ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
上位ポーションを飲み続けているというのに、両手が重い。
ひたすら走り、ひたすら戦い、そしてひたすら進み続けている俺たちは、早くも疲労の限界に達していた。
そんな動けなくなった俺たちがやっとたどり着いた階層……。
ここは……。
『第66層シェヘラザード・主街区』
今はアインクラッドも真夜中の設定になるのだろう。しかし、この階層はまばゆいきらめきが溢れていた。
乾いた空気が運んでくるのは様々な香辛料の香り。そして夜だというのに煌々とテントや建物を照らすのは、たくさんのランプの輝き。
そんな明かりの中を大勢のNPC達が忙しなく行き交っている。頭にターバンを巻いた商人や、ぎりぎりまで服を短く薄くした、露出の多い妖艶な踊り子たち。そう、ここはまるでアラビアンナイトの世界だ。
夜中でも活気のあるこの
かくいう俺も、物見遊山で1度来たことがあるが……正直、ソロの俺が一人で来ても楽しくはなかったけどな。
そんな街を眺めながら、隣に座る深紅の鎧のユージーン将軍がポツリと呟いた。
「随分と賑やかな街のようだな。このような時でなければ、酒宴でも開きたいところだが……」
「よい考えであるなぁ。それを機会に、サラマンダーとシルフの友宜を深めたいものだ」
「ちょっとちょっとサクヤちゃーん。ケットシーも仲間に入れてよぅ」
軽くそう言い合っているのは、各族長たち。ここまで俺と同様に……いや、俺以上に疲弊しているはずだろうにも拘らず、こうやって明るく振る舞えるのは流石だと思う。
「それにしてもキリト君はつっよいねー。さっきのボスだって、あの二刀流のすっごいソードスキルで瞬殺だったし」
そう笑顔で話すアリシャさんに、ユージーンも頷いて返した。
「そうだな。あの剣戟は凄まじかった。噂では聞いていたが、まさかあれほどのものだったとは……私の8連戟など、霞んでしまうよ」
「いえ、あれはそんなんじゃないです。もともと旧SAOのシステムに組み込まれていた技ですし、ユージーン将軍のように自分で編み出したわけではありませんから。それよりも、ここまでのボスの連戦と大量の補給を提供してくださったこと、本当にありがとうございました」
俺はとにかく頭を下げた。
俺の胸に沸き上がる感謝の念をなんとか形にしたかったから。
今俺が手にしているこのポーションも湯水の様に使い続けている転移結晶も、そのほとんどはシルフ、ケットシー、サラマンダーの各部族から提供されたものだ。
彼らがいなければ、俺はここにいない。
強くそれを感じていた。
× × ×
今回の攻略……。
これは当初から実現不可能だと多くの者が思っていた。
かくいう俺も気持ちの面ではなんとかしたかったが、現実的には非常に困難だということを理解してしまっていた。
理由は簡単だ。
“時間が足りない”
そう、圧倒的に攻略の時間が足りないのだ。
通常階層の攻略は、主街区を含めた各街の存在するフィールドを突破し、迷宮区へ侵入後はマッピングをしながら最上部のボス部屋へ到達、それを撃破し翌層へと至るわけだが、普通はどんなに早くとも迷宮入り口までモンスターを倒しつつ進むのに1日から2日の時間を要する。そして迷宮内に関しては、ルートを探しつつトラップをかわし、最上部へ到達するのにやはり2日はかかるのだ。これが強力なフィールドボスの出現や複雑な仕掛けがあったりするとさらに数日の時間がかかり、そしてボスに関しては複数回相手の行動パターンを読むために時間を使い、そして満を持してレイド戦で撃破する……これが基本のパターンであった。
当然だが、今回の24時間というリミットは短すぎ、こんな悠長な攻略をしてはいられなかった。
仮にボス部屋までのすべてのルートが確保された上で、到達最優先で走って向かったとしても、各層ごとに約2時間はかかってしまう。
59層を出発して75層のボスエリアまでの16層を突破し、15体の階層ボスを倒す必要のある今回、この最短時間でたどり着いたとしても厳しいのだ。
ではどうするか。
俺たちは何をしたのか。
その答えは、やはりこの3人の族長たちがくれた。
まず、今回このSAOアインクラッドの攻略をするにあたり重要な要素が見つかった。
それは『レベル』。
魔法あり、熟練度ありのALOと違って、SAOは魔法なし、ソードスキルあり、レベル制というかなり偏った設定のゲーム。ソードスキルに関してはALOにも導入された関係上、SAOと同等のダメージ補正が掛かるためモンスターにも有効ではあったのだが、問題は『耐久値』だった。
今回の緒戦で明らかになったのは、この今いるアインクラッドのボスモンスターの攻撃をALOプレイヤーには一撃も耐えることが出来ないということ。
なぜなら、彼らのレベルは全員『1』になってしまっていたのだ。
現在、俺のレベルが『105』。アスナのレベルが『99』。これは、SAOクリア当時のレベルとほぼ同じ値。
ALOのプレイヤーも熟練度という枠で各数値の上昇はあるのだが、それは彼らSAOプレイヤーのそれには全く追いついていなかった。言うなれば、SAOプレイヤーの身体レベルは超人の域であったのだ。
この事実が判明したあとの族長達の行動は早かった。
まず『後方支援部隊』として集められたプレイヤーに転移結晶や希少な回廊結晶を大量に購入させ、それを前線の俺たちに送り続ける。そしてボス撃破後、次階層に至ったところですぐさま妖精のみで構成された『先発部隊』に飛翔の上で迷宮区入り口へと向かわせる。
このアインクラッドがどうやらあの茅場晶彦のつくったSAOのそれと近似であることから、対空戦闘、及び空戦能力を持ったモンスターが存在しないのではないかとの予測からだったが、これが的中した。
60層からここまで、まだこの先発隊の戦闘は確認されていない。そして、入り口にたどり着いたその部隊はすぐに回廊結晶を用いてそこに座標を固定し本部のある主街区へ帰還。その後結晶を用いて、今度はSAOプレイヤーを含めた『迷宮突破部隊』に最短ルートでの迷宮踏破を行わせ、そしてボス部屋前で再び回廊結晶。そこに俺たち『ボス攻略部隊』が突入し、翌層へと進む。
そう、こうやって俺たちは最短時間をさらに短縮して進んでいるのだ。
この66層到達に所要した時間はわずか5時間。各層を1時間を切る猛烈な勢いで突破し続けていた。
× × ×
「よしてくれ、キリト君。君たちのために何かしたいと思ったのは我々の方だ。こんなイレギュラーにあって、我々に出来ることなど高が知れているがな」
そう話すサクヤさんに俺は顔をあげた。申し訳ない思いと、嬉しい思いがない交ぜになって胸を打つ。思わず、目頭が熱くなるのを感じて再び下を向いた。
そこへサクヤさんが再び声をかけてきた。
「それに、このSAOの攻略は君たちの力あってのものだ。現にボス戦は君が一番奮闘しているし、迷宮探査にはユージーン将軍が連れてきた『彼女』の力が不可欠だしな」
そう言われて将軍は腕を組んだまま答える。
「ああ、まさかあいつがSAOで『情報屋』なんてのをやってたとはな、俺も知らなかった。ここに付いてきてくれたことには本当に感謝してるよ」
「感謝する必要はナイ。オレっちは久々にキー坊に逢いたかっただけだシ。ユージーン、お前にはきっちりお金もらうシ」
急に背後に近づいてきたのは、フードを深く被った小柄な少女。顔にはネズミの髭のような模様が描かれている。こいつとももう随分長い付き合いなんだなと思うと、感慨深いものもあるけど……。その隣には、オレの方を向いてにこりと微笑むアスナが立っていた。
ユージーン将軍はそう言われ、慌てた様子で立ち上がって叫ぶ。
「お、おい、アルゴ、お前幼馴染から金とるのかよ。今キリトに逢いたかっただけって言ってたろ?」
「それはソレ。これはコレ。ニシシ。じゃあ、きっちり払って貰うよ、『100万』ダゾ」
「んなっ! ひゃ、100万だと! ったくしかたねえな、足元見やがって。おら、100万ユルド、先に払っとくぞ」
と、コンソールからALSの通貨を100万選択したユージーン将軍がアルゴにそう言うと、
「何言ってンダ。ユルドじゃなくて、『円』に決まってるダロ。オレっちがいなかったらこんだけ詳細な敵モンスターとか、迷宮のルートとかの情報は手にならなかったんダゾ」
「「「円っ!?」」」
コレにはさすがにその場の面々が驚愕した。
いや、さすがに円はないだろ……と、俺も冷や汗をたらしていたら、なぜか族長たちがみんなで俺をジト目で見つめてくるし。
いや、ないない、そんな大金持ってないから!
目に力を入れて無言で必死にソレを訴えていたら、はあっとため息をついたサクヤさんが、
「仕方ないのぅ。人の命もかかっているし、今回は私が全額払っておこう」
「「「「「「「「マジでっ!?」」」」」」」」」
さすがにこの発言には周りにいる全員が絶叫した。
いや、えと、ほんと、マジですか?
聞いてみたら、どうやらサクヤさん、会社をいくつも経営している実業家さんだって。
ゲームで族長やりながら、リアルで社長業やってるとかすごい人って、本当にすごいんだな。これを会社の経費で落としちゃおうとか、発想の基準がすでに違いすぎる。
アルゴの奴もホクホクした顔してるけど、最終的にはサクヤさんにリアルもバーチャルも良いように操られる未来しか俺には見えないのだけど……。あと、誰もつっこんでないけど、アルゴとユージーン将軍幼馴染ってどういうこと? 親子じゃないの?
そんな風に思っていたら、肩をぽんぽんと優しく叩かれ、ハッと我に返ることが出来た。
立っていたのは当然、笑顔の彼女。
「キリト君、売ってたよ」
「ありがとうアスナ。さすがにこの連戦だと剣も酷い状況だからな、助かるよ」
隣に座ったアスナが俺にアイテムを譲渡してくれる。渡してくれたのは『応急修理キット』。
これは武器の耐久値を若干回復してくれる。
武器は通常『鍛冶スキル』を持ったプレイヤーやNPCに修理を頼むのだが、今はそんな時間はない。
そこでこのキットを使うことにした。
すでにフィールドボス2体と、階層ボス6体を倒している俺の剣はもうぼろぼろだ。
このまま耐久値切れで破壊されるのだけはなんとか防がなくては。リズの有り難みを感じつつ、彼女の救助の決意を改めて固めた。
「絶対リズ達を助けようね」
「ああ、もとよりそのつもりだよ」
二人で並んで剣の整備をしながらそう話す。そこにアリシャさんが割り込んできた。
「でも、この分なら余裕そうだよね。あの気持ち悪い声のやつ、今ごろ焦ってんじゃないのかな。まさか私たちがこんなに早く階層を突破してくるなんて思ってなかったんだろうし。さっさとクリアーして、あいつの顔を拝んでやっろーう! にははは!」
明るくそう言ってくれたアリシャさんに、俺も笑って返した。苦笑いだったけど。
俺には不安だったんだ。
あいつが……『リヴェンジャー』が……俺達に、ただゲームをクリアさせることを目的としているとは到底思えなかった。
あいつにとっては、この今の俺達の状況も規定路線だったのではないか……。この今の俺達の状況こそ、あいつが最も望んでいることなのではないだろうか……。もしそうだとするのなら、あいつの『本当の目的』とはいったいなんだ……。
「……リト君? キリト君?」
「ん? あ、ああ。アスナ?」
不意に呼ばれて顔を上げれば、心配そうなアスナの顔。俺は彼女に笑いかけながら、剣の手入れを再開した。
「どうしたの? また怖い顔してたよ」
そう言われて、思わず聞き返してしまった。
「アスナは奴のことをどう思う? あ……わ、悪い。聞かなかったことにしてくれ」
慌てて取り繕ったがもう遅い。
言ってしまった言葉はもう戻らない。
アスナはあいつに殺されかけたんだ。それもほんの少し前に。
今は高性能のVRマシンのおかげでこの世界に来れているが、実際の肉体は重傷なのだ。
そして、そんな犯人のことを聞いてしまった自分の浅はかさに自己嫌悪に陥ってしまった。
しかし彼女は少し悩んだ顔をしてから、普通に答える。
「いいよ、大丈夫だから。あ、えっと、実際は怪我をしてるから大丈夫じゃないんだけど、そうじゃなくて、なんて言えばいいのかな……」
特に怯えた様子もなく俺を向きながらそう話す彼女の言葉に俺は驚愕した。
「もしあの人が、このゲームを始めたさっきの『声』の人と同じだとしたら……私を刺したあの時、私を殺す気はなかったんじゃないのかな……って」
「え?」
その答えはあまりに予想外すぎた。
突然にナイフで腹部を刺されたのだ。恐怖して当然のはず。しかし、彼女は続けた。
「キリト君も知ってるでしょ? 殺人者が人を殺すときの顔」
言われて思い返されるのは、あのレッドプレイヤー集団『ラフィン・コフィン』の面々。あの殺人者たちを討伐したあの時、奴らは最後まで人を殺すことに執着し、そのためだけに刃物を振るっていた。そんな彼らに対して俺も剣を振るった。奴らを殺すために……二度と人殺しが出来ないように、息の根を止めるために。
もう克服したと思っていたその時の恐怖が再びゾワリと湧き上がるのを感じながら、でもアスナの方を向いてコクリと一つ頷く。
それを見て、アスナは言った。
「あの時……殺気を感じなかった……」
真剣な瞳を俺に向けるアスナ。
俺はそのアスナの感覚を無視できない。俺も彼女も何度も死線を潜り抜けた。そしてたどり着いた生と死の狭間の境地。その感覚はそこに居たモノにしかわからないものだ。だから、俺にもわかる。
「なら……あいつはいったい何のために……」
「それは……」
アスナと見つめ合ってその答えを模索し始めたその時、転移門が輝き、そこから迷宮踏破を終えたシノンやリーファたちがその姿を現した。フラフラになって。
「キリト、ボス部屋目の前だよ。後は頼んだよ」
はあっと息をついて崩れるようにしゃがみこんだシノンにそう言われ、俺とアスナは頷き合って立ち上がった。
そして色々なポーションをシノンたちに渡してから、言った。
「ああ、まかせてくれ。みんな、次のボスは『ブラスト・ザ・ドラゴングレイブ』だ。奴の弱点は……」
言いながら、ユージーン将軍や、サクヤさん、アリシャさん、同行している元青龍連合や血盟騎士団の数人、それと、クライン達を助けるべく来てくれた風林火山の5人を見渡す。
みんな疲労はあるが、目に力を宿して俺のことを見てくれていた。
今は、戦おう。考える前に。
仲間と呼べるみんなと共に。
きっと、その先に答えがある。
ボスの説明を即座に終えた俺は一度アスナを見た。彼女も強く頷いてくれる。そして、俺は言った。
「行こう! そして勝つぞ!」
おうっ……と、一斉に声が上がり俺達は手にした転移結晶を作動させた。
光が全員を包んでいく。
次の戦いに神経を研ぎ澄ましつつ、俺はふっとよぎったアスナの言葉を口の中でつぶやいた。
「……殺気を感じなかった……か……」
その意味するところを、俺達はまだ誰も気が付いていない。
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