成層破戒録カイジ   作:URIERU

88 / 91
夏休みはまずドイツ編から。おおよその筋書きがようやっと決まりました。そこそこ長くなるかな……


独逸

夏休み前のクラスの話題は、やはり夏のイベントである花火や海水浴、夏祭り。いつ行くのか、新作の水着はいつ買いに行くのか、浴衣は着ていくのかetc……女子高生初めてのひと夏、アバンチュールへの期待は相当に高いものであった。そんな中、ラウラに話しかけられたカイジ。ラウラの持ってきた話題は以前の依頼に関連してのことであった。

 

「師匠、話がある。以前ドイツのシュヴァルツバルトに興味があると言っていたな」

 

「一応俺の機体名らしいからな……で、それがどうしたんだ?」

 

専用機を得てすぐにした会話の中で、ラウラに黒い森がどんなところなのかを聞いたことを思い出すカイジ。ラウラはカイジが間接的にとはいえドイツに興味を持ってくれたことを密かに喜んでおり、しかと記憶していたのである。

 

「代表候補生、その中でも専用機持ちはそのデータを本国へと持って帰らなくてはならないのは知っているな。当然私もドイツへ戻るのだが、その時に一緒にドイツへ来ないか?なによりも日本の夏は暑い。シュヴァルツバルトは避暑地として最適だぞ」

 

「(ドイツ、か……一応恩は売ってあるし、万が一のボーデヴィッヒのこともある……あのおじさん、なんて言ったっけな……国賓待遇で出迎えて宴会開いてくれるとかなんとか……ビールと肉料理、悪くないな……待て、今の俺の状態で海外に出るってどうなんだ……?日本人でIS学園所属だから庇護されてるわけであって……だからこそ日本国内を歩き回れる……流石に海外に出たらまずいんじゃねーの……?)魅力的な提案ではあるんだがな、立場上そう簡単に海外へ行くってことは出来そうもない……今回は一人で帰ってくれないか……?」

 

「(やはりだめか。しかし、こんなときのためにクラリッサへ秘策を授けてもらっておいたのだ)じ、実はな、ドイツへ戻るのが少し不安なのだ……私の存在はドイツにとっては目の下のたんこぶ。なにがあるともわからないんだ」

 

ラウラ必殺の上目遣いに加えて、普段の勝気な彼女とは違ったちょっとした乙女らしさを演出してみせる。彼女の容姿と相まって不能やホモでもなければ大抵の男はその魅了に抗えないところであろう。

 

「(それを言われると俺も辛い……ラウラ自身の身柄を確保していることがこちらの強み……それを手の届かない、しかもドイツ国内に行かせるのはまずい……俺がついて行ったとしてどうにかなるか分からないが……とはいえドイツも自国内で……男性操縦者の内の1人に何かがあったとなればただでは済まないか……あとは保険として……)そうか、まぁ俺自身関わったことだからな……ついて行ってやるさ……あぁ、そうだ……織斑先生にも声をかけておいてくれないか……?前に色々とあってな……恐らく奴もついてくるはずだ……」

 

しかし、カイジはラウラ渾身の演技は目にも入れず、今ラウラの置かれた現状について考えを巡らせる。そして思考の結果に辿り着いた安全策、それは千冬を連れていくことであった。千冬が居れば自分もラウラの身も守れるという事に気が付く。

 

「教官に、だと?」

 

「まぁ頼んだぜ……あれでいてお前のことはずいぶんと……大切に思っているみたいだからよ……」

 

そう言い残してカイジは席を立って次の授業、ISの実技演習の準備ために更衣室へと向かっていった。

 

「きょ、教官が私のことを……それにしても」

 

一方残されたラウラはカイジの言葉、千冬がラウラのことを大切に思っている、という部分に頬を緩ませるが……

 

「師匠は、師匠は私の事をどう思っているのだ……?」

 

と、少し悲し気な表情で呟くラウラであった。

 

 

夏休みに入って数日後、ラウラがドイツ本国へと帰還する日になる。そして、ここは国際線JAMのファーストクラス内、そのリクライニングシートにゆったりと腰かけるのは、カイジ、ラウラ、千冬の三人。ラウラはちゃんと千冬へと話を通しており、千冬は二つ返事でラウラの誘いを承諾していた。

 

「それにしてもこの三人で旅行に出ることになるとはな……前の西條のときですらかなりのレアケースだったというのに……」

 

いつものスーツ姿に心ばかりの変装としてサングラスをかけた千冬。女黒服のような装いとなっていた。そしてその手に握られているのはワイングラス。中に注がれている赤紫色の液体は葡萄ジュース、などということはなくファーストクラス客のみに提供される高級ワインが並々と注がれていた。

 

「俺もあんたもこればっかりは乗りかかった船……いや、とっくに乗船済み、航海の真っ最中……途中で下船するわけにもいかねぇってこと……」

 

その千冬の隣へと腰かけているカイジ。その手にグラスは握られていない。ファーストクラスのVIP待遇といえど、ルールを無視しての飲酒は許されなかったようである。

 

「まぁ私も久しぶりにドイツの地を踏むのは悪くないがな……うだるような暑さの日本よりは……避暑地としてのドイツのほうがずいぶんと過ごしやすい……」

 

全体的に寒冷な気候帯で寒さの厳しい冬は苦手であったが、夏は涼しく過ごしやすいため避暑地としては最適であった。

 

「っへ、あんたが望んでるのは暑い中のキンキンに冷えたビールだろうが……」

 

「ほう、どうやらお前はドイツのビールというものを知らんらしいな……」

 

ドイツのビールはキンっキンっに冷えたビールではなく、ほぼ常温のぬるいビールである。カイジもビールが好きとはいっても、海外のビールの知識があるわけではなかった。

 

「なんだって……?」

 

「ま、ついてからのお楽しみだな……ほら、ラウラが退屈そうだ……子守は任せたぞ……」

 

グイっとグラスのワインを呷ってパソコンの電源を入れる千冬。夏休みとはいってもそれは学生の話。教師である千冬たちには夏休み、というものは存在しない。夏休みは夏休みで後期の授業日程を組んだり、課題の作成からISに関する膨大な量の書類の手続きなど様々な仕事に追われている。今回の旅行にしても暇だから来れた、というわけではないのである。

 

「師匠と教官は何の話をしていたのだ?こうして三人で来ているというのに、私一人ばかり仲間外れは寂しいぞ!」

 

ラウラは二人の会話が終わったのをみるや、すかさず話しかける。その声を聞いてカイジが首を向けた先には、すこしばかり頬を膨らませたラウラがいた。二人が会話をしている時、周囲には聞こえないような声量かつどこか入り込み辛い空気が醸し出されている。そのせいで会話に入っていけないのであった。

 

「悪かったよ……別に除け者にするつもりはねぇんだがな……それにしても海外に行くってのはこれが初めてだな、そういえば……」

 

特別貧乏というわけでもかったが、かといって海外旅行へ行くほど裕福な家庭ではなかったカイジ。これが人生初めての海外旅行である。

 

「師匠の初めて行く海外がドイツとは嬉しいぞ!シュヴァルツバルトは行くとして、どこか他に行ってみたい場所はあるか?」

 

「いや、特に下調べはしていないが……ラウラの行きたいところで構わねぇぞ……?」

 

「ドイツ出身の私が行きたいところへ行っても仕方がないだろう!せっかくの旅行だというのに、楽しもうとしなくてどうするのだ!」

 

カイジの返答はラウラにとっては不満なものであった。あまりに消極的、受け身であり、楽しもうという気概が感じられないのである。

 

「まぁまぁ……故郷に帰って来たんだ、行きたいところもあるだろう……?織斑先生の都合もあるから、ドイツにいられるのも3日間だけ……で、実際のところどうなんだ……?」

 

「一体何のことだ、師匠?」

 

ラウラは質問の意図が分からずに首をかしげる。

 

「俺をドイツへ誘った理由だよ……お偉いさんから俺を誘うように言われたか……?」

 

ラウラからの誘いを承諾した後、そもそも自分を誘ったことに疑念を抱いたカイジ。ドイツとの交渉を行いはしたが、自分自身には特に権力はない。正直なところ自分がついて行ったところで、ラウラを守り切れるものではないのである。そうなるとラウラが自分を、あのような理由で誘ったのは妙な事であると言えた。

 

「……師匠は私とドイツへ行くのがそんなに嫌なのか?」

 

「いや、別にそういうことを言っているんじゃなくて……」

 

「そうか、そうなんだな。確かに大臣からの依頼があったのは事実だ。どうだ、これで満足か!」

 

ラウラはふんっと、頬をむくれさせてそっぽを向いた。大臣からの依頼、という裏があった以上後ろめたい気持ちはある。しかし、純粋にカイジを連れてドイツへ行きたいという気持ちはあるのだ。そこの部分を丸無視されて裏を読まれてはたまったものではない。

 

「(まったくこいつは女心というものにはまるで無縁なようだな……とはいえ青少年たちの青臭い世界に首を突っ込むというのはな……)」

 

千冬は仕事をしつつも、二人の動向には耳を傾けていた。そしてカイジの何ともラウラの気持ちを理解しない言動を聞きつつ、内心呆れていた。

 

「おい、ラウラ……(一体こいつは何を怒っているんだ……?ラウラのいう心配事には充分な対処済み……俺だけじゃなくてブリュンヒルデもいれば百人力……それに国の大臣がわざわざ言い出したこと……それならそもそもラウラ自身の身に危険が迫ることもまずないだろうし……全くわかんねぇ……)」

 

完全に拗ねてしまったラウラはカイジの呼びかけに振り向きもしない。

 

「(うぅ、少し大人げないだろうか……?しかし、師匠が悪いんだ、私の気持ちも知らずに……うっ、私の気持ち?この胸のもやもやはなんだというのだ。何を私はそんなに怒っているんだ?こうして旅行ができるだけで嬉しいはずなのに)……」

 

ラウラ自身、なぜこうも不愉快に感じるのか、自分の中に生まれた感情に戸惑っていた。当初はこの三人でまた旅行ができる、それだけで満足だったのだが……

 

「(待て、待て待て待て……果たして私にはこんな時代があっただろうか……そして、私ならどう対応してほしいというのだ……?ISの操縦や戦闘技術についてならどうとでも教えてやれる……だが、このことばかりは私にも分からん……!なんて、なんていうことだ……臨海学校では偉そうな講釈を垂れていたがその実……新兵もいい所ではないか……!)……」

 

青少年たちが行違う最中、千冬は一人自らの過去に思いを馳せてへこんでいた。青春時代をバイトとISに費やした彼女には甘酸っぱい体験などなかった。

 

「……」「……」「……」

 

ここにいる三人、1人は博打に、1人はISに、1人は軍務に、その青春時代を費やしている。カイジの場合過ごした月日としては短いが、あまりにも濃密な時間、常人の何年分に値するかといった人生経験に、脳の大部分が焼かれているとも言えた。最早全員が全員、青春時代というものをかなぐり捨ててきた者たちばかりである。

 

全くかみ合わない恋に焦がれるトリオならぬ、恋の実らぬトリオ。この沈黙の、気まずい空気のまま飛行機は構わずドイツへと向かうのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。