ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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二つの黒い影

 薄暗いその巨大な空間には壁面に点在する篝火のような光源の他には何もなく、この部屋がいったいなんの為に存在しているのか、それを判別するための材料は皆無に等しかった。

 だがかつてSAO最前線で戦った者達ならば、あるいはすぐに分かったのかもしれない。 

 この場所がかつてないほどの強力なボスモンスターの巣であったことを……そしてこの空間での戦いで、あの地獄のデスゲームが終了したのだということを。

 

 今、この場には一人の人物が佇んでいた。

 その全身は真っ黒なローブに包まれ、深く被られたフードの為にどのような容姿なのか全く外観からは想像がつかない。 

 そんな『彼』は、ひとりそのフードに隠された深淵の暗闇の内から、頭上に展開された巨大なスクリーンに映し出される光景を見つめ続けていた。

 そこに映されているのは巨大な鎧を纏ったかのような第72層のボス、黒い巨人『ヘリオス・ジ・エクスキューショナー』。そしてそれと戦うたくさんのプレイヤー達の姿。その中には当然、『彼』が追う、黒の剣士の姿もあった。

 その手には漆黒に染まったレアドロップの片手剣『エリュシデータ』と、金色に光り輝く宝剣『エクスキャリバー』が握られている。

 彼はタンク(盾持ち)が攻撃を受けた間隙をついて、一気にヘリオス・ジ・エクスキューショナーの懐へ飛び込む。そして両手の剣を凄まじい速さで振るい、七色に輝くエフェクトを辺り一面に撒き散らせながら、ヘリオスの身体を切り刻んでいく。そして一気にレッドゾーン近くまで相手のHPを削り混んだ彼は、ソードスキル使用後の硬直に陥る寸前に両方の剣をクロスに構え、その姿勢のまま敵の一撃を受け流し、少し離れた地点に着地。そして代わりに飛び出していく白の装束の少女の後を追い、何もなかったかのように再び跳躍し、敵の死角から再び斬撃の嵐を叩き込んだ。

 『彼』はただ黙って黒の剣士の勇姿を見つめ続ける。

 時を止めたようにそこに立ち続ける『彼』は、まるで恋い焦がれる想い人のことを追うように彼の姿を追い求め続けていた。

 

 そのような静寂の中に、違和が混ざる。

 彼しかいなかったこの広い空間に、コツコツと足音が響いていた。

 それの音は次第と大きくなるも、『彼』はそちらへは視線を向けない。

 やがて、足音は『彼』のすぐ近くまできて急に途絶える。代わりに、男性の声が響いた。

 

「素晴らしい活躍だな。さすがはキリト君。SAOをクリアに導いた伝説の『黒の剣士』。彼なくして、やはりソードアート・オンラインを語ることはできないよな。なあ、あんたもそう思うだろ?」

 

 その男はフーデッドローブ姿の『彼』に向かって、そう語りかける。しかし、『彼』は視線をそちらへむけることはなかった。ただ、黙して頭上のスクリーンを見つめている。

 

 男はそんな様子を見ながら、肩をすくめてやれやれと首を振った

 男の容姿は非常に若かった。

 軽装の胸当てとガントレットを装備したその見た目は、ひょろりと背が高くてとても穏和そうな顔をしている。だがそんな見た目に反して、その瞳には残忍な光が宿っていた。

 男は『彼』に向かって言う。

 

「まあ、なんにしてもだ。ここまで『計画通り』に進んでいるのはすべてあんたのお陰だ。本当に感謝してるぜ、へへ。まさか本当にたった一日で、これだけのことを完成させちまうんだからな。あんたは天才だよ」

 

 にやけながらそう話す男に、やはり『彼』はなにも言わない。男もその様子を気にした風ではなく、そのまま続けた。

 

「俺たちはマジで感謝してるんだぜ。あの家で女を犯したとき、あんたが俺たちの侵入データを完全に消してくれたお陰で俺たちも警察から逃れることができたからな。いやあ、さすがにあのときはビビったぜ。なにしろあの女、俺たちに犯されながら自分の首をナイフで掻き切って自殺しちまいやがったしな。あれじゃ、あやうく殺人犯みたいになっちまうとこだったぜ、ははは」

 

 陽気に笑いながらそう話すその若い男。

 そんな彼に向かって、『彼』は初めてその視線を向けた。

 そして、言う。

 

『人質ニハニドトテヲ出すナ。アレハ奴をシトメルタメノダイジナエサダ。モシソレヲ守れナケレバ、キサマタチゼンインヲ、イマスグニコロス』

 

 漆黒のそのローブのうちから、全てを黒く塗りつぶすかのように吐き出されたその声に、男は一瞬たじろいだ。

 だがすぐに立ち直り、やはりさきほどと同じような軽薄な物言いで『彼』に話しかける。

 

「わ、わかってるって、もう何もするなって、『ササマル』達にも言ってある。男の方は死なねえように治療もしたし、女には指一本触れちゃいねえよ。ま、あの女はそこそこ良い身体してんだが、『商品』としては今ひとつだしな。別に『調教』したりなんかしやしねえよ。それよか、あんたの方だぜ。なんでよりによってあの『閃光のアスナ』を刺しちまうんだよ、もったいねえ。あの女こそ最高の『商品』だったってのによ。まずは俺が意識が飛ぶまで犯してやろうって楽しみにしてたってのに……」

 

 調子がのってきたのか、ペラペラと喋り続ける男に、『彼』は何も返事をせずに再び視線をスクリーンへと戻した。

 そこには『黒の剣士』と並んで凄まじい速さで剣を乱れ突く『白き閃光』の姿が。二人のその戦う姿からは煌めくエフェクトが立ち上ぼり、まるで芸術品の様に美しく見る者全てを魅了していくかのよう。そしてそんな二人のラッシュはたちまちのうちにバーサーク化したボスモンスターのHPゲージを削っていった。

 それを見つめながら、『彼』は言う。

 

『コレデ計画ノダイブブンハシュウリョウシタ。アトは『生け贄』ト『英雄』ヲウミダスダケダ。ワカッテイルダロウナ? 『ケイタ』……』

 

 その声に『ケイタ』と呼ばれた男はその顔に残忍な笑みを浮かべて答えた。

 

「ああ、あんたのおかげで、これから良い『商売』ができるんだ。いくらだって手伝ってやるぜ。それにしても『この顔』……くっくっ……まさか『あのガキ』に全ての責任をなすりつけようなんてな。あんたも相当な『悪』だよなあ、くひひ」

 

 卑しく笑いながら、ケイタは自分の顔を撫でる。

そしてくっくっと笑いながら、一度手をあげてから再び歩みさっていく。そして最後に一言、『彼』に宣言した。

 

「予定通り、74層で、やつらを皆殺しにしてやるよ。あんたはそこでよぅく見ておくんだな、俺たち『デリンジャー』の虐殺の仕方をな……ひひひ……。じゃあな」

 

 それを最後に、ケイタはエフェクトを残してその姿を消した。

 そして再び辺りに静寂が訪れる。

 

 『彼』の視線はスクリーンを向いたままで決して動かない。

 そして、その胸中に沸き上がってきていたのだろう、その言葉をポツリと口にした。

 それは誰にも聞こえないような微かな声で……

 

『…………………………後、少しの辛抱だ……』

 

 果たしてそれは誰に向けられた言葉なのか……。

 深い闇のフードの内の相貌は、ただただ巨人を討ち倒し、天上を見上げて肩で息を吐く『黒の剣士』を見つめていた。




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