成層破戒録カイジ   作:URIERU

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楯無の過去 終

「お、お姉ちゃん……?」

 

が、聞こえてきたのは意外にも最愛の妹である簪の声であった。更識家の者にしても簪が来るとは露にも思っていなかった。

 

「か、簪ちゃん?」

 

「よかった、よかったよぉ。もう目覚めないかと思ったよぉ」

 

そう言い、涙を流しながら抱き着いてくる簪。当然腹部にそれなり以上の痛みは走るがここはグッと堪える楯無であった。

 

「うふふ、大丈夫よ。お姉ちゃんは不死身なのよ」

 

抱き着いてきた妹の頭をなでながら涙を流す楯無。当然簪にもこれから苦労をかけることになる。せっかく代表候補生になれたというのに、更識の、私の今回の失態の火の粉が降りかかることは確実である。その候補生としての資格の剥奪も十分にありうることであった。

 

「姉妹の感動の体面に水を差してすみませんが、お邪魔させてもらいます」

 

部屋に入られたというのに全く気付かなかった。そこにはスーツ姿の男がいつのまにか立っていて、こちらの様子を窺っていた。

 

「……こんにちは、どちらの所属の方ですか?」

 

普段なら女性の部屋に云々軽口を叩く楯無であるが、そんな状況でもない。泣きつく簪をどかして、その男性に向き直る。

 

「失礼、私はIS委員会日本支部所属の外交官の者です。今回の件で更識楯無さんには色々とお話をお伺いしなければなりません」

 

それを聞き、楯無は簪に部屋を出ていくように命じた。簪は楯無の容態を心配しているようであったが、軽く微笑みかけ有無を言わせず退室させた。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私は如何様な処分も覚悟はできております。何も隠し立てすることはありません」

 

「……処分?別に私はアメリカとロシアに提出するための調書が欲しいだけで、特にそういった話ではないのですが」

 

男性は楯無の言葉に首をかしげながらも要件を伝える。

 

「すみません、IS委員会の方と聞いて早とちりしてしまいました。外交官の方ですものね」

 

「は、はぁ……まぁ別にいいでしょう。とはいえ病室で話すことでもないので、まず今回の調書で重視される部分だけ話しておきますね。明日の10時に正式に調書を取りに来させてもらいますから、頭でまとめておいてください。では、まずあなたが所属されているロシアに提出する調書の事です。ロシアは、今回あなたのISがセカンドシフト、並びに単一仕様能力を発現させたことに満足しておりますので、そこのところを詳しくお願いしますね」

 

寝耳に水とは正にこの事である。一体何の話をしているのかさっぱり。何が何だかわからない。

 

「……?な、何を言っているのかしら、私のISがセカンド・シフトしたですって?」

 

「……?まさか、その当時の事を覚えておられない、とか?」

 

当然訝しげに外交官の男は楯無の表情を窺う。

 

「え、あぁ、そういえばそうだったわね!ちょっと寝起きで呆けてるのかしら、お姉さんも歳だから、困っちゃうわ!」

 

苦しいどころではない言い訳である。事そのものの大きさもあるし。呆ける歳でもない。

 

「……」

 

「とはいっても、私も手元にISがないとやっぱり不正確になっちゃうかも……?正直死に物狂いで戦ってたから、きちんと思い出せるか不安なのよね!」

 

あはは、はは、と誤魔化し笑いをする楯無。男性は考え込むように顎に手を当ててうつむく。

 

「そうですねぇ、あなたのISミステリアス・レイディはダメージレベルがCに達しているため修理中なんですよ。なのですぐ手元に返すわけにもいかないんです」

 

「(……あれ?もしかして私のISは奪われていない?なにが、どうなってるのかしら?ここは正直に言っておいたほうがいいかしら。うーん、でも刺されて以降記憶がないの、おほほ、え?無事に済んでたの?らっきー!なんて許されないわよねぇ……)」

 

目の前の男性がどのように動くかは想像がつかない。少しでも情報を与えない方がいいと考えた楯無である。

 

「一応、今回の結果だけ説明しておきますと、アラクネは現場より逃亡、ヘルハウンドはミステリアス・レイディの単一仕様能力に捕らわれて行動不能となっていました。そこへ更識家の回収部隊が突入、意識朦朧としているあなたと呆然自失状態のクレア・コリンズの両名を確保、あなたはこの病院へと搬送、クレア・コリンズはその身柄を拘束という形になったのです」

 

「そうだったの、最後の方は記憶もあやふやでね。正直覚えてないといったほうがいいわね」

 

「まぁそれは仕方のないことでしょう。腹部を刺されて相当量の血液を失っていたそうですからね」

 

「ともかく、ISコアは私のもコリンズ先輩のもこちらの手元にあると」

 

「そういうことですね。アメリカ側は今回は自国の候補生がそちらへ攻撃したこともあるし、アラクネをも相手にして1vs2の状況を打破したあなたにそこまで強気に出れる状態ではありません。その上でコリンズ氏のISコアは確保しているのですから文句は言わせませんよ。というか、あちらが謝罪に出るべき状況ですかね」

 

「あなたは……」

 

ここまで言われて楯無もどうやらこの男が自分にとって味方、とまでは言えないにしても、自分の足を掬いにきたわけではないと悟る。

 

「私は日本支部の外交官ですからね、当然日本に有利になるように動きますよ。まぁあなたはロシア代表ですが、特殊な立場ですからね。ロシアの方の調書の提出は遅らせるとしましょう。ロシアも自国のコアが危機に陥ったとはいえ、それは密約の内。そして先ほども言ったようにセカンド・シフトを果たしたことに満足しているようですからね」

 

楯無の、事件最後の方の記憶がないということは見破られているようだ。あれだけ怪しい態度をして、コアの情報を求めれば当然のことではあるのだが。

 

「あなたはずいぶんと事情通のようね」

 

自身のISミステリアス・レイディはロシア主導の第三世代機である。それを日本の暗部更識家の長が持っているというのは、そこに日露間の密約が存在しているからである。当然余人があずかり知るところではない。そういった意味で目の前の男はずいぶんと物知りな訳である。

 

「外交官、ですからね。裏事情に通じていないとこんな世界、生き抜いていけませんよ」

 

「それもそうね。私のISは日露技研で修理をされているってことでいいかしら?」

 

「国内の民間に回せる訳はないのは分かり切っているでしょう」

 

日本のどこぞの技研に下手に回そうものなら、技術漏洩どころの騒ぎではなくなる。自身のISに搭載されているアクア・ナノマシン、それに付随する兵装は特殊性が高い。ミストルテインの槍やクリア・パッションの威力は競技の域を逸脱しているものである。これは、暗部用として開発を進められ、その使用が想定される自分の立場に必要だからである。ほぼ無傷のヘルハウンド・アラクネを一瞬で大破させた火力は尋常ではないのだ。

 

「馬鹿なことを聞いてごめんなさいね。アメリカにはとりあえず、よくもアメリカの専用機アラクネでテロ行為したなこのやろー!でいいかしら?」

 

「……まぁ、アラクネが奪取されたことは公然の秘密ですから、ある種アメリカが日本国内でテロ行為を働いたようなものですが……更識家の実行部隊の方々には申し訳ないですが、ね」

 

「……!実行部隊に何かあったというの?」

 

「監禁場所に突入した更識の実行部隊は、犯人の爆破させた爆弾により2名が死傷、重軽傷者多数。確保した犯人はバラバラ、少女も死亡しています」

 

全てに手を打たれていた……こちらが少女を確保できなければコリンズをずっと意のままに操り、確保されたなら即座に撤退したのちに爆破して、更識に被害を与えられる。自分自身に手があったとしたら、アラクネ・ヘルハウンドをどちらも落とすことだが、アラクネはいざとなれば市街地を盾にして逃亡を図れるのだ。当然自分に追撃する術はない。そして、少女が確保されるまでは、ヘルハウンドもそれに追従せざるを得ないため、距離を離れたところでISコアは奪取される。コリンズにISが無くなってしまえば一味の男は逃亡し、更識家の突入部隊を爆破するだけである。

 

「人間としての尊厳は存在してないのかしら、外道とか畜生なんて言葉で済まされるものじゃないわよ……あんな市街地で武器もろくに使えずに、1vs2で逃亡も許さずに勝つのが唯一の道なんて、ふざけるのも大概にして欲しいわ」

 

楯無が知るすべのない未来の話だが、アラクネ・ヘルハウンドを同時に落とせたとしても、これすらも完全な勝利の手にはならない。コリンズのコアはアメリカに返還、代表候補生、専用機の資格は剥奪される。そしてヘルハウンドは現在IS学園2年のアメリカ代表候補生ダリル・ケイシーの専用機になる運びなのだ。そしてこのダリル・ケイシーは……結局亡国機業はどのような事態に陥ってもそのコアを失うことはなかったのである。

 

「まぁアメリカには今回の件のあなたのISの修理費やその他諸々の賠償請求はできるでしょう。自国がISを盗まれた情報を隠していて、それが他国にテロ行為を働いたんですからね。悪いのはテログループにしても、大本はアメリカのせいですから」

 

「アメリカの方の調書は適当にまとめておきます。明日か明後日には日露技研に顔を出して、コア情報からロシア側の調書はまとめさせてもらう、で良いですか?」

 

「はい、ではその手筈でお願いいたします。病み上がりのところに長々と失礼しました。では、私はこれで」

 

外交官の男は一礼したのち、部屋を去っていく。それを見送ったあとに楯無は大きなため息をついた。

 

「はぁ、コリンズ先輩が命を賭して救おうとした少女は爆殺。そして逆賊として一生不名誉に生きていく。あの場で先輩が要求に乗らなかったとしても、絶対に先輩は専用機を返還して学校をやめてた。なんなのよ、これ、だれがこんなくそったれな筋書きを書いたってのよ」

 

コリンズが策に乗らなかったとしても彼女の性格を鑑みれば、「箱庭の希望」から第二・第三の由紀ちゃんが現れかねない以上、まずその専用機は返還していた。そうなればダリルケイシーにその専用機は……

 

「お姉ちゃん、お客さんは帰ったみたいだね。どんな話だったの?」

 

部屋から男が出ていくのを見ていたのか、病室へと戻って来た簪である。

 

「(考えてたよりずっといい話、でもないか。最悪の事態は避けられたってだけね。実行部隊に死傷者が出るなんていつぶりかしら。しかも直接戦闘じゃなくて、こんな嵌められる形で……)まぁ今回のこと、適当に諸々よ。色々あったからね」

 

自身が迂闊だった、と言えないでもない。相手の口ぶりからこちらの行動が読まれていることを部隊員に伝えておければ、何かが変わったかもしれない。しかし、犯人の一味がいるところに爆弾が仕掛けられていると考えられたかどうか……

 

「そうなんだ。でもお姉ちゃんはやっぱりすごいね、ここまで短期間でセカンドシフトまでして単一仕様能力も発現させて。私はだめだった、あの女の子も救いきれなくて、」

 

「(なんで簪ちゃんが実行部隊に!?代表候補生としてそりゃ鍛錬はしているけど、部隊に組み込まれてるなんて……その手の教育はまだしてないのよ。何を考えてるのかしら)怪我はしてないみたいね、良かったわ。それで、どう感じたの?今回の任務について」

 

「助けられなかった……だめ、なんだね。正義の味方みたいに間に合わないんだね……あの子だけでも現場から早く逃がせていれば……」

 

「(正義、ね。更識の正義は簪ちゃんの思うような正義ではない、かしらね。あの少女を確保するのはあくまでコリンズ先輩の動きを、犯人側の意のままにしないようにするため。上はあの子の身に何があろうとなんら気にしてないのよ。簪ちゃんに躊躇いなく突入できたかしら、コリンズ先輩の行動を予測しての話じゃなくて、あの少女の事だけを考慮したとして……)簪ちゃんは、正義の味方に、なりたいんだっけ。弱いものを助けるような、悪を挫くようなそんな存在」

 

「え?う、うん。初めての任務で女の子を助けられなくて自分は何もできなくて……」

 

「今回ね、私たちはあの女の子の身柄については構うようなことはなかった。言ってしまえばどうなってもよかった。それをあなたは受け入れられる?」

 

「え……?」

 

「もしそれが、理解できそうにないなら、受け入れられそうにないなら、更識家になるべきではないわ」

 

「でもあんな、幼い女の子なんだよ!?何も悪いことをしてない、誘拐された女の子がどうなってもいいなんて、そんなの許されるわけないよ!」

 

楯無は諦めたような、優しい瞳で簪の揺れる瞳を捕らえた

 

「そうね、そう、許されることじゃないわ。だから、あなたは何にもしなくていいの。私が全部してあげる」

 

あなたのその感情は、人間としてとても大切なものよ。私も失ったつもりはないけど、スイッチが出来るようになったわ。あなたにはそうなって欲しくない。更識家に生まれた以上、それは私のエゴなのかもしれないけど……それでも、そう望まずにはいられないのよ

 

「そんな、私、私だってお姉ちゃんの助けに、そうなれるように努力してきて」

 

「あなたはそのまま、無能なままでいなさいな」

 

こんな世界に入る努力なんて、自らの大切な主義主張を捨てるなんて、そんな努力はしなくていい。あなたは私になる必要なんてない。別の道を辿ればいい。楯無は、もう私一人で十分よ。




活路が見当たらない……ていうか亡国にここまでの手を取らせてしまったら、学園祭の襲撃とか云々色々まずいな。悪人の手は制限せんといかんか……?

正義の味方、勧善懲悪ものが好きからこの流れにしたけども、どうしてもこじつけ感が……というか、最早打鉄弐式を完成させたらお姉ちゃんに追いつけるとかそういう問題じゃなくなってる……

原作でどういう流れで言ったんだろうか、あんなこと真正面から言うなんて大概だぞ。

日露密約については改めて設定資料集に回しておこうかな。

日露密約
ロシアとの密約。ロシアはより実戦的なテータを欲し、そしてIS学園に所属が可能な、暗部の更識に目を付けたのである。ロシアには北方領土がある。それらを取引材料にしつつ、この密約を交わしたのだ。ロシアはコアを危機に晒すことにはなるが、IS学園に対して工作をする敵対者との実戦データが得られる。模擬戦のような形式ばったものよりも、実戦のデータ、コアに蓄積される経験値を重視しているのであった。IS同士の実戦、といったものはまず発生するものではないため、その経験値は貴重なのである。日本側は共同技研を設置、基本的な技術の所有権はロシア側にあるものの、その技術から得たデータの利用が認められている。また、自国のコアを危機に晒すことなく、実戦データを得られるのは日本としてもありがたいことであった。

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