰かがロープでも垂らしてくれるだろう。
「ん?」
声をあげようと思ったその時、近くで話声が聞こえて来た。
「女の声? だが話し相手の声は聞こえない……錯乱しているのか? 敵だったら厄介だな」
このまま大声をあげれば向こうもこちらに気が付く。もし相手が錯乱した敵軍の兵士だった場合はそのまま襲い掛かってくる可能性も考えられる。確認が必要だ。
ホルスターから拳銃を引き抜き、足音を立てないようにゆっくりと声の発生源へと近づいていく。柱の陰に隠れてそっと顔を出して様子を確認する。
そこにはヘルベチア陸軍の軍服を着た女性兵士が柱にもたれかかりながら誰かと話している様子が伺えた。
「……どうして、謝るんですか……」
「そんな……」
「勝手に決めないで!」
「いや……いやよ!」
「……それは……」
一見独り言のように見える。だが、見方を変えてみれば……
なるほど……な。
俺は座り込む女性兵士に声をかけることにした。
「おい、大丈夫か?」
「! だ、誰!」
「落ち着け、味方だ。俺はヘルベチア陸軍近衛第一師団所属、藤堂中尉だ」
「近衛……第一師団……もしかして、イリア公女殿下の……」
「ああ、そうだ……その部隊章は、1147小隊の生き残りか」
「……ッ」
俺は彼女の左腕に縫い付けられているワッペンのマークを見てそう判断した。1147小隊の戦車の破壊はすでに確認されており、死亡者四、行方不明一の報告も受けていた。
「わた、私は……私だけ……」
「……」
彼女たちの部隊は戦闘区域の最前線、つまり、囮部隊の一つとして配置されていた。俺が配置した。
彼女は悔いている。
自分だけが生き残ったことを、自分以外を助けられなかったことを。
俺は、彼女に「生きていてくれてよかった」と声を掛けたかったが、そんな資格は、ない。
「恨んでくれて構わない。この作戦を決めたのは俺たちだ」
「……」
「君の持つ拳銃で俺を撃っても構わない。その権利を君たちは持っている。だが、許されるならどうか少しだけ待って欲しい。この戦争を終わらせるには公女殿下が必要だ。殿下を守るために、もう少しだけ俺の命を俺にくれ」
何時からだろうか。昔は死にたくないから生きていた。でも、殿下の部下になってから、俺は殿下のために働きたいと思った。殿下のために命を使いたいと思った。
あの国民思いの女性のために。
あの部隊思いの女性のために。
あの、家族思いの優しい女性のために。
「なんで、なんで生きる理由があるのにそんなに簡単に命を捨てられるんですか?」
女性兵士は聞いてくる。
「こんな絶望しかない世界で、どうして簡単に命を捨てられるほどの生きる意味を持てるんですか?」
矛盾した二つの質問。
だけど、本質的には同じだ。
「生きる理由はその意味を見つけたからだし、死んでも良いと思ってる理由もまた同じ。俺は殿下のために生きようと思ったし、殿下のためなら死ぬ覚悟もある。それだけさ」
「そう、ですか……」
「だからさ、そんなこと言うなよ。アンタも絶望しかないクソッタレな世界の中でも意味があったから戦い続けてたんだろ?」
俺は女性兵士に向けていた目を隣の柱にもたれかかる名もなき兵士の亡骸へと向ける。この人が彼女の話し相手だったのだろう。
「中尉……?」
「涼子へ、和馬へ。すまない 父さんは負けた。おまえたちを守れなかった。この最後の時におまえたちと。居られないことがとても哀しく。つらい。もしこの世に神がいるのなら。おまえたちに安らかな。最期が訪れたことを願う。二九七三。何某浩市……か」
「読めるんですか?」
「まあ、ちょっとな」
俺はその浩市という兵士であり夫であり、父であったその男へと祈りを捧げる。
「先達の役目は諦めを促すことじゃなく、応援することだぜ」
祈りを終え、再び女性兵士へと向かい合う。
「だからさ、もう少しだけ頑張って欲しい。生きる意味が分からないなら探してほしい。どうしても見つからなければ俺を殺しに来い」
俺は一発の銃弾を彼女へと投げ渡す。
「そいつで俺を殺すまで君は死ぬな。それに……」
金管の美しい音色が聴こえて来た。
きっと彼女だろう。
「俺たちは、まだ生きてるんだ。生きる意味が分からないなら、とりあえず生きる意味を探すのを生きる意味にしてみな。スゥゥゥゥ……おおおおおおおおおおおおい!!!! ここに生存者が居るぞおおおおおおおおおおおおお!!!!」
金管の音色は途絶え、すると天井に穴があけられる。
そこから一本のロープと共に女神が舞い降りた。
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