成層破戒録カイジ   作:URIERU

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福本節で書くにはオリジナル部分は難しすぎる、というか状況が伝えづらい。それに加えて文字数があまりにも減るので普通の地の文で書きます。


独逸2

何とも言えない気まずい雰囲気、空気の中で互いの動きを見張っていたが……

 

「(さて、女は度胸だ……だれにでも初めてはある……失敗を恐れていてはいかん……私が導いてやらなければ……)ラウラ、そう拗ねるんじゃない……伊藤も女子の扱いには慣れていないんだ……」

 

何やら覚悟を決めた千冬、沈黙を破り最初に声をあげる。この上なく頼りなさそうな船頭は一体どこへ舵を切るというのか。

 

「そ、そうなのですか……?」

 

そして、流石に教官の声まで無視するわけにもいかないラウラ、疑問符を浮かべつつ応える。

 

「なら是非ともご教授願いたいもんだな、教官殿……?」

 

いかにも大人びた風にして見せる千冬に対して、野良犬はすかさず噛みついた。

 

「(こいつめ、即座に突っかかりおって……)そ、そうだな。私の経験から言わせてもらえば、まずお前は女心というものを全く分かっていない……!」

 

経験、とは一体どこのところから来るものであるのか。一応のところ千冬にも青春時代に男子生徒から言い寄られる、ということもなかったわけではない。が、それに応対している暇は到底なかった。つまり、結局のところ経験と言えるものはない、のである。

 

「女心、ねぇ……そいつはたしかに一理ある……正直言って無縁の世界だったからな……」

 

「そうだろうな……お前は女に対する配慮が足りないんだ……まずはラウラがお前に対して……なんで怒っていたのか、それが分かるか……?」

 

とはいえ千冬も教師、未経験のことなれど筋道を立てつつ考えていく、という基本は忘れない。まずはラウラがなんで怒っているのか、それに着目させつつ話を展開していくことにしたようだ。

 

「(ラウラが不機嫌になったのは俺を誘った理由を聞いてから……)大臣から依頼があったということを隠しておきたかったのに……その裏を俺が読んだからか……?」

 

が、筋道を立てても駄目なものは駄目。理解できない事柄は結局理解できない。完全にずれたカイジの返答である。最初にラウラが不機嫌になったのは、もうすこし前のところからである。

 

「そういうことだ、依頼云々はなくとも……ラウラはお前自身についてきてほしかったのだ……自分に危機が及ぶ可能性があろうとなかろうと……女というのはみんな、守ってもらいたいものなんだ……だろう、ラウラ……?(私にも誰かに守ってもらいたい、と思っていた時期があったな……だが、周囲の大人たちはだれも……私たちを守ってくれようとはしなかった……だから私は束と共にこの世界の……)」

 

そして、教える側も教える側でずれている。一般論的な女は守られたい、という部分に着目したのは悪くはない。悪くはないのだが、今回の件でいえば要点はそこではない。

 

「う、そう、なのでしょうか……?」

 

そのためラウラも肯定しきれず、かといって自分にも分からぬ分野、分からぬ感情であるため否定もし切れない。そして、ラウラにとって千冬はいわば理想、到達点の一つでもある。そもそも、千冬の言葉を否定し切ることは彼女には難しかった。

 

「別にラウラのことを守ろうっていう気がないわけじゃねぇ……ただ、おれが出来ることにも限界はあるしな……それ故の教官殿っていうか……まぁなんにせよこれで心配することはねぇよ……」

 

「師匠が私の事を考えてくれているのは分かる、分かるのですが……(この気持ちはそうではない気がするのだ……私はただ師匠に……)」

 

自分はカイジに、その先の……その答えはラウラの中には出て来なかった。

結局、気まずい空気のまま飛行機はドイツへと到着することになったのであった。

 

 

結局のところ気まずい雰囲気のまま、3人を乗せた飛行機はドイツ南部にあるシュトゥットガルド空港へと到着した。VIPである一行は一般客とは違う場所へと案内され、空港内を進んでいく。いくつかのゲートを超えた先、扉を開けて待っていたのは……

 

「「Willkommen in Deutschland Bruder!(ドイツへようこそ、お兄様!)」」

 

そう言ってカイジたち一行を出迎えたのは、ドイツの民族衣装ディアンドルを身に纏った少女達。何を隠そうシュヴァルツェア・ハーゼの隊員一同である。お兄様、という呼び名をだれが決めたかのかは、周知のことであろう。

 

「お、おい、なにを……」

 

いきなり美少女に取り囲まれたカイジ、流石に動揺は隠せない。敵意も全くなく無邪気、遠慮なく群がられる。自身に思惑ある者や敵意を抱く者には敵意を返せばいい。しかし、セシリアやラウラの事から見てわかるように自分に友好的に来る相手、それも女となれば対応の分からぬカイジであった。

 

「これが噂の元隊長の……」「思ってたよりもさえない感じぃ~?」「でもでも、こう見えてすっごい切れるんだよ、きっと!」

 

無遠慮に体に触れてくる黒兎達。中には背中に飛び乗る者、腕に胸を押し付ける者まで様々である。彼女たちに押しやられたラウラは、離れた位置から黒兎に群がられるカイジを眺めることになった。

 

「(こいつら全く遠慮がないっていうか、初対面でなんでこんなに馴れ馴れしいんだ……それに流石にこれは、厳しい……!)」

 

カイジも男、一条からもらった高級会員制クラブのカードを破り捨てはしていても、あの時は意地もあったし淫蕩に耽る状況でもなかった。言ってしまえば全く女性に興味がない、というわけでもない。ギャンブルに脳を焼かれていたとしても男である。ただ過去の経験と今の女尊男卑という情勢から、学園内では女性に対して慎重にならざるを得なかったのである。

 

「(う、うぅ、あんなだらしない顔をして!私では、私ではダメなのか?私のこの体では……!)」

 

ぺたぺたとつるぺたな自らの胸元を両手で叩きながら悔しそうに臍を噛むラウラ。隊員の中でも何故か差があって、発育に恵まれている者はいる。昔は胸などあっても邪魔なだけ、軍人として生きる自分には必要ないと考えていたものだ。しかしこうなるとカイジの背中で自由に形を変えるあの大きな脂肪の塊が、なんとも憎たらしく見えるのであった。

 

「(あ、やばいよ、元隊長の顔が)」「(あぁ~、あれは確実にきてるね)」

 

ラウラの顔を見た隊員の数人が危険を察知したのか、すっとカイジの体から離れていく。しかし、背中に飛び乗っている娘は少しばかり鈍いのか、そのことに気付かずカイジがうろたえる姿を楽しんでいた。そこへ……

 

「師匠!!」

 

「っうぉ……!急に耳元で大声をだすなよ……」

 

何故だか敬礼して脇に下がった黒兎の間を通り、カイジの元へたどり着いたラウラの怒号が響き渡る。元々はあまり感情の起伏が激しくないラウラであるが、飛行機内の事、不明な胸のもやもやとした何か、そして、何よりもあのだらしのない表情に、ずいぶんと揺さぶられたようである。

 

「私は専用機を研究所へ届けて来る!明日のシュバルツヴァルトでの会食までは別行動だ!それではな!」

 

最早カイジの反応すら待たず、ラウラは背を向けてつかつかと出口へと向けて歩いていく。

 

「あぁ!元隊長待ってください!」「ごめんなさい、調子に乗りました~」「私たちは元隊長のほうの護衛なんです!」

 

「えぇい、私に護衛などいるか!誰もついてくるな!私なら平気だ!」

 

そこへと寄って来る黒兎達を振り払い、扉の向こうへと消えていったラウラであった。

 

「一体なにを怒ってんだ、ラウラは……それに会食って……?」

 

「これが今はやりの鈍感系主人公というやつですね!さすがは日本男児、いや、作品が日本男児の在り方に合わせているのか?うぅむ、深い!」

 

ラウラを見送りながらも、クラリッサは相変わらずであった。

 

「何言ってんだ、あんた……?」

 

「いえ、戯言です。お聞き流しください。さて、改めて挨拶を。Guten Tag、私はクラリッサ・ハルフォーフ大尉。ボーデヴィッヒが隊長を務めていたシュヴァルツェア・ハーゼ部隊の現隊長です。会食については後で説明いたしましょう。これよりハーゼ部隊は、あなた方の警備の任につかさせていただきます」

 

そう言い握手を求めて手を差し出すクラリッサ。その姿を見た黒兎達はさっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のようにさっと彼女の後ろに控えて整列をする。

 

「あ、あぁ、よろしく頼む……俺は伊藤開司だ……で、ラウラのことはいいのか……?」

 

「実際のところ専用機持ちであるボーデヴィッヒが相手にできないとなると、ハーゼ部隊員がいても正直どうにもなりません。護衛する必要がないという意味でなく、ISに限りがある現在では有効な護衛が付けられない、といったところでしょうか(というよりは、ドイツ国内において危険性もないのですが、ね)」

 

「そうかい……まぁあんたらも分かってるとは思うが……今のラウラに手を出すことは、男性操縦者と更には……ここにおわすブリュンヒルデに手を出すことと同義、だからな……?」

 

その言葉に納得し切ったわけではないが、確かにクラリッサのいう事には一理ある。ラウラの腕前を良く知っているカイジとしては、敵にISが出てこない限りは、あるいは出てきたとしてもそうそう敵になることもなければ、逃走すらできないということもないはずである。とはいえ、脅しをかけておく必要はある。

 

「それは我々一同心得ております。国の危急とボーデヴィッヒを救ってくれた恩人に、また我々の教官に弓引くほど恩知らずではありません。ただ命令としてだけではなく、誇りを持ってこの任務を遂行することを誓います」

 

敬礼をするクラリッサに倣って、黒兎達もカイジと千冬に向かって敬礼を行う。年頃の少女達とはいえ、相応以上の訓練を受けてきた彼女たちの切り替えは早いものである。

 

「まず本日は我々の宿舎へ来ていただきます。少々質素なものにはなりますが心を込めてもてなしましょう」

 

「俺は別に構わねぇよ……質素な食事には慣れてるからな……最近はずいぶんと良い食事ばかりだが……」

 

最近ではセシリアの料理の腕も上がっており、時折調味料の加減などを間違えることはあれど、十分においしいといえるものになってきている。なによりIS学園の食堂の食事はカイジからしてみれば相当にレベルが高く、学生相手には贅に沢を尽くしたものであった。

 

「(前にぽろっと漏らした柿ピーの欠片を分け合うとか何とか……酒の席での与太話ではなかったということか……?だが、例えそれが真実だとしても……今の日本でそんな生活を送る人間などそうそういるはずもない……それに伊藤はやせ細っているわけでも、栄養状態が悪い訳でもない……そこまで食うに困った生活を送っていたとは思えんが……?)ハーゼ部隊のつくる芋料理はおいしい。そうだ、明日にでもラウラにクヌーデルが食べたい、とでも言ってやれ……それだけで機嫌もよくなるだろう……」

 

地下生活の食事はずいぶんと質素なものではあったが、栄養バランスが悪い訳ではない。むしろ過酷な肉体労働を伴う仕事に従事させる以上、そこの部分には気を使われていると言っても過言ではない。使い潰しても問題はないが、借金分はせめてもで働かせなければならないし、安価な労働力というのも貴重ではあるのだ。食事を良くした方が、食費を削るよりも儲けに繋がるのである。衛生条件や医療条件は最低限度のものではあったが……

 

「(ナイスフォローです、教官!そこに、毎朝、を付け加えれば完璧だったのですが、そこまではお節介というものでしょう)ボーデヴィッヒの作るクヌーデルは絶品ですからね。さて、出発するとしましょう」

 

「あぁ……って、周りの奴らはどこに……?」

 

カイジがハーゼ隊員から目を離していたのは数秒のことであったはずだが、いつのまにやら姿を消している。護衛につく、といった人間が消え失せているのだからカイジが疑問に思うのも当然だが……

 

「あの人数がいては否が応でも目立ってしまいます。今からの道中、通り過ぎる人の顔をよく見ていれば、見た顔があるかもしれませんね」

 

木を隠すなら森に、人を隠すなら人混みに、黒兎達は普通の服装をしていればどこからどう見ても一般人の少女である。鍛えられた者特有の目配りや歩きはある者の、それを隠せないほど未熟でもない。

 

「なるほどね……ここに要人がいますよって知らせながら歩くことになるもんな……じゃあ俺も……」

 

そういってカイジは帽子とサングラスを取り出す。これは会長との勝負で借金を負い地下に送り込まれるまでの間、帝愛から身を隠すために使用していた変装グッズである。

 

「(またなぜそのようなものを……単純に今回のために用意したものか……いや、伊藤の荷物をまとめた際にあったはずだ……つまり、誰かから身を隠す必要があった、ということか……全く謎だらけだ、こいつは……)」

 

変装などして身を隠す、などという事は通常の生活を送っていればまずないことである。自分のように有名人になるか、なんらかの犯罪を起こしたか……カイジの言葉を拾い、千冬は徐々に徐々に推論を組み立てていく。いつの日か、千冬がカイジの真相に辿り着く日は来るのか、否か……

 


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