ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
『カームデット』
まるで西部劇の荒野に築かれたような街並みの中では、今、一種異様な光景が広げられていた。
茶色い低い建物の並びの中に
そのような状況の中で、その二人は激しく剣を打ち合っていた。
いや、正確にはそうではない。
目で追うことも敵わないほどの激しい斬撃を叩き込むのは片方の少年。彼はその肘から先を失った右腕を振り回しつつ、左手一本で握りしめた黒の直剣をただひたすらに、もう一人の自分……、その相手に向けて振るい続けている。
見るものを魅了して止まないその乱舞に、しかし、相手の少年は笑みを絶やすことはない。
なぜなら、彼は一度としてその身に未だ一撃も攻撃を受けてはいないのだから。
目に見えない疾風怒濤の剣の散華の中、紙一重でかわし続ける少年は、避けながら相手へと言った。
「おいおい、いい加減に気がつけよキリトくん。俺が『システムアシスト』を使用して避けているのがまだ分からないのかよ。ソードスキルもほとんど使わないでいつまで続けるつもりなのか、面白いから黙って見てたけど、そろそろ飽きてきたぞ……っと」
ザシュッ、ザシュッ‼
片腕の少年が一度剣を引いたそこへ、その少年を上回る凄まじい速度で両手の剣を薙いだ彼の正面で、少年……、キリトはその胴体にクロスの大きな傷を受ける。
まるで大量に出血しているかのように、その刻まれたダメージ箇所から粒子のような真っ赤なエフェクトが吹き出していた。
「ぐはっ……」
そのたった一撃で、キリトのLIFEはほぼ9割を持っていかれてしまう。
そんな彼を見下ろしつつ、切り裂いたもう一人のキリト……、デリンジャーは額を押さえて、高らかに笑った。
「情けないなぁ、黒の剣士君。たった一度のヒットでもう瀕死じゃないかぁ。あーあ、せっかくレベル110まで上げたのになあ。これじゃあ、頑張るだけ全部無駄だったなあぁ。あーっはっはっははは」
そんなデリンジャーの前で、彼はフラフラのまま、再び立ち上がり、そして、左手一本で彼をにらみつけた。そして何も口にしないまま、再び、素早く踏み込んで剣を相手の喉元目掛けてつきこむ。
当然のように回避するデリンジャー、だが、彼の攻撃はそこでやむことは無かった。避けた先へ一気にモーションの小さな3連撃のソードスキルを繰り出し、そのまま自身もその勢いのまま相手の側面へと回る。
システムアシストを使用したデリンジャーにはそんな攻撃は当然当たりはしないが、その勢いのままに再び剣を縦横無人に振るったキリトに対して、防戦一方の様相を
「ちい、うざい。いい加減にしろよ、お前」
そう呟いたデリンジャーが接近していたキリトの腹に、蹴りを叩きこみ、その勢いで弾き飛ばされたキリトが広場の反対の家屋の壁に凄まじい轟音を響かせて衝突する。
そして砂煙が巻き上がるなか、キリトは再び剣を握り締めてゆっくりと立ち上がり、再びデリンジャーを睨みつけた。
デリンジャーは奥歯をギリリッと噛み締めた。
彼には分からなかった。
もはや戦いとも呼べないこの対決のなかで、自分が絶対にダメージを負わないということも教え、しかもたったの一撃で瀕死に持っていけるほどの攻撃力があることも示したにも拘らず、なぜ向かってくるのか。なぜ、目が死んでいないのか。
デリンジャーにとって、『力』とは相手の戦意を完全に消し去るためのもの。もはや二度と歯向かわず逆らわなくするための絶対的なもの。だからこそ、『それ』を手に入れた彼は人々の上に君臨し、そして人々から搾取を続けてきたのだ。その思いは変わることは決してない。
今このときもそうなのだ。
SAOにおいて付与ダメージのみならば全てのソードスキルを凌駕する『拳銃』を手に入れた彼にとっては、歯向かわれる等とは微塵も思っていなかった。しかも、今はそのソードスキルだけではない。自分は今、この舞台の『管理者』なのだ。
その権能はゲーム内において、全ての能力を上回る。それが例えこの舞台の『
だというのに、それほどの力を持った自分に対してこうまで抗い、こうまで向かってくるこの目の前の存在を、彼は理解できなかった。
相手はこの舞台を彩るためだけに選ばれた『主人公役』の存在でしかない。
彼の攻撃は一切自分には届かず、こちらの攻撃のひとつで死に追いやることは可能であり、そのことも伝えてある。
それのみならず、その辺りに倒れ伏している彼の仲間を含めてその生身の身体もこちらの手の内。ある人物の裏切りのみが懸念されてはいたが、それもすぐに解消できる些細な問題でしかなく、自分の命令ひとつで彼を含めたその全ての仲間の命はどうにでもできるのだ。
それをわかって尚、歯向かうのは……
ああ、そうか……、なぁーんだ。
「くくく……、くははは……」
彼は再び笑った。
自分がいったい今まで何にイライラしていたのか……、こんなどうでも良いことに頭を悩ませていたというそのことに、自嘲して笑い出してしまった。
キリトはすでに諦めてしまっているのだ。
そう思い至り、彼は腹の底から沸き上がる愉悦に頬を弛ませたのだった。
ひとしきり笑ってから、彼はキリトに向き直って微笑みを向けた。
そして、今まで悩んでいたことを恥じつつ、自分の力を示して相手の心を完全にへし折ってやろうと、今まで数多の
ニヤリと口角を一度引き上げたデリンジャーがキリトに言った。
「まったくキリト君ともあろう者が、自暴自棄になって歯向かうんじゃねえよ。もうとっくに分かってんだろ? お前も、そこに転がってるお前の仲間たちも、この先にどうなるかってことはよ。くく……、まあ、分からないふりして死ぬまで戦おうって思いはわかるんだけどよぅ。それじゃあ、俺が面白くねえんだよ」
つかつかとまったく無警戒なままのデリンジャーが、ゆっくりとキリトへ向かって歩み寄る。キリトは……
その場でまったく動かなかった。
ただ、剣を変わらずに正面に構え、じっと彼を睨み続ける。
そんな瞳に苦笑しながら、デリンジャーはにやけた顔で話を続けた。
「教えてやるよ、この後どうなるか……。まず、この74層の戦いはな、今はちょっとばかし中継をお休み中だ。もうすぐ夕方だからな。とりあえずお前を殺したら再開するんだが、このフロアで決死の戦闘を繰り広げたお前らは、あえなく赤と青の巨人に負けちまう……、ってシナリオだ。仕事が終わった帰宅ラッシュの連中がみんな注目するだろうな。そんで、この俺だ。くっくっく……、やっぱりこれは最高のプロモーションムービーに仕上げなきゃいけねえからな、主役はやっぱり『キリト』君なんだよ。全滅した仲間の仇を討つべく、キリト君、というか、俺が一人でモンスターを全滅させる。そして、次のステージへ一人で向かい、そしてラスボスのモンスターを倒して見事に人質を救出、ゲームクリアとなるわけだ。あははは」
そう笑うデリンジャーにキリトは目を伏せた。そして沈黙したまま動かない。
デリンジャーは話を止めない。
「次に、こんな素晴らしい『撮影』にはたまらないオプションがたくさんついているんだが、気になるかな、ん? キリト君? よーし、特別に教えてあげよう。たくさんのお仲間たちはみんなアミュスフィアの故障で死んじゃうかもだけど、君らだけは最後まで殺さないでやるよ。それで、今きみたちの身体だが、都内の『ある』場所にすでに移動済みだ。くく……、そして、そこにはもうたくさんの『賓客』が到着していてね。『宴』が始まるのを今か今かと待ち構えているんだよぅ。こう見えて俺は大実業家だからね、いろいろなコネも必要だし、やっぱり仕事は人間関係が一番大事だからね。今回は君達の『身体』を有効に使わせてもらうよ。なんといっても、あのSAOの救世主のキリト君の仲間たちだからね。相当にご執心なゲストもいらっしゃるんだよ。まあ、アスナくんが手に入らなかったのは本当に残念だったんだが。あ、そうそう、君達のアバターはこれからも有効に使わせてもらうからね。なんといっても今や君たちは国民的アイドルだからね、君たちが『死んで』も、ずっとみんなに愛され続けるから安心してくれよ。くく……、くはは、ははははははははは」
そう笑うデリンジャーの正面で、キリトは唐突にポツリとつぶやいた。
「間に合ったな……」
「ん…………?」
突然の意味不明な言葉にデリンジャーの思考は停止する。
この今の今までの話の流れとかけ離れたそのつぶやきに、彼は先ほどまで感じていた違和感を思い出し、不安が脳裏をよぎっていた。
片腕だけのキリトは剣を構えたままそっと顔をあげる。その顔には笑みが浮かんでいた。
「お前が何をしたというんだ? もう死ぬしかないお前が」
そのデリンジャーの言葉に、キリトは答える。
「その通りだ……。もう俺は死ぬしかない。だけどな、死ぬのは俺だけで十分なんだよ」
「だから、それがどうし……」
デリンジャーの言葉が終わる前に、キリトはその残された腕で掴んだ剣を真上に振り上げた。と、その途端に、周囲の景色がぐにゃりと歪む。
その光景にハッと息を飲んだデリンジャーや巨人たちの目の前で、その光景が一気に変化した。
その目の前に現れたもの、それは……
『無人の街』
いや、正確にはNPCは未だに存在してはいる。しかし、つい今の今までそこかしこに倒れ伏していたであろうたくさんのプレイヤー達の姿がどこにもない。
「バカなッ‼ ここでは転移結晶は使用不可にしていたはずだ。お前はいったい何をした? 奴らをどこへやった? 言え? キリト‼」
慌ててそう問い詰めてくるデリンジャーに、キリトは静かに言った。
「焦らなくても教えてやるよ。お前はこの世界で最高の権力を確かに持っているんだろう。でも、それはあくまで『持っている』だけだ。俺は今までお前やその仲間達と戦ってきて、どうやら、お前がこの世界をSAOだと思って行動しているように思えたんだ。無理もない。お前も俺達と同じSAO
「そんなことは……、はっ」
あっという間に顔色の変わったデリンジャーへ、キリトが言う。
「言われて気が付くレベルで良かったよ。俺にはもうこれしか隠し玉が無かったからな。俺のアバターは今はお前らにSAO当時の姿に戻されてはいるけど、実際はALOの『スプリガン』だ。そしてその『スプリガン』が最も得意な魔法、それは……」
「
「正解」
唇を嚙みしめて吐き出すように漏らしたデリンジャーの言葉に、キリトはすぐに頷いた。
「俺が唯一鍛えていたのが、この魔法だ。正直今日役に立つとは思っていなかったけどこればっかりはリーファに感謝だな」
剣にしか興味のなかったキリトにとって、魔法は時間の無駄でしかなかった。しかし、一緒にパーティを組む機会の多い妹のリーファには、常日頃から特殊な効果の多いスプリガンの魔法を一つでも多く習得するようにと再三にわたって命令され、そのためデュエルなどの対人戦で有効活用できるこの『幻影魔法』はかなりレベルも向上しており、使い方も熟知していた。
その効果が十二分に発揮された形となったわけだ。
「アスナと話した直後、俺はお前たちに対して垂直方向に魔法を展開して、かなりの広範囲でその場の映像を固定させた。ただ、固定と言っても俺もだいぶ使い慣れているからな、倒れてる連中が身動きしたり、陰影をつけたりくらいは可能だったからそんなに違和感はなかったろう?」
「だ、だが……、一時的に姿を眩ませたとしても、あの連中をどこへやった? このフロアからは出られないはず」
「確かに俺達がSAOと全く同じならそうだったろうな。下の階層へのダンジョンは閉じられてるし、転移もできないし。でも、他にもあるんだよ『出口』は。そしてそれに気づかせてくれたのは、他の誰でもない、『お前』だよ」
「な……に?」
キリトはそっと自分の後方に剣の先を向けた。その方向にあるもの……、いや、正確にはそこには何もなかった。あるのは、雄大に広がる一面の青い空。そう、それこそが答えであった。
「皆をアインクラッドの外周から下層へ逃がしたんだ」
「…………」
まるで予想していなかったのか、デリンジャーはその答えに絶句する。
そんな様子を気にすることもなく、キリトは続けた。
「知っての通りここはこの階層のスタート地点で浮遊城外周に隣接している。そしてこのアインクラッドは、外周から飛び降りることが可能だ。そう、つい先ほどまでお前がその姿をしていた『ケイタ』がそうしたように」
キリトはそこで一度ぐっと剣の柄を握る力を込めた。あの時救えなかった、飛び降りてしまった『ケイタ』のことが脳裏をよぎったせいである。
彼は大きく息を吐いて呼吸を整えた。
「もう分かっていると思うけど、今の俺達は飛べるからな。飛べなくなった奴は複数で抱えて全員脱出させたってわけだ。みんなを逃がす為に俺は発動硬直の長いソードスキルは使わずにずっと攻撃を続けたわけだけど、なんとかここまで時間が稼げて良かったよ。ま、お前のやりたかった演出は全部潰しちまったからな、本当に悪かったとは思っているよ」
言いながら彼は自分のアイテム
みるみる回復していくLIFEゲージ。欠損していた右腕も即座に復元される。
さらに複数の色の違う様々なポーションを飲んだ彼は、『筋力強化』、『耐久強化』などでアビリティーを底上げし、その大量のポーション類の表示がそのままのインベントリを開いた状態で、自分の背中のエクスキャリバーに手を伸ばし、二刀流の構えで静かに正面を向いた。
その目にはまったく畏れや恐怖の色はない。
あるのは決して揺らぐことのない、執念にも似た力の籠った瞳。
それを見たデリンジャーは……。
ただただ、その表情から全ての感情の色を消し去っていくだけだった。
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