ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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絶望の果て

「そろそろ死ねよ、キリト。ちっ、めんどくせー……おい『テツオ』‼」

 

 キリトの嵐の様な激しい斬撃のラッシュを半自動で回避し続けるデリンジャー。彼は大きく舌打ちを一度鳴らすと、背後に控えていた青い巨人に向かって声をかけた。

 その内容とは……

 

「おい、お前。今から『ダッカー』の奴にキリトの生身の身体をぶっ殺すように言ってこい。早くしろ‼」

 

 そう言われ、一瞬動きが鈍るキリト。デリンジャーはその隙を逃さなかった。

 間隙を突いて振るった剣はキリトの胴体を縦に切り裂いて真っ赤なダメージエフェクトを発生させる。キリトは反動で吹き飛びつつ、冷静にポーションを選択、それを使用し再び正面からソードスキルを放った。

 

「ちっ、マジでむかつくなこの野郎。おら、どうした? 『テツオ』、早くしろって言ってんだろ? ああ!?」

 

 振り返りながら凄むデリンジャーに、青の巨人は口籠りながら返事をする。

 

『い、いや、だって『ケイタ』さん。『ダッカー』の野郎はあいつを殺しに船を降りちまって今はいねえ……』

 

『余計なこと言うな‼ この間抜け‼』

 

 青の巨人が話しているそこへ、深紅の巨人が横槍を入れる。肩を掴まれながら言われた青い巨人はたちまちに憮然(ぶぜん)な顔へと変わった。

 

『別にいいだろ、『ササマル』さん。どうせこの野郎はすぐに死ぬんだしよ』

 

『それを決めるのはてめえじゃねえんだよ。すいません『ケイタ』さん。どうしますか? 俺がキリトの身体を殺ってきましょうか?』

 

 戦闘中のデリンジャーは赤い巨人にそう言われ攻撃を避けつつ、うーむと思案する。

 そして、2体の巨人に向けて命令した。

 

「いや、それも面倒だからもういいや。そうしたら、こいつを3人で殺しちまおう。俺もいい加減飽きてきたからな。こいつ速さだけはあるから、なかなか攻撃当たらねえし。よし、じゃあ、お前ら、ほら……」

 

 (おもむろ)に目の前にコンソールパネルを呼び出したデリンジャー。この間もキリトの猛攻は続いている。続いてはいるが、システムによる尋常ならざる回避により一撃も当たらない。それでも、身体を前後左右に揺さぶられる感覚にデリンジャーはその怒りを露にした。

 

「本当にうぜえな。おら、でーきた……っと。へへへ、これから先は3対1だ。お前を八つ裂きにして殺してやるよ、キリト君」

 

『おおっ!』『これはすげー‼ くはは』

 

 ニヤリと笑ったデリンジャーのすぐ後ろには、全身から光のエフェクトを立ち上らせる2体の巨人。

 キリトは剣を振るう手を止めないまま、その2体を注視して大きく目を見開くことになった。

 キリトが見ていたのは敵のLIFEゲージ、そこには、グリーンに染まったゲージとユーザーネーム、そしてそのキャラの『LV(レベル)』が表示されている。その数字が……

 

 とてつもない速度で上昇していく。

 

 初期値がいくつだったのかは覚えてはいなかったが、凄まじい速度で変わっていくその3桁の数字はあっという間に900の大台に乗った。そして……

 

『へへへ、これが『LV(レベル)999』かよ。とんでもねーな』

 

『遊んでんじゃねーよ『テツオ』。さっさとやっちまうぞ』

 

 キリトの目の前に存在しているフロストジャイアントとファイアジャイアントの2体と……そして、たった今打ち込み続けているデリンジャーの全員のレベルは999と表示されていた。

 青い巨人は自分の腕を振り回しつつ、周りの建造物を殴り破壊してその力の強さを体感していた。その脇で赤い巨人は真っすぐにキリトを見定め、その右腕に大きな焔を纏わせながら振りかぶろうとしていた。

 

「くくっ……これまでだよ、キリト君。いくらお前が強かろうと、もはやこのレベル差は覆せまい? よく頑張ったと褒めてやるよ。さーて、フィナーレと行こうか。少し手順は狂ったが、お前を殺してゲームは再開だ。おっと、逃げた奴らは全員きっちりぶち殺してあの世へ送ってやるから、寂しくはならないから安心しな」

 

 そう言いながら突如ソードスキルを発動するデリンジャー。その構えはキリトが持つ最強の技と同じ。

 

「どれ、二刀流にも慣れてきたからな、やってみるか……『スターバーストストリーム』だっけか? バカ臭え名前だな……っと」

 

 言いながら煌めき始める剣の乱舞はまさしくキリト必殺のそれであった。

 眩いエフェクトに包まれながら、キリトがその時取った行動、それは……

 

「『スターバーストストリーム』‼」

 

「て、てめえ……」

 

 繰り出したデリンジャーのその技に、ドンピシャのタイミングで自身もまったく同じソードスキルを発動させた。

 お互いに全く同じタイミング……いや、キリトが完全に対称で剣を繰り出し続けることで、全てを弾き相殺してしまう。

 ソードスキルの無効化は本来特殊なアビリティなどが無ければ不可能なのだが、それとは別にもう一つだけ方法があった。それは全く同じ挙動で一分の狂いもなく攻撃を激突させること。その時に限りソードスキルの完全相殺が可能……と、そう理論上では言われていた。しかし、そのためにはコンマ1㎜秒以下での正確な追従が必要であり、しかも20連撃を超えるこのソードスキルに対して寸分違わぬ剣を繰り出す行為は正に『神業』。奇跡と呼んでも差しさわりがない。それをキリトはぶっつけ本番でこなしてしまっていた。

 焦りの色を隠せないデリンジャー。

 しかし、もはや何も怖れる必要はなかった。

 

『とりあえず死ね』

 

「ぐあああああっ」

 

 なんということはない。デリンジャーのソードスキルを完全にしのいだ彼であったが、そのソードスキルの発動後硬直に見舞われ、動けなくなったそこにファイアジャイアントの剛腕が振るわれた。

 炎を纏ったその巨大な拳は、剣を突き出したままのキリトの右腕を肩ごと抉る様に上から叩きつけ、ボキボキと不快な音を立てつつそのまま床にめり込ませた。

 巨人が腕を持ち上げてみれば、完全に右腕のへし折れたキリトがその右半身を地面に埋もらせたまま、必死に起き上がろうとしていた。 

 だが、赤い巨人はそれを許さない。

 

『さんざん手古摺(てこず)らせてくれたな。だが、もう終わりだ』

 

 そう言いながら、今度は彼の背中にむかって思いっきり足を踏み下ろした。

 ゴキャゴキャと何かが砕ける音を響かせつつ、巨人の踏みしめたそこを中心に蜘蛛の巣のような(ひび)が地面に走り、そのまま大きく陥没した。

 もはや彼の悲鳴すら聞こえない。

 

『ひひひ……『ササマル』の兄貴は容赦ねえなぁ、あーあ、これでキリト君の抵抗もおしまいか』

 

 そう笑う青い巨人が、踏みつぶされたキリトの様子をかがみこんで窺うと、そこには倒れたままでポーションを服用しているキリトの姿。

 

『こ、こいつ……』

『邪魔だ、どけ『テツオ』‼』

 

 大声で叫びながら、しゃがむ青い巨人を押し退けて再び殴りかかるファイアジャイアント。大気を揺るがす凄まじいその拳圧が周囲のNPCや建物を吹き飛ばしつつキリトに迫る。

 

 ……と、その時……赤い巨人の拳のすぐ鼻先を真っ白な光が駆け抜けた。

 轟音を響かせて大地を抉ったその一撃は衝撃波を発生させて周囲の全てを破壊していく。だが、その波をかわすかのようにジグザグに駆けるその白い存在は、飛来する全ての障害物を避け少し離れた地点にフワリと着地した。

 はためく白と赤の戦闘衣(バトルクロス)を纏い、少し茶色かかった長い髪をふぁさりと垂らした彼女は、その肩に黒の剣士……キリトを抱えていた。

 キリトはそっと地面に立つと、たった今彼を助けた存在へと苦々しい視線を向ける。

 その眼差しを受けた彼女は、フッと少し微笑んでから剣を構えた。

 二人の間にもはや会話はない。

 お互いにお互いを想い、お互いを守ろうとして尚、今こうして死に直面したこの場所に立った。相手を諫める言葉も、相手を(おもんぱか)る言葉も何も出てこない。

 ここに至って二人はもはや同じ想いだったから。

 キリトも再び剣を構えた。

 

 そうした二人に視線を向ける、2体の巨人とデリンジャー。唐突にデリンジャーが哄笑した。

 

「はーっはっはっはっは……あはははははは……おい、見ろよ『ササマル』、『テツオ』! 商品の方から来てくれたみたいだぜ。よーし、そうしたら計画をさらに変更だ」

 

 舌嘗めずりしたデリンジャーが卑しい笑みを浮かべたまま2体の巨人へと言った。

 

「キリトの目の前でアスナを犯せ」

 

『……了解』『えへへ、そうこなくっちゃ』

 

 巨人たちは返事をすると一気に二人へと駆け寄ってくる。それを静かに見つめていた二人は一度そっとその手を繋いだ。

 お互いの存在を、命を確かめ合う。

 この温もりをこの先二度と感じることが叶わないことを予感しつつ、二人はその手を放し、ソードスキルのエフェクトをその身に纏った。そして……

 

「「はあああああああああああっ」」

 

 向かってくる巨人達へ自分の命のすべてを掛けた突撃を敢行したのだった。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 静かだ……

 

 すごく静か……

 

 目が回るほどの激しい戦闘のさなかだというのに、音が何も聞こえない。

 でも不思議……

 身体はちゃんとに動いてる。きっちりソードスキルで攻撃して、ダメージを負えばすぐにポーションを呼び出してそれを使ってる……

 まるで別の人のことを見ているみたい……

 そしてずっと走っている……

 ああ、私ってこんなに速く走れていたんだ。景色がぐるぐる回って、自分がどっちを向いているのかよく分からないや……

 ええと……キリト君はどこかな……?

 

 あ……今チラリと見えた。真っ赤な巨人の拳と二刀流で撃ち合ってた。でも、もうボロボロだね……

 それは私も一緒か……

 さっきからこの青い巨人の攻撃を掻い潜っているけど、もう限界みたい。身体中もう傷だらけだし。それはそうだよね。だって私は一度この相手に殺されかけてたんだもの。それに、この相手のレベルは999になってしまったみたいだし……ちゃんとそう表示もされてるな。はは……こんなの敵うわけないよね。でも……

 

 もう決めたんだ、私は。

 

 ううん、きっと私だけじゃない、キリト君もそうだと思う。

 みんなを助ける為に最後まで戦うって……そう決めたんだ。

 

 レベルも圧倒的な上、完全回復や復活までも操るこの相手に勝つのは当然不可能。GM(ゲームマスター)らしいし。団長の時の様に、なぜ麻痺を使わないのかは不思議だけど、それすら必要ないってことなんだろうな。

 こんな相手に挑むなんて最初から馬鹿げていることだし、逃げるのが賢明なのは一目瞭然。でも、それは選択出来ない。

 私たちが逃げ出せば、他のみんなやクラインさんやリズベットは、(たちま)ちに蹂躙されて殺されてしまうことだろう。そして、この人達は再び色々な犯罪に手を染めて行く……きっとそう。

 

 だからこそ私は……私たちは逃げ出すことは出来ない。

 

 倒すことは無理。

 しかし、希望もわずかにだがあった。

 

 さっきエギルさんとも話が出来、この敵の正体も判明した。確かにこの『デリンジャー』という人は現実の世界で大きな権力を持っていて、そのせいで警察の動きが緩慢になっているのだということは予想出来た。

 でも、これだけの人の命が危険に晒されているのだ。当然ずっとは黙認出来ないはず……。

 特にこの『ゲーム』はタイムリミットが設定されている。期限は24時間。まだもう少し時間はあるけど、それを過ぎていつまでも警察が放置し続けるとも思えない。

 逆に言えば、リミットまで耐えることが出来れば、彼らも手を引くのではないか……。

 きっとエギルさん達も救助に全力を尽くしてくれているはず。それに、私たちに情報をくれた『たぐたぐ』さんだって、ひょっとしたらあの人たちを止める為に動いてくれているかもしない。

 そう……私は信じた。

 信じるしかなかった。

 

 これが私たちに残された最後の希望だったから。

  

 でも……

 

 状況はそんなに甘くなんかないよね。うん知ってた、分かってた。

 何度起き上がっても、何度相手に切り込んでも全く動じないその相手の姿に、それに意味を見い出すことは無理だった。

 強すぎるもの……

 圧倒的すぎるもの……

 理不尽すぎるもの……

 

 跳び跳ねつつ固い巨人の背中に刃を滑らせたその時、愛剣の耐久がついに尽きた。眩く輝きながら私の手の内から霧散して消えていく。

 

 ああ……ついに剣も折れちゃったか……

 

 さようなら……ランベントライト……私の分身……

 

 でも……

 

 まだ終わらないよ……

 

 そう思った時、私はインベントリから別の剣を呼び出していた。それを振るいながら戦闘を続けていた。

 焼け石に水ってこのことだよね。でも、最後のその瞬間まで私は絶対に諦めたくない。彼を守り続けたい。今はそれだけ……

 

 そう想い、無限とも思える時間を駆けていた私の目の前でその時が唐突に訪れた。

 

 青い巨人の攻撃を避けたその刹那……チラリと向けた視線の先でキリト君の右半身が赤い巨人の手にした巨大な金棒によって消し飛ばされてしまっていた。

 それでもまだその瞳に力を宿した彼は剣を振り上げようとしていた。

 私は……その瞬間に青い巨人の巨大な手に掴れてしまった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

『やった、やったぜ‼ 『ササマル』の兄貴‼ アスナを捕まえた。うへへ……さーて、楽しませてもらうとするかぁ』

 

 そう呟いた『テツオ』の言葉を聞きながら、『ササマル』は半身を失い、再びポーションを選択しようとしているキリトに向かって、今度は巨大な青竜刀を呼び出して斬りつけた。

 その一太刀は、一瞬でキリトの残された左腕を切断。その勢いのまま今度は剣を横凪ぎに払って、キリトの踏みしめていた両足を膝から下の位置で切断した。

 そして、『ササマル』は、巨人から人の姿に戻りつつ、自分達の持つ特殊なポーションを手にしながらキリトへと近づく。そして、そのポーションをだらだらとキリトへと振りかけた。

 

「このポーションは特別製でな。毒が混ぜてあるからほとんど体力は回復しないし、欠損した部位も復元しない。ふふ……まさかこれを男に使うことになるとは思いもしなかったが」

 

 そう話す『ササマル』の背後からデリンジャーが近づいてきた。

 

「よくやったなお前ら。くく、どうだキリト君。手も足も出ないってなまさにこの事だな。これから俺がお前の姿のままでアスナを犯してやるよ。きっとよろこんじゃうんじゃねえかぁ? はは……ま、そこでじっくり見物してるんだな。さーて、パーティーと行こうじゃねえか。へへへ」

 

 再びその顔を卑しく歪めたデリンジャー。だが、見下ろされたキリトはその瞳をまっすぐに開き睨んだまま身じろぎ一つしない。そのなんの動揺も見せない様子にゴクリと唾を飲んだデリンジャーは一度転がるキリトを蹴り飛ばした。

 背後の石柱に叩きつけられるキリト。だが、その表情が揺れることは決してなかった。

 

「ケッ……」

 

 吐き捨てるように声を漏らしたデリンジャーは振り返り、まっすぐにアスナを捕まえている『テツオ』の元へと向かった。

 デリンジャーにはこの様な力強い表情をするキリトの心境が理解できなかった。

 未だかつて、死の縁にあって絶望に沈まない人間を見たことがなかったから。大抵の人間は命乞いをし、媚びへつらい、無様に醜態を晒していった。

 命を繋げるなら、助かるなら、どんなことでもしてしまうのが人間だと彼は知っていた。

 その恥態を散々に楽しんだ上で、殺すか凌辱するかを選べば良い。そうして壊していった数多くの女はそして、金へと変じていったのだから。

 このキリトの態度はなんなのか……。

 自分の大切な女が今目の前で汚されていくことを知って尚、なぜあんな顔をするのか。

 

 まあいい……。

 と、そうデリンジャーは納得し、考えるのをやめた。

 

 どの道、今ここでアスナを犯せば全てがわかるのだ。

 

「おい、『テツオ』。アスナの腕と足をへし折ってからこっちに寄越せ」

 

 膝を突く青い巨人の前でデリンジャーはそう声を掛けた。

 しかし……

 青い巨人……『テツオ』は返事をしない。

 それどころか、先程から、微動だにしていなかった。

 

「おい、ぁくしろよてめえ。俺の言うことが聞けねえのかよ、オラッ‼」

 

 そう吠えたその時……

 

『け、ケイタ……さ……ん……す、すいませ……ん……』

 

「はぁっ?」

 

 唐突に謝る『テツオ』に呆気にとられたデリンジャーだったが、その顔に怒りの色を浮かべてもう一度怒鳴りつけようとしていた。だが、そうはならなかった。

 

 なぜなら……

 

 ズル…………

 

 ドチャリ…………

 

 デリンジャーは信じられない光景を目の当たりにすることになる。

 そこにいた巨大な青い巨人は、突然その頭部が180度回転し、頭頂部を下にしてずるりと頭だけが落下……不快な音を立てて床に落ちた。

 

「な……な……」

 

 驚くデリンジャーは、更なる驚愕を味わうことになった。

 それは、崩れるように横倒しになった青い巨人……『テツオ』の身体が弾けるように消滅したその場所で……

 

 彼らが獲物と定めた可憐な少女が、十字架を象った長大な剣と、やはり十字の紋様の入った真っ白な大盾を構え、ジッと彼らを睨みつけていたからだった。




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