ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
それはほんの一瞬の出来事だった。
デリンジャーの剣の嵐をその身に受けたキリトが反撃し、そしてそれに次いでアスナがソードスキルを叩き込んだ。ただそれだけのことでしかなかった。
しかし、その一瞬で全てが決した。
全てのLIFEを失ったデリンジャーは倒れ込むようにその膝を突く。そして、攻撃を繰り出した側のキリトも同様にその場に崩れ落ちた。
「キリト君っ!」
倒れるキリトに駆け寄ったアスナ。彼女はキリトを抱くとそっとその頬に触れる。今にも消え入りそうな彼に、どうしていいのか分からないアスナが必死に抱き締めているそのとき、その正面で光の粒子を放ち始めたデリンジャーが大声で笑いだした。
「俺を殺したところで何も変わりはしないぜ。俺が死んだって目が覚めるだけだ‼ 命がけで俺を狙ったみてえだが無駄な努力だったな。てめえらはどんな手を使っても地獄に叩き落としてやる。首を洗って待ってろ」
その言葉に絶句するアスナ。
しかし、それは予期していたことでもあった。
今重要であったのはこの世界からデリンジャーを閉め出すこと。
先程の田口の話が正しければ、上位の管理者権限を持ち合わせている田口が居る以上、少なくともすぐにはデリンジャーはログインできないはず。
そうすれば、今この世界に閉じ込められたみんなの命は少なくとも救うことができる。
命を狙われるのなら自分だけでいい。他のみんなやキリト君は助けたい。
アスナはそう決意していた。
しかし、次の田口の言葉でその覚悟は消滅することになった。
「貴様はここで死ぬ」
「ああ?」
消え入るデリンジャーの背後に田口が立つ。そしてその手に青く光る結晶を取り出して、それをデリンジャーに対して使用した。
「『復活《リザレクション》』‼」
「え?」
呆気にとられているアスナの正面で、田口が使用したのはまさかの蘇生アイテム。
彼は粒子化の収まったデリンジャーの身体に触れると、即座に何かのコンソールを呼び出してそれを操作した。そして大きく息を吐きつつ、感慨の籠った声をもらした。
「やっとだ……」
「な、なにをした? 田口! てめえ、どうなるかわかって……げぶぁあああっ」
睨み付け、詰問しようとするデリンジャーに対し、田口は唐突にその顔面を蹴った。蹴られ、吹き飛ばされるデリンジャーに対し、彼は全ての表情を失したまま話しかけた。
「もはや貴様と会話する気などない。だが、これから始まることだけは教えてやる。取り合えずお前の管理者権限は剥奪させてもらった」
「な、何を……」
顔の半分が真っ赤になってぐずぐずに崩れてしまったデリンジャーが呻くように見上げたそこで、田口は再びコンソールを操作。そして、そこに大きなスクリーンを浮かび上がらせた。
「なっ……!? こ、これは……」
そこに見下ろす様に映るのは豪奢な造りの広い洋室。まるで神殿のようにも見えるその広い部屋には明らかに貴賓が使用するであろう高価な調度品が多数並べられている。
そんな部屋の中央……ゆったりとした大きなリクライニングのソファーには、ナイトガウンを羽織り頭部にアミュスフィアを装着した一人の若い男性の姿が。
この人物がいったい誰であるのか、見上げていたアスナも考えるまでもなく理解した。
「な、なぜ『俺の部屋』にこの装置が……この部屋のことは誰にも言ってはいなかったはずだ」
焦った表情に変わったデリンジャーはそう呟きながらも、自分のコンソールを呼び出してなにか操作を試みている。しかしみるみる顔色が悪くなっていくところを見ると、それが上手くいっていないのは一目瞭然であった。
田口はそんなデリンジャーを見下ろしながら話を続ける。
「用心深い貴様が誰にも行き先を告げずに日本から離れるだろうことは分かっていた。そして、ダイブ中の貴様は誰であろうとその部屋に入れないであろうこともな。例えそれが『信頼できる』ボディーガードであっても」
「てめえ、いったい何を言ってやがる……」
急に慌て出したデリンジャーへ田口が冷酷な一言を発した。
「貴様のボディーガードを買収した」
「なにっ!?」
田口はそう事も無げに言い切った。
「別に貴様を殺すように依頼したわけではない。俺が頼んだのはただひとつだけ。この『パーソナルセキュリティーシステム』を貴様の部屋に取り付けてくれ……それだけだ。そして、こう言ってやった。『犯罪に手を染めたお前の主人は近いうちに破滅する。協力するなら全てを不問にするし謝礼も出す』とな。彼女は思った以上に快く応じてくれたよ。ずいぶんと嫌われたものだな。こちらとしては助かったが」
「そ……それだけか? お前がやったのは……」
デリンジャーは冷や汗をかきながら田口の様子を観察している。それはこの窮地を脱するための方法を必死に探している体であり、それは誰の目にも明らかだった。だが田口は冷たい視線を向けるのみ。
「それだけだが……そうだ、一つ思い違いをしているようだから教えておいてやろう。アミュスフィアの電磁パルス操作だけで人を死に追いやることは不可能だ」
「なんだと?」「え? そ、それじゃあ、サクヤさんは?」
叫ぶデリンジャーを尻目に、隣で驚いているアスナに向かい、田口は優しく語った。
「ええ、彼女は無事です、安心してください。きっと覚醒して元気でいらっしゃるでしょう」
「ば、ばかなっ! そんなわけない! だってあの時、『あのガキ』は確かに死んだんだぞ」
喚くデリンジャーに田口はキッと視線を向ける。
「ええ、確かにあの時、『彼』の心臓は完全に停止していた。でもあれはただの『芝居』だ。貴様達から『彼』を逃すために『我々』がとった苦肉の策。薬品によって一時的に仮死状態としたにすぎないのだよ。それを貴様達が面白いようにそう解釈を始めたからこちらはそれに合わせていただけのこと。アミュスフィア単体には人を殺傷する性能はない」
そう断言した田口の言葉にアスナは完全に脱力した。
死んだと思った。死んでしまったかと思った。ずっと不安だった。でも、それが違うとなった今、彼女の中にあるのはひとしきりの安堵の思い。
田口は言葉を続ける。
「だが……この『パーソナルセキュリティーシステム』の補助があれば、そうではなくなる」
「なに……?」
デリンジャーはその田口の言葉に一気に蒼白になる。
「貴様は知らないだろうがな、私が中心となってこのシステムを開発した当初の使用目的は別にあった。もともとはナーヴギアの運用の一つとして、屋外携行時のその出力の低下を補うための遠隔補助電源として開発を始めたのだ。ナーヴギアはバッテリーのみでは長時間の安定したダイブは厳しいとの前評判が当初あったからな。実際は内蔵バッテリーのみでも相当な稼働時間が稼げるように改良されたわけだが……つまりこのシステムには高出力の電力を近距離であれば無線で本体に供給する機能が備わっているわけだ。そしてこの機器はその機能の性質上ナーヴギアを遥かに上回るジェネレイターを搭載している。さて、ではナーヴギアよりもダウングレードされているとはいえ、そのアミュスフィアにこの電力供給を行ったらどうなるか……そうそう、アミュスフィアのセーフティー機能である『強制解除』や『異常検知機能』そして肝心の『出力コントロール』、これらはこのシステムからの制御できるようにしてある。さあ、これで今自分の置かれている状況を全部把握できただろう?」
「ま、待て……待ってくれ、田口。話を聞けよ。俺は知らなかったんだ。い、今井達にそそのかされて仕方なく……お、俺は悪くない」
苦し紛れの言い分。嘘か誠かを判断するまでもないその言葉に、田口はデリンジャーを見据えたまま返した。
「それがお前が最後に言いたいことなのか? まあ、いいだろう」
田口はデリンジャーへと手を伸ばすと再びコンソールを操作、すると途端にデリンジャーは身体を麻痺させて動かなくなった。
「く、くそっ!」
「立場が完全に逆転したな。貴様は後回しだ、そこでじっとしていろ」
デリンジャーを一瞥した田口はつかつかと床に
そして屈み込むとキリトの身体にその手を触れ、何かの画面を表示させた。
しばらくの間それを確認していた田口は、信じられないといった体で口をあんぐりと開けてしまう。
「ど、どういうことだ? 桐ケ谷君はすでに『死亡』となっている。そうだというのに……」
田口は一瞬いい淀んだ後、ポツリとこぼした。
「ら、LIFEが回復し始めている」
「!?」
それを聞いたアスナも、慌てて田口の見ていた画面にその視線を向ける。そこにはキリトのキャラクターパラメータが表示され、表示が『死亡』となっているにも拘らずそのLIFEゲージのみがぐんぐん上昇し、現在ではグリーンに変化してしまっている。
「これは……バグ?」
田口の口をついたのはそんな言葉。
目の前のキリトの姿形は少し揺らいでいるかのように時々ノイズが走っていることもあり、田口には普通ではないことは察していたが、これがどのような状況なのかまでは理解できないでいた。
「一応、これを使ってみましょうか」
そう言って取り出したのは先程デリンジャーにも使用した『蘇生アイテム』。
その石を使用すると途端にキリトの身体が輝き出し、そしてその掠れているかのようなノイズが消え、パラメーターも通常のものへと変化した。
驚いた顔で見つめるアスナと田口。そんな二人が見守る中、キリトはその目をそっと開いた。
「キリト君っ!」
「桐ケ谷君」
「う……あ、アスナ? お、俺……どうなって」
「良かった……キリト君、生きてる……良かった、生きてるよぉ……ふええぇ……うぇえええん……」
「アスナ……」
キリトをぎゅうっと抱き締め泣き出してしまうアスナ。彼はその背中にそっと手を回すと優しく彼女を抱き締めた。
「アスナも……生きてる……ああ……生きてる……俺たち……」
抱き合う二人を見つつ田口は腕を組んで呆然となって見下ろす。
「信じられない……どうしてこんなことが……奇跡……? いや、これも必然ですか……私ではとても理解できません」
そう呟いた田口は膝を突くと、二人に向かって話し始めた。
「桐ケ谷君、アスナさん、君たちを私の『復讐』に巻き込んでしまって本当に済まなかった。これが許されることではないことは分かっている。本当に申し訳なかった」
そう頭を下げる田口を、キリトとアスナの二人は身体を起こして静かに見つめる。と、アスナはキリトの指示で新たな装備を装着した。それはウンディーネである彼女の基本装備のそれ。そして田口は二人に向き直る。
「時間もないので、今全てを話しましょう」
彼は真剣な表情で語り出した。
「すでに理解していると思いますが私には娘が一人いました。優しくて明るい娘でね、別れた妻の実家で暮らしていましたが、奴らの毒牙に掛かり自死してしまいました。私はなんとしてでも犯人に報復したかった。ですから必死になって犯人を捜し、そしてやつらに辿りついたのです。奴らは私の上司であり部下。私は社長……奴の父親から奴のしでかした犯罪の全ての後始末をするように命じられていた関係もあり、必死に怒りを抑え込んで服従の体で復讐の機会を待ち続けていました。そして今回、『彼』がこの舞台が用意したことを知って私は便乗して全員を殺す計画を建てたのです。まずは全員をこの舞台に引きずり出さなければならない。一人でも生き残らせれば後に禍根を残しますからね。奴には先ほど言った通り、アミュスフィアの電磁パルスでの殺害を当初から予定していました。直接刃が届く場所にいないことは最初から分かっていたことですから。そして、他の3人。彼らは全員私の部下です。しかしその実は全くの逆、私は彼らのただの道具でした。彼らは日々私に女の調達やその後の始末など様々なことを要求してきました。私はそれに加担したのです。といっても実際に犯罪を犯したわけではありません。女性はそれを
「だから俺の部屋にパーソナルセキュリティーシステムを付けさせたのですね? そしてわざと俺が分かるような情報を流した」
そのキリトの言葉に田口はコクリと頷く。
「そうです、私は君を利用しました。あの状況で奴らを殺すにはダイブから帰還させて私の元に来させるしかなかったのでね。連中は私をただの腰抜けと侮ってくれていましたので簡単でしたよ」
「田口さん……」
淡々と微笑みながら話す田口にキリトは何も言えなかった。
田口が心に灯していたのは燃え盛る復讐の炎。それは相手を殺害したからといって晴れるようなものでは決してないのだろうと彼も理解していた。
愛する者を奪われる苦しみ、悲しみ、嘆き……どんなに相手に怨嗟をぶつけようとも決して失った者は帰ってこないのだから。隣で寄り添ってくれているアスナの事を思い、彼は唇を噛みしめた。
「さあ、これで私の話は終わりです。私はこれから最後の仕上げに入ります。しかし『彼』はまだ待ち続けている。急ぎなさい。君たちの仲間の命を救うためにも一刻も早く『彼』のもとへ」
「待ってくれ、デリンジャーが黒幕じゃないんですか? 教えてください? 『彼』とは誰のことなんですか?」
そう詰め寄るキリトの脳裏にはあの『ケイタ』の顔が過ぎっていた。
しかし田口はそれには答えず、ただその眼を伏せた。
「『彼』と奴らはなんの関係もない。『彼』はただ……君たちを……『答え』を待っている」
「『答え』……? ですか?」
田口は首を静かに振った後、一言付け足した。
「『彼』の憎しみは私よりもずっと深いものだ……」
「え?」
田口はそのままデリンジャーへと向き直り、そしてゆっくりと歩き出す。そんな田口にキリトは叫んだ。
「田口さん。お願いします。どうか死なないでください!」
その言葉に田口の足は一瞬止まる。止まって、しかし振り返らずに答えた。
「ええ、私は絶対に死にませんよ。娘の事を想い続けてやらねばなりませんから」
それを聞いてキリトとアスナはお互い見つめ合って頷いた。
そして二人は全力で走り出す。
目指すのは
彼らの目的……クラインとリズベットの救出は未だ成されてはいない。そして今から人を集めたのでは間に合わない。そのことが分かったからこそ、すぐに実行に移ったのだった。
残り時間がわずかであることを理解しつつ、二人だけの強行軍が今始まったのである。
去りゆく二人をその姿が完全に見えなくなるまで寂しげな視線を向け見送る田口。
ひとしきり経ってから彼は地面に転がるデリンジャーへと再び近づいた。
そしてその身体に触れると、すぐにその麻痺を解除した。
「お、俺を……どうする気だ……?」
そして彼は再び無表情のままコンソールを操作しながらぞんざいに言った。
「お前に一つだけチャンスをやる。今お前のレベルを1に戻した。それと、このフィールドを隔離して移動を制限させてもらった。もしこの状態で生き残ることが出来たなら俺はもう手出しはしない」
「え? え?」
驚愕するデリンジャーの前に、田口は2体のモンスターを
それはこの74層迷宮区に出現する剣士型のモンスター『リザードマンロード』。2体は剣を携えたまましっかりとデリンジャーを見据えている。
「さあ、
田口がそう言った直後、2体のリザードマンロードがその手の刀を振りかざしてデリンジャーへと襲いかかる。と、その瞬間デリンジャーはその右腕を突き出して、直近に迫ったその両方のモンスターの胸に『拳銃』の弾丸を発射、それがどちらへも命中した。モンスターはたちまちのうちに光となって消滅する。
デリンジャーは直後、背中を向けている田口に視線を向けたまま、笑い出した。
「ははは……あはははは……あはははははははははははは、あはははははははははは、うひーひっひっひ、いーひっひっひ、わはははははは……やった、やったぞ! 田口‼ なめんじゃねえよ、何がレベル1だ。この俺の『拳銃』のスキルはレベルなんか関係ねえんだよ。当たれば即死だバーーーカ! いひひひひひ……おら、約束しただろ? さっさと俺を開放しやがれ……」
「誰も2体だけなんて言ってないだろ?」
「え?」
その田口の言葉がデリンジャーを恐怖のどん底に叩き落とす。奴のその背後……その方角から溢れ始めるたくさんのモンスターの気配にデリンジャーはその身を硬直させた。もはや奴の最強の『
小刻みに震え始めてしまったデリンジャーは田口へとすがりついた。
「ま、待ってくれ、助けてくれ。お、俺はまだ死にたくない」
田口はデリンジャーを蹴り飛ばす。そして表示させていたコンソールを操作した。
「『
「ま、待って……」
短くそう声を漏らした直後、彼は絶叫した。
そこには数百を超えるモンスターの群れ。第1層からここまでのありとあらゆるモンスターがこの場に溢れていた。
聞こえてくるのはまるで豚の鳴き声のようなデリンジャーの潰れた悲鳴と、バキバキボキボキと何かが嚙み砕かれていく不快な音……その音の正体を田口はもはや見る気も起きなかった。
彼の心中には複雑な思いが渦巻いていた。そこには復讐を達したことへの充足感など微塵もなく、ただただ悲しみがあふれ続けていたのだから……。
正義を気取る気は微塵も無かった。しかし、これでようやく奴の犯罪を止めることが出来る。今はそれを心の支えとしていた。
「『貴女』はこんな思いをする必要はない……」
ポツリとそう一言こぼした彼は静かに目を
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