ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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神聖剣

 ここは……

 

 漆黒の闇が支配するその世界に私は居た。

 なぜ自分がここに居るのか、どうやってここに来たのか判然としない。

 手や足や色々な感覚もないままに、ただ虚ろな状態で水面に漂うかのように私はそこにいた。

 

 でも……

 

 確かなものが一つだけあった。それは胸の奥底をぎゅうぎゅうと締め上げているかのような強烈な痛み。そのあまりの苦しさに涙が溢れそうになる。

 苦しくて、切なくて、悲しい。

 そして、少しずつ頭のなかの(もや)が晴れるかのように、断片的な記憶が私の中に蘇りはじめ、そしてあの光景を鮮明に思い出した。

 

「キリト君‼」

 

 それはこの世界で私がもっとも愛する人のあまりにも凄惨な姿。身体の半分を巨大な鈍器で叩き潰され間違いなく瀕死となった状態。そんな姿を見た瞬間世界が暗転した。

 

 私……

 まさか私……死……

 

”いや、死んではいない、まだね”

 

「え?」

 

 唐突に脳に注ぎ込まれてくるかのようなその声……私はその声の主を求めて周囲の暗がりを探した。

 すると、暗闇に佇む一人の男性の姿が……。

 ユージーン将軍のような真っ赤な全身鎧で片手に十字の紋様の入った大きな盾を持ったその人のことを、私は忘れたことはなかった。

 

「ヒースクリフ……団長……いえ、茅場……晶彦……」

 

”…………”

 

 彼は微かに笑いそして目を閉じた。

 

 私は拳をぎゅうっと握りしめ、怒りを込めて彼を睨んだ。そして、込み上げる衝動を必死に抑える。

 私には彼の存在を認めることは到底できない。

 この世界の全てを産み出した『親』であり、多くの人の命を奪った『死神』。信頼していた私たち仲間全員を裏切った最悪の『詐欺師』であり、この世界を破壊した『悪魔』でもあった。

 崩壊していく浮遊城アインクラッドを死の縁に居ながらキリト君と二人で見つめていたあの時、彼は自分の世界の完成に満足し、そして自分の命と引き換えにこのネットワーク世界の一部となった。私はそのことを知っている。

 でも、そのために犠牲になった多くの命……。

 閉じ込められ、絶望し、人の尊厳を踏みにじられながら死んでいった多くの人たち……。

 彼らを死に追いやったのは間違いなく彼だ。

 自分の理想の為に多くの人を殺した彼は、許されてはならない『罪人』に他ならなかった。

 

「なぜここにいるんですか? また私たちが死ぬ姿を見に来たんですか?」

 

 怒りを込めてそう言い放った私を、彼は静かに見つめ返してきた。

 その瞳に私は一瞬たじろいでしまう。

 それは、かつて私たちが共に手を取り合って階層攻略を進めていたときに良く見ていたそれであったから。

 

 あの頃……ただがむしゃらにクリアーを目指して戦っていた私たちにとって、彼……ヒースクリフ団長はまさに心の支えだった。

 『血盟騎士団』結成以前、トップラインを走っていた私達は即席パーティを組んでボス攻略に挑んでいた。けれど、ボスの攻略は一筋縄ではいかず、低層であっても毎回多数の死者が出てしまっていた。

 それは私達の心を折るには十分な材料。

 アバターであるこの身体の死=現実の死という過酷な条件に、全てのプレイヤーの気持ちは弱っていた。

 そんな時だった、彼が現れたのは。

 彼は銀の長髪を後ろで束ね、ドロップしたばかりだという大きな白い盾とそれと対になっているかのような長剣を携えて私達の前に立った。

 あの時……私達は魅了されてしまったのだ……

 誰もが怯え、誰もが逃げたいと思ってしまった強大なモンスターの前に、一人立ち向かった彼の姿に。

 圧倒的なモンスターの暴力を盾で防ぎつつ、何度も剣を振るったその姿に……

 あの時、私達は彼と共にボスモンスターを攻略した。一人の犠牲者も出さないままに。そして彼が私達一人一人に声をかけたのだ。

 一緒に戦おうと。力を合わせようと。

 そして私は……私達は……その手を取った。

 

 今思えば、遅々として攻略の進まなかった私達の姿に業を煮やした彼が介入してきた……ただそれだけのことであると容易に認識できている。

 でも、少なくともあの時は、私達の希望だった。死の絶望しかなかった私達にとって、ひょっとしたら、もしかしたら生きて帰れるかもしれないという本当に小さな希望へと繋がることになった。

 

 だからこそ、許せない。茅場晶彦を決して許さない。

 

 何人も死んだ。目の前で散っていった。

 生き残るために、生きて帰る為だけに文字通り命がけで必死に戦ったみんなを、彼は近くで見ていたのだ。見て、決して救わなかった。

 

「人の命を……あなたはなんだと思っているんですか‼」

 

 怒りに任せて吐き出たそんな言葉。

 自分自身が震えているのを感じながら、なぜもっと強く彼を罵倒出来ないのかと、その苦しさに胸を押さえる。

 そんな私を見ながら彼は口を開いた。

 

”生きるか死ぬかは大した問題ではない。大事なのはその人物が生きるに値していたかどうかだ。そういう意味では、君やキリト君は死ぬことが相応しくはないと思っている”

 

「ふざけないでっ‼」

 

 かぁーっと身体の芯が熱くなる。怒りで心が壊れてしまいそうな感覚。私はこの目の前の存在を今すぐに殺してしまいたい衝動に駆られていた。

 許せない。

 私達を追い込んだ張本人。そんな人が言っていい言葉ではない。

 

「自分のしたことに何の呵責もないんですか? あなたは死んでいった人たちに何も思わないんですか?」

 

 あのデスゲームに巻き込まれさえしなければ、私達は誰も死なずにすんだ。彼が暴挙に出さえしなければ、みんなは今でも生きていた。そう、彼らだって……。

 ふっと脳裏を過ったのは戦いの中で散っていったかつての仲間達の姿……そして、今キリト君を苦しめてしまっている月夜の黒猫団の面々の顔。

 ヒースクリフは一度目を伏せた後で言葉を紡いだ。

 

”君は……思い違いをしている。私が用意したのはただの舞台。それは今この時も拡がり続ける新たな人類の住み処の一つでしかなかった。そこで生きる意味を私は提示したにすぎないよ”

 

「それは詭弁です。あなたがナーヴギアを開発しさえしなければ、誰も死なずに済みました!」

 

 それは間違いない。

 彼がVRワールドを作り上げただけならば全く問題なかったのだから。そしてナーヴギアに人を殺傷する仕掛けを施しさえしなければ。

 

「あなたがどんなに言葉を重ねようと、人の命を奪ったことに変わりはありません。例えどんな崇高な理想や理念があったとしてもです。私は……決してあなたを許さない」

 

 睨んだその先には、少し淋しそうな表情をした団長の姿が。彼は私から視線を外しつつ呟く。

 

”やはり、君達と想いを共有することは出来ないようだな……君達ならば或いはと……いや、もう話すまい。それよりもだ……”

 

 彼はそっと私を覗き込むように見つめてきた。

 

”今君は『力』を欲しているのではないか? この窮地を脱するための”

 

「『力』……?」

 

 彼の言葉に私の心は揺れる。

 今直面しているこのデスゲームに()いて、確かに私たちは死に直面している。そして助かるための万策は尽きたと言っても良かった。私も彼も既に覚悟を決めて挑んでいるのだから……。

 それでも、素直に諦めることは出来なかった。

 叶うなら、全員を助けたい。彼と生きて帰りたい。そう切に願っているのだから。

 でも、それは限りなく不可能に近いということを私は理解してしまっていた。

 

「もし……もしあなたが、私の生み出した幻影などではなく本物の存在で、その『力』を本当に授けてくれるというのなら、お願いします。どうか私に『力』を与えてください。彼を救うための『力』をください。お願いします」

 

 私は懇願した。

 身体が自由に動くのなら土下座でもなんでもしたい思いだった。

 どんなことでもいい……彼を救うことが出来るのなら、私は自分の全てを(なげう)っても構わなかったから。

 たった今の今まで目の前の存在を否定し続けた私は、恥も外聞もなくその存在に頼った。

 それは非常に醜い行為であったと思う。

 

 しかし……

 

”いいだろう……君に私の持つ『力』を与えよう”

 

「え?」

 

 彼は即答した。

 見れば、その瞳をまっすぐにこちらへ向け微かに微笑んでいる。そんな彼が言葉を続けた。

 

”だが、勘違いしないで欲しい。私は君たちを哀れんだり、情けをかけたいが為にこうする訳ではない。君は『資格』を得たのだ。この全ての不義を断罪する刃・『法の剣』と、全ての理を守る楯・『秩序の盾』を持つ資格を……そして、この『神聖剣』のスキルを……”

 

「神聖……剣? そ、それって、団長の……」

 

 『神聖剣』それは彼……ヒースクリフのみが使うことの出来た『ユニークスキル』の名称。十字の長剣と十字の大盾を振るうことで決して相手に反撃を許さなかった攻防一体の強力なスキル。その戦う様は美しいとしか形容出来なかった。

 流れるように敵の攻撃を()なしつつ繰り出される強烈な剣の一撃は、必ずと言ってもいいほど相手の急所を抉っていた。そんな圧倒的とも言える戦い方はどんな乱戦であってもほとんどの攻撃をしのぎ、彼のLIFEゲージがオレンジに変わることは一度としてなかった。

 あの75層のキリト君とのデュエルの際も、システムアシストなしでキリト君の高速の二刀流の猛攻を防ぎ続けていたし……。

 そもそも創造主(クリエイター)である彼の為に用意されたユニークスキル……それがどれほどの強さを秘めているのか想像に難くない。

 彼は私に説明を始める。

 

”『神聖剣』は私が『ソードアート・オンライン』の世界を守る為に用意したユニークスキルだ。確かに攻守に優れた多くの技が組み込まれてはいるが、大事なのはそこではない”

 

 ヒースクリフは自分の盾に収納されたその長剣を引き抜くと、天高くそれを掲げた。

 

”このスキルの最大の効果は、『状態変更無効化』にある。蓄積された経験値以上の成長分……すなわち不正に上昇させたステータス数値を『無視』して攻撃・防御することが可能にしてある。私は秩序を乱す者を決して許すつもりはなかった。言わばこれは私なりの『安全装置』だったのだ”

 

「どうして……それを私に……? 私は資格なんて持った覚えはありません」

 

 最大の疑問を彼へと投げた。

 このスキルを私が今使えると言うのなら、これ以上心強いことはない。でも、私は団長とは違う。彼の志を引き継いだわけでも、彼の理想を叶えようとしているわけでもない。それなのになぜ私に……。

 そんな私に彼は言った。

 

”この世界は『紛い物(まがいもの)』だ。しかし、限りなく『本物』でもあるのだ。そして君たちはこの世界を『愛おしい』と思っている。違うかね?”

 

「ち……違……」

 

 『それは違う』と即答は出来なかった。

 私にとって『ソードアート・オンライン』の世界はただ憎いだけの存在では無くなっているのだから。ここで出会い、ここで育んだ多くの出会い、幸せ、夢、そして愛……それらはすでに私の中の大事な何かになっていた。もはやこの世界を切り捨てていいとは思えなくなっている。

 

”そうであるからこそ、『神聖剣』は君を選んだ。この世界を守るために。さあ、受け取るがいい。君の新しい『力』を。そしてどうか救って欲しい、この世界と……それと闇に呑まれてしまった、『彼女』のことを……”

 

「え……それって、いったい……」

 

 団長は私を見つめてそこまで言うと、私に向かって『剣』と『盾』を差し出してきた。でも今の私にそれを受け取ることはできない。

 どうなるのか見つめていると、その剣と盾が光輝きながら私の眼前で消滅した。

 消えてしまった……と思うのもつかの間、そっと目を閉じるとインベントリに確かに『剣』と『盾』が収納されたことを感じる。そして、あのユニークスキルも……。

 再び目を開くと、薄く微笑んだ彼がその姿を消失させようとしているところだった。

 

「団長‼ 教えてください‼ 『彼女』とはいったい誰の事なんですか? 私は一体どうすればいいんですか?”

 

 消え入る彼は何も答えなかった。ただ向こうを向いて歩み去っていく。

 私は大きく深呼吸を一つしてから決意した。

 今は他の事は後回しだ。

 なんとしてもキリト君を救ってみせる。そのためならば、鬼にでも修羅にでも何にでもなる。

 だからお願い……

 

 死なないで、キリト君‼

 

 そして私は……

 

 ソードアート・オンラインという『現実の世界』に舞い戻る。

 

 この世界を守護する最強のユニークスキルと共に……




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