お隣さんは幼馴染? ~俺と果南と時々ダイマリ~ 作:グリーンやまこう
ダ)別に構いませんわよ。この話の主役は果南さんなのですから。むしろ、果南さんをどんどん出してあげてください。
作)……無理しなくていいんですよ?
ダ)無理? 別に無理なんてしていませんわ。
作)そう言ってますけど涙、流れてます。
ダ)っ!? ほ、本当ですの!?
作)もちろん嘘です。
ダ)私の事、バカにしてません!?
作)もちろん、バカにしてます。
ダ)あなたみたいな人は、地獄に落ちればいいんです!!
※ダイヤ姉さんをからかうのは面白い。
「……へい……祥平ってば!」
「んぅん?」
いったい誰だよ? 朝から俺の名前を呼んで、身体を揺さぶるのは?
俺は京都から返ってきたばかりで、眠たいことこの上ないというのに……。というか、何でか知らないけど体が重い。
さて、春眠暁を覚えずと過去の先人はよく言ったものだ。ここ最近は、特に眠くてしょうがない。きっと、こうして春眠なんたらといった人も、春は眠くて仕方がなかったのだろう。
えっ? ゴールデンウイークに突入しているのだから、もう春じゃないって? 人はそれぞれ考え方が違うんだよ。みんな違って、みんないい。
ちなみに俺は、梅雨に入るまで春は継続してると思ってる。
「もうっ! 本当に、仕方ないんだから! ほらっ、朝ご飯冷めちゃうから起きて~」
しかし、いくら眠い眠いと言っても、こんなに体を揺すられれば寝てもいられない。仕方がないので、俺は目を開ける。
「あっ! 起きた! おはよう、祥平!」
目を開けると、天使のような笑顔で微笑む果南と目が合った。
彼女は今現在、馬乗りのような形で俺の腹の上にのっている。どうりで重さを感じたはずだ。
なんにせよ、ここは天国ですか?
「……おはよう果南。後重い……」
「お、おもっ!? そんな事言わないでよ!! せっかく起こしてあげたっていうのに。それに、この体勢だって結構勇気出したんだけど……」
不満げな顔の果南。まぁ、積極的に俺を起こそうとして、重いって言われればそんな顔にもなるわな。
「ふんだっ! もう起こしてって言われても、起こしてあげないんだから」
おっと。ボーっとしているうちに、俺のお姫様がすっかり拗ねてしまったらしい。これは早いとこフォローをしないと。しばらく口をきいてくれなくなっちまう。
それにしても、拗ねた果南も可愛いなぁ~。なんて馬鹿なことを考えつつ、俺は果南の手を取り、自身の胸の中に引きずり込んだ。
「やっぱり果南の身体は温かい。抱き枕にしたいくらいだ」
「こ、こらっ! バカなこと言ってないで離して!!」
俺の胸の中で、果南がジタバタともがく。その為、広がる彼女の甘い香り。
俺と果南達はみんな同じシャンプーを使っているので、基本的には同じ匂いが漂ってくるはずなのだ。
しかし、女子というものは不思議なものである。同じものを使っているにもかかわらず、特有の甘い香りが混ざっているのだから。
「果南は相変わらずいい匂いだなぁ。ハスハス」
「へ、変態っ!! 祥平のエッチ!! 人の匂いを嗅ぐなぁあああ!」
「変態だなんて、むしろご褒美だよ。朝からありがとうございます」
「いやぁああああ!! 本当にこの人、犯罪者だよ!!」
好きな人に悲鳴をあげられたところで、そろそろからかうのをやめないとな。というか、流石の俺もこれ以上は耐えられない。
「ごめんごめん。今までのは全部冗談だから。お願い、許してくれ」
「……嫌だ。絶対に許さない」
「うーん、絶対にだと困るな。それじゃあ、どうしたら許してくれる?」
「……ギュってしてくれたら」
天使かよ……。
「そんな事でよければ」
俺は果南に言われた通り、彼女の身体を優しく抱き締める。抱き締めると分かる、彼女の女性らしい身体つき。
ほんと、腰なんてすぐに折れそうなくらい華奢だよな。ちゃんとご飯食べてるのか、お父さん心配だよ。
「他にも、何かしてほしい事あるか?」
「……ううん。特には……だって、こうされてるだけで十分幸せだし」
少しだけ頬を染めた果南がそう答える。ほんと、なんてたって俺の幼馴染はこんなに可愛いんだろう?
「果南、今のはずるい」
「ず、ずるい? 私今何か変なこと言った?」
「可愛い」
ボンッと、果南がリンゴのように真っ赤に染まった。自覚がない女の子は本当に困る。
俺だって冷静を装ってるけど、心臓はバックバックだ。顔だって赤いだろうし。すると、そこで果南が上目遣い気味に俺の瞳を覗き込む。
「ねぇ、そんなに私って可愛いの?」
「……どうしたの急に?」
「だ、だって……私、自分では可愛いだなんて思ったことないんだもん。適当だし、大雑把だし、男勝りな性格してるし……。こんな私より、ダイヤとか鞠莉のほうがよっぽど可愛いと思う」
なるほど。いかにも果南が考えそうなことだ。
確かに、私生活では男勝りな部分をよく見るし、服装なんかもどっちかというと男っぽい。スカートだって滅多にはかないしな。
自分の魅力に気付かないのも、ある意味当然である。これはしっかり自覚させてあげないと。果南自身の持つ可愛さに。
「もちろん、ダイヤ姉さんも鞠莉も可愛いよ。だけど俺にとっては果南が一番なんだ。果南が一番可愛い」
好きな人、もしくは恋人ができた経験のある人ならばわかるはずだ。その人が誰よりも可愛く見え、芸能人でさえ凌ぐほどの魅力を放つという事を。
「ぐ、具体的には?」
うーん、これはいっぱいあるからなぁ。取り敢えず、一つ一つ潰していこう。
「まず、笑った顔が可愛い。あの笑顔を見ただけで今日一日頑張ろうって思うから。もしくは、一日の疲れが全部吹き飛んでいくようだよ。拗ねた顔も可愛い。少しだけ頬を膨らませてそっぽを向く姿なんて、もう最高だな。照れた顔が可愛い。普段はしっかりしたお姉さんで、男の子っぽいのに、可愛く顔を真っ赤にした時とのギャップがマジでやばい。後は……」
「も、もういい! もういいから!! これ以上は十分だから大丈夫……」
おいおい。俺はまだ、言いたいことの二割も言っていないぞ。果南の可愛さは、まだまだこんなもんじゃないっていうのにな。
仕方がない。紹介しきれなかった分は、ファックスにて送らせて頂こう。
「それで、果南が可愛いって事。自覚できた?」
「やっぱり色々と納得ができないけど、祥平がそこまで言うのなら、意識しておいてあげる」
「そうしてもらえると助かるよ。じゃないと、果南が他の男と付き合っちゃうかもしれないから」
何気なく口に出た俺の言葉に、果南の眉が八の字になる。えっ? 俺何か変なこと言った?
「……私が祥平以外の男の子と、付き合うと思ってるの?」
「い、いや、別にそんな意味で言ったわけではなくてですね……」
「私は祥平を待たせてる立場なんだよ? それなのに他の男の子と付き合うとか、ありえない!」
「あ、はいっ、ごめんなさい……」
あっという間に形勢が逆転する。こういう場面に遭遇すると、やっぱり果南のほうがお姉さんなんだと自覚してしまうよな。
「それに、例え祥平の事を待たせていなかったとしても、祥平以外の男の子なんて……好きにならないんだから」
「で、でも、もしかしたら俺よりかっこいい人が現れる可能性なんかも――」
すると、俺の言葉を遮ってまで果南が爆弾を落としてきた。
「絶対にないよ。……祥平よりかっこいい人なんて絶対にいないもん。祥平が、一番カッコいいもん」
さっき自覚しろといったばかりなのに、このセリフ。勘弁してほしい。
朝から理性が吹き飛び、爆弾が爆発しそうになるから。あぁ、顔が熱い。
「果南、頼むからそれ以上喋らないで……」
「……さっき私を可愛い可愛いって言った罰なんだから」
口を尖らせる果南。どうやら、先ほどの可愛い連呼に対抗してかっこいいを連呼したらしい。
畜生、かっこいいって言われて舞い上がった俺が馬鹿みたいだ。
「はぁ……かっこいいって言葉は嘘だったんだな。俺、すごいショックだよ。あーあー、傷ついたなぁ。立ち直れそうもないなぁ~。ショックすぎて、果南から別の人に浮気しそうだなぁ」
もちろん、本気で言っているわけがない。
すいません。ただただ、焦って可愛くなる果南が見たかっただけなんです。他意はない。後悔もしていない。
しかし、こんなことで果南は本当に焦るのか? そう思った人もいるだろう。まぁ、見ててください。
「えっ!? う、浮気!? そ、そんなの絶対に許さないんだからね!!」
はい、ご覧ください皆さん。うちの果南は盛大にテンパっています。もちろん、俺の言った事は冗談に決まってるんだけど。
そもそも俺自身、浮気をするような相手がいない。昔から好きなのはずっと果南だし、他に深い関係の女子もいないからな。
それにしても、やっぱり果南は俺の事になると、普段の余裕っぷりが無くなって可愛い。というか、今の冗談に騙されるのはいるのだろうか?
……ダイヤ姉さんあたりがコロッと騙されそうだ。
「それなら、もう一回、ちゃんと心を込めていってほしいな。俺のこと、大好きだって」
最低なことを言っている自覚は、もちろんある。しかし、俺はいじるのをやめない。だって俺は、果南をいじることが大好きだから。
「うぅ……祥平のいじわる」
「何にも聞こえないなぁ~。さて、そろそろ他の女の子に浮気、しちゃおうかなぁ~?」
「……分かったよ。ちゃんと言うから、だからね」
そこまで言うと、果南は俺の首に自身の腕をまわし、肩のあたりに顔を埋める。
「もう、浮気するだなんて言わないで」
取り敢えず、果南の身体を全力で抱き締めた。
「ごめんな、果南。少し調子に乗り過ぎた」
そして果南の頭を優しく撫でる。すると、果南は甘えるように、顔をスリスリと擦り付けてきた。
可愛さのあまり、口から鼻からデミグラスソースが噴出しそうである。
「ほんとだよ。だから罰として……、もっとこうしていなさい」
「仰せのままに。果南お嬢様」
抱き締めあったままの状態で話す俺たち。いつまでそうしていただろうか?
果南が肩から顔を離し、俺の顔を覗き込む。その顔は真っ赤に染まっていた。
「どうした?」
「祥平、大好きだよ……」
切なげな瞳で俺を見つめ、甘い言葉を口走る。
「うん。俺も果南のこと、大好きだ」
先日の一件以来、俺たちは自分の気持ちに大分、素直になってきた気がする。
正式に付き合えたってわけじゃないけど、それでも今の関係は凄く心地がいい。
「果南……」
「あっ……だめっ……」
俺は果南の頬に手を当てる。すると、甘い吐息をもらす果南。
口では断っているが、身体は正直だ。逃げるそぶりを全く見せない果南。彼女の潤んだ瞳が俺の瞳を捉えて離さない。
そのまま俺たちはゆっくりと近づいていき――。
「果南さん、それに祥平! 朝ご飯が覚めてしまいます、わ……よ!?」
図ったかのようなタイミングで、ダイヤ姉さんご登場。
そして、ベッドの中で抱き締めあう俺たちを見たダイヤ姉さんは、目を白黒とさせている。
しかし、彼女の登場はある意味丁度良かったかもしれない。だって、このままの状態が続いたら、確実に俺の理性が吹き飛んでいただろうから。
「ダイヤ姉さん、おはようございます」
取り敢えず俺は普通に挨拶をする。一方の果南は、
「はわわわ……だ、ダイヤ、これは違うの! えっと、その……」
この状況を見られたくなかったのか、必死に言い訳を考えているみたいだった。
「朝から……お二人は何をしているんです?」
ダイヤ姉さんがニッコリと笑顔を浮かべる。その妙に据わった目がとっても怖い。そんな怒ってばかりだと、しわが増えますよ?
「何って……そんなの決まってるじゃないですか。果南と愛を囁き合っているんですよ。ベッドという秘密の花園でね♪」
パチッとウインクを決める俺。これは決まったなダイヤ姉さんもポカンと口を開いているし。
どうやら俺のセリフに、言葉も出ないみたいである。
「ちょっと、祥平!! なに寒いこと言ってるの!? 今はそんな場合じゃないでしょ!!」
「さ、寒いとはなんだ寒いとは! 俺は今のセリフに可能性を感じたから、口に出したんだよ! というか、嘘は言ってないわけだし、いいじゃないか!」
「何にもよくないよ!!」
ダイヤ姉さんそっちのけで、俺たちはギャーギャーと言い合いを繰り広げる。せっかくのセリフを寒いと言われたんだ。反論するくらい、許してほしい。俺にだってプライドはある。
「二人とも、おだまらっしゃーーーい!!」
しかし、そんなプライドを粉砕するくらいの大声が、俺の部屋に響き渡る。大声の主はもちろんダイヤ姉さん。
恐らく、自分をのけ者にされて寂しくなってしまっただろう。全く、ダイヤ姉さんは可愛いなぁ。
だけど、声量には気を付けてほしい。近隣の皆さんに迷惑をかけるから。
「寂しがってなんかいません!!」
心を読まれたらしい。うーん、ダイヤ姉さんまで察しが良くなってしまうと、おちおち考え事もできなくなってしまう。
「果南さん! 私は失望しましたわ! 祥平という悪魔にそそのかされて、果南さんまで悪魔になってしまうだなんて!」
「べ、別にそそのかされてなんかないもん! それに今のだって、元はといえば祥平が――」
「ダイヤ姉さん、俺は果南に襲われたんです。朝、目が覚めると果南が馬乗りになっていて……俺の貞操は奪われました」
『っ!?』
驚きの表情を浮かべる果南とダイヤ姉さん。さて、俺の予想ではここでダイヤ姉さんが騙されてくれると思うんだけど……。
「かーなーんーさーん?」
よしっ、作戦通り。俺はニヤッと悪い笑顔を浮かべる。
「ちょ、ちょっとダイヤ!? 何であんなあからさまな嘘に騙されてるの!? どう考えても、おかしいのは祥平だよね!?」
「どうりで朝、私が起こしに行こうとしたのを制止して、果南さんが行ったと思いましたわ。全ては祥平の貞操を奪うためだったんですのね。見損ないましたわ、果南さん!!」
思考が一方通行になったダイヤ姉さんに、果南の声は届かない。
フフフ、ダイヤ姉さんが俺に甘いという事を逆手に取ったこの作戦。無事、成功したみたいだ。
俺はほくそ笑みながら、ゆっくりとベッドから降りる。
「あっ! ちょっと祥平! 逃げるなんて卑怯――」
「果南さん! 今は私と話し合っているのですから、祥平の事は関係ありませんよ!!」
完全にダイヤ姉さんは俺の味方になってくれたため、俺は悠々と彼女たちの傍を離れることに成功した。
ダイヤ姉さん、今度何かおごってあげますね。
「祥平……覚えてなよ」
もの凄く低い声が聞こえた気がするけど、お腹が減っていたので聞こえなかったことにしよう。そして俺は、自分の部屋を後にした。ダイヤ姉さん、ありがとうございます。
● ○ ●
「あら、祥平。果南とダイヤは?」
果南の部屋につくと、鞠莉が足を投げ出した状態で俺たちの帰りを待っていた。
「今、取り込み中なんで置いてきました。多分まだ戻ってこないと思うんで、先に食べちゃいましょう。さーて、今日の朝ご飯は何じゃろな……って、俺のおかずがほとんど残ってないじゃん!!」
「あらっ、ごめんなさい! おかずなら、さっき私のお腹の中に逃げていったわ。捕まえようとしたんだけど、ギリギリのところで取り逃がしちゃって……。本当にごめんなさい」
「なんと! そりゃ、惜しかったな。お腹の中に逃げていったって……んっ? お腹の中に逃げていった?」
俺は疑惑の視線で鞠莉を見つめる。すると、鞠莉はペロッと舌を出した。
「ソーリー。祥平があまりにも遅いから、全部食べちゃった♪」
「てめぇっ!!」
俺は鞠莉の肩を掴んで、前後にグラグラと揺する。
「返せ!! 果南の作ってくれた、愛のこもった朝食を返せ!!」
「食べちゃったものは戻ってきませーん! そんなの当然でしょ? 小学生でもわかることがわからないだなんて、祥平はおバカちゃんでちゅねぇ~」
「バカにしてんのか!? そもそも何回目だよ。俺の朝食、勝手に食べるの!?」
「うーん……10回目くらい?」
このあま……人が下手に出てれば、調子に乗りやがって。これだから、この人の事をいまいち尊敬できないんだよ!
しかし、腹に入ってしまったものはどう足掻いても戻ってこないので、俺は断腸の思いでおかずたちを諦める。
「泣かないで祥平。人生良い事もあれば、悪い事もある。前も向いて生きていきましょう!」
「それなら、悪いことを俺に押し付けないでくれませんかねぇ?」
俺に起こる災いの元凶は、全てこの人のような気がしてならない。
文句を言いつつ、俺は置いてあった味噌汁を啜る。冷めていたが、十分おいしい。果南はいい奥さんになるだろうな。
唯一残っていた漬物(京都旅行のお土産)を口にしつつ、俺がスッ〇リを眺めていると、背筋に悪寒が走る。
(こ、これは非常にまずい。というか、振り返りたくない……)
今、俺の後ろには般若のような顔をした果南が、仁王立ちになっているはずだ。振り返ったら確実に殺される。
しかし、振り返らなければ振り返らないで、状況は何も変わらない。俺は覚悟を決めて振り返る。
「…………や、やぁ、果南。い、いいい、一体どうしたの?」
まずい。身体の震えが止まらない。それ程、目の前にいる今の果南は恐ろしい存在だった。
「呑気に挨拶してる場合? 自分の置かれてる立場と状況を、もう一度よく考えようか」
こ、これは予想以上に怒っている。何とかせねばと、俺があわあわしていると果南がニッコリと笑顔を浮かべた。
「祥平、明日から一週間、ご飯抜きだから。自分で買ってくるなり、食べてくるなり好きにしてね。後、私と口きくのも禁止」
俺にとって、ある意味絶望的な宣言をするのだった。
「自業自得ですわ、全く……」
「ねぇ、ダイヤ。今度は祥平、なにしたの?」
そして、助ける気のないダイヤ姉さんと鞠莉。少しくらい、助け舟を出してほしかった。俺はがっくりと肩を落とす。
そして、今後果南を必要以上にからかってはいけないと、心に誓ったのだった。
ちなみに口きくな宣言から、一日経過後。
耐え切れなくなった俺が果南に泣きつく(というか、ほぼ号泣)と、彼女は意外にも許してくれた。何でも、果南も果南で寂しかったらしい。その時ばかりは、寂しがり屋の果南に感謝した。
● ○ ●
さて、ゴールデンウイークも無事に終わり、大学がスタートして一週間ほどが経過したある日。
「なぁ、祥平。知ってるか?」
いきなり俺の友人である順平が話しかけてきた。
こいつ、ゴールデンウイークが開けたら絶対に来なくなると予想してたのに……。なかなかしぶといやつである。
「なにを?」
「俺たちの学年に、絶世の美少女がいるって噂!」
「いや、知らないけど……」
こいつは授業中に一体何を言いだすんだ? 少なくとも今のお前に、世間話をしている余裕はないと思うんだけど。
まぁ、いい。この授業、聞くことは何もないし、暇つぶしがてら話を聞いてやろう。
「そいつってどんな奴なの?」
「とにかく可愛いらしいんだよ! 写真を見たけど、ほんと美人! 目鼻立ちがくっきりしてて、スタイルもよくて……全男子が憧れる存在だと言っても過言ではない。栗色の髪をハーフアップに結んでるから、どことなくお嬢様ぽいんだよな。それとなんだけど――」
次々語られる詳細な情報に、俺は若干引いていた。こいつ、どれだけ詳しいんだよ……。こいつが見たのは、絶対写真だけじゃない気がする。
お前が好きなのはダイヤ姉さんじゃないのかよ!? まぁでも、美人というのは悪くない。
いくら果南を愛しているとはいえ、一度は見て見たくなるのが男の性ってもんだ。
「なるほどな。ところで、そいつはどこに行けば見れるんだ?」
「えっと……この後、四号館で授業を受けてるらしいから、その教室に行けば確実に会えるぞ」
どうしてそんな情報まで広がっているんだろう? いやはや、情報化社会って怖い。通信技術進歩の闇を垣間見た気がする。
だからといって、行かない理由にはならないんだけど。
ちなみに俺の学部にいる人間の数は約600人。この人数が同じ教室で、同じ授業を受けることは不可能である。その為、同じ学年、同じ学部にもかかわらず、授業が違うということが起こるのだ。
だから同じ授業でも先生が違う、教え方が違うのは日常茶飯事である。
「よしっ、順平。この授業が終わったらすぐに行くぞ!」
「そうこなくっちゃ! あぁーあ、早くこの授業終わらないかな~」
俺はいいけど、順平は最後までちゃんと聞いていなさい。ただでさえ、単位が危ないんだから。というか、教科書くらいちゃんと出せ。
結局、最後まできちんと授業を受けた俺たちは、終わった瞬間、四号館へと走っていくのだった。
● ○ ●
「うわっ、なんだよこの人数……」
「何でも、絶世の美女見たさに、毎回この人数が集まるらしいぞ……」
意気揚々と来たものの、入った途端目に飛び込んできたのはものすごい人だかり……。200人は入ると思われる大教室が、人であふれかえっていた。
こりゃ、座る席を探すのも大変である。
「おいおい、この人数じゃ美少女さんも来ないんじゃいか?」
「いや、情報によると彼女はどれだけ人が多くても、絶対に授業をサボったりしないらしい。美少女なのに、授業にしっかりと出席する。美少女の鏡だぜ、彼女は!」
「お前、少しは見習え」
「お、俺はちゃんと授業に出てるだろ? バカにすんな!」
「授業に出ている意味がないからそう言ってるんだよ。口答えすんな」
さて、軽口をたたき合っている間にも、俺と順平は絶世の美女見たさに視線を動かし続ける。
その姿はどれだけポジティブに見ても、ただの変態だ。果南にはとても見せられない姿だ。
そもそも、こんな姿を見られた瞬間、再び口をきいてくれなくなってしまうだろう。今度は一日か、あるいはそれ以上か……。
一日口をきいてくれなかっただけで、俺はただの灰と化していたのだ。それ以上口をきいてくれないとなると、多分死ぬ。根拠は何一つないけど……。
まぁ、俺の体の三分の一は果南でできているため、ある意味当然だ。
こんな話はともかくとして、順平はいつでも警察に突き出せるだろう。個人情報保護法かなんかで捕まる気がしてならない。
「あっ、いたっ!!」
声を上げる順平に俺も視線を動かす。
「なにっ? ど、どこだ!?」
「ほらっ、あそこだよ! あの、眩いオーラを放っている、あの女の子だ」
オーラなんて、お前にしか見えてねぇよ!
なんて思いつつ、順平が指差した方向にじっと視線を向ける。
「…………いたっ!!」
はっきりと見えた。きっとあの子で間違いないだろう。
順平の情報と寸分狂わないその容姿。ほんと、順平の情報網には脱帽するばかりだ。ここまで詳細に調べ上げるだなんて、ものすごく気持ち悪い。ダイヤ姉さんが泣くぞ!
「…………」
その子はまだ授業前にもかかわらず教科書を机の上に出し、ピシっと背筋を伸ばして座っている。
ほんと、それだけで絵になる光景だ。絵になる光景なんだけど……何故だろう?
「…………あれって、まさか」
「ん? 祥平、どうかしたのか?」
不思議そうに首をかしげる順平。しかし、俺は順平を無視して彼女を見続ける。
……相変わらず美人だ。果南には遠く及ばないけど、そこら辺にいるじゃり共よりは遥かに可愛い。というか、比べちゃいけない。
そんな彼女は、俺の知り合いである女の子とよく似ていた。なので、俺は知り合いかどうかの確認をとる為、もう少し順平から情報を引き出すことにする。
「なぁ、順平。彼女の情報で他に知ってることって何かある?」
「他に知ってる事? えっと、そうだなぁ……あっ! 男嫌いなのか、単に男に興味がないのかは知らないけど、話しかけてきた男子を全員冷たい言葉であしらってるって噂だぜ! クールってのもまた良いよなぁ。顔を踏まれたい。もしくは足を舐めたい」
「もしもし、警察ですか? ここに精神のおかしい、変態がいるんですけど」
「お、おいっ!! 警察だけは、警察だけはやめてくれぇえええ!!」
おいおい、その反応だと過去に警察のお世話になった経験があるみたいだぞ? まぁ、そんな事はどうだっていい。
先ほどの情報で、疑惑が確信に変わった。俺は彼女を知っている。
「……順平、ちょっと挨拶に行ってくるわ」
「挨拶? 挨拶って、いったい誰に?」
「誰って、彼女に決まってるだろ?」
「はぁっ!?」
驚愕の表情を浮かべる順平を放って、俺は未だ一人で席に座る彼女の元に歩いていく。
「やめろ祥平! お前には果南さんがいるんじゃないのか!? 浮気か? 浮気なのか? そもそも、お前なんかじゃ相手にされないからやめとけって!! 傷つくだけだ! 悪いことは言わないから、今すぐ帰ってきなさい!」
失礼なことを言った順平には、後でお仕置きが必要だな。というか、俺を小さな子供みたいに扱うのはやめなさい。
あと、果南だけには絶対に言うなよ? 絶対だぞ? フリじゃないからな!?
『…………』
そして、いつの間にか静寂に包まれる教室内。みんなが俺の一挙一動に注目している。
こんなに注目されたのは正直想定外だが、やる事は変わらないので特に気にする必要もない。
俺の心はとっくに決まっているからな。今更尻込みなんて、とてもできん。そのまま彼女の元へと歩みを進めていき、
バシッ!!
容赦なくその頭を引っ叩いた。
『何やってるのぉ!?』
教室内全員が同じ反応。練習でもしてたのだろうか? 息ぴったりすぎて、賞賛の拍手を送りたくなる。
一方、引っ叩かれた彼女は頭を押さえつつ、俺の方に振り返った。
相変わらず、整いすぎているその容姿。あれさえなければ、間違いなく男女の中心にいたであろう人物。そんな彼女に向かって、俺は笑顔を向けた。
「久しぶりだな、梨沙……つっても、高校生以来だから二ヵ月ぶりか」
「全く、誰ですか……って、えぇっ!?」
迷惑そうだった彼女の瞳が、見る見るうちに広がっていく。そして、
「祥ちゃん!? どうしてこんなところにいるの!? ここ、大学だよ!? も、もしかして、お仕事クビになっちゃった!? だから言ったじゃない! あれほど、生意気な口を利かないようにって! 大体祥ちゃんは――」
人目もはばからず、大きな声をあげたのだった。
ちょっと、声が大きい。あと、お説教もいらない。お説教ならダイヤ姉さんで間に合ってるから。今日の朝だって、「シャキッとしなさい」って怒られたところだったので勘弁してほしい。
仕方なく、俺が彼女を宥めようとしたところで、
『知り合いだったのぉ!?』
だから、お前ら絶対練習してたよな!? いい加減にしろ!!
今回も読了ありがとうございます。
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それではまた次回!