ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
『第74層カームデット主街区』
ボスを討伐し、階層のアクティベートを完了した俺たちは足取りも重いまま、ずるずるとその身体を引きずるようにして、転移門前へと移動した。
不眠の上、極度の緊張を強いられる戦いの連続に、すでに心身ともにぼろぼろになってしまっている俺たちは、もはや声を出す気力すらほとんど残っていなかった。
俺は、フラフラと倒れそうになっているアスナを抱き支えながら転移門前広場の一角に腰を下ろす。そして、アイテムウインドウから上位ポーションを二つ選択し、そのうちの一つをアスナへと手渡した。
「ありがとう、キリトくん」
「どういたしまして」
そう言って柔らかい笑顔を向けてくれる彼女に、俺も微笑んで応じた。自分だって等に限界を越えているだろうに、こうやって気遣ってくれる彼女の優しさが素直に嬉しい。
ポーションの口を開け、ぐいっと飲んで喉を潤しつつHPの回復を計る。視覚の一部に映るHPゲージは、すでにfullを示しているものの、気力はまったく回復されることはない。しかし、これが気休めだと分かってはいても、今はこうやって休息をとる他はなかった。
「よし、みんな疲労は激しいと思うが、もうひと頑張りだ。この層を突破すれば、いよいよ、最終ボスの登場だ。あと少しだ。頑張ろう。では、攻略開始!先発隊、出立‼」
そう声を張り上げているのはサクヤさん。
彼女は背筋をピンと伸ばし、自分の配下のシルフ達を中核とした約20名の先発隊に合図を送る。
疲労をまったく面に出してはいないが、彼女はここまでの全てのボス戦に参加の上、毎回MP限界まで超長文詠唱による極大魔法を行使し続け、何度も魔力ダウンで動けなくなっている。疲れていないわけがない。
彼女の指示を受けた妖精達はサクヤさんに鼓舞されつつ、勢いよく飛び立っていく。
この階層も地上には高レベルの戦士系統のモンスターが多数登場するのだが、弓や飛翔能力をもったモンスターはいなかったはず。彼ら先発隊にも特に危険はないだろう。
順当にいって、15分くらいかな?
俺は、彼らが迷宮入り口から帰還してくるまでの時間の目算をたて、その間に定時連絡を取ることにした。
相手は当然この人、田口さん。
このパーソナルセキュリティシステムは未だ田口さんとの一回線のみは生きており、俺は階層攻略ごとに連絡を行っていた。
コンソールから呼び出しをかけると、すぐに彼が画面に現れた。
『やあ桐ケ谷くん、無事かい?』
「ええ、なんとか生きてますよ。今第74階層に到達しました」
『随分早いな……、開始から……19時間か……、そうか、でも流石だ』
そう話す田口さんの声も暗い。
約一時間ごとにこのように連絡をいれている関係上、彼も昨晩からずっと起きて対応に当たってくれているのだ、疲れていてもまったくおかしくはない。
「それで……、外の様子はどうですか?」
『あ……あ、ああ……、相変わらず情報封鎖されていてね、我々にもほとんど情報は入ってきていない。警察もまだ首謀者の所在に行き当たってはいないようだ』
「そう……ですか……」
田口さんの言葉に俺はショックを隠せなかった。
TOSCoという超巨大セキュリティ企業であれば、他のどんな組織よりも情報の収集ができるのではないかとの、甘い目算があったからだ。
ひょっとしたら、すでに犯人の所在も掴めていて、さらにクラインとリズベットも解放されているのでは……、そんな淡い期待が確かにあった。
だが、現実は甘くなかったというわけか……。
「引き続き、警察や総務省との連絡をお願いします。では……」
『待ちたまえ桐ケ谷くん』
急に田口さんに呼び止められ、切ろうとしていた通信をそのままに、再び視線を画面へと戻した。そこには、少し驚いたような田口さんの顔。彼は素早く言った。
『あ、いや、すまない。君の部屋にある初期型の
言うだけ言って、田口さんは素早く通信を切ってしまう。
呆気にとられながら消えてしまったその画面のあった空間に視線を固定したままになっていた俺に、アスナと、その肩に留まっていたユイの二人が覗き込むように顔を近づけてきた。
「どうしたの?今の田口さん?」
「なにかありましたか?パパ」
言われて、今の内容がまだ咀嚼しきれていないままの頭で二人に答えた。
「えと、田口さんが外はまだ情報封鎖されていて、警察の捜査も進んでいないって……、いや、でも、なにか最後に変なことを言ってたんだよ。俺の部屋にナーヴギアが二つあったはずだとか、それはやっぱりいらないとかなんとかって……。田口さんには、俺はナーヴギアは一つしか持っていないことは伝えてあったはずなんだけどな……」
「どういうこと?」
俺の返答にアスナも怪訝な顔に変わる。
正直、俺もいったいなんのことかわからない。だが、あの田口さんが、なんの意味もなく俺に対して『嘘』の内容の発言をするとは思えない。しかも言わなくても良いようなあんな内容の話をわざわざ持ち出してまで。もしあの虚言を俺に吐かなければならなかったとしたなら……、そうだとしたら、さっきの発言にもきっと理由があるはず。
もう一度通信してみるか?
いや、急に切ったことも気になる。なぜ言うだけ言って通信を終了してしまったのか……
くっそ、疲れすぎてて考えがうまくまとまらない……
俺は頭を掻いてから、両手で頬を思いっきり叩いた。
その音にビックリしたのか、ユイが急に俺から離れてアスナの背中に飛んで隠れた。
「急にやめてください、パパ。私が叩かれちゃうのかと思いました」
「ああ、ごめんごめんユイ。今はユイのこともちゃんと見えてるから、絶対叩いたりなんかしな……」
「もう……、本当に気を付けてよねキリトくん。レベル110の怪力で叩かれたら、ユイちゃんだってつぶれちゃうかもしれないんだから……って、あれ、どうしたのキリト君?」
「見える……」
「え?」
俺は突然にあることを思い出した。田口さんがわざわざあのタイミングで俺にあんなことを言った理由……、それは、俺だからこそ分かる内容に違いなかった。
「そうか、見えるんだよ、きっと……、だが……そうだとしたなら……」
「え?え?なんのこと?」
不思議そうに俺を見るアスナに俺は説明をしなかった。
ただ、俺が閃いた予想が的中していた場合のことを思い、全身に悪寒が走る。
今まで感じたことがないほどの恐怖に包まれながら、しかし、確認しなくては始まらないことを理解して、俺はユイへと顔を向けた。
「ユイ、外部とのネットワークの接続は試したんだよな」
「あ、はい、パパ。でも、全てのネットワークはシステムが干渉してログイン中のプレイヤーアカウント以外は通信を拒絶されてしまっています。今生きてる回線はパパ達のパーソナルセキュリティシステムくらいです」
「そうか……、なら、もう一度だけ試してみてくれ。繋ぐのは俺の部屋に取り付けたパーソナルセキュリティシステムだ。それと直接ではなく、システム経由で、旧SAO 当時の俺のナーヴギアのログインアカウントでたのむ」
「はい……」
ユイはいつものように目を瞑り、システムへのアクセスを開始する。
不思議そうに俺を見るアスナに、事情を説明しようとしたその時、ユイが大きな声を出した。
「あっ!見つけました!パパのパーソナルセキュリティシステムの回線生きてます。ここだけシステムからも切り離されていて、旧カーディナルシステムの管理者権限の領域に指定されてました。でも、いったいどうして……?」
やっぱりか……
驚いた顔のユイに俺はすぐさま続いて指示を出した。
「よし、そうしたら、すぐにその端末に俺のこのプレイヤーIDでつないでくれ。ユイがやった方が速い、頼む」
「分かりました、パパ」
そのユイの言葉の直後、俺のコンソールに表示されているパーソナルセキュリティシステムのログイン先の名称が、『開発室』から『Kirito』に変更される。そして、次々にログイン用画面が表示されていく中で、俺は隣のアスナの手をぎゅうっと力強く握りしめた。
「モニター出ます。パパ」
そのユイの言葉の直後、表示された画面には天井から映し出された誰もいない昨日ここを出たときとまったく変わった様子のない俺の部屋。当然だが、棚の上のナーヴギアはひとつだけだ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「ユイ、すぐにここにリーファ達やサクヤさん達を集めてくれ」
「はい、パパ」
勢いよく飛び行くユイを見送りながら、俺は表示された画面を操作し、エギルへの回線を呼び出す。その作業をしている最中に、すぐとなりにいるアスナが大きな声をあげた。
「な、なにこれ……キリト君……、どうなってるの……」
「ああ……、これは予想していた以上の酷さだ……、くそっ」
アスナが目で追っていたのは、外線用コンソールのすぐ隣。
そこにはとある有名なWEB検索エンジンのショートカットキーがあり、そのキーにはとある『ピックアップニュース』の見出しが表示されていた。それを俺も当然見た。
アスナが驚いている以上に、ある程度のことまでを予想していた俺はそれを遥かに越える状況の悪さのせいで、沸き上がるおぞましさに怖じけがこみあげてきてしまった。
そこに書かれていたもの、それは……
【
「そ、そんな……、これって、まさか私たちのこと……」
手を口に当ててわなわなと震えだしたアスナのもう片方の手をしっかり握って、俺は沸々と沸き上がってくる怒りを感じつつも、それ以上に、とある予期していた想像が現実味を帯びてきてしまったせいで全身の血が一気に抜かれるような絶望に支配された。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「キリト、何かあった?」「キリトさん……」
近づいてきたリーファ、シノン、シリカに視線を送りながら、俺は強烈な恐怖に晒され何も話せなくなる。
周囲にはサクヤさんやアリシャさん達もいた。
今にも気を失いそうになっていたそこへ、俺の表示していたモニターから、聞きなれた大男の声が伝わってきた。
そして、その声が俺たちに残酷な現実を突きつけることになった。
『おい、キリト、キリトなんだろ?はやく返事しろ』
「ああ、エギル……、俺だよ」
『そうか、良かった。まだ生きてたんだな。よし、またいつ切られるかわからねえし、
返事をしようにも声を出す気力がなかった。
でも、一言だけ、俺はエギルに返した。
「ああ、全部聞いた」
ポツリと呟いたその俺の背後で、そこにいる全員が恐怖に顔を歪ませていた。
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