空深彼方は新兵である。
性格は明朗活発かつマイペースでやや天然なムードメーカー。
幼少期に聞いたトランペットの曲に憧れ、軍に入れば音楽が勉強できると思い志願したという聞く人が聞けば激怒しかねない理由で軍に入った少女である。
第1121小隊着任の日にいきなり遅刻&ちょっとした騒ぎを起こすというミスをやらかしながらも尊敬できるラッパ手の先輩、年の近い同僚たち、優しい隊長に巡り合えて充実した毎日を送る事が出来るだろうと考えていた。
おや? どうやらカナタはまだ最後の一人には会っていないようだ。
カナタが砦にやってきて初めての朝食と自己紹介を終えると、クレハによる第1121号要塞の案内が行われた。
それが終わる頃にはちょうど昼時となり、リオの呼びかけにより昼食の準備ができたことをカナタとクレハの二人は知る。
「それじゃあ、いただきましょうか」
五人の少女がイスに座るとフィリシアはみんなにそう呼び掛けた。
砦のダイニングルームに置いてある大きなテーブルには六人分の食事が用意されており、そのうち一つは折りたたみ式の蠅帳によって覆われている。カナタはここに居る人数と合わない料理の数を不思議に思う。
「あの、その食事は?」
「そういえばカナちゃんはまだヘークローさんとは会ってなかったわね」
「ヘークローさん?」
朝食の時の自己紹介で四人の少女達の名前を覚えたカナタであったが、聞き覚えのない名前であったために頭に疑問符が浮かぶ。
「後で紹介しようと思ってたのだけど、まだ起きてこないのかしら? いつもはお昼ご飯の前には顔を見せるのだけど」
「昨日はかなりはっちゃけてたようだしな。街の男たちと夜遅くまで飲んでたらしい」
「本当に仕方のない人なんですから!」
「あの起床ラッパでも起きないヘークローくん、流石」
フィリシア、リオ、クレハ、ノエルはめいめいにヘークローのことを評する。
「え、えーと……」
四人の話を聞いて総合した結果、カナタの中でヘークローという人物は「普段から起床は昼前であり、街で飲んだくれ、起床ラッパもガンスルーする仕方のない人」となっていた。
「あら? 噂をすれば」
ダイニングルームと廊下を隔てるドアが開く音を聞いたフィリシアは噂の人物が目を覚ましてやって来たことに気がついたようだ。
いつもならスムーズに開閉するドアであるが、このときは蝶番が錆びついているのかと思うくらいゆっくりと、そして古いドアを開けるときのような軋む音が部屋に響いた。
「諸君……おは、よう……」
体は壁に寄りかかり、頭を手で押さえているヘークロー。
おそらく、彼の頭の中では内側から針でそこらじゅうを無茶苦茶に刺されている様に感じているのだろう。
また、顔からは血の気が引いて真っ白になっている。
今現在のヘークローの状態だけを見れば、どんな医者でも「ちょっとやばいのでは?」と思うかもしれない。しかし、彼女たちは昨日ヘークローが何をしていたのかという重要な情報を知っている。
そして、その情報を知ってさえすれば、今のヘークローの状態をこう断言するだろう。
二日酔い、と。
「彼がヘークローさん。この基地の司令官で階級は少佐よ」
一目で分かるほど体調の悪いヘークローを気にする様子もなくフィリシアはカナタへとヘークローを紹介する。
「そ、空深彼方二等兵であります。よろしくお願いします」
「よ……よろしく、ね……カナタちゃん……」
ヘークローはカナタに対して今できる精一杯の笑顔を向けているつもりなのだが、今の幽鬼のような彼が笑みを浮かべても不気味なだけである。
彼の努力もむなしく、笑うために口角を挙げるのに比例してカナタの口元も引きつるばかりだ。
「ほら、ヘークローさん。カナちゃんが怖がってますから止めてください。水を飲みに来たのでしょう? 早く水を飲んで、今日はもう休みましょう」
見るに見かねたフィリシアはヘークローの介助を行うことにした。
「それがな……夢の世界に、逃げ……込もうと思ったんだが……不思議な、旋律が聞こえてきてから……ぱったりと眠気が、消え失せ、てな……」
「あっ……」
そうヘークローは証言する。
実はヘークローは起床ラッパが鳴る少し前から目を覚ましては居たのだ。
しかし、二日酔いによる頭痛が酷かったため、再び眠りについて夢の世界に逃げ込もうとしたのだが、その矢先カナタの決して上手とは言えない起床ラッパがヘークローにトドメを刺したのである。
その結果、眠ろうにも眠れず昼頃までベッドの上でのたうち回っていたのだ。
「そう言うこと」
ノエルは一人納得していた。
「私はヘークローさんを部屋に運んでくるから、気にせず先に食べてて」
「うぅ……」
フィリシアはヘークローの腕を首にまわして、片方の手で彼の体を支えながらゆっくりと歩き出す。フィリシアに支えられるヘークローはもはやうめき声しか出せないようだ。
その様は戦場で負傷した軍人とその負傷した同僚に手を貸す軍人のようである。
しかし、実態はただの酔っ払いとその付き添いでしかなかった。
「えっと……、もしかしなくても、私のせいですかね?」
「気にするな。祭りの次の日のヘークローはいつもあんな感じだ」
自身のラッパがヘークローを苦しめてしまったことを悔やむカナタにリオは気にするなと励ましの言葉をかける。
ただし、「今年は特にひどいけどな」という言葉は胸の内に留めておいたリオであった。
☆
ヘークローとフィリシアの二人はおぼつかない足取りながらもなんとか司令室に到着していた。
「とりあえず座ってください。お水、もう一杯飲みますか?」
「ああ……。頼む」
司令室に設置されているソファにヘークローを座らせたフィリシアはキッチンまで水を取りに行く。
小走りでキッチンと司令室を往復したフィリシアの息は少し荒い。
「どうぞ」
「ありがとう……」
水が満たされたコップを受け取るとすぐにコクコクと音を鳴らしながら水を胃に流し込んでいく。
よく冷えた水がヘークローのノドを潤す。
水を飲んだことで落ち着いたのか、ヘークローの体調も少しだけ良くなったようだ。
「私はもう戻りますね。今日はここで大人しくしててくださいよ」
「ああ……。あっ、机の上のモノ、カナタちゃんに渡しておいてくれ」
ヘークローの言葉の通り、彼がいつも使っている執務机の上にはあるモノが置かれていた。
「もしかして、お酒を飲んで帰って来てからやったんですか?」
「酒入れて装備の整備するわけないだろ。行く前にやったんだよ」
机の上に置かれていたのはライフルだった。
前にヘークローがクレハのために手入れをしていたものと同じ型の物である。官給品であるため同じなのは当然と言えば当然であるが。
「そいつのおかげで飲み会に遅れて、駆けつけ三杯やらされちまったがな。しかも一気。全く……、誰だ最後にそれの整備をした奴は」
「三日前に新人のためにって言って整備してたのはヘークローさんじゃないですか」
「そうだった……」
そう言って、ヘークローは腕を目の上に置く。
眩しかったからそうしたのか、はたまた過去の自分が行った整備に満足できず、再び手入れをしていた自分に呆れてそうしたのか。フィリシアは「たぶん後者だろうな」と思いながら微笑む。
「それじゃあ、お大事に」
「あいよー……」
これからカナタが使うことになるライフルを担いだフィリシアは今度こそ司令室から出て行った。
司令室に残されたヘークローは一人、ソファで死人のように動かない。相変わらず眠気は全く感じないヘークローであったが、静かな司令室に居ると気分が落ち着く。なんだかんだで一番居る時間が長い部屋であるため、ヘークローにとっても司令室は最も落ち着くことができる部屋であった。
なお、ヘークローの体力を最も削る部屋も司令室であることは今は忘れているのは御愛嬌。
「……雨か……」
司令室の窓を叩く雨粒の音が部屋の静寂を打ち壊す。
そんな昼下がり。
作者の知識がガバガバ過ぎて辛い……