「くくく、無様な姿だな……いつも余裕ぶっこいてるから掬われる……足元を……」
扉を開けて現れたのは簪ではなく……カイジ……!妹の出番、なし……!
「カイジ君。あらあら、お姉さんに嫌味でもいいに来たのかしら?」
「なに、俺なりに心配して見舞いに来てやったのさ……一応俺の雇い主、ボスだからな……」
カイジはアルバイト……更識家のアルバイト……!楯無付きのアドバイザー……!
この外史ならではの緩さ……暗部で一般人がバイト……!
「なら、この絶賛傷心中のお姉さんを慰めなさいな」
「慰めてやったら、今のこの状況……圧倒的危地……窮地……それがどうにかなる、って……?ただの現実逃避だろ、そんなもん……」
「少しは夢を見させて頂戴な……で、私が寝ている間にどうなったのか説明してくれない?死に物狂いだったから最後の方の記憶が曖昧なのよ」
腹部を刺されて気絶……その後の記憶はろくに残っていない……呆然……亡失……
人間はその3分の1の血液……約1800ccを失えば致死量に達する……
今回楯無は1000cc近くの血液を失っていた……死にはしないまでももうフラフラ……
アカギとは体重が違う……彼女の総血液量はアカギよりも少ないのだ……!
「……お前のISはセカンド・シフトした……そして単一仕様能力でヘルハウンドを捕獲……アラクネを纏った女は現場から逃亡……お前は病院へ、コリンズは拘束された……こんなところだな……」
「何が何だか分からない、ていうか窮地って言ってなかった?」
カイジの言葉は寝耳に水……藪から棒……晴天の霹靂……完全に予想外……!
「さぁ、何のことだか……まぁ、俺だって初めに聞いたときは耳を疑ったさ……でも、それが事実なんでね……」
「まぁお姉さんが考えていたような最悪の事態は回避されたってことかしら」
コア0機、などという事態は回避されたらしい……首は繋がったか……
「……あと、監禁場所に突入した実行部隊の2名が死亡、残りは重軽傷者だ……犯人の一味の男は肉片一つ残ってない……」
「なんですって!?」
「どうやら爆弾を仕掛けられてたらしい……どの方向に転んでもいい様に……手を打たれてたってわけだな……」
相手も警察のものが今回の事態において……そこまで迅速に関わって来れるとは考えていない……
もし場所を突き止め、その場所を抑えるとしたら……まず更識、ないしは日本の暗部のもの……
一味の者が囚われて、コリンズの脅迫材料がなくなったら……これはもう爆殺しかない……!
「なんてことを……それじゃあ、あの少女も……?」
「そいつは現場から真っ先に救い出されてる……トラウマにはなるだろうが、一応は無事だ……」
少女は助かった……外史ならではの作者の捻じ曲げ行為……!なお死人は出る……
「そう、そうなの……本当になんて外道なの、吐き気がするわ」
少女が救出されるのを待つ訳がない……更識の者に最大限被害がだせる機会を待っていたに違いない……
「たしかに、こいつらは外道も外道……道を外れた異端者……」
「コリンズ先輩は、拘束って言ったわね?こちらがまだ身柄を持っているのかしら?」
「……ん?まだアメリカの手には渡っていないが……?」
コリンズの身柄はまだ日本側で拘束……事態がアメリカのみで済む話ではない……
「彼女、どうにかならないかしら」
「あんたの腹を刺した相手だぞ……?」
どうにか、とは一体なんのことやら……
「彼女の選択は、代表候補生専用機持ちという点では失格だわ。でも、ね。自分の命を捨てでも、だれかを救うことが出来る?自分が今まで努力してきた、候補生になるのは、彼女ほどの腕前になるのは、簡単な事じゃないのよ。彼女は、自らの努力全てを否定して、捨て去ったのよ。ただ一人のためにね。その彼女の選択を罵る人がいたらそいつは人でなしよ。きっと、だれにも救ってもらえないような可哀想な人。今回私が腹を刺されたのは、その結末よ。恨んでなんかいないし、どうにかできるものならしてあげたいわ」
「石田さんが俺に託した意志……その意志の源泉……コリンズはそれを持っている、か……」
カイジが石田より託されたもの……人間がみな持っていたはずのものだが……
いつの間にか失ってしまった……そんな意志の源泉……それをコリンズは失っていない……
「え?」
「奴を助けられる、そんな選択肢があったら……お前はどうする……?」
「……あなたは、何を考え付いたのかしら」
この普段は怠惰……パチンコ屋か競馬場に入りびたり……そんなクズアドバイザーだが……
土壇場……瀬戸際……崖っぷち……そんな追い詰められた状況……
その時に発揮する確変……核心的……革新的……圧倒的閃き……!
「そうだな……今回は、アメリカに嵌められて大変だったよな……あんたもコリンズも……手のひらの上で踊らされてたってわけで……不幸だったよなぁ……!」
「どういう、意味かしら?」
「いやいや、そりゃあお前……あの現場にいた誘拐犯の女……アメリカの専用機持ちだろ……?ISアラクネのさ……!」
「あれはアメリカ軍が強奪されたものよ、亡国機業にね」
裏の世界にいる人間なら……各国のISの強奪事件……
それがいくら秘密裏にされていようとも……そのおおよそは把握している……
カイジもバイトだが……把握していることのはずである……
「……?お前は何を言ってるんだ……?そんな事実、どこにあるっていうんだ……?」
「確かにアメリカはこの事実を公表していないけれど……」
大国であれば……いやなくとも当然ひた隠し……機密事項……
今となっては国防の要となっているIS……それを盗まれたなど恥どころではない……
公開するわけにはいかない……自らの懐の甘さを曝け出すことになるのだ……!
「っくくく、俺はそんな事実知らねぇな……!アメリカ以外のどこの国の公式記録にも……そんなことは載ってないぜ……?」
「そんな、それじゃああなたは……」
あくまでも、あのISを……アラクネはアメリカの差し向けた者……
そういう前提で進めようとしている……それはつまり……
「あれはアメリカがコリンズを嵌めて……あの場に残った唯一の事件関係者……犯人にして幕引き……これはすべてアメリカが糸を引いてたのさ……!」
単純に話を進めればそうだが不合理……なぜ自国の代表候補生を嵌めて……
自国のISでそんなテロ行為をするというのか……
「でも、それじゃあツジツマが合わないじゃない。アラクネがアメリカのコアじゃないから成り立つ話でしょう?今回の事件は」
「元々の目的、それがあんたのコアのみだとすれば……ツジツマってやつは合わせられる……あからさまな餌を巻いてあんたをおびき出す……そしてその上で1vs2であんたのコアを奪う……アラクネは自国内の人間の裏切り……不祥事にして裏の部隊へコアを回す……表向きにはアメリカのものでなくなった、アメリカのコアを持つ部隊……ISには467機しかなく、どれにも名札がついてる……秘密工作をしようにも、その場に残ったISコア反応を辿られたら……どこの国のコアかばれちまう……今回の事であわよくば、3つのコアを持つ……最強の裏部隊を作れるかも知れなかったってこと……!」
アメリカがもしその作戦を展開していたなら……表向きには国の大切なコアを2個失うが……
3つもコアを持つ……どの世界でも自由に秘密工作ができる裏部隊……
表向きにコアがあるよりも……はるかに有用性の高いIS部隊が出来る……
「じゃあ、アメリカがアラクネが盗まれたということを公表したら……?」
「重要な国家有数のコアを盗まれて……しかも、そのコアが他国に対してテロ行為をしてから公表……?なめんな、通るか……んなもん……!ふざけるのも大概にしろ……!これは、アメリカが公然とロシアと日本に喧嘩を売った……!そういうこと……!」
盗まれたものは個人携行が出来る兵器……ポケットに入る……アクセサリーサイズ……
町中に落ちていてもだれも気付かない……性能次第では町を灰燼に帰する爆撃機……
それを盗まれたことを自国の内々に隠すことなど……他国への間接的なテロ行為である……!
「でも、そうなったら戦争になってしまわないかしら?あとはコリンズさんはどうなるというの?」
「そりゃ、専用機持ちには到底戻れない……奴は祖国に裏切られた……悲劇のヒロインに仕立て上げる……コリンズのISから会話は抜き出してある……それを公開……!世間も凍り付くような外道さだ……コリンズの専用機持ちとしての……脇の甘さを指摘する輩もいるかもしれんが……でも、声を大にして言えば当然バッシング……社会、世論の感情はコリンズに傾く……!そして、最終的にはアメリカが自国の生徒に裏切りをかけさせ……ロシアのコアを掠め取ろうとした……そういうことになるって寸法……!まぁアメリカには濡れ衣もいいところだが……奴らがコアを掠め取られていたことを秘密にしていたのが悪い……結局、事実はどうあれ奴らは俺が言った通り……アラクネを持った奴が……国を裏切ったということにするしかないだろうな……そう簡単には戦争なんてものは起こらない……なんだかんだで手打ち……賠償金で済ませるもんさ……」
「でも、そうなったら更識の存在は……」
更識の存在を隠し通して進めることは難しい……昨日の事件は秘密裏に処理……
ただのガス漏れからの爆発事故……市街地上空での爆発などは難しいが……
この事件を表ざたにすれば……様々な闇に葬られるべきことが……
陽の光を当たらざるを得なくなってしまうではないか……
「そこはお前が泥を被れ……いくらなんでも無傷、なんの損失もなしに……コリンズを助けられるなんて……甘いこと考えてはないだろ……?」
「……わかったわ、私が矢面に立って首を切る。現場の事を何も考えてない情報部にはいい薬だわ。あの状況で突っ込めばどうなるかまるで想像もついてない奴らにはね」
方法がない訳ではない……自分自身をあくまで学生の不審な動きを察知した……
ただのロシア代表として話を進める……更識家としてではなく一個人……
市街地での戦闘行為や事件へ……首を突っ込んだ責任を全部自身が負う……
「なら、裏取引といくか……お前は自分の望みに……その命を張った……誠意を見せた……アメリカには脅しをかける……今回のことは秘密裏に進める……!」
「そ、それって……」
「別に、今回のことは何もすべてを公表して進める必要はねぇ……アメリカに交渉。お前の国のアラクネが戦争行為……こっちの国家機関の人間を殺して……ロシアのISも掠め取ろうとした……この落とし前をどうつけるんだ、ってな……!アラクネが盗まれたなんて知らぬ存ぜぬ……そっから話を進めていけば……コリンズの身柄くらい確保できるさ……アメリカから国外追放にでもさせて……日本国籍取らせて「箱庭の希望」で働かせればいいだろ……」
裏取引で進めていく場合の限界点……とはいえ、世間的に見て……
国を失うことか、悲劇のヒロインに仕立て上げられるか……
そのどちらがマシとも言い難いものではあった……
「お姉さんを試したってわけ……?」
「あんたがただ助けられるがまま……それを受け入れるような輩だったら……俺はあんたを見捨てていたな……コリンズが助かれば、俺はそれでよかったからな……」
何かを求めるなら代償は必須……何も失わず得られるものなどない……
カイジがコリンズを助けようと考えたのは……コリンズの持つ意志……
そして、コリンズの払った代償の大きさゆえ……だから試した……
楯無はその代償を支払う覚悟があるのかどうか……
「コリンズ先輩が何かを持っているって言ってたっけ、それが理由なの?」
「人間が人間であるための……一番大切なものさ……どうやらあんたにもそれがあるらしい……」
「そう、私にもカイジ君が助けようと思ってくれるだけの……大切なものを持っている、という訳ね」
「まぁとりあえず報酬金、あんたの願いをかなえてやるんだ……それなりには出してもらわないとな……!」
このバイトは割がいい……解決する事態故の金払い……
口封じの意味もあるのだが……少し働くだけで放蕩無頼……
コンビイバイトとは比べるべくもない、いいバイトであった……!
「というか、カイジ君……それだけコリンズ先輩の情報手に入れてるってことは、私が何か言わなくても、何かするつもりだったんじゃないの?」
「……いや、そんなことはねぇよ……ただ、今回の事件の全容を把握しととかないとってだけで……俺が真面目なアドバイザーだって知ってるだろ……!それだけのこと……!」
コリンズの件を楯無が言い出してから……回答に至るまでが早すぎる……
明らかに事前に仕込み……対策案を考えていたに違いない……
「へーぇ?お姉さんが君から臭ってくるタバコの匂いに気付いてないとでも、思ってるのかしら?」
事件が起きてから2日が経っている……その間に考えをまとめた後は……
どうせ自分の見舞いになど来ず……パチンコ屋に入り浸っていたに違いない……
「いやぁ、資料室にずっと籠って……タバコ吸ってたからなぁ……」
「資料室は禁煙よ、警報がなるわ。真面目な、見舞いに来るアドバイザー君なら……一日中でもお姉さんの手を握って、起きるのを待っていてくれるもんじゃないの?」
そう言い、しなを作って見せる楯無……非常に様になっており……
普通の男ならイチコロなのだが……そこはカイジである……!
「っけ、お姫様って柄かよ……」
「あらあら、雇い主にそんな口の聞き方をするなんて……これは減俸かしらねぇ」
「ってめぇ、卑怯だぞ……!そういう権力のふりかざしは……!」
「ならもう少し真面目に……って口うるさく言いすぎて出ていかれても堪らないわね。まぁ報酬の件は考えとくわ、色くらい付けてあげる」
「話が分かるぜ、大将……!じゃあ俺はこれで……」
カイジは先ほどから時間を気にしていた……現在14時35分……!
「あらあら、もう少しお姉さんとお話ししていきなさいな。そうねぇ、あの針が15時を超えるくらいまでは」
馬券の購入締め切り時間……カイジのせいで無駄な知識の増えた楯無である……
「おい、それじゃあ折角色がつく意味が……!」
「カイジ君の勝てないギャンブルに消えるために、色なんて付けたくないわよお姉さんは」
「いや、今日のはちげぇんだって……勝てる、俺のデータによれば7、いや8割……!これを逃すのは愚の骨頂……!落ちている金を見過ごすようなもんだって……!」
カイジの言う7、8割……この場合は3割くらいだろうか……
「落ちている金は警察に届けるものよ、カイジ君。この裏の警察である更識の当主にね」
「っけ、裏の警察ならそのまま闇に消えちまうじゃねぇか……」
そう言い、病室をとっとと後にしようとするカイジ……だが
「うーん、それじゃあお姉さんと賭けをしましょう。あなたが今日買う予定の馬券、そのお馬さんを教えなさい。この病室のTVでその結果を見るの。あなたが勝てばつける予定の色を2倍、負けなら色はなし。どうかしら?」
こうすれば、カイジは逃げない……どうせ懐の銭は少ないはずだ……
勝てる自信があるのなら……まだ手に入らない色を賭けに使えるこの勝負……
逃すはずがない……!
「おいおい、それなら先に色の値段……それを言わないと卑怯だぜ……!倍数ってことは元値を下げれば被害は0……!」
「目聡いわね、といってお姉さんもそんなに狡いことはしないわよ。そうねぇ、これでどうかしら?」
楯無は指を三本立てて見せる……一本10万円である……!
0万円か60万円か……競馬場に行くよりも実入りは高い……!
この色は今から行く競馬に間に合うものではない……
今の自分の手持ちでは万馬券を当てても……60万円には届かないのだ……!
「っへ、良いぜ、乗った……!ほえ面かくんじゃねぇぞ……!」
そうしてカイジは結局……病室のTVで楯無と賭けをすることになった……
この賭けの結果は皆さんのご想像にお任せするとしよう……!
カイジ絡ませてもコリンズの身柄確保で精いっぱいだった、