ある人々の話をしよう 作:締切り3秒前
終章の直前までですが、微妙にネタバレがあります
また、7章までもネタバレがあったりなかったりします
1.5部楽しみですね
――善き人々の話をしよう
彼らは天文台に勤める、一般の職員だった。古今東西の英霊を率いる力もなく、曲者ぞろいの魔術師と渡り合う交渉力も少ない。ごく一般的な、普通の職員たちだった。
あるものは医療スタッフとして。
あるものは調理スタッフとして。
あるものは技術スタッフとして。
歴史に突然浮かんだシミを拭い去るという、人類史において名誉ある大事業に携われることを誇りに思いながら、その日を迎えた。
――その爆発が起きた時、彼らは様々な要因で難を逃れた
あるものはたまたま用を足しに行って。
あるものはたまたま交代の時間だった為。
あるものはたまたま別の配置だった為。
そうやって、運よく死を免れたのは、ほんの20人程度。トップである所長を失い、頼りになる技術者も爆発に巻き込まれた。レイシフトのノウハウを知っているものの大半も、もはやこの世にいない。繰り上げ式にトップにたってしまった青年は、分野が全く違う医療部門の責任者。
スタッフは混乱した。
外に助けを求めに行くもの。
同僚の死に泣き崩れるもの。
必死に現状を把握しようとするもの。
その混乱を収められたのは、ひとえに青年の普段の行いのおかげだろう。
最初に気づいたのは、現状を把握しようと、レイシフトの様子を確認していたスタッフと、トップに立たされた青年だった。
――特異点に飛ばされた者がいる
意味消失の恐れを知るスタッフは、急いで青年に説明する。まだ生きているかもしれない、なら、死なせてはならない。成果を出すためではなく、生存者を守るために。何より、大人の都合で巻き込んだ者を死なせるのは、
トップの青年もその意味を知っていたらしく、レイシフトスタッフからアドバイスをもらいながら、スタッフに指示を出した。
混乱を極めながらも、このトラブルが終われば、外部から救援が来る。そう信じて、彼らは必死に戦った。
――その期待は、すぐに裏切られることになるが
――人類は、世界はとっくになくなっていた
かつてともに肩を並べていた技術者が、嗤いながら所長を殺すのを、彼らは見ていることしかできなかった。
無理もない、彼らには力がないのだ。化け物と戦う力が。
特異点から命からがら戻ってきた少女達。意識不明の彼らを医務室に搬送し、スタッフは対策会議を開く。
医療スタッフは、医者としての観点から、休息が必要だと主張した。
技術スタッフは、新たに見つかった特異点を示し、これを復元しなくてはいけないと主張した。
調理スタッフは、今ある食糧庫の在庫を表に出し、生きる為には自給自足が必要と主張した。
20名あまりの少人数でも、意見は飛び交い、一つにまとまるころには数時間が経過していた。
人理定礎の復元。それはまだ10代の2人には重すぎる任務だ。だが、彼ら以外にそれをできる人間はいない。ここにいるスタッフには、時代を飛ぶための適性がなかった。
せめて、もう1人でも適正者が生きていれば、負担は軽かっただろう。
せめて、自分たちに適性があれば、彼らを戦場に放り出す真似などしなくてよかっただろう。
特異点へ向かい、そこで様々な事態に遭遇する彼らを見ながら、スタッフは願う。どうか、生きてくれ。その場から逃げてもいい、戦いをしなくてもいい。もう嫌だと泣き叫んでもいいから、生きてくれと。弱音を吐いてくれたら、どれだけよかったことか。
だが、彼らは弱音1つ吐くことなく、特異点を駆けていった。そんな、震える足でもって必死に進む彼らに対し、人々ができることは、精一杯のサポートだけだった。
医療スタッフは常に、彼らの体調を把握、調子が悪い時は問答無用でドクターストップをかけた。
技術スタッフは常に、レイシフト先の様子を観測、接敵の危険を伝え続けた。
調理スタッフは常に、様々な料理を考案し、スタッフや彼らの胃を満たしていた。
中でも、トップになった青年の負担はかなりのもので、スタッフはそれを軽くできるよう、馬車馬のように働いた。1人では重くとも、分散すれば軽くなる。この場にいる全員で、人理修復がなされるのを見届けるのだと、誓っていた。
最初の特異点は、
2つ目の特異点では、
3つ目の特異点では、
進むにつれて、魔術にかかわりがあった者たちの表情が暗くなっていくのが、一般人出身のスタッフは不思議で仕方なかった。
だが、その理由を、彼らは知るところになる。
4つ目の特異点で、
――魔術王 ソロモン
二つ名は知らなくとも、その名前は有名だった。かつて人類史に生きた英雄が、人類史を滅ぼした。その衝撃の事実が、スタッフの心に強い衝撃をもたらした。あまりにも強大な敵に、折れかける者もいた。
だが――
それを見て、自身を叱咤したのは大人たちだ。
自分は何を折れかけている。自身よりもずっと年下の彼らが、ああやって立ち向かっているのに、
励ましあい、支えあう2人。彼らが問題なく進んでいけるのをサポートするのが大人としてできる、最低限のことなのだ。諦めてはいけない。
スタッフも、彼らと同じようにボロボロになりながら、強大な敵に立ち向かうために技術を開発していった。
あるスタッフは限りある道具以外にも、その場でできる応急処置を彼らに教え込んだ。
あるスタッフは、彼らが持ち帰った聖遺物を解析し、それをサーヴァントに活かせるように術式を開発した。
あるスタッフは、マスターが英雄をサポートできるように、新たな魔術礼装を開発した。
心身ともに削りながら走る彼らを――星の獣は見守っていた。
5つ目の特異点――
しょっぱなに重傷を負ったマスターに、誰もがひやひやした。
6つ目の特異点――
途中、技術面で頼りになっていた
7つ目の特異点――
偉大なる王を見て、絶対に守り通さなくてはならないと、改めて誓った。
気が付けば、タイムリミットまであとわずか。最後の決戦は間近に迫っていた。
「はぁ……明日でいよいよ最後かぁ」
そのスタッフは、皆が眠る暗闇の中、管制室までやってきていた。医療スタッフであるその人は、定期的にコフィンの中で眠る47人の様子を確認し、その状況を記録する役割を担っていた。
1人1人、様子を確認し、声掛けを行っていく。もちろん、それに返事は返ってこない。彼らが目覚めるかどうかも、明日の戦いで決まる。そう考えると、自然と背筋が伸びる気分だった。
「――あれ、なんでこんなところで寝てるんですかーDr.ロマン」
その人は、レイシフトを担当するスタッフだった。明日の準備もかねて計器の確認をしに来たのだが、何故か責任者である青年が眠っている。作業中にここで寝てしまったのだろうか、彼の疲労度はやはり自分たちより何倍も多いのだろう。
「全くー。たまには自分らにも頼ってほしいところですねー」
まだ信頼には足りてないのだろうか。そんな思いを抱きながら、自身の上着を背中からかけてやる。風邪をひいてしまっては大変だ。
「明日無事に勝てたら、ゆっくり休んでくださいねー」
頭を一撫でして、スタッフは自身の用事を済ませに入った。
「片手で食べられる料理、ストックは今までのスピードで考えると一日分は大丈夫。何が起きるか分からないし、管制室に朝一で全部持っていくとして……」
その調理スタッフは食料の確認に来ていた。明日は最後の決戦であり、今までとは比べ物にならないくらい神経をとがらせる戦いになるだろう。少しでもリラックスしてもらうため、集中を切らさないためにも、片手間に食べられるものでなくてはならない。
備蓄の最終チェックをし、管制室までの経路を確認。必要な時間と人員をもう一度算出。
「計算は苦手なんですけどね……」
ぶつぶつと言いながら、確認を続けていった。
「マシュもあの子のバイタルも正常値。戦闘に出すのは問題ないな」
その医療スタッフは、最終決戦に向けて眠る彼らの体調を確認していた。どうやっても彼らを送り出さなくてはいけないとはいえ、医者として健康かどうかを確認するのはもはや習慣だ。純粋に2人が心配、というのもあるが。
「だが……問題はマシュの寿命だな」
バイタルとは別の問題に、スタッフは頭を悩ませる。彼女本人が戦う気でいる限り送り出す気ではいるが、このままだと、彼女は戦いが終わった直後に息絶える可能性もある。医者として、1人の大人として、年端も行かない少女を死地においやっていいのか、ずっと悩んでいた。
聖杯をもってしても、彼女の寿命は解決しない。なら、それ以上の奇跡があれば――
「って、そんな都合のいいこと、早々におきるわけがないか」
苦笑して、カルテをしまい込む。どうせ最後は彼女の意思に押される形で、死地に送り出すことになるのだから、くよくよ悩んでも仕方ない。
明日に備えて寝る準備を始めるスタッフを、ある獣が見守っていた。
朝が来た。もしかすると、最後になるかもしれない朝が。
太陽はこの1年久しく見ていない。あの日、何気なく見た曇り空が最後になるなんて、当時は思いもしなかった。
――そして、戦いが始まる
あるものは、戦地へと向かう彼らの体調を最後まで心配し。
あるものは、少女たちやスタッフに食料を配り。
あるものは、しっかりとしたナビゲートを行うため、手順を改めて確認し。
そして――ある青年は、1つの決心を、固めようとしていた。
――
――
――
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誤字訂正しました