目下の問題、デュノアの件は残っているが……今日は一つの大きな問題が解決……!
変わるようにもう一つの問題が生まれたが……今はそれらに頭を回す気力はない……!
なにせ、今日は……花の金曜日……!今日ばかりは許される……この私にも……飲酒……!
デュノアとラウラの転校以降は……抱える問題のあまりの大きさに……
酒を飲むことすら躊躇われたが……今日ばかりは解禁だ……!
いつもは一人寂しく宅飲みの私だが……今日は外飲みにしよう……一人、だけどな……
私にも誘う相手くらいはいる……だが今日は一人で、静かに飲みたいんだ……!
そして実はもう決めてある……目当ての店……オオムラ(○)……!
なんでも、日本に数台……骨董品的な価値を持つビアサーバー……
それが現役で働いているというのだ……!
そのビアサーバーのコックから注がれるビールの泡……
それはシルクのようにきめ細かく、口当たりもまろやか……!
また、古風な店に珍しく……女性店主が一人で切り盛りしているとのこと……!
前創業主の注ぎ方も継承されており……客足は途絶えていないとのことだ……!
ビールの泡にナイフを入れる……という工程もあるらしく……全く興味が途絶えない……
えぇい、御託はもういい……店に向かおう……なにせ、売り切れ次第終了……!
つまり、遅くなればなるほど……幸運の女神にそっぽを向かれる可能性があるのだ……!
なかなか寂れた商店街というか……ほとんどシャッター通りではないか……?
こんな場所の一角にそのような店があるとは……まさに隠れた名店というやつだな……!
提灯に明かりが入っている……今日はまだやっているということ……!
このヴァルキリーに女神がそっぽを向くなどあり得ないがな……
しかし、軒先はまた実に古めかしいものだ……趣があるとはこういうことか……
緊張……滅多なことで緊張することのない千冬であるが……
中々開けるに勇気のいる……そんな店構えであった……!
店の扉の前……逡巡すること数秒……!
「(えぇい、女は度胸……この私が怖気づくなど……!)」
中へ入るとそこは正しく……昭和の時代を現した……柔らかな電球色で彩られ……
なつかしさと優しさを感じさせる……そんな内装……装飾品の数々に迎えられた……
「(何故だろうか……昭和などもはや映像でしか見ることのない……全く経験したこともない時代……それなのに、私はこの光景を懐かしく感じることができる……これが日本人の心だというのか……?)」
「こんばんわ、奥あいてますけん、好きなところへどうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう、座らさせてもらおう」
呆気に取られたというべきか……入口で固まる千冬に優しく声をかけた女店主……!
元はこのお店の客の1人にして……この店を復活した人である……!
「(さて、座ったはいいが、メニューなどはない、のだろうか……?)」
実はメニューは千冬の座った前の棚……そこに小さなホワイトボード……
そこにだけ書かれている……!私は目が悪くいつも見るのに苦労している……!
きょろ……きょろ……と挙動不審にしている千冬の前に……
ッス……っとおかれる小さな木札と布のコースター……!
「(私はまだ何も頼んでいないのだが……)」
この店では……大人一人で入ってきたのなら……問答無用……注文いらず……
ビールの一杯目……それはお通しの如く出てくるのだ……!
当然千冬分からず……おろ……おろ……!なんのことだか、さっぱり……!
店主の挙動を目で追う千冬……店主は入口側に置かれたビールサーバーの前……
上に置かれたジョッキを取り……一杯注ぎ始めた……!
「(私が入ってから、誰かが注文した気配はない……カウンターの客のジョッキもどれも空にはなっていない……つまりあれは……私のを入れているというのか……!?)」
当然驚く……何も注文していないのに……お通しが出るのは分かる……
ひじきや煮浸し、胡麻和え……さっと口に入れるのに気軽、気楽……そういう一品物……
だが、ここでのお通しはビール……問答無用でビール……!
入れ終えた店主……問答無用でコースターの上へ……!
「どうぞ」
「あ、ありがとう。ところで、あのメニューは……(情報収集が足りなかった……戦地へ向かうというのに……無策……無知……この私としたことがなんと愚かな……まぁ、ビールが目当てだからなにも問題はないのだが……度肝を抜かれたな……)」
「ここにありますよ、ここからおつまみをどうぞ」
店主は目の前の棚に掛けられた小さな板を、ッス……と指さした……
確かにそこにはメニューのようなものが書かれていた……!
「そこにあったのですね、ありがとう」
店主はにっこりと笑うと別の客のところへ行ってしまった……
「むぅ、何を頼んだものか」
トマト、がんす、キュウリの浅漬け、かまぼこ、魚肉ソーセージ、枝豆etc
ここは、作者のおすすめ……キュウリの浅漬けとピーナッツ……それに枝豆……!
ひとまずはこの三つを……千冬に頼ませることにしよう……!
「(いや、注文の前に……こいつを味わおう……出てきたばかりを飲まない……今更注文したおつまみが出てくるのを待ってから飲む……それは正しく冒涜……席の関係から見づらかったが、店主が心を込めて入れた一杯……口をつけることなく注文など……許されるべくもない……蹴り出されてもおかしくない蛮行だ……!)」
興味を持った諸氏には安心してもらいたい……そんなことで怒られるほど狭量な店ではない……!
おおらかで優しく……仕事帰りにのんびりすると……自然と涙が出てきそうになる……
そんな店なのだ……決して仕事が辛かったとかではない……とかく、穏やかな店なのだ……!
「(ッキンッキンに冷えている……!やはりビールはこうでなくては……!)」
まずはジョッキを包み込むように両手を当てる……この冷たさが冬でも堪らないのだ……!
「ん、ごく、んぐ、んぐ、っはぁ」
一口で半分以上を飲み干しジョッキを置く千冬……
「(苦味がほとんどない……まろやかさを感じるとはこのことか……ビール特有の苦味は嫌いではない……しかし、この口当たり、飲みやすさ……これが、私が家で飲むサッポロ生ビール、○ラベルと同じというのか!?入れ方一つ、サーバー一つで最早別物……違う一品ではないか……!)うまい」
一言、つい呟いてしまうも……隣の客は優しく微笑むだけだ……
その様子につい恥ずかしそうに顔を赤らめる千冬……
「(宅飲みのつもりか、私は……!なにがうまい、だ……!恥ずかしすぎるぞ、全く……どれだけ気が抜けていると言うのか……)」
「お姉さん、ここ初めてかい?」
「え、えぇ、恥ずかしながら」
「はは、慌てとったもんなぁ。初めての客は大体、あれよ」
「注文の仕方も分からず、入って来たばかりなのにいきなり木札とコースターと、びっくりしました」
「っはは、あはは。そうそう、僕もそうなったよ、初めて来たのは本当に昔の事だけどね。あ、その木札が飲んだ杯の数、一枚が500円だ」
「なるほど、そういうことなのですね。そしてここ、もう長いのですね」
「前の店主から常連さね、ここはいい」
「良い雰囲気ですね。優しい黄色の電灯に古いポスター、駄菓子屋を思い出す容器といい」
「そうそう、ちなみにあの容器のピーナッツとかも頼めるからね、メニューにないけど」
「(たしかに、あのメニューには並んでいる容器の中身は載っていないな)一見して、頼めるか分かりませんね。おすすめなどはありますか?」
「僕はいっつもキュウリとピーナッツ、これだね。あとは杯が進んだら枝豆とか」
「では、それを頼まさせてもらいます。すいません、キュウリとピーナッツを」
「はいよ」
「まぁゆっくり楽しみなさい、仕事とか嫌なことは何もかも忘れて、ね」
紳士はそう言い席を前に直し……またビールを傾け始めた……!
「そうさせてもらいます。ありがとうございました」
紳士は前を向いたまま軽くッス……と手をあげるだけでそれに答えた……実に粋である……
程なくして、おつまみが出された……その時にはすでにビールは底をつきかけ……
残りを店主の前でグッと飲み干した……
「もう一杯、お願いします」
空のジョッキを受け取り、軽く微笑んだのち……またもサーバーの前へ向かう店主……
注がれるのを待たず……千冬はおつまみに手を付けた……
「(ん、この塩味はやはりいいな……ピーナッツを食べて……それからキュウリ……キュウリにも塩ッ気があるが同時に水分もある……これが中々にいい……素晴らしい組み合わせだ……!)」
私は心の中で隣の紳士にお礼を言った……自分から話しかけてきつつ……話を切った……
つまり、私のことを放っておけず……ただ、優しく気を使ってくれたのだ……
無理に話しかけていくのは無粋というものだ……!
「どうぞ」
ッス……と二枚目の木札が積まれる……これが二杯目ということだ……!
「ありがとう(さて、このほど良い塩加減の口内に……ビールを流し込む……これほど幸せな事もない……!)」
2杯目の一口だというのに……一気に半分を呷る千冬……流石に酒豪といったところか……
「(一瞬にして杯が空いてしまう……しかし、飲み会での居酒屋のビール……それが霞んで見える……このジョッキ並々で500円とは……安すぎる……旨い・安い・早い……これをビール一杯で体現しようとは……驚かされる……!)」
千冬はこの後、飲みに飲むつもり……紳士のおすすめした枝豆、それから呉名物のがんす……
しかし、4杯目を飲んでいるところで打ち止め終了……とはいえ、追い出されるわけではない……
あとはジョッキに残ったビールをちまちまと呷りおつまみと雰囲気を楽しむ千冬であった……!
頑張れ千冬、めげるな千冬……!不明機対処、政争、戦争回避、国家間交渉……!
ひとつとして教師の仕事ではないが、頑張れ千冬……!
最後にこの店の標題、標語というべきか……それと共にお別れしよう……!
私の経験になぞらえて書いています。私は男ですが、隣の紳士のような方は実在の人物です。
今後も日常回を書く際に原作に囚われず、自分が旅行に行った場所のことをISキャラとカイジたちに旅をさせてみる、どう思う?