成層破戒録カイジ   作:URIERU

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夏休み編
各々初夏入


ドイツ

 

IS学園秘匿通信室、各国の代表候補生が本国と通信する際に使用される場所。そこにラウラの姿があった。その相手は……

 

「私に重大任務、ですか?」

 

「あぁ、そんなに重く受け取らないで欲しい。君はもうドイツの軍属を抜けて自由国籍となった身だ。本来伊藤カイジ君に言われたことから考えれば、私のような立場の者が君に連絡を取るのも好ましくはないのだが」

 

皆さんの記憶にはまだ新しいだろうか。通信相手はドイツ連邦国防大臣、テオドールブランクである。カイジから言われた「干渉は最低限に」という言葉を考えれば、国の重役が出てくるのは好ましくない。

 

「いえ、私も軍属を抜けて自由国籍まで得ましたがドイツの代表候補生です。当然ドイツとの連絡、親交は保たなければなりません」

 

ドイツから離れた身となったが、ドイツ人であるということまで捨てたつもりはない。出生や立場は特殊なものであったが、愛国心はあるラウラであった。

 

「うむ、そう言ってくれるとありがたい。君に頼みたい事というのは伊藤カイジ君のことなのだ」

 

「師しょ、伊藤カイジのことで、ですか?」

 

「君は当事者だから当然知っての事だと思うが、我がドイツはVTシステム事件に際して、国家危急の事態を彼の行動で救ってもらっておる。とはいえ、ドイツが国を挙げて彼を出迎えるようなことをすれば、当然周辺諸外国には良い顔をされんだろう。招き入れることもまた同様だな」

 

国際社会全体が男性操縦者の動向を窺っている。そんな中で自国へ招待などしたらどう思われるか。どう考えても自国だけが抜け駆け、引き抜きを行おうとしていると見られる。

 

「なるほど、して私は如何すれば?」

 

「7月に専用機の情報を持ち帰ることになっておるだろう?その時にうまいこと言って彼をドイツに連れてきてほしいのだ。私のような立場の者では問題が起こるが、あくまで学友である君が誘えば諸外国もやっかみを出しにくい。彼とは一度会って話をしてみたいものだし、ドイツに来たときにもてなしてくれとも言われておる。そして当日は厳戒態勢をしいて、警備は万全にしておこう。色々と秘密裏に進めることにはなるがね」

 

自国で拉致されては非常にまずい事態になる。場合によっては自作自演にされる可能性すらあるのだ。各国がスパイや破壊工作をこぞって行うだろう。それを考えると、自国の危機にもなりかねない男性操縦者を招こうとは、テオドールも何を考えているのやら。

 

「了解しました、ラウラ・ボーデヴィッヒ謹んでその任を受けさせていただきます」

 

「だから、言っておろう。そなたはもう軍属ではないのだ」

 

「いえ、しかし一代表候補生として国の大臣ともあろう方へ礼儀を失することは出来ません」

 

カイジとの出会いによって相応に柔らかくなったラウラであったが、彼女の素というか育ってきたものはそう簡単に抜けるものではなかった。

 

「まぁその頑ななところも、学校生活を続けていけばいずれ抜けていこう。では、申し訳ないが頼んだぞ」

 

「っは、分かりました」

 

そう言い通信を終了する。ラウラはどのようにして師匠、もといカイジを誘うか考え始めていた。

 

 

イギリス

 

ここはIS学園内のサロン。各国の学生を受け入れているIS学園には、各国に対応したサロンが用意されている。今回使用されているのはイギリス貴族や令嬢の好みそうな瀟洒な内装の一室。そうくればここを誰が利用しているかは……

 

「お、お話しというのは一体なんでございましょうか、ウェルキン先輩」

 

「そう固くならなくても大丈夫でしてよ。今日は世間話でもと思いまして」

 

そう、このお二人。セシリアとウェルキンの両名がお茶会を開いていた。以前のセシリア専用機剥奪事件の際、カイジをお茶会に招きたいと言っていたウェルキンであるが……

 

「は、はぁ。えと、こちらのスコーンはわたくしが焼いてまいりましたの。お茶会を開かれるとのことでしたので」

 

「あら、ずいぶんとお菓子作りが上手になられましたわね。においだけで美味しいことが分かりますわ。さて、お茶会なら件の伊藤カイジさんも交えて、と洒落込みたいところでしたが、今日は彼の事について少しお話があります。なのでご一緒に、とはまいりませんわね」

 

「カイジさんの、ことですの?」

 

ウェルキンが気にするようなことがあったかしら、と首をかしげるセシリア。

 

「えぇ、彼との仲の進展はどうなのですか?このお菓子も彼に食べさせるために練習されたもの、良い方向には進んでいますか?」

 

ストレート、フェイントも入れずまっすぐ直球に尋ねるウェルキン。

 

「う、その、カイジさんはあまりそういった男女の仲、その進展というものには一線を引かれているようでして……」

 

「彼自身の立場を考えればそれが正しい在り方だとは思いますけれど、伊藤さんはそれだけ、ということではなさそうですわね。いまこの学園には男性が二人、世界でも最も注目されている男性が二人。それらの動向は各国が気にするところです」

 

「はい、それは重々承知しております」

 

「わたくしも年頃の男女の交際、それも他者の色恋に口出しなどしたくはありませんし、年下の色恋は純粋に応援したい気持ちが強いのですが、老婆心ながらの忠告だけはしておこうと思います」

 

そう言われ、姿勢を改めるセシリア。ウェルキンはBT適性の低さ故に現状専用機を持つに至らないが、その腕前はセシリアを凌ぐ相手である。また、ウェルキンがセシリアへと本国からの通知を知らせに来たように、本国からの信頼も篤い相手である。

 

「先ほども言ったように彼らの動きは当然注目されています。イギリス本国でも先日のあなたの件、その時に伊藤さんの口添えがあったことは報告済みです。イギリス本国はどちらかといえば織斑さんよりも伊藤さんに興味を持っています。自国の代表候補生であるセシリアさんと関係は良好になり、あとは後ろ盾の存在がありません。織斑さんに関してはブリュンヒルデである織斑先生やIS開発者である束博士がそのバックにいます。もちろんそれらを手中におさめることができれば世界のイニシアチブを取れますが、各国を敵に回すような行為にもなります。最大の種である束博士は行動が読めないこともあり、仮に友好関係を結べたとしてもそれが保持される保証もない。ですが、伊藤さんにはそれがない。いずれにせよ、男性操縦者をその内に取り込むという行為自体が、諸外国からは良く見られないにしても、織斑さんよりは厄介ごとは少ない」

 

男性操縦者二人、それぞれの背景はまるで違っている。カイジ自身の背後にある物も相応に厄介なものだが、それらは世間一般に知られていることではないし表に出るようなことでもない。しかし一夏のほうは最早世間の一般常識というところまで浸透し切っている。背後にいるのがブリュンヒルデ、千冬だけならばまだそこまで面倒ごとでもないが、そこには束の影がちらついている。今現在の世界で最も厄介と目される人物である。

 

「(カイジさんを取り込むとしたら、それはそれで面倒事が……ある種のブレーンとして役に立つでしょうけど、それ以上の厄介事を抱え込みそうな気がしますわ……いずれにせよ、わたくしたちには個人単位での恋愛、というものは成り立たないのですわね……)やはり、上はそのように見ておりますのね。かくいう私もオルコット家の末裔としてイギリスの社交界を渡ってきました。故に家としての難しさから純粋な恋愛などというものが、そう叶わぬものであるという事はわかっておりますわ。願わくば純粋に、生きていきたいものですけれど」

 

「私たちのような貴族は正直に生きられない分、裕福に、贅沢に暮らさせてもらっておりますわ。領民の方々、という物言いはずいぶん古めかしいものですが、彼らの支えがあって私たちは豊かに暮らさせてもらってます。その分の責務を果たさなければなりませんわ」

 

彼女たちの考えの根底にある「ノブレスオブリーシュ」はイギリスの女優兼著作家、ファニーケンブルの手紙にある『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、王族は(それに比して)より多くの義務を負わねばならない」というものが初出である。

 

「いずれにせよお家を捨てる、というわけには参りませんものね。私はどうあがいてもオルコットでいなければならない」

 

「私もウェルキンという名を捨てて、ただのサラとして野原を歩き回りたいものですわ」

 

「やはり家の名が重く感じられることがありまして?」

 

「十代の小娘が背負うにはずいぶんと大仰なものですわ。ただ、為したいことのためには必要なものです」

 

自らが多大な義務を負う代償として、裕福さや贅沢を手にしている。さらには、それらを使って何某かをなすこともできるのである。

 

「為したい事?」

 

「それは乙女の秘密ですわ。そう、あなたもなにか胸に秘めた秘密の何かを持たれてはいかがでしょう?恋心というものではなく、何かなしたいことを。秘密は女性を魅力的に写しましてよ。伊藤さんも振り向いてくれるかもしれなくってよ?」

 

「(私に為せる事、為したい事……一体なにがあるでしょうか……私の立場、オルコットという家、EUという枠組みの中にいるイギリス、女尊男卑のこの社会……)簡単には見つかりそうにないですわね」

 

「悩んで決めてこそ価値がありますわ。今の世界はIS登場以降ずいぶんと変わりました。女性が力を持つ社会となった。それも一部だけの女性が有している力を、みなが共有している形として、ね。その中の一部の人間としてどう動くか、その影響力は大きなものがありましてよ」

 

「ご忠告、胸に刻みますわ」

 

「それにしても、このスコーン本当においしく焼けていますわね。誰かのために頑張れる心があれば大丈夫です。大成することを祈っていますわよ」

 

小難しい話は終わり、あとはわいわいと女性だけの話で盛り上がった。

 

 

 

???

 

優秀なお姉ちゃんに追いつくために今まで頑張って来た。代表候補生になるために勉強もして訓練もして、専用機まで手に入れた。その専用機はいまだ完成していないけれど……なんで私はお姉ちゃんに追いつけないの。なんでお姉ちゃんは私を認めてくれないの、私だって、私だって……

 

『起動失敗。システム上にエラーを検出しました』

 

どうしてうまくいかないの?一体何がいけないっていうの?どうして、どうして、どうして……!

 

「もう、嫌だ……一体どうすればいいの……」

 

1人で無機質な整備室に居続けていると頭がおかしくなりそうであった。開発途中の、というよりは開発が凍結されたのだが……自身の専用機を受領して以来、放課後のほとんどをこの室内で過ごしている。延々とトライ&エラーを繰り返して少しずつ歩みを見せていた専用機の開発。だがここ数日、いや数週間は同じところを延々と、袋小路に陥ったかの如く繰り返す毎日であった。進展がなければより一層気が滅入るのは当然である。

 

「あれは、もう一人の……いいよね、何の苦労もなく学園から簡単に専用機が手渡されるんだから……みんながどんな気持ちで代表候補生になる努力をしてきたか……専用機を与えられるってことが、どれだけすごいことかなんてわからないのよ……」

 

しかし、一夏にせよカイジにせよ、それがわからないのも当然ではある。望んで操縦者になったわけでも、専用機を手に入れたわけでもない。一夏のほうは姉である千冬と同じ力、零落白夜を得たことを喜んではいるようだが……双方ともに頭ではすごいことだと分かっていても、それに対して感謝の気持ちを持つのは難しいことである。

 

「そういえば本音の監視対象なんだっけ?最近は本音とも疎遠になっちゃったな。私が避けているせいだけど……」

 

本音は生徒会役員として生徒会室に出入りしている。はっきり言って彼女自身はろくに生徒会の仕事はせず、お菓子を食べているだけなのだが……避けている理由としては、生徒会長である姉とのつながりがどうしてもあるということ、また本音自身は一応のところ整備士を志望しているため、なにかとあれば手伝おうとしてくるためである。

 

「これは私が一人で完成させないとだめなんだ。少しでもお姉ちゃんに追いつくために、認めてもらうために……」

 

少女は一人、整備室にこもり続けて作業を続けるのであった。

 


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