ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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衝突

 ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ……!!

 

 辺りに壮絶な風切り音が響き続ける。

 恐ろしい速度で跳ねながら目で追うこともできない速度で剣を振るい続けるのは白の戦闘服をはためかせた一人の少女。その煌めく光の残滓を纏う姿は、まるで……、そう『閃光』……。

 

 彼女はその小さな身体のどこにそんな力があるというのか、自らの透き通った片手剣をその青い巨躯へと突き立て切り裂きつつ駆け上がる。

 

 青い巨人はその身体の分厚い氷をバリバリと音を立てて剥がしながら身を捩り、その高速の光の存在を払おうとするも、速度が違いすぎまったく掠りもしない。

 業を煮やした巨人は、切られるままにしながら上空へ向けて大音声で吠えた。

 

『ウガアアアアアアッ、ちょこまかと鬱陶しいぜ。このあと可愛がってやろうとおもってたから、手加減していれば、もう勘弁ならねえ。ぶっ殺す』

 

 そう言いながら、右の拳に真っ白な塵のようなエフェクトを纏わせ、奴は先程まで彼女が居たであろう地面に向かってその拳を降り下ろし叩きつけた。

 大音響とともに地面が割れ、凄まじい振動が辺りを襲う。しかし、当然だが彼女はすでにそこにはいない。まるで稲妻のような速さで大地を走り、そして再び青い巨人へその剣を叩きこもうとしていた、だが……

 

「え?な、なに?」

 

 彼女が跳躍しようとしたその瞬間、自分の足に得体の知れない違和感が走る。見れば、周囲の地面が真っ白に凍りついてしまっている。そして、その冷気は彼女の足にまで……。

 

 それでも、違和感に耐えつつ一気に踏み切った彼女は空中へと逃れたことで、自らの足が完全に凍りつかずに済んだ。先程まで駆けた地表は、バリバリと音を立ててさらに周囲を凍りつかせ始めている。

 その光景に肝を冷やしながらも、彼女は屈んでいる巨人の頭部へこれでもかと斬撃を叩き込んだ。

 そして、その巨大な左の耳を切り落とした。

 

『ギャアアア、み、耳がああ、こんのくそアマぁああ。殺す。てめえは、犯しながら、ぶっ殺してやる』

 

 そう叫ぶ青い巨人に向かって、腕を組んで様子を見ていた赤い炎の巨人が声をかける。

 

『おいテツオ……、なに遊んでやがる。さっさとアスナを捕まえろ』

 

『そ、そんなこと言ってもよ、ササマルさん。こいつちょこまかとウザくて……』

 

『もし捕まえられなかったら、お前今回は女はなしだからな』

 

『げ……、そ、そんなぁ。よ、よぉーし、なら、絶対捕まえねえとな』

 

 そんなことを言いつつ青い巨人は冷静さを取り戻してしまった。

 彼女が大地へ再び着地し、走り去ろうとしている方向を確認すると、その長大な腕の全てを使って、彼女の進行方向を薙いだ。

 当然跳躍して逃げるアスナ。しかし……

 

「くぅっ……」

 

 彼女の身体も限界が近かった。

 僅かに反応が遅れ、右足の先にほんの少し……、巨人の腕がかする。

 そのささいな一撃は彼女にとっての深刻なダメージとなってその身体にあらわれることになった。

 足全体に広がるダメージエフェクトは、その機能のほとんどが失われたことを表していた。

 彼女の強化された身体のおかげで辛うじて耐えはしたものの、表示されているHPゲージは、一気にレッドゾーンまで削られてしまう。

 その大振りの腕の一撃の後、その場に着地した彼女が、身動きもできずに顔を上げると、そこにはゆっくりと振り向く青い巨人の歪な笑顔。

 

「ここまで……、なの?」

 

 そう、ぽつりと呟いた彼女は、迫り来る青い巨人の腕を見てから、剣の柄を再び握りしめ直し、そして襲い来る敵を睨み付けた。

 まだ終われなかった。

 例えその身がここで潰えようとも、最後のその一瞬まで愛する人を守るためにその命を使おうと、燃やし尽くそうと誓っていたから。

 

 彼女の視覚が完全にその大質量の巨大な腕の影に遮られたそのとき……

 

『ぎゃあああああああっ』

 

 突然空間を揺るがすほどの大絶叫が轟いた。

 急な展開に何が起こったのが分からなかった彼女は頭をふり、後方を見た。そこには……

 

「恐れるな!アタッカーは突撃!魔法部隊は再び火炎魔法だ!」

 

「ゆ、ユージーン……将軍」

 

 見れば、そこには魔剣を振り上げ全軍に指示を出すユージーン将軍の姿。

 そして、大型の盾を構え、整列したタンク部隊の合間から、一気に飛翔して巨人へと迫るプレイヤー達の姿が。

 巨人は慌ててワラワラと接近するプレイヤー達の方へ顔を向けた。だが、その瞬間。

 

 ドドンッ‼

 

『ぐああっ』

 

 大きな音がすぐそばで響き、見上げてみれば、そこには青い巨人を体当たりで弾き飛ばした白い竜の姿が。竜はその長い首をもたげて彼女を見た。

 

『アスナさん、私に掴まってください。いったん退きます』

 

「え?シリカちゃん……?」

 

『はいッ‼』

 

 それはマジックアイテムで竜に変身した彼女の仲間、シリカであった。その巨大な白竜の肩には小さな青い竜がいつもと変わらずに乗っている。

 彼女は竜の足にしがみつくと、そのまま飛翔して攻略部隊の中核であるユージーン達のいる広場へと着地した。そしてすぐさま治癒魔法陣(ヒーリングサークル)の中へと運ばれ、治療を受ける。みるみる回復していく自身のLIFEゲージを見つつ彼女は、そこで二人の少女に声をかけられた。

 

「まったくもう、アスナもキリトも自分勝手すぎるよ。なんでもかんでも自分達だけでどうにかしようとかって思うの、そろそろやめてくんないかな」

 

「し、シノン」

 

「そうですよ、お兄ちゃんはともかく、最近じゃアスナさんまで似てきちゃって、もう面倒見切れませんよ」

 

「リーファちゃん……」

 

 二人に笑顔でそう言われた彼女はその場でうつむく。

 沸き上がるのはひたすらの感謝の念。なんと返せばいいのか分からないまま、ただ黙っていると、シノンが呟いた。

 

「ま、それがアンタたちのいいとこなんだけどね。でもこうなったらもうアンタ達だけの問題じゃないよ。私らもやることやんなきゃ……ねっと」

 

 ドゴンッ!ドゴンッ!

 

 と、まるで大砲のような激しい音が二つ辺りに鳴り響く。

 この音の元は当然、シノンが構えた長尺の鉄砲の発射音。この銃は限定イベントドロップアイテムの中でももっともレアリティの高い「精霊が宿る」とされた銃であり、そこに込められた強力なアビリティは、急所さえ撃ち抜けば、ボスモンスターですら一撃で屠りさる凄まじい威力を秘めていた。

 そんな高威力の火器を扱うのは、あのGGO(ガンゲイルオンライン)で最高の腕を持った狙撃手(スナイパー)であるシノン。この一斉射が相手を脅かすのは当然であった。

 

『ぎゃっ』

 

 短くそう悲鳴をあげた巨人の眉間には、彼女の放った強力な銃の弾丸が命中していた。そこから夥しい量のダメージエフェクトが漏れ広がるも、たいしたダメージでないのかまだ普通に動き回っている。人なら致命傷足り得るそれを押して動く姿は威容の一言だった。

 

「全魔力で行きます!あたってっ!『Ultima(アル○マ)』!」

 

 今度はリーファがそう叫ぶと同時に、今までとは比べ物にならないほどの超巨大な魔法陣がその場の全員を包みこんだ。

 使うのはやはりアスナが彼女に渡したあの魔法。

 この魔法は、後に『バランスブレイカー』とも呼ばれることになる究極魔法であり、供給する魔力とタイミングを見極めるとシステム内での計算上の最大ダメージを対象の耐久、魔法レジスト、スキル、アビリティに関係なく与えてしまうという壊れた性能を有していた。

 巨大な魔法陣から噴出するように飛び出していく白い光の槍。無数のそれが、青い巨人を取り囲んだ。

 リーファはその後の展開を見ることなくその場で意識を失い倒れ伏す。

 

『ぐうおおおおおおお』

 

 辺りに再び絶叫がこだました。

 白い光の槍に全身を刺し貫かれた青い巨人はその場で立ったまま動かなくなった。

 そんな巨体に対して突撃を敢行するプレイヤー達。

 みるみる巨人のLIFEゲージが下がっていき、赤色が点灯。

 それを見て、畳み掛けるように指示を出したユージーンも魔剣を構えて自身最強の8連撃ソードスキル、【ヴォルカニック・ ブレイザー】を巨人へと叩き込んだ。

 

 いける!

 

 その時、その場の誰もがそう確信した。この敵は倒すことが出来る……、と。

 数十人からの繰り返しのソードスキルの乱舞に、周囲に様々なエフェクトが煌めき、巨人のLIFEゲージがあと少しで0になるかと思えたその時……、その場の全員が凍り付くこととなった。

 

 

完全回復(フル・ヒーリング)

 

 

 ずっと静観していたデリンジャーが右手を正面に突き出し、その魔法を放った。

 体中を刻まれ、ダメージ硬直で身動きを取れなくなっていた青の巨人の周囲に円形の魔法陣が出現し、みるみるそのLIFEを回復させていった。

 そしてそれは一瞬で、グリーンに変わり、Maxまで戻ってしまう。

 

 それを見た全てのプレイヤーは動けなくなってしまった。

 

「おい、『テツオ』情けねえな、何死にそうになってやがんだよ。ま、死んでも生き返らせてやるが、お前は今日は女はなしだ」

 

『え?え?そ、そりゃ、ねっすよ、『ケイタ』さん。俺、めっちゃ楽しみにしてたんすよ』

 

「ばぁーか、てめえがわりいんだろうが。いいから、さっさとその辺の奴らを全部殺せ」

 

『そ、そんなぁ……、くそっ……、くそくそくそくそがぁっ‼てめえら全員死ねえ』

 

 突然吠えて暴れ出した青の巨人。

 奴はその腕の一薙ぎで、その場の冒険者を纏めて殴った。

 咄嗟の判断。

 その場にいた冒険者の内で、数名のタンクが盾を構えて前へと出ていた。それが良かったのかもしれない。

 防御手段を持たないアタッカーをかばうように、その身に打撃を受けたタンクがその威力を相殺しつつ、その場の全てのプレイヤーが吹き飛ばされてしまった。

 まるで、風に飛ばされる木の葉のように舞う彼らは、それぞれ壁や床に叩きつけられるも、その勢いで死亡する者はいなかった。しかし……

 

「うう……」「うあ……」

 

 死屍累々と言っても良いのかもしれない。

 その場には死んではいないが、もはや虫の息となってしまった人々の身体がたくさん動けないまま転がってしまっている。その中には、ユージーン将軍の姿もあった。

 

「みんな……、ああ……」

 

 口に手を当てて震えてしまっている自分に気づき、アスナはぎゅっと唇を噛んでその震えを抑えた。

 そして声を再び張り上げる。

 

「う、動ける人は、盾を装備して!と、とにかく、攻撃をしのいで!」

 

 それを聞いても、動き出す者はほとんどいない。

 あと一歩……

 あと少しというところでの、あまりの過酷な現実に、ほとんどすべての者の戦意は完全に失われてしまったのだった。

 彼女は歯噛みした。

 諦めることはできない。最後の一瞬まで。しかし、この場の全員を助けることがほぼ不可能になってしまったこの今の状況に、心が折れないわけがなかった。

  

 だが、そんな彼女の心を救ったのは、やはり彼だった。

 

「アスナ、みんなを助ける方法が一つだけあるんだ」

 

「え?」

 

 彼女は顔を上げる。そこには、未だ拘束されたままの状態で、でも目にしっかりと光を宿しまっすぐに正面を見据える彼の姿。

 その瞳がまだあきらめてはいないことを彼女はすぐに理解した。

 彼女は問う。

 

「でも、今は転移結晶も使えないし、敵だってただのモンスターじゃないんだよ。逃げようとしたって、逃がしちゃくれないよ」

 

「だからさ……」

 

 彼は彼女の耳に口を寄せて計画を話す。

 それを聞いた彼女の瞳は大きく見開かれた。

 それしかないと理解しつつも、そのあまりの無謀さに彼を止めたい欲求に彼女は駆られた。しかし……

 優しく微笑んでくれた彼に彼女はもうそれ以上何も言えなかった。

 

 静かに頷いた彼女はその彼の意見を承諾する。彼はそっと彼女に口付けをしてから、再び視線を正面の敵へと戻した。

 

 そして……

 

「うう……、ううがああああ……、ぐがああああああああああああ……、あああああっ‼」

 

 彼は全身を激しく震わせながら噛み殺していた声を漏らし始める。そして、その声が次第と大きくなるにつれて、声ではない、なにか、ぶちりぶちりと千切れるような不快な音が同時に辺りに聞こえ始めていた。

 彼の全身がよりいっそう激しく震え、苦悶に歪んだその顔から酷い脂汗が滲みだしたその時、ついに、それは完全に『引きちぎれた』。

 そう、彼は拘束されていた自分の右腕をレベル110の渾身の怪力でねじ切り、その片腕を代償に拘束を逃れたのだ。

 そして、左手一本になってしまったその腕で、背中に背負う『エリュシデータ』を引き抜くと、それを正段に構え、デリンジャーを睨みつける。

 

「へえ……、お前面白い事するな、黒の剣士。ダメージ蓄積でゲームオーバーしてもいいのかよ」

 

 彼……、キリトの顔になっているデリンジャーはそう愉しそうに笑うと、自分も背中に背負っているエリュシデータとエクスキャリバーの二振りの剣を抜き放ち、そしてそれを手にしながら、彼へと近づいた。

 

「いいだろう、俺が相手してやるよ、黒の剣士……、いや、キリト君。お前には最後まで全部を見させろって言われてたんだが、まあ、そんなの俺には関係ねえからな。せっかくだから、お前のお得意の『二刀流』で殺してやるよ。へへ」

 

 言われた彼は、真っ赤に染まった右腕をだらんと垂らしたままでデリンジャーへ静かに言った。

 

「お前は絶対許さない」

 

 動けないプレイヤーたちの視線の中、彼は自身の黒剣にソードスキルのエフェクトを纏わせた。




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