成層破戒録カイジ   作:URIERU

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楯無の過去 中

コリンズから女がISを受け取ろうとした瞬間、室内へと飛び込んできたISを纏った楯無。即座に女へと武器を向ける。

 

「っち、くそが。思ったよりも早いご登場じゃねぇか」

 

「あら、私たちがいるってことに気付いてたってわけ?」

 

「そりゃあ大切な専用機持ちが外出するのに監視がついてないとは思わねぇよ。出てこなけりゃそれで良かったんだが、出てきたなら出てきたで構わねぇぜ?」

 

極力市街地での戦闘は避けるように命令されているために、このような深夜に呼び出したのだが、日本人は仕事熱心なようである。とはいえ来なければ御の字、来るのは想定内の事態、当然手は打ってある。

 

「なんですって……?」

 

自身の存在を知られていたのはまぁ、いい。亡国機業、とすでにあたりをつけている、ほどの大きさの組織であれば更識家のことを知らないとも思えない。だが、出てきても構わない、とはこれは最悪のパターンか……

 

「そら、コリンズ、敵のお出ましだ。一緒に戦おうぜ?」

 

女はそうコリンズに呼びかけ、自らのISアラクネを展開させる。どうやらコリンズと共に楯無と戦うつもりのようである。

 

「なぜ、私があなたなんかと一緒に」

 

「みなまで言わせるなよ。まぁやる気出してもらうためには……おい、ガキの悲鳴の一つや二つ聞かせてやんな。方法は何でも構わねぇ」

 

マイクをONにして指示を出すオータム。画面の男はわざわざカメラ目線で自らのぎらついた眼を映し、下卑たくぐもった笑い声をあげる。その声を聞いたコリンズの心はかきむしられる様であった。

 

「……っ!分かったから、彼女に手を出さないで」

 

そう言うやヘルハウンドを身に纏うコリンズ。その武器は当然楯無へと向けられる。

 

「コリンズ先輩!?そんなことをしたらあなたは」

 

「そんなことをしないとあの子は助からない。自分の身の可愛さにあの子を見捨てるくらいなら死んだ方がましよ」

 

これだから人質を確保もせずに突入などしたくなかったのだ。情報部は自分が情に流されているだけと考えているみたいだが、こうなることは目に見えていたと言ってもいい。確かに少女の身を案じる気持ちはあったし、他に手はなかったが……もう少しでも時間が稼げていればと思うのは贅沢だろうか。

 

「コリンズ先輩、あなたはそうまでしてその子の事を、自らの人生すら投げうってまで……!」

 

コリンズの顔からは普段の優しそうな笑みはなくなり、怒りに染まっている。そしてその感情に呼応するように、ヘルハウンドの特徴ともいえる両肩の犬頭から炎が噴き出ている。その怒りの矛先は本来オータムに向かうもののはずだが……

 

「あなたが、大人しく引いてくれるのならこの銃を撃たなくて済むの。お願いだから引いて頂戴、私に撃たせないで」

 

「べらべらくっちゃべってんじゃねぇよ。無駄に時間をかけんな。とっとと落とすぞ」

 

アラクネを展開したオータムは、その特徴的な8本脚から楯無へ向けてビームを乱射する。当然これを避ける楯無にその動きをけん制するようにコリンズのライフルが火を吹く。1vs1でならコリンズに引けを取らない楯無であるが、必ず勝てるような相手でもない。そして相手には第二世代型とはいえアラクネがいる。どうあがいても苦戦することは必至であった。

 

「っく、さすがに二人相手はきっついわね。それに市街地じゃ好きに武器も使えない。相手はこっちより低空を取っててお構いなしだってのに」

 

戦場はビルの狭い室内ではなく、市街地の上空、夜空へと移っていた。

オータムとコリンズは楯無よりも低空を維持して射撃戦を展開している。コリンズは自らの射撃が市街地へ被害を及ぼさないようにするためであるが、オータムには市街地へ被害を出さないようにする、などという配慮は当然ない。ただ楯無が自身へ攻撃することができないように位置取りをしているだけである。

 

「防戦一方、なのはアクア・クリスタルを防御に回せばいいだけだから得意だけど、これじゃあ持たないわね」

 

アクア・クリスタルからナノマシンで構成された水のヴェールを纏って敵からの被弾を防いでいるが、二人分の射撃に晒されていれば当然削れる速度は速い。それと同時にクリア・パッションの準備も進めているのだが、コリンズはこちらの手を知っている。コリンズがオータムに伝えていなければ、オータムだけを先に落とすことは可能である。そこから勝機、は見えなくとも何らかの手が打てる可能性は出てくる。

 

「っは、攻撃防いでるだけじゃどうにもなんねーぞぉ!?その槍に付いているガトリングガンは飾りかよ!」

 

楯無の持つ蒼流旋には四門のガトリングガンがついており、その火力は非常に高い。しかし、位置取りの関係から当然打てない。市街地にこのガトリングを雨あられと降らしたら被害どころでは済まないのである。

 

「卑怯な真似しといてよく言えたものね。なら、私からもそろそろ反撃させてもらおうかしら」

 

「やれるもんならなぁ!」

 

「……!」

 

コリンズは楯無の表情を見て勘づく。楯無とは一度模擬戦をしている。その時に自分の負けが決まった楯無の隠し技。自分たちはずいぶんと彼女に射撃を打ち込み、彼女のナノマシンを周囲にばらまかせている。つまり、そろそろ準備が整った、ということである。

 

「二度も同じ手でやれると思っているのかしら?」

 

そして、それの対策はすでに考案済みである。コリンズはヘルハウンドの両肩より周囲に火を吹かせて霧状の水分に含まれたナノマシンを一気に消し飛ばす。模擬戦では楯無のクリア・パッションに絡めとられたが、一度知ってしまえば対策は難しくなかった。ヘルハウンドならではの対処法ではあるのだが……

 

「せめてその女だけでもやれれば手は出来るかもしれないんですよ、コリンズ先輩!」

 

楯無は自らの手、この市街地の上空でも被害を出さずに使える手を潰されたことに内心舌打ちしていた。やはりそう容易い相手ではない。

 

「この女の身柄を使って、あの子と取引でもしようっていうの?あなたが、あなたのバックにいる人間がそれを許すというのかしら?」

 

「なぜ、そんな風に思うのかしら……?」

 

「誰でも思い至ることよ。私に監視がついている時点であなたは決して単独ではない。あの女もだれかしらが来ることは想定内の事態だったみたいだしね。あなたはどうかしらないけど、目の前にコアが転がっていてそれを少女一人と取引するようなことはしないでしょう?」

 

図星である。楯無のバックにいる人間がそれを許すわけがない。目の前にはアメリカの第二世代型ISのアラクネがいる。そのコアを取り返したとなればアメリカに恩が売れるなどというレベルではないのである。コリンズのISを渡さないことはテロには屈しないという姿勢であったが、その次はもっと醜い姿勢で事に当たろうとするのは間違いない。その場面において一人の少女の命が闇に葬られることなど言うを俟たない。

 

「……どうあがいても戦うしかない、ってわけ?」

 

楯無としては現状は到底受け入れがたい状況である。1vs2で戦っている状況が、ではない。一人のいたいけな少女の命を亡きものとしてしか扱えない、自分の現状にである。正義の味方を目指してなんかいない、だがこれはあんまりではないか。

 

「もう一度言っておくわ、引いて頂戴。子どもが見捨てられて絶望するしかない世界になんか興味はない。あなた方にとっては些末な出来事でしかないのでしょうけど、私にとっては大事な事なの。コアなんかよりもよっぽど、ね」

 

『あなたまでそのコアを失うことはないわ。2vs1で勝てるとは思っていないでしょう?あなたが負ければこの女は確実にあなたのコアも回収しにかかるわ。あなたと戦って、あなたの手は知ってる。1vs1で勝てる、とは言わないけれど流石に2vs1で負けはしないわ』

 

コリンズよりつなげられるプライベート・チャンネル。楯無のISのスクリーンに映された彼女の表情に先ほどの敵意は見られず、沈痛な面持ちとなっている。実際のところコリンズのいうことは事実である。ヘルハウンドの吹く炎と自身の水の相性はあまりいいとは言えない。水で火を消すことはできるが、周囲に霧をばらまいたり、あるいは水でできた分身を作り出すという搦手が封じられるのだ。

 

『コリンズ先輩……でも、私も引けないところなんです。更識家の、楯無として。私の仕事はテロ、破壊工作の対策部隊。だから、先輩のISを渡すわけにも、その女を見逃すわけにもいかないわ』

 

少女の事は頭の外に追いやる楯無。そうでないとやっていられない。

 

『そう、ならもう容赦はしないわ。あなたを非道な人とは思わない。立場が違うんですもの、これはしょうがないこと。だから……謝らないわ』

 

楯無のスクリーンに映るコリンズは一瞬瞑目したあと、完全に覚悟を決めた表情となる。最早言葉は通じない、否、不要である。

それを機に攻撃の密度は一気に増す。依然として状況は悪く、碌な反撃もできない楯無はおされていくばかりである。

 

「本当に容赦が無くなったわね……アクア・ナノマシンの残量も目減りしてる」

 

こうなったら楯無も覚悟を決めた。自爆覚悟ででもミストルテインの槍を使って状況を打破するしかない。この高空で使ってそのまま落ちれば命はないが、いずれにしてもこのままでは自分の命はないのである。逃げかえることはできるが、その選択肢を取ることは、更識家自体も自身の仕事へのプライドも許さない。こんな今回のくそったれな状況の仕事に、プライドもなにもあったものではないが……それでも背を向けることを許さなかった。

 

「っけ、長持ちするもんだなぁ、おい?でも、そろそろなぁ!」

 

オータムも勝負を決めにかかる。勝負が始まってからそれなりに時間は経っている。楯無は現状単機であるが、それがいつまで続くとも分からない。逃げられても敵わないため、近接戦に持ち込みその自慢の脚?で捕らえにかかる。そのままコリンズと結託して楯無を焼いてしまえばコアが二つも手に入るのだ。

 

「っく、そう簡単に捕まる私じゃないわ、っ……!」

 

そう言いつつも無様に捕まる。自身を捕えに来ることは想定していた楯無である。先ほどから背後を気にするそぶりを見せておいた。逃亡の機会を窺っているように見せている。相手としては逃げるならそれで構わないはずだが、コアが手に入るという誘惑には当然勝てない。そして、オータムが近いなら周囲のアクア・ナノマシンをコリンズが焼き払うことも無理である。

 

「っな、てめぇ……!」

 

勝ち誇った顔をして楯無の水で出来た分身を捕まえるオータム。当然本物を捕まえた、これで止め、と思ったところに肩透かしを食らう。焦ったように周囲を窺うが楯無の姿は見つからない。それもそのはず彼女はすでに……

 

「あら?私はここよ」

 

そう言った楯無はいつのまにかコリンズの背後へと回っていた。夜の闇とアクア・ナノマシンのカーテンによって光を屈折させ、巧みに背後を取った楯無である。そして、コリンズに蹴りを叩き込んでオータムのほうへはじき飛ばす。オータムはそれを躱しきれずコリンズと衝突する。

 

「仲良く引っ付いててね、そうしないと落とせないから」

 

蹴りを放った後に即座に距離を詰めた楯無は、蛇腹剣「ラスティー・ネイル」を用いて二人を一緒くたに縛り上げる。

 

「くっそ、てめぇ、これをほどきやがれ!」

 

「すぐほどいてあげるわ。でも、そうねぇ。その前に地獄への旅行と洒落こもうかしら。片道切符じゃないことを祈っててね♪」

 

にっこりと笑いかけて、蒼流旋を構えて二人に突き付ける楯無。そして、自身のもつアクア・ナノマシンを一点集中、攻性成形させて一撃必殺の大技、自らの身も焼く諸刃の剣であるミストルテインの槍を放つ。直後、気化爆弾数個に匹敵する威力の爆発が一帯を包み込む。そして……

 

「っ痛たた、どうにか生きてるわね……満身創痍って言ったところだけど、彼女たちはどうなったかしら」

 

爆炎の中からどうにか出てきた楯無。その美しい肌は煤にまみれ所々から出血も見られる。ダメージを負った自らのISのセンサーもまともに働いておらず煙が晴れるまで状況の把握は困難であった。それ故コリンズに背後を取られるのを許したのは、仕方がないことであった。

 

「恨んでくれて構わないわ」

 

夜空に鮮血の霧が舞った。


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