成層破戒録カイジ   作:URIERU

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楯無の過去 下

「っがは」

 

背後から衝撃。しかし、振り向いている余裕はない。自身の腹部から生えているものにその目は釘付けになった。あの状況からすぐさま背後を取られ、このような一撃を喰らうなど、考えていなかった。相手もそれ相応のダメージを受けているはずなのだが……

 

「急所は、外しておいてあげる。助かるかどうかは神のみぞ知る、といったところだけど」

 

コリンズの手には、その短剣を伝っていった楯無の血が滴っていた。返り血を浴びた顔の表情は夜闇が隠していた。

 

「(最後に分身のために割いたアクア・ナノマシンのせいかしらね、ミストルテインの槍の火力が落ちちゃったのは……っはは、それのお陰で私が助かったようなものともいえるけど、それでももう駄目かしらね。悔しいなぁ、こんなところで、こんな終わり方……何に誇りを持てっていうのよ。ごめんね、ミステリアス・レイディ。最後の仕事がこんな汚い仕事で。もっとあなたと自由に空を飛んでいたかったんだけどね。それと、あなたはテロリストの手に渡っちゃうわ……)礼なんて、言わないわよ……」

 

痛みで朦朧とする中で聞こえてきたコリンズの声に返す楯無。正直急所を外されたところで自身が助かるのかどうか、怪しい所である。そもそもこのような敗北を喫し、ISまで取られてしまったら生き恥を晒すどころではない。むしろ一思いに死ねた方が楽だとまで思えた楯無である。

 

「くそが、ぼろぼろだぜ。こんな隠し玉もってやがったとはなぁ……ったく、帰るのがやっとってところか」

 

黒煙の中からはその特徴的な脚がほとんどもがれたアラクネが姿を見せる。戦闘の継続は到底無理であるが、逃げ帰るための機動力は残されていた。

 

「(せめて、あの女だけでも道連れに出来たら良かったんだけどなぁ……だれでもいいわ、こんなくそったれな状況から、助け出してくれないかしら。なんてね、夢見るお姫様じゃないんだから……)簪ちゃん、ばいばい……」

 

そう言い意識を放す楯無、その精神は暗闇へと連れていかれた。

 

 

「あらあら、これは一体どこなのかしら。ねぇ、あなたここがどこだか知らない?」

 

楯無は暗闇の中にいた。周囲を見渡しても全部真っ暗、かと思いきや少女が一人、自身の方を向いてたたずんでいた。顔は俯き気味でその表情は窺い知れなかった。

 

「まだ、私はあなたと空を飛んでいたいわ。こんな薄汚れた空だけど、あなたと飛んでいるのは楽しいもの」

 

少女は質問に答えず、ただ自分の言いたい事だけを言う。楯無の事など意に介してないように見える。

 

「ちょぉっとお姉さん、何言ってるか分からないかなぁ。うーん、ひとまずここは私の意識、精神世界の中ってことでいいのかしらねぇ」

 

「あなたが私に願ったから、私はあなたに会いに来たの。私の願いもあなたと同じよ」

 

少女は楯無の疑問に答えているような、答えていないような、そんな曖昧な返事を返す。

 

「うーん、私が願った。それで会いに来た、ねぇ。もしかして、あなた……」

 

一つだけ、思い当たる。自分が願った相手……

 

「ほら、もう一度空を飛びましょう。まだ、あなたの物語は始まったばかりよ」

 

差し伸べられた少女の手を取る楯無。どこかで聞いたことがある、ISのコアに心を開けば、ISそれぞれにいる人格と心を通じ合わせることが出来、会話することが可能になる。そして、セカンド・シフトの際にその現象が見られたということを……

 

 

楯無を最初にいたビル内部へ運び、床に無造作に横たえる。本来激痛が走るはずだが気絶しているため何の反応も見せない。ミステリアス・レイディは待機形態にすでに戻っており、奪うのは容易い状況であった。

 

「っぐ、なんだってんだ……!」

 

楯無のISを奪い取ろうとしたオータム。その待機形態であるストラップへと手を伸ばした瞬間、急にストラップが光り輝き始める。咄嗟の事で飛び退って距離を取り、様子を窺うオータム。

 

「っち、再起動だと?あり得るのか、こんなISが……しかも、さっきまでとは違う色になってやがる」

 

光が晴れた先にはミステリアス・レイディを纏った楯無の姿があった。その表情は虚ろなものであったが、たしかにオータムを捉えていた。そして、先ほどまでミステリアス・レイディを覆っていたアクアヴェールの色が変わっている。今は水色から鮮血色になり、不完全な様相だが赤い翼のようなものが形成されている。

 

「セカンドシフトかよ、こんな時に。おい、コリンズ!奴が意識取り戻す前にずらかるぞ!」

 

「た、楯無さん……」

 

まるで自らの腹部から流れた血を覆っているかのような様相に愕然とするコリンズ。自分が刺した傷であるが、呆然としたように動けなくなる。

 

「待ち、な……さい……」

 

途切れ途切れ、息も絶え絶えになりながら手を伸ばす楯無。それと同時に突如として周囲の空間が歪み始める。

 

「こいつは、やべぇな」

 

その様子に危機感を覚え、どうにか距離を離して観察するオータム。たちまちヘルハウンドはその空間に飲み込まれるかのように、引きずり込まれていく。ミステリアス・レイディの周囲が水のような揺らぎを見せており、ヘルハウンドの引き込まれた下半身も水に浸かったかのようになっている。

 

「単一仕様能力かよ、分が悪いどころじゃねぇ。コリンズもあそこから逃げ出せるようには見えねぇな……くそが、引くしかねぇな」

 

よもやこの土壇場に来てのセカンドシフトとは運がないの一言である。しかも単一仕様能力まで発現するのは稀なことであり、輪をかけた不運と言えた。ただ、楯無の意識はほぼないような状態であるということだけは幸運であった。とはいって攻め込めば何が起きるか分からない。いまアラクネがビームを打てる脚はたったの2本しかないのである。そして、すでに自分の切り札にも王手がかかっていた。

 

「あらら、あのガキのところにも更識の奴らが踏み込んできやがった。で、あの男は間抜けにも捕まってやがる。しゃあねぇな、爆破するしかないか」

 

少女を捕らえていた部屋には爆弾を仕掛けてある。別に少女を爆殺することが目的ではない。監禁場所がばれ、部下の男が捕まった際にその証拠を消すためのものである。そしてなにより、踏み込んで来る奴らは十中八九更識の手の者である。それらを効率よく処理することが出来るという正しく一石二鳥の手であった。

 

「収穫は更識の部下をぶっ殺して、その代わりにセカンド・シフトされた、か。ロシアのコアは手に入れば儲けものくらいのものだったし、別にいいか……とりあえず、ずらかるとするか」

 

楯無とコリンズを一瞥して夜闇へと消えていくオータムであった。

 

 

楯無が次に意識を、明瞭に取り戻したのは病室のベッドの上であった。

 

「っ……やっぱお腹は引き攣るわね、それにしてもあの状況から生きてるなんてね。一体どうなったのかしら」

 

楯無には自分がコリンズに腹を刺されて意識を失ってからの記憶はなかった。夢の中で誰かと会話したような気がするが、一体誰だったのか全く思い出せない。しかし、いま自分にとって重要なのは、病院のベッドの上で目覚めるというのは最悪の事態、であるということだけだ。自らのISは奪われ、コリンズのISも奪われ、亡国機業はまんまと逃げおおせたという訳である。

 

「あーぁ、一生夢の中に逃げ込んどきたいくらいだわ……でも、それは許されない。責任が取れるようなことでもないけど、出来る限りのことはしなくっちゃね」

 

あわよくばコア3機のところが、コア0機になるという大失態である。失態どころか小国が傾くレベルである。亡国企業の戦力増大、アメリカ・ロシアの防衛力低下と、憂鬱どころのさわぎではない。日本、ロシア間の密約はあるが、更識家が路頭に迷うことは確実である。

 

楯無がベッド上で頭を抱えながら云々と唸っていると、病室の扉が開く。看護師か更識家の者か、はたまたIS委員会の者か、そのどれであっても寝たふりでもしたいところである。

 

「どなたかしら?」

 

先に自ら声をかけていく。誰であるにしても早く話を進めなければならない。

 




ワイのオリキャラ、アビーもクレアも不運すぎて泣けてきた

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