カウンター席の方が面白いということで、そちらへ案内された三人。他の客はもう帰ったようで、店内は彼女達3人だけである。メニューは軽食2~3種類とドリンク、軽食で覚えているのは自分と友達が頼んだ2品だけ。昔はドリンクの名前がちょっと書くのが憚られる名前であったらしい。メロンジュースは青虫うんたらとか……ココアやトマトジュースがどうなるか、ご想像にお任せしよう。
「わたくしはホットケーキと紅茶を」
「僕はミックスサンドとコーヒーかな」
「わ、私はホットココアだけでいい」
「何か食べなくていいの?」
「しょ、食欲がわかないのだ!」
「たしかに、それは分からないでもないかなぁ……」
そう言い店内を見回すシャルロット。動物の剥製、髑髏の人形、仏像、マネキンの首etc……とりあえずホラー映画に出てきそうなものがゴロゴロ置かれている。はっきり言えば食欲というものは減退の一途を辿る内装だ。薄暗さもそれに拍車をかけると言っていいたろう。
「この剥製などもかなりリアルといいますか、本物……ですの?」
セシリアの座った席のすぐ近く、そこにはサルの剥製が置かれていた。
「えぇ、ここの犬やサルの剥製は昔飼っていたものですよ」
「それはなんとも、まぁ……」
購入したものでもなく、自らのペットである。予想外とまでは言わないが何とも言えない不気味さを感じるセシリアであった
「中には親父の代の時のお客さんがくれたものなんかもあってねぇ。上につるしてるやつ、分かるかな?」
「うーん、あのアルマジロみたいな奴ですか?」
そう言いシャルロットが示したさきにある剥製……鱗で覆われた生き物……
「そう。中国にいるセンザンコウっていう今はもう絶滅危惧種でね。当然輸入も禁止されてて、なかなか見られないものさ」
密猟によって絶滅の危機に瀕している種である。鱗は漢方薬、媚薬の材料。時には魔除け、楽器の素材として使われたりするそうである。
「お客さんが寄贈してくれたりもするんですね。それも中々貴重なものを」
「こんな店、他にはなかなかないからねぇ。気に入ったお客さんはこれを置いてくれってね。たまに本当に呪われた品とか持って来ようとするから、困ったものだけど」
「ま、まさかとは思うが、この店に本当に呪われたものなど……ないよな?」
さっきの人形はからかわれたものらしいが、何か嫌な気配でも感じ取っているのか周囲を見渡すラウラ。
「お祓いはしてもらってるから大丈夫だとは思うけどね。前来たおばあさんがうちで飼ってたペット、もう骸骨になって飾ってるから毛色とか分からないはずなのにピタリと言い当ててね。不安になったからお祓いしてもらったこともあるね」
「じょ、冗談ですよね……?」
そう聞いたのは意外にもシャルロット、流石に自らの許容限界に近付いたようだ。
「……」
店主は静かににっこりと笑うのみである。その瞳を見てシャルロットは嘘ではないと悟る。そう思った途端に寒気が走る思いがしたのであった。そしてその様子をみたラウラ、セシリアも固まるのであった。
「まぁまぁ、ここで飲食していって呪われた、なんて話は聞かないから大丈夫だよ」
最早そういう問題でもないのだが、注文をした手前それが出る前に退店するわけにも行かない。どうにか覚悟を決めるシャルロットであった。ラウラの手を掴んで逃さないようにしておくのを忘れてはいなかった。
「さて、飲み物は先に出しておくよ。奥で調理をしてくるから店内は好きに見て回っていいからね」
そう言い、店の奥へと消えていく店主。最早ラウラには探索をする勇気など微塵も残っていない。セシリアも同様、というよりはラウラを席に残して立つのもかわいそうに思えたのであった。
「シャルロットさん、冒険はお一人でなさってくださいまし。わたくしはここでラウラさんと震えておきますわ」
セシリアもまた自らの尊厳はかなぐり捨てたのであった。ラウラを思う気持ちもあるが自分も探索する気力は沸かなかったのである。何か面白いものや珍しいものがあったらあとで聞こうと決めたセシリアであった。
「僕も一人じゃあ心細いんだけど……仕方ないね、ちょっと見てくるよ」
店内はそこまで広くはない。6人掛けのテーブル席が3つ、カウンターには5人程度のものである。にもかかわらず大小数千点の品が並んでいる。一歩歩くたびに様々な不可思議なものがあるため見ていて飽きることはない。その恐怖心に抗えればだが……
「本当にいろんな物があるなぁ……この蛙なんかも恐らく本物、さすがに頭蓋骨は偽物だと信じたいけど。外にあったような仏像がちゃんとショーケースに入ってるし、かと思ったらキ○ィちゃんの人形まで置かれてる……」
一見ファンシーなものが薄暗い店内に置かれているだけで異様に不気味に感じるのである。基本的にはおどろおどろしいものしか置かれていないのだが……
「ひとまず、飲み物だしておきますね。外寒かったでしょうから温まりますよ」
筆者が行ったのは2月の終わりごろ、まだまだ寒い時期であった。店内も開店すぐで暖房が効いていないため尚更寒い。決して霊的な何かで寒いのだとは考えたくないものだ。
「温まりますわね」
「うむ、早く飲み終わって帰りたい……店内にかかっている音楽もなんなのだこれは。悲鳴が聞こえてきたりぶつぶつと何やら唱えていたり、たまったものではないぞ……」
店内のBGMは当然明るいようなものではない。どこぞの怪談話からお経、時折聞こえてくる悲鳴などである。特に悲鳴の瞬間に音量が大きくなってビビらせてくることもある。2~3度聞いて慣れたと思っても不意打ちのように来るため、心臓が飛びあがったものだ。
「あはは、まだ僕たちの軽食が出てきてないからね」
「何か面白いものはありまして?シャルロットさん」
「うーん、僕も日本の文化っていうのはちょっとかじったくらいだから、よくわからないものが多いね」
ここの店名が伴天連となっているように日本のみならず、幅広い文化圏の物品が立ち並ぶため、正直なところ詳しくなければ物についての詳細は分からないといっていいだろう。
「はい、ホットケーキにミックスサンドね。何か気になったものはあったかい?」
「いやぁ、色々なものがありすぎてなにがなにやら」
「まぁ僕でも把握しきれなくなるからねぇ。ここにある物は大体が本物だからね。剥製にしてもその後ろにある尻尾にしても」
「これは、馬の尻尾でしょうか?」
イギリス貴族のたしなみとして乗馬もでき、ダービー用の馬も飼っているオルコットが答える。
「お、よくわかったねぇ。そして生首の髪も動物のものを使っていてね」
「そ、そのせいで妙なリアルさがあるのだな」
やはり人工の毛と生き物の毛では違いを感じるのか……ただの置物には見えなくなったラウラは、じりじりと椅子を動かして少しでも距離を取ろうと健気な努力を行っていた。そこへ突如として……
「ガチャンッ!」
と音を立てて目の前に吊るしてあったオブジェクト、影になっていて見えなかった生首が一つ落ちてくる。距離を離すために必死なラウラは完全に不意を突かれた。落ちてきた生首と目が合い、一瞬フリーズしたのち……
「ひぃっ!!!!!」
脱兎のごとく逃げ出した。セシリア、シャルの二人は逃げ出すような真似はしなかったが、腰は抜けたようである。あは、ははは、と乾いた笑い声を、二人とも固まった顔で出すのみであった。衝撃から回復するのに幾許かの時が過ぎたころ……
「さすがにショックが強すぎたかな、腰を抜かすくらいで済むかと思ったんだけど、ごめんね」
「あれはラウラさんには厳しかったですわね、大丈夫かしら」
「完全に不意を突かれてたからね……僕もまだ膝が笑ってるけど、セシリアはどう?」
「私も似たようなものですわ、立って歩けはしますけど……ラウラさんが心配ですし、もう軽食も食べ終えてますから会計を済ませて出ませんこと?」
「そうだね、外で泣いてないといいけど……」
二人は財布を取り出し、料金を払う。ラウラの分は、シャルロットが罪悪感もあったせいか奢ることにしたようである。
「連れの子にも僕が謝ってたって伝えておいてね。それじゃあまたのお越しを」
「(今度はカイジ君をどうにかして連れて来よう。カイジ君がビビりまくりだったら面白いだろうなぁ)はい、また新しい人を連れて来ようと思います」
「(カイジさんはここに来たらどんな反応をするのかしら。もしや、シャルロットさんも同じ考えを……?抜け駆けはさせませんわよ)えぇ、その時はわたくしもぜひご一緒に」
にっこりとシャルロットに微笑みかけるセシリア。勘の良いシャルロットは当然その意図に気付く。
「あははは」
「うふふふ」
互いに互いの腹の底を読みあいながら笑い合う二人。その二人を店主は眺めながらこう思った。お化け喫茶よりも、この女の子同士の感情のぶつけあいの方がよっぽど怖い気がするなぁ、と。
何日かしたら前編のあとに挿入する予定です。
ここの店主が特別意地悪な訳ではない。いや、この状態のラウラにやったら流石に非道な気はするけど……女性客の中にはこの悪戯に驚いて商品もそのままに逃げ帰ってしまったことがあるらしい。連れの人がいたので食い逃げとはならなかったようだが、一人の場合はどうなっていたのだろうか……まぁこれもお化け屋敷喫茶ならではの余興である。