ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
「放せっ、放しやがれっ、こんちくしょう」
ガチャガチャと金属の鎖を震わせながら、彼はわめき続けていた。
その何も無い無機質な金属の壁、床に覆われた空間には3人の人影があった。
一人は彼。赤の和風の装束にその身を包んだ彼は、後ろ手に拘束された上、天井から逆さに鎖でつるされている。そしてその全身を激しくゆすりながら、目の前に立つ男に向かって吠え続けていた。
そんな彼の隣には、逆さにではないが天井から伸びた鎖で両手を上げた状態で吊るされている、やはり赤系統の服を纏った桃色の髪の少女の姿。彼女は喚き続ける彼に小さく呟いた。
「やめなさいよ、クライン。じたばたしたって今は無駄よ」
「へぇ、あんたは随分肝が据わってるなぁ。これはたっぷり楽しめそうだぁ、ひひひ」
「ぃ……」
下卑た笑いを浮かべながらそう彼女に声を掛けたのは、紫のインナーに黒の薄い胸当てを付けた一目でプレイヤーと分かる男だった。彼はそのまだ幼い顔にどす黒い欲望の感情を貼りつかせて少女を見る。
「てんめぇ‼ リズベットに話しかけて俺を無視すんじゃんねーよ、この雑魚が‼ いいか今に見てろ、この俺がぎったんぎったんのばらっばらにしてんやんからな‼」
そう吠えるのは逆さづりのクライン。
邪悪な笑みを浮かべたその男は、クラインを見ながら手に持ったメイスで自分の肩をぺちぺちと叩きながら言った。
「野郎に用はねえんだよ。てめえはそこでこの女が犯されるのを黙って見てればいいんだよ、ひひひ。さぁて、お嬢さん。気持ちいい事しようじゃねえか、いひひ……」
言いながら、片手でリズベットの服の胸を掴もうとする男。
クラインはゆっくり動いているその男に向かって、ニヤリと口角を上げて笑った。
「おい、この粗チン野郎。おめえにその女を満足させられるわけねーだろうが、ばーか。いいか、そいつは筋金入りのヤリマンだぞ。お前程度のクソ不細工なやつじゃ、恥かくだけだ。やめとけやめとけ。そいつを満足させようと思ったら、少なくとも俺くらいタフにならねえとな。よし、なら俺がレクチャーしてやるぜ。その女の感じるところはなぁ……」
「だまれよ」
急に男がその向きを変えてクラインに向かってその手に持った大きなメイスを叩きつける。
ドゴンと大きな音が鳴り響き、クラインの横腹に真っ赤なダメージエフェクトが走る。その明らかに殺す勢いで放った攻撃に対し、クラインは言葉を続ける。
「なんだ? 図星だったのか? この粗チン。逆上して武器使うとか、ホント小物だなお前。おら、どうした。もっと殴ってこいよ。おら、おらおら……」
ドゴ、ドゴ、ドゴ、と何度もその身体、頭にメイスの打撃を受けるクライン。彼は逆さづりのまま、ずっとニヤニヤと笑い続けている。
男は顔を真っ赤にしてひたすらにクラインを殴っていたが、そこへ横から別の男の声が掛かった。
「もうやめろ『テツオ』。これ以上やったら大事な人質が消えちまう」
「す、すいません。『ササマル』さん。こいつ本当にむかつく野郎で」
ササマルと呼ばれたその少し小柄な少年のような男がクラインに近づき、そしてその様子を観察してからポツリとこぼした。
「どうせゲーム内のダメージじゃ『痛み』なんてほとんどないんだ。いくらやったって無駄だよ。なあ、おいあんた。あんたあの攻略組の一翼だった『風林火山』のリーダーだったんだよなぁ。なら、さぞかし強いんだろうなあ」
ササマルもニヤリと笑みを浮かべて返した。そして
「おい、テツオ。『ダッカー』のやつに、こいつの指の爪を全部剥がさせろ」
「やめてっ」
「よせ、リズベット!」
そのササマルの言葉に真っ先に理解し反応したのは彼女。だが、クラインはそんな彼女の言葉を遮った。
テツオとササマルの二人はそんな二人の様子をニヤニヤしながら見つめた。
「ゲーム内は痛みは薄いが、さすがに生身の身体にそれをやられたら、どうなるだろうなぁ」
楽しそうに微笑みを浮かべる二人に、クラインは言う。
「ずいぶん楽しいこと考えんじゃねーかよ、てめえら。てことはなにか? 俺らはやっぱりお前らに捕まってるってことなんだな。かっ、自分で白状してりゃ、世話ねーよな」
「ほう、容赦はしていないのに顔色一つ変えないか……流石は攻略組だな」
「え……?」
そのササマルの言葉にリズベットは真っ青になって息を飲む。そして、隣のクラインの顔を静かに見下ろした。
そこには、さきほどと変わらずに挑戦的な瞳のままに笑みを浮かべたクラインの顔。
彼女は察してしまった。
今、この瞬間も、彼の『身体』は傷つけられているのだと。
身体が強張り、震えが湧き上がるのを必死に堪える。
クラインは彼らに対しての罵声をやめなかった。
あくまで、冷静に、あくまで辛らつに、彼らのことを、彼らの行為をなじり続けた。
そして、どれくらい経ったのか……。
彼ら二人がぽそぽそと何かを囁き合っているそこへクラインが怒鳴ったとき、代表するようにササマルが笑いながら返事をした。
「いやあ、さすがだねクラインくん。今回は君のその忍耐力に免じてここで退散するとしよう。『あの人』ももうこれ以上傷つけるなと言っているようだしな」
「てんめえ、ざっけんなこらっ! 待てっこら! まだ終わっちゃいねえだろうが」
その怒声に牢を出ようとしているササマルが振り返りながら言った。
「まあ、勘弁してくれ。
カチャリと閉まった牢は自動的に施錠され、そして鉄格子状の空間から外の景色が消える。そして、中は完全な静寂に包まれた。
「けっ、なんだあの連中は。ほんとにムカつくやつらだ。よお、大丈夫か? リズベット。その、悪かったなさっきはヤリマンだなんだ、ひどいこと言っちまって」
「ごめん……ごめんねクライン。私の為に……」
ぽろぽろと大粒の涙を流すリズベットに、クラインは逆さまのまま答える。
「おいおい、泣くんじゃねえよ。こういうとき、男はかっこつけるもんだろうが。ま、ちっと無茶した感じではあるけどな。どうせならゲーム中は身体の痛みも完全カットしてくれればよかったのにな。あ、メディキュボイドとかじゃねえとだめか」
「うう……うえぇ……ごめん、ごめんね」
嗚咽が収まらないリズベットに、クラインが陽気な声をあげる。
「なんだ、そんなに悪いと思ってんのか? そしたらな、今度飯でもおごってくれや。あ、ラーメンとかじゃねえぞ、ちゃんとしたやつ頼むからな」
「うん……うん……わかった。でも、クライン、それじゃ何おごればいいか、わかんないし」
「お、やっとちょっと笑ったな。お前は笑ってる方が似合うぜ。笑ってりゃいいんだよ、大丈夫だって。こういうときはいつだって絶対にお前の大好きなキリトくんが助けに来てくれるんだからよ」
「……ばか」
「ははは……は…………」
その笑い声を最後に、彼は静かになる。
リズベットは気を失ってしまったクラインを涙で滲んだ瞳で静かに見つめ続けた。
そして、そっと目を瞑り祈るように念じる。
心に描くのはあの漆黒の剣士。そして、次々に浮かぶ仲間たちの笑顔。
お願い……お願い、キリト……
私たちを助けて……
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