ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

3 / 37
幽霊の名前は

 病院の廊下へと出れば、すぐ斜め正面がナースステーションであり、その廊下の壁に沿って長椅子が置かれている。

 彼と菊岡はその長椅子の一つに腰を下ろした。

 菊岡は、何も話さないまま、手元の鞄から一枚のタブレットを取り出して、その電源を入れた。

 

「おっと、院内で端末の使用はまずかったかな? まあ、オフラインだし、問題ないか」

 

 どうせそんなことは微塵も思ってはいないだろうにと、彼は思いつつ、その後の菊岡の言葉を待った。

 菊岡の操るタブレットは、起動後すぐに新聞記事のようなファイルが何枚も表示され、そして、たくさんの数字の書かれたグラフが端の方に表示される。

 彼はそれを横目にチラリチラリと覗き見ながら、それがいったいなんなのかを考えていた。だが、推測にたどり着く前に、表示作業を終えた菊岡が説明を始めた。

 

「まずこの新聞の記事なんだがねキリト君。君はここ最近、ALO内でとある重大犯罪が多発していたことに気が付いていたかね」

 

「ちょっと待ってくれ。あんたはアスナを刺した犯人のことを教えてくれるんじゃなかったのか?」

 

「そのつもりだが」

 

「なら、さっさとその犯人を教えろよ。それに、その犯罪がなんなのか見当もつかないし」

 

 ふふんと菊岡は鼻を鳴らす。

 そして、眼鏡をくいっと指で押し上げ一呼吸置いてから、怒りをあらわにする彼にむかって穏やかに話しかけた。

 

「アスナ君が襲われて気が立っているのはわかるが、まあ、落ち着き給え。物事には順序というものがあってね、先ほど言った通り、僕は警察ではないから、当然犯人にたどり着いているわけではないよ。ただ、この一部の新聞に載っている事件が、今回のアスナ君の事件と類似点があるということから話したいだけなんだよ」

 

「類似点……」

 

 菊岡の言葉に、彼は力を抜いて身を引いた。

 その様子に満足した菊岡はタブレット内の記事を拡大しつつ、彼に説明を始める。

 

「実は、ここ最近……、といっても、最初の犯罪がいつ発生したのかは定かではないのだが、ここの小さな新聞記事のような犯罪の発生を少なくとも7件、我々は把握できている。だが、実際はそれをはるかに超える数の事件があったろうことは容易に想像できるのだがね」

 

 菊岡のそのはっきりしない物言いに、彼は疑念をぶつける。

 

「なんのことだ、菊岡さん。何を言いたいのか、さっぱりだ。そもそもその新聞記事の事件ってのはなんなんだよ」

 

 その彼の言葉に菊岡はふむと顎に手を当てて呟いた。

 

「やっぱりそこからだよね。ただ、あまり大きな声では言いたくない事件なんだよ」

 

「だから、それはなに……」

 

「『昏睡強姦事件』さ」

 

「な!?」

 

 表情を変えずに話す菊岡の言葉に思わず彼は息を飲んだ。

 もとより、犯罪というのだから、そういった類の事件が含まれることも容易に想像はできるのだが、今回はアスナが刺されたことに起因させて話を聞いていた。だから彼は、殺傷事件や、殺害事件を一番に想像していたのだが、それを完全に裏切られてしまった形になってしまった。

 

 菊岡の話によれば、これらの事件はALOをプレイ中の無防備な女性が、ホームセキュリティー完備の自宅にいながらも襲われてしまうというおぞましいモノだった。

 VRマシンは特殊な電磁パルスを脳および脊椎に流すことで、本人の五感を身体から切り離して仮想空間のアバターに対応させ、まるでその空間に肉体を持ち込んだかのような感覚の中でゲームを体感する装置である。

 これは従来のゲーム機に比べて格段に臨場感を高めるものではあったのだが、反面、そのプレイ中の肉体に関しては呼吸や代謝など、生存に必要な機能を残すのみで、昏睡と言っても過言ではない状態に陥ることになる。

 そのため、確かに犯罪の発生は常に懸念されていたのも事実であった。

 

 しかし、そうは聞いても理解はできない。

 アスナの場合は殺人未遂事件となる。

 しかも、セキュリティも厳重な上それを破られた痕跡もなく、両親まで一緒にいる状況で……

 

 そこまで思い至ったところで、彼はハッと顔をあげた。

 それを見た菊岡はにこりと微笑む。

 

「分かって貰えて嬉しいよ。そう、僕の話したこれらの事件はアスナ君の事件と同様に、防犯セキュリティをなんらかの方法で無効化、もしくはすり抜けて犯行に及んでいるんだ。実際に事件が起きているにも拘らず、肝心のその防犯装置が機能していなくてね、なんの証拠も残されていないってのが実情なんだ。しかも被害者はみんな良家のお嬢様ばかりでね。マスコミに訴えようとする一部の被害者以外は、身内の恥をさらすのを嫌ってかだんまりを決め込んでいるものも相当数に上ると見られている。警察の捜査もなかなか進展しないのはそういうことさ」

 

「ばかな……」

 

 彼は思わずそう声を荒げる。自身の経験則からも知識からしても、それはありえないことだと理解していたから。

 

「ホームセキュリティっていうのは、ただのプログラムの書き換え程度でどうなるものでもないんですよ。ソフトの部分はもちろん、警備会社との直通回線や、センサー関係のハードウェアの部分とで両軸となって運用されているんです。それが、そんななにも証拠を残さないまま進入するなんて、そんなのまるで……」

 

「まるで『幽霊(ゴースト)』の仕業みたいだろ? だが、事実だ。そういえば君は今、セキュリティー関連の会社でも仕事をしているのだったね。それならなおさらこれが異常だということが分かるというものか」

 

 『幽霊(ゴースト)』と聞いて、彼は思わずびくりと反応してしまう。

 彼はつい昨日、まさにその幽霊と呼ぶべき存在と相対したばかりであったからだ。あのとき、かつての仲間の姿を見た彼は心神喪失に陥ってしまいかけていた。

 しかし、それはアスナの助けにより事なきを得たのだが。

 菊岡は話を続ける。

 

「そして、もう一つの類似点についてなんだが……、悪いね、キリト君。実は君たちの昨日のALO内での全行動についてアーカイブを調べさせてもらった。それを謝罪したうえで、言わせてもらうとだね、実はこの一連の被害者は、その被害に遭う直前、ゲーム内である集団と遭遇しているんだ。そして、それは君たちも同様だった。もっとも、その遭遇時の彼らの対応はまったく違っていたのだが……」

 

 その菊岡の言葉に、彼は背筋が凍りつく。

 これから彼が聞くことになるであろうその名前に、思い当たってしまったからだ。そして、それは決して聞きたいものではなかった。

 彼自身の大切な思い出であると共に、彼が生涯をかけて償い続けようと思い至ったかつての仲間達。

 アスナと共にようやく一歩を踏み出すことが出来たその大切な仲間達の名前がこの場で出てくることを予期しながら、そうならないことを切に願い続けた。

 

 だが……

 

「被害者が遭遇した者たちのギルド名……、それは……。ああ、キリト君……、君は知っているよね……」 

 

 菊岡の放った言葉は非情なもの。その柔和な男がゆっくりと口にしたのは彼がもっとも怖れていたもので間違いなかった。

 

 

 

「『月夜の黒猫団』という名前なんだが」




お気に入り、ご評価、感想などいただけると励みになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。